東方影響録   作:ナツゴレソ

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39.0 失ったモノと得たモノ

 俺の言葉にその場の誰もが呆然としていた。

 『薬を作るのは手伝うといいながら、必要としている二人には渡さない』だなんて、我ながらあべこべな発言だと自覚はある。

 だが、俺の足りない頭ではこれくらいしか思いつかなかった。それは、すべての願いを叶えるために削り出した奇怪な形をしたピースだった。

 

「……いったいどういうことだ?」

 

 妹紅さんが猛禽のような鋭い目付きでこちらを睨んでくる。今にもついばみ殺そうしそうなほど鬼気迫る形相に一度はたじろいでしまうが、深呼吸一つ。何とか話し始める。

 

「……別に意地悪で言っているわけじゃないです。ただ、その薬を今すぐ使うのではなくて、他人に預けて欲しいんです」

「他人に……」

「預ける、ですって?」

 

 輝夜さんと永琳さんも訳が分からないといった様子で呟くが、それでも構わず説明を続ける。竹林内は俺の声と小雨降る音に支配されていた。

 

「ええ、俺が決めた人に薬を預けます。その人から渡されるか、もしくは居なくなる時まで飲まないことを約束してください。そうして頂けたら薬作りを手伝うことを約束します」

「はっ……」

 

 俺の提案に対して真っ先に反応を示したのは妹紅さんだった。両手に炎をまとわせながら、くだらないと吐き捨てるように首を振る。彼女に雨がぶつかる度にそれが蒸発し天へと登っていった。

 

「そんなまどろっこしいことをする必要がないな。そんなことをしても……」

「無意味でしょうね。勝手に死のうとする貴方には、ね」

 

 敢えて挑発的な口調で呟く。すると一瞬だけ、妹紅さんの目の中に火花が散るが……点火がすることなくまた暗い赤色に戻ってしまった。

 妹紅さんは小さく鼻で笑うと、後ろで束ねた髪を払った。

 

「なら何の意味があるんだ?」

 

 ワザとらしく冷めた口調で妹紅さんが尋ねてくる。いかにも興味無さそうに聞いているが……そんなことないのくらいわかっていた。

 俺は息を一つ吐いてから……作り笑いを浮かべながら、答える。

 

「貴女と出会った……共に時間を過ごしたいと願う人のために」

 

 そう言ってから俺は後ろでこの状況を見守っている人へ向かって視線を送る。妹紅さんも釣られるようにそちらを見る……慧音さんの方を。

 

「……妹紅」

 

 慧音さんが震える声で名前を呼ぶ。両手を組んで、祈るように俺たちの様子を見つめている。その姿を見た瞬間、妹紅さんの淀んだ瞳があからさまに揺らいだ。

 

「けい、ね……」

 

 やっと気付いた。この提案の意味を。誰に薬を預けるのか。俺は輝夜さんの方へ向き直る。

 目が合った瞬間、静かに傍観していたその顔にあからさまな緊張が走り、ビクリと身が震えるのがわかる。罪悪感が胸を透くが、それでも俺は言わずにいられなかった。

 

「蓬莱人にとっては一瞬の時間かもしれません。けど、その一瞬だけしか生きれない者にはそれがすべてなんです。だから、簡単に死のうとなんてさせません」

 

 そう言い切ると輝夜さんは唇を噛みながら視線を逸らしてしまう。そしてややあってから言い訳するように、ボソリと呟く。

 

「……死にたいと思ってるやつが偉そうに言うわね」

「………………!」

 

 俺は一瞬思考がストップしてしまう。どうしてそれを知っているんだ……?あまりの不意打ちに茫然としていると、横から霊夢が飛び出て声を張り上げる。

 

「ちょっと、それは秘密にする約束じゃない! 一日持たずにバラすな!」

「うるさいわ! コイツが好き勝手言ってくるから私も好き勝手に言うだけよ!」

「この自己中引き籠りが!」

「黙ってなさい部外者巫女!」

 

 霊夢と輝夜が胸倉を掴みかかりそうなほどの威勢で言い合う。ああなるほど……霊夢が言ったのか。なら納得だ。別にそれについて怒りはしないが、大っぴらにしたい話でもないので困惑してしまった。

 動揺する心臓を深呼吸で押さえつけてから二人を宥める。

 

「霊夢、ストップ。輝夜さんも落ち着いてください」

「……北斗!」

「ふん……! で、どうなのよ!?」

 

 開き直った輝夜は、俺を睨ながら問いかけてくる。

 貴族達を袖にした時もこんな感じで強気に言い返したのかもしれない。そんなことを想像してしまうと、つい笑みが零れてしまった。結果その笑い声が輝夜さんの怒りに火を注いでしまう。

 

「何笑ってるの!?」

「いや、すみません……ええ、確かに俺はそう思っていましたよ。けど、俺は今も生きてます。これからも死ぬつもりはありません」

「……口では何とでも言えるわ」

「ま、そうですけどね。けど、死ねない理由ならちゃんとあります」

 

 そう、理由なら今ここにある。

 幻想郷に来るまで失っていたもの。たった数ヶ月しか経っていないのに、博麗神社、紅魔館、人里、白玉楼、妖怪の山、そして永遠亭……色んな所へ行き、色んな人、妖怪、その他もろもろと出会い、話をした。

 霊夢に助けてもらって、フランちゃんと友達になり、紫さんや幽々子さんに殺されかけて、早苗と再会して、火依と出会って……

 全ての繋がりを断って幻想郷に来た俺が、ここで手に入れたものが繋がりだなんて、馬鹿馬鹿しい皮肉だ。

 俺は霊夢達を親指を差して苦笑いしてみせる。

 

「勝手に死んだらあの世まで追ってきて説教しそうな人達に囲まれてますからね。死ねないんですよ」

 

 それに……あの時の、外の世界で交わした早苗との約束もある。まだちゃんと思い出せないのは歯がゆいけどな。だから、せめてものフォローに自虐を呟く。

 

「まぁ、輝夜さんの言う通り、偉そうには言えないですけど」

「……そこはちゃんと最後まで格好つけろよなー!」

「私はそこまでしませんよ……お嬢様に命令されでもされない限りね」

「多分幽々子様が貴方を雇うんであの世には行けないと……」

 

 魔理沙達がやんややんやと好き勝手言う。そんな姦しい彼女たちを目の前にしてどう思ったのかわからないが……輝夜さんはややしてから、口を尖らせた。

 

「……わかったわよ。それが条件なら私は構わないわ。私は別に死に急ぐ理由もないし。永琳もいいわね」

「姫様がそう仰るなら、私からは何も言いません。ですが……ただ一人納得できない者がいるようですね」

 

 永琳さんが言い終わるや否や、頭上から炎球が俺に向かって飛んでくる。とっさに躱そうとするが、その前に結界と五芒星がそれを防いだ。

 

「……不意打ちとはいい度胸じゃない」

「センパイには指一本触れさせませんよ……色んな意味で!」

 

 舞い散る火の粉の中、二人の巫女が俺の前に仁王立つ。霊夢と早苗が防いでくれたのか。俺はすぐさま炎の出所を見上げ、そして……落胆してしまう。

 

「やっぱり……どうしても、納得してくれないんですか、妹紅さん?」

「当然だ。慧音は……この件に関係ない。これは、私とお前の問題だ」

 

 妹紅さんは空中で、炎の翼を羽ばたかせながら言う。不死、炎、翼……それが不死鳥を連想させた。霊夢と早苗が身構えるが、俺はそんな二人を制する様に前へ出る。

 

「……わかりました。ならばスペルカードルールで勝負しましょう」

「北斗、こいつはアンタじゃ勝てない! 馬鹿正直に一人で戦う必要はないわ」

「そうです! いつもセンパイ一人で戦って……私だって!」

 

 俺を必死に止めようと霊夢と早苗が声を上げてくれるが……俺は鞘入りの刀を抜いて二人を止める。確かに二人の助力があれば妹紅さんに勝てるだろう。だが……

 

「悪いが……二人とも下がってくれ。妹紅さんは俺と妹紅さんだけの問題だって言っていた。なら、俺一人で戦うことで納得させるのが筋だ。魔理沙達も手を出すなよ!」

 

 俺はそう叫びながらながら妹紅さんと同じ高さまで飛び上がる。すると一連の様子を見ていた妹紅さんは、どこか狂気染みた笑みを浮かべる。

 

「ただの人間の身体で言うじゃないか外来人! 精々死なないでくれよ! 『不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」』!」

 

 妹紅さんは問答無用と言った様子でスペカを掲げる。すると巨大な鳥を模した炎弾が飛んでくる。さらに通常の弾幕で上下左右の逃げ道を塞がれてしまう。駄目だ、躱せそうにない。瞬く間に俺の視界に火の鳥が迫ってくる。

 

「北斗!!」

 

 誰かが緊迫した声を上げる。しかし、これは俺を心配する声じゃない。これは……合図だ。

 事前に、こうなることは予測していた。きっと、妹紅さんとは戦うことになるだろうと。だから……準備をしていた。

 俺は肌が焼け付く熱気の中、封魂刀を抜き打ちで振るって火の鳥を迎え撃つ。一瞬目の前で炎が爆発する、が瞬きした次の瞬間には炎は跡形もなく消滅していた。

 

「なっ……!?」

「何ぃ!? 弾幕を斬った!?」

 

 妖夢と魔理沙が素っ頓狂な声を上げる。弾幕を斬った、か。妖夢なら出来そうだが、今のところ俺にはそんな名人芸やれる気がしないな。

 続けて火の鳥が飛んでくるが、それも出来るだけ引き付けて切り裂いていく。そうするたびに炎はあたかも蜃気楼のように消えていく……否、刀の中に吸い込まれていった。

 全弾捌き切ったところで、妹紅さんも不思議そうな顔に首を傾げた。

 

「……一体何の手品だ?」

「種も仕掛けもある手品さ……だよな、火依」

「……久しぶりの濃厚な炎で胃もたれしそうだけどね」

 

 俺の背後から火依がひょっこり顔を出して言う。相変わらず暢気な口調につい頬の端が吊り上がる。まったく頼もしい限りだ。

 

「言い忘れてました……一対一と言いましたが、俺の刀には居候がいるんですよ。ま、式神みたいなものと思ってください」

 

 俺は封魂刀を目の前に突き出すと、紅蓮の炎が刃に纏わりつく。熱く燃え盛る刀を構えた俺と翼を広げた火依で妹紅さんを見据える。

 

「そいつの力くらいは借りさせてもらいますよ!さあ、千年もの生の間に自分の炎に焼かれた経験はありますか!?」


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