東方影響録   作:ナツゴレソ

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38.0 ズルい後輩と相反する想い

「……いや、説教はいいんだが、どうして布団に入ってくるんだ?」

「えっ、いやその……」

 

 俺の背中にくっ付く早苗に尋ねると、先程までの怒りの籠った声と打って変わってしどろもどろな声が返ってくる。

 とにかく居心地が悪いので布団から出ようとするが、早苗は俺の背を掴んだまま離さない。

 

「……おい」

「病人なんですから布団入ってないと駄目ですよ」

「じゃあ病人を安静に眠らせるためにも布団から……」

「出ません。大人しく横になっててください」

 

 まったく我儘というか頑固だ。やっぱり幻想郷に来てから少し我が強くなった気がする。きっと周りに毒されたんだろうな。

 まあ、霊夢達と渡り合うにはこれくらい強引じゃないといけないのかもしれない。俺もこうなってしまうんだろうか?気を付けないとな。

 

「はぁ……それで、説教って? 今回俺は被害者だと思うんだが……」

「じゃあ、まず聞きますけど……どうして妹紅さんの時は断らなかったんですか? 輝夜さんの時ははっきり断ったそうじゃないですか」

「それは……」

 

 ……ああそうか、火依には妹紅さんに対してだけ悩んでいたように見えたかもしれない。けど永琳さんの話を聞いて、半日ほど考えていればいろいろと思うところが出てくる。

 何世代もの始まりと終わりを見つめながら千年の時を生きた二人……いや、蓬莱の薬を飲んだとしたら妹紅さんも同じ時間を経験しているのだろう。もし俺が三人の千年来の願いを叶えられるというなら……

 

「少し考えたらさ、俺にしか出来ないのならそれは仕方ないのかなって、思う様になって……」

「……それですよ。それがおかしいんです」

 

 早苗に背中を握り拳で叩かれる。さほど痛くはないが、不意を突かれて口から空気が漏れてしまう。気持ちの塊を叩きつけられているような感覚だ。

 

「仕方なくないですよ。センパイには関係ないじゃないですか。なのに……倒れてしまうほど嫌なことをする必要ないじゃないですか」

「そう……かもしれないな」

 

 ……いや、早苗の言う通りなのだろう。実際、最初輝夜さんに話を聞いたとき、断ったのはそういう理由だった。あの時逃げ切れれば、永琳さんの話を聞かなければ、それで済んだ話なのかもしれない。

 

「けど、もう共感してしまったんだ。俺には分からない苦しみなのかもしれない。けどそれを俺が消し去れるならそれでいいのかもと思ってしまったんだよ」

「……センパイは優し過ぎます。誰にも優しい、けど自分にはその優しさを向けられない。もっと自分を甘やかして、いいんですよ」

 

 まるで自分のことみたいに悲痛な声。早苗に俺の寝間着の裾を握り込まれ、僅かに息が詰まる。自分に向ける優しさ、か。早苗は俺のことを、優しいと思っているのか……

 違う……違うんだよ。早苗は勘違いしてる。俺は優しくなんかない。優しさは相手のことを思いやることなんだ。俺のは、違うんだ。それは決して自分に向けられないものであって、自分のそれは自分にだけ向けられた歪なものなんだよ。

 

「嫌なことは嫌と言っていいんです。幻想郷は……それが許されるんです。お願いです……自分を、大事にしてください」

 

 早苗は俺の背に縋り付くようにしながら小さく丸まった。まるで子供が駄々をこねているような姿だ。俺はそんな彼女に対して何も返せない。ただ、早苗の言葉を待つしか出来なかった。

 しばらくして、早苗が身動ぎしてから喋り出す。

 

「もし……もし、自分のためにそれが出来ないなら……私のためにそうしてください」

「早苗……」

「私は……センパイが傷付くところを見たくないんです。だから、お願い……します……」

 

 この後輩は……ズルい。そんな言われ方をしたら、断れないのを知っているだろうに。俺を優しすぎると言いながら、早苗はそれを利用するのだ。

 本当に、優しくて、ズルい。

 

 

 

 結局早苗はそのまま眠ってしまった様だ。俺は後輩に布団を明け渡そうとしたのだが、彼女は俺の服を握ったまま眠ってしまったため、脱出は出来なかった。

 仕方なく俺は、妖夢と慧音さんに何を言われる戦々恐々しつつ眠ることにした。普段なら目が覚めて眠れない時間帯だが……早苗の寝息のせいか、その日はすんなりと眠りに就くことが出来た。

 

 

 

 

 

 翌朝、目が覚めたときはまだ誰も起きていなかった。ダメ元で布団から抜け出そうと試みると、握りが弱くなっていたのかあっけなく抜け出せてしまう。

 ……何故かちょっと寂しく思ってしまった。俺は早苗を起こさない様そっと起き上がり軽く伸びをしてみる。ポキポキと色んな箇所で骨が鳴った。

 

「……こりゃ、寝てるより体動かした方がいいな」

 

 俺は早苗に布団を掛け直してから、軽く運動をするつもりで表へ出る。雨は小雨程度しか降ってなさそうだし、ストレッチくらいなら大丈夫だろう。つっかえ棒を外して木製の戸を開けると、片隅でビクリと何かが動いた。

 

「……ん?」

 

 反射的にその方を向くと、軒下に誰かがしゃがみ込んでいた。見覚えがある。永遠亭にいた女の子だ。カッターシャツにプリーツスカートを濡らし、長い兎耳を力なく垂れ下げながら膝に顔を埋めて眠っている。

 おそらく俺を追いかけて来たんだろうが……どうしてここで眠っているのだろうか?

 本来なら危険な行為なのかもしれないが、声を掛けてみることにした。

 

「あの……君、大丈夫?」

「へ、ふぇ!? あれ、私……寝てて……」

 

 兎耳の子は反射的に顔を上げ、辺りを見回す。そして、俺と目が合う。見ていると平衡感覚がなくなりそうな深紅の瞳だった。

 

「………………」

「えっと……こんな所で寝てたら風邪引くよ?」

 

 なんて話掛けたらいいか分からず、とりあえず頭に思いついたことを言ってみる。すると、女の子は一瞬茫然として……次の瞬間ダムが決壊したかのように咽び泣き始めてしまった。

 

「えっ、ちょ、どうしたの突然!?」

 

 俺は女の子の近くに片膝を突いて尋ねるが、女の子はただボロボロと涙を流して首を振るだけだった。

 

 

 

 よく事情が分からないが、この子が余程不憫に思えてきた俺は勝手だが家に上げることにした。

 勝手にお風呂を沸かし入るように勧めてから、その間に朝食を作る。台所で大根の葉を刻んでいると、後ろから話し声が聞こえてきた。

 

「……いえ、泊まらせて頂いたのですからあさげは私が作りますよ」

「いや、お客さんにそんなことをさせるわけには……って、北斗じゃないか。もう寝てなくていいのか?」

 

 もうすぐご飯が炊き上がるかというタイミングで慧音さんと妖夢が起きてきたようだ。本当にタイミングがいい。あの子の着替えをどうしようか困っていたところだ。

 

「ええ、動いた方が楽なんで台所をお借りしてます。あと……ちょっと、着替えを用意してもらえませんか? とある事情で女の子がお風呂を借りてるんですけど……」

 

 俺は調理の手を止めながら慧音さんに向かって頼むと、蔑んだ目で俺を見つめてくる。

 

「……君は、時と場所を選んだらどうだ? さすがに私の家でそんなことをされたとなると私も黙ってないぞ!」

「ちょっと説明するんでその目止めてください辛いです!」

 

 

 

 

 

 

 俺と慧音さんと火依、早苗と妖夢、そして軒下で眠っていた兎耳の女の子……鈴仙さんとで食卓を囲む。

 俺の布団で眠っていた早苗のことも含めて説明をし終えると、慧音さんは呆れながら笑った。

 

「そうか……君もなかなかお人良しなのだな」

「ええ、そうです! センパイはどうしようもない筋金入りのお人良しです! それにしても味噌汁一つ取っても美味しいですね、流石です」

「蔑むか褒めるかどっちかにしてくれ……」

 

 俺は美味しそうに味噌汁を飲む早苗に苦笑いする。早苗はともかく、兎耳の女の子の舌に合うかどうか不安だったが、満足げな表情をしてた。あぁ、よかった。

 

「それで……君はどうして家の前で眠っていたの?」

 

 俺は一旦箸を止めて鈴仙さんに尋ねる。すると鈴仙さんは顔を伏せて、か細い声で喋り始めた。

 

「それは……お師匠様に貴方を追う様に言われて……けど、4対1は流石に分が悪いから様子見ていたんだけど……」

 

 鈴仙さんは涙目になりながら、絞り出すように呟く。まったく損な役回りを押し付けられたものだ。兎というより子羊のように思えてしまう。

 

「師匠には連れて帰るまで帰ってくるなって言われてたから、帰るに帰れなくて……雨でびしょ濡れだし、お腹空いたし、なんだかいちゃいちゃし始めるし……」

「い、いちゃいちゃだなんてそんな……やっぱそう聞こえますよねぇ、えへへ……」

 

 弱音を吐く鈴仙さんを他所に、何故か早苗が嬉しそうにニヤけている。空気を読んでもらいたかったが、とりあえず無視することにして鈴仙さんに向き直る。

 

「……えっと、それじゃあ俺を連れて戻らないと帰れないと」

「そうです、けど……」

 

 鈴仙さんは涙を拭いながら真剣な瞳で俺を見据える。その表情から先程までの子羊の様子はない。真っ直ぐ向けられた赤い目の奥に俺が映っていた。

 

「本当は貴方を連れていきたくないんです。きっと怒られるけど、それでも……構いません!」

「どういうこと?」

 

 妖夢が訝しげに首を傾げながら鈴仙さんに尋ねる。俺もジッと答えを待っていると、ややして鈴仙さんは意を決した様に口を開いた。

 

「貴方を連れていけば、きっと姫様とお師匠様はすぐに死んでしまいます。そしたら私の居場所がなくなる、から……」

 

 尻すぼみに鈴仙さんの声が小さくなっていく。けれど、言いたいことはわかった。

 そうか……この子は輝夜さんや永琳さんに死んでほしくないのだ。彼女は人間じゃないらしいが、それでも不老不死と妖怪の寿命ではいつか別れが来てしまう。

 けれど、今は同じ時間を生きているのに違いないのだ。

 

「……慧音さん。今の話、どう思いますか?」

 

 俺はあえて慧音さんに話を振る。慧音さんは一瞬虚を突かれたような顔をするが、少しだけ瞑目してから言葉を紡ぐ。

 

「……私も同じだよ。妹紅は私の友人だ。我儘かもしれないが、まだ居なくなってほしくない……」

 

 慧音さんはグッ、と息を呑むと突然身体を後ろに引き、畳に額を付けて頭を下げる。

 

「頼む、アイツを止めてくれないか!? 私はまだ……アイツと、妹紅と生きていたいのだ!」

「わ、私からもお願いします! どうにか断ってください!」

 

 鈴仙さんも同じように頭を下げる。女性二人に土下座されどうすればいいか困惑してしまう。そうしていると、二人の姿を見た火依が真っ直ぐに俺を見遣ってくる。

 

「北斗……」

 

 俺は目の前で頭を床に付ける二人と懇願するような瞳を受けて……黙り込んでしまう。箸を握りしめ、ない頭脳を必死に働かして考える。不老不死を終わらせたい輝夜さんと永琳さん、そして妹紅さん。同じ時を生きたいと言う慧音さんと鈴仙さん。

 俺は、どうすればいいのか……しばらく目を瞑って考える。

 相反する二つの想い。どちらかを切り捨てなければいけないのか?どうにかできないか……? 生きていられる時間が違う彼らが、同じ時間を生きるためには……

 

 

 

 ……それは残酷な結論だった。

 きっと輝夜さんと妹紅さんには受け入れてもらえないだろう。けれど、これしかない。この無理を罷り通すには……これしかなかった。

 

「わかりました」

 

 俺の返答に部屋にいる全員が注目する。ご飯と味噌汁を一気に掻き込んでから、大きくため息を一つ吐いてから、言う。

 

「準備ができたら竹林へ行きましょう。俺の答えが決まりました」


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