東方影響録   作:ナツゴレソ

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40.0 エゴイストと望んだ答え

 ふざけるな。そんな願いを答えるわけにはいかない。何のために身体中火傷してまで、終わった後の説教予約したと思ってるんだ。

 

「こっちはハラワタ煮えくり返ってるんだよ……!」

 

 俺は近付いてくる弾幕を封魂刀と結界で防ぎながら、青竹の合間を駆ける。腕を動かすたびに痛みが走るが、できるだけそれを顔に出さないよう能面を張り付ける。今のところ刀は振ること自体は問題ないが、直接何かを斬るのは辛いかもしれない。牽制や防御に使っていくしかない。

 必死に平静を保ちながら立ち回っていると、俺の負傷に唯一気付いているであろう刀の中の火依が心配げな声を上げる。

 

「北斗、火傷……」

「大丈夫だ。痛いけど、まだ身体は動く。それより……随分火を吸い込んでるけど大丈夫?」

「ちょっと味に飽きて来たけど平気。そこそこ美味しいし」

「味わってるのか……案外余裕あるみたいだな」

 

 今度美味しい炎をプレゼントするか。旨さの基準が俺には分からないが……焚火でもすればいいのだろうか?

 しかし、俺は現状を、火依のように楽しむほどの余裕はなかった。妹紅さんの弾幕は美麗且つ強力だ。相性のいい火依が手助けしてくれているからこそ現状有利に運んではいるが……それがなかったら今頃被弾しまくって満身創痍になっていたことだろう。

 

「まぁ、どうなってようが……諦める気はさらさらないけどな!」

 

 言葉と共にホーミング性の強いお札を投げつけるが、妹紅さんは酷く冷徹な顔でそれらを焼き消してしまう。これじゃあ牽制になっているかも怪しい。

 感情が枯れたなんてつまらないことを言うから色々挑発してみたのだが……残念ながら功を奏さなかったようだ。

 俺は下唇を噛む。反応からしてやや感情は戻ってきているように見えるのだが、それでも殺してくれと主張し続けている。しかも、よりにもよって慧音さんの前で、だ。それが……何より許せなかった。

 やはり俺が出来る最善策は、妹紅さんを倒して強引にでも認めさせることだろう。実はもう一つ試したいことがあるが、流石に危険すぎるのでどうしようもなくなった時に残しておきたいところ……

 

「……ッ!? 北斗危ない!」

「うおっ!?」

 

 俺は反射的に剣先から炎の壁を作りだし、目前まで迫っていた弾幕を焼き払う。考え事して勝てる相手じゃない。とにかく全力を出し切らないと満身創痍どころか死んでしまう!

 

「『乱符「ローレンツ・バタフライ」』!」

「『「パゼストバイフェニックス」』!」

 

 互い同時のタイミングでスペカを出し合う。距離の離れている今ならこのスペカが有効なはずと、思ったのだが妹紅さんは炎になって掻き消える。

 弾幕の翼を展開しながら辺りを見回し探すが……姿がみえない。代わりと言ったら何だが、足元に大きな鳥の紋章が浮かび上がっていた。これは……

 

「北斗! それは耐久スペカだ!」

 

 突然下から魔理沙の焦ったような叫びが届く。

 耐久スペカ! 確かパチュリーさんとスペカを作成した時に話だけ聞いたことがある。相手への反撃が不可能な状態で制限時間まで避け続けなければならないスペカ。フランが持っていたっけか? 対処法としては自動攻撃が多いため、回避方法を確立することらしいが……なんて対処法を思い出させてくれる暇もなく、紋章の両翼に魔方陣が浮かび上がり、そこから弾幕が放たれる。

 

「クソッ……!」

 

 俺は悪態を吐きながら魔法陣から抜け出そうと、背後に跳ぶ。しかし、まるで憑かれたように鳥の紋章が付いて来る。その間も両翼から魔法陣が浮かび上がって弾幕を展開していく。

 がむしゃらに飛んで紋章を振り払おうとするが、まったく離れない。むしろ空中に魔方陣乱立して、避けきれないほどの弾幕が辺りを囲っていた。

 

「あーあ、そのスペカで一番やってはいけないことをやってしまったわね。さよなら、北斗。お嬢様には私から伝えておくわ」

「咲夜さん勝手に殺さないでください! こういう時は……『反火「金鑽バックファイア」』!」

 

 俺は外野に向けて叫びながら、スペカを宣言して刀に振りかざす。すると刀身から炎が噴き出し、巨大な大剣に姿を変える。俺はそれを振り回し、殺到する弾幕も紋章から現れる魔法陣もまとめて切り裂いていく。

 火依の持ちスペカの名前を借りてさっき生み出したばっかりのぶっつけ本番スペカだったのだが、案外何とかなるもんだ。まあ、弾幕というよりただ炎を振り回しているだけなのだが。

 なんとか耐久スペカを乗り切り一息吐いたところで、遠巻きに妹紅さんが現れる。

 

「……防いだか。自信があっただけに残念だ」

「結構ギリギリでしたよ。スペカの幅が広くて羨ましい限りですよ」

「そっちは弾切れか?」

「………………」

 

 図星、だ。彼女の読み通りもう残りのスペカは少ない。いや、妹紅さんに有効なスペカはもうないかもしれない。少なくとも、これ以上やっても勝てはしないだろう。結局は綱渡りをしないと、俺の望む結果にはならないってことなんだろうな。

 ……早苗、本当にごめん。俺はどうも変われないらしい。

 俺は内心で謝りつつ封魂刀を正眼で構えて、敢えて愚直に妹紅さんの懐へ飛び込もうと試みる。火傷はまだ痛む。半ばハッタリの特攻だ。

 警戒して距離を取るかと思っていたのだが、妹紅さんは動かずにスペルカードを空に掲げる。

 

「『「蓬莱人形」』」

 

 正面から弾幕が来ると思ったのだが、俺と妹紅さんを囲むように弾幕が出現する。しかし、目の前の妹紅さんへの道は開けている。いや、私を殺せと言っている妹紅さんだ。ワザとこちらに攻撃手段を残しているのだろう。

 周囲の弾幕も巾着の口を絞る様に迫ってくる。まるで攻撃を促されているようじゃないか。

 喉元を突き刺した光景が脳裏を過るが、それを振り払って妹紅さんへ斬りかかる。振り被って、もっとも力の入る袈裟斬りをしようとするが、妹紅さんは避けない。さっきの俺の意趣返しのつもりか!?

 寸で刀を止め肩口の肉に切り込んだで済ませるが、妹紅さんは右手で刀の腹を握って更に食い込ませる。

 

「……ッ!? またか!?」

「どうした? 力が入ってないぞ?」

 

 カッターシャツが肩の傷口から赤に染まっていく。手から流れる生暖かい血が刀を伝い、指に絡む。瞬間、トラウマがフラッシュバックして手が震える。俺はそれを無理やり押さえつけ、左手で妹紅さんの胸倉を乱暴に掴み上げた。

 

「……女の胸倉を掴むとは、意外と荒っぽいんだな」

「ええ……俺だって多少は頭に来ていますから」

「頭に来る? それはいい。ついに私を殺す気になったか?」

「本当にそれしか頭にないんですね……聞こえてないんですか? さっきから慧音さんが妹紅さんが危なくなるたびに叫んでいるのを」

 

 そう言うとすぐ目の前にあった妹紅さんの顔が、一瞬だけ歪んだ。やっと気付いたか。

 俺のことも多少は心配してくれているみたいだが、慧音さんが今一番に想っているのは紛れもなく妹紅さんだ。不死であると知っていても、傷付くところを見たくはないのだ。当然だ、俺だって見たくない。

 なのに、それが当の本人に届いていない。見えていない、自分の死しか。

 

「どうして、今生きている人の声が聞こえないんだ!? 慧音さんは、まだ妹紅さんと一緒に生きたいんだよ!! 妹紅さんを……死なせたくないんだよ!」

「………………」

「聞いてるんですか妹紅さん!?」

 

 眼前から強く問いかけるが妹紅さんは歯を食いしばって、必死に沈黙を維持しようとしていた。頑な態度がますます気に入らなくて、胸倉を握る手にも自然と力が入る。

 

「自分の願いばかり駄々をこねておいて、どうして人の……慧音さんの願いは聞き届けられないのかよ!?」

「うるさいっ!! 私は……慧音が老いて死ぬ姿なんて見たくない!! 私だけ……時間に置いて行かれるのは……もう、嫌なんだよ……!!」

 

 妹紅さんは縋る様に顔を伏せ、祈る様に両手で刃を握りしめる。辛いのは痛いほど伝わってくる。いや、彼女の苦痛は人の寿命しか持たない俺にはわからない物なのかもしれない。

 きっと俺は妹紅さんに酷いことを強いているのだろう。全ての願いを叶えるピースなんて存在しないのに、それを求めているのは俺だけなのかもしれない。

 

「それでも……俺は!!」

 

 結局は俺のエゴだ。誰がどうとかじゃない。自分が納得したいなのだろう。

 ……そうだ、俺は優しくなんてない。いつだって、嫌われたくないからどんな人にも優しくする。嫌われるくらいなら、俺のことを忘れてくれた方がマシだなんて思ってしまう。ただの自己中心な人間でしかない。

 

「……慧音さんと一緒に生きてほしい。それはきっと貴女が枯れた感情を取り戻してくれるから」

「あ、あぁ……」

 

 だから、俺の事なんて忘れてしまってくれ。妹紅さんに、俺は必要ない。今共に生きる人たちの生を大事にしてほしい。これが、俺の、答えだ。

 

「わた、しは……私はっ!! 嫌ああぁぁっっ!!」

 

 葛藤に狂った甲高い叫び声と共に、妹紅さんの手、いや身体の中から炎が溢れた。握っていた左手から一瞬で身体に火の手が回る。肌の焼ける痛みで、俺は妹紅さんがやろうとしていることに勘付く。

 

「これは、自爆!?」

「炎が吸い取りきれない……!? 北斗、逃げて!!」

 

 火依の叫ぶが、もう間に合わない! 咄嗟に封魂刀を引き抜き、投げ飛ばす。

 刹那、否や目の前が光で塗りつぶされ、かつて感じたことのないほどの熱が身体を包み込む。熱さも、痛みも、一瞬。全ての感覚を奪った。


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