東方影響録   作:ナツゴレソ

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36.5 3対3

「はぁ……降り始めちまったか……」

 

 魔理沙は帽子を深く被って、鬱陶しそうに溜息を吐く。私は雨の雫で濡れたその憂鬱そうな横顔が腹立たしくて、文句を吐き出した。

 

「それもこれもアンタが闇雲に北斗を探し回ってるせいでしょう? アンタを見つけるのでかなり時間を食っちゃったじゃない!」

 

 というのも、最初私は一人でも向かうつもりだったのだ。けれど、咲夜に戦力が必要だと諭され、渋々先に魔理沙達と合流を優先することにしたのだけれど……

 まあ、冷静になってみれば以前あいつ等と戦った時は、紫と二人掛かりだった訳だし……私が楽できるならその方がいいものね。

 ……なんてことを考えて賛同したけど、これほど魔理沙を探すのに手間取るとは思ってもみなかった。

 

「結局早苗達の方は見つからなかったし……ま、3人いればなんとかなるか」

「そう願いたいわねぇ……」

 

 流石の咲夜もクタクタのようで、自分の肩を揉んでいた。これだけ苦労をかけさせられて、ただ単に北斗が怪我しただけだったら、一体どうしてくれようかしら……?

 北斗への罰ゲームを考えながら、私達は勘を頼りに竹林を降りて永遠亭を捜索する。

 しばらくうろうろしていると、永遠亭……ではなく、竹と竹の間に張られた鳴子を見つけた。足元に張られているが竹の先に触れれば、鳴ってしまう仕組みになってるみたいね……

 

「何だこれ?」

「……まあ、見た通り罠じゃない?」

 

 私と魔理沙でしゃがみ込んでちゃっちい罠を眺めていると、その間を咲夜がナイフ片手に割って入る。

 

「こんな罠に掛かる人の気が知れないわ。けれど一応、切っておきましょうか」

 

 そう言うと咲夜は鳴子の糸を切ってしまう。するとカラカラと雨の竹林に乾いた音が鳴り響いた。結構大きな音だ。私がそれを聞いた瞬間、咲夜と魔理沙が同時に顔を見合わせる。

 

「………………」

「……何の気が知れないって?」

「くっ、鳴子……なんて卑怯な罠……!」

「馬鹿やってないでさっさと行くわよ。誰がこの罠を仕掛けたかわからないけど、無視よ無視!」

 

 私は漫才やってる二人を無視して立ち上がり、先を歩いていく。

 そういえば北斗はいつも一人で永遠亭へ辿り着けないってぼやいていたけれど……私、迷ったことないのよねぇ。なんとなく歩いていれば、いつの間にか着けるものだと思っていたわ。それなりに何でもこなせる奴だけど、意外と方向音痴だったりして。

 

「はーい、ちょっと待った。悪いけどここから先は通せないよ」

 

 そんなことを考えていると私達の前に耳と背と胸が小さい方の兎が立ち塞がる。もしかして永遠亭からの刺客かしら? 雨の中ご苦労なことね。えっと、名前は……なんだっけ? 思い出す前に魔理沙がずいと前に出て声を張る。

 

「やい、小さい方の兎!北斗を返せ!」

「北斗……? ああ、毎回落とし穴に引っかからないあの男か。返せと言われても今永遠亭にはいないわよ。あと、私の名前は因幡てゐ」

「永遠亭に居ない……どういうことかしら?」

 

 咲夜が首を傾げて聞く。あの魔女が捜索に失敗していた可能性は……ありそうだけど、アレが正しい光景なら北斗はまともに動ける状態ではなかったはずだ。

 状況が理解できず顔をしかめていると、兎がダルそうに背を丸めながら咲夜の質問に答える。

 

「どうしてそれを知っているのか逆に聞きたいくらいなんだけど……まあ、いいや。ちょっと色々あった内に逃げ……どっか行っちゃったのよ」

「……今逃げるって言った気がするけど」

「気のせいよ」

 

 さいで。まあ、北斗が無事にしろいないにしろ、永遠亭には向かうのは変わりない。

 逃げ出した北斗、永遠亭に近寄らせないこの兎、その様子からして永遠亭の連中は何か企んでいるに違いない。私が魔理沙と咲夜にも目配せすると、ウィンクが返ってきた。なぜウィンク?

 

「ま、どちらにしろここは通してもらうわよ。どうせアンタは何も知らないでしょう? 上の奴に聞かないと話にならないわ」

「それは困るなぁ……形だけでも止めないと、後で文句を言われるもの。せめて、一人くらい足止めしとかないと」

 

 兎はチラリと横目でこちらを見て、ニヤリと笑う。ああ、なるほど、そういうことね。

 てゐにしてみたら最低限の仕事はしたと言えたらいいのだろう。二人も察したようで、私と魔理沙と咲夜で輪を作り、手を出し合う。

 

「さーいしょはグー」

「じゃーんけん」

「ぽい」

 

 私と魔理沙はパー、咲夜はチョキだった。私は一人勝ちのメイドを睨みつける。

 

「……能力使ってないでしょうね?」

 

 私は咲夜を睨むが、澄ました顔で視線を逸らされる。ま、どちらが楽とかなさそうだからいいんだけどね。そんな私達の様子を黙って見守っていたてゐが、露骨に嫌そうな声を上げる。

 

「……げ、よりにもよって悪魔のとこのメイドか。どれも面倒くさいけど、よりによって一番血の気の多いやつじゃんかよ……」

「安心なさい。1フレームで終わらせたりはしないから」

 

 咲夜は手でナイフを弄びながら微笑む。

 ま、確かに私達の中では一番危ないかもね、二番目はもちろん魔理沙だけど。その二番目に危険な魔理沙が咲夜の肩を叩いて笑う。

 

「それじゃあ、後は頼むぜ咲夜」

「ええ、任せなさい。これが終わったら兎鍋でもしましょうか」

「笑えない冗談だね……できるものならやってみな!」

 

 咲夜とてゐのそんなやり取りを背に、私と魔理沙は永遠亭へ向かって飛んだ。

 

 

 

 しばらく勘を頼りに飛ぶと、永遠亭が見えてくる。厄介というか好都合というか……その屋根に弓を持った永琳が雨も気にせず立っていた。いつもは柔和な笑みを仮面よろしく張り付けているのに、今は険しい顔をしていた。

 

「止まりなさい。これ以上進むことは許さないわ」

「おいおい、臨戦態勢じゃねぇか。穏やかじゃないな」

 

 魔理沙が宙に浮かべた箒に腰掛けながら言う。対して永琳は弓を構えはしていないものの、いつでも放てるように矢を番えていた。そして、疲れたようなため息を吐いて、肩をすくめる。

 

「立て込んでいるのよ。このまま大人しく帰るなら何もしないわ。貴女達だって痛い目は遭いたくないでしょう?」

「随分上から目線ね。そんなことより北斗をどうするつもりなの?」

 

 私が率直に聞くと、永琳はピクリと眉を潜めた。そして硬い表情のまま言葉を返してくる。

 

「……貴女達には話す必要はないことよ」

「そうかぁ?こっちは北斗を探してここまで来たんだ。無関係ってことはないと思うぜ」

「………………」

 

 魔理沙の挑発染みた勘繰りに、永琳は表情変えず押し黙っている。

 駄目ね。私は直感的に、こいつからは話は聞けないと思った。彼女の言う通り私達に話す道理がないし、おそらく話せば私達に邪魔される可能性の方が高い。そう思っているのでしょう。

 以前の満月が訪れない異変の際もそうだったが、彼女らは自分たちの事象に関わってほしくないと思っている節がある。

 けど、今回はそれじゃ済まされない。少なくとも今回は北斗が巻き込まれているのだから。お人好しなアレに下手なことを吹き込んだら何を仕出かすかわからないもの。

 しばらく答えを待ったが、一向に沈黙しか返ってこない。どうやら話すつもりはないらしい。このままでは埒が明かないわ。

 私は一つ息を吐いてから、永琳に向かって言う。

 

「わかった。アンタは忙しそうだから、代わりに輝夜に聞くわ」

 

 私の言葉に永琳は呆れたように首を左右に振ってから、流麗な動きで弓を引き始める。

 

「……私が今忙しいのはね。それをさせないようにするので、忙しいのよ。これ以上手間を増やさないで頂戴」

「あら、そうだったの。けど悪いわね無理やりにでも通してもらうわ」

 

 私と永琳は互いに睨み合う。私がお札を投げつけようとしたその時、交差する視線の間に魔理沙が割り込んできた。

 

「おっと、私を無視して話を進めるなよな!」

「あら、何時ぞやの時みたいに二対一で勝負するのかしら?私はそれでも構わないけれど」

 

 永琳が自信満々の様子で言う。つまらない挑発だ。それに対して魔理沙は鼻で笑って返す。

 

「へっ! お前なんて私一人で十分さ。そんな訳で霊夢、先に行け」

「魔理沙……」

 

 魔理沙は背中を向けながら、私に力強く言ってのける。そんな思いっきり格好付けた背中が心配になって、つい問いかける。

 

「……大丈夫なの? 瞬殺されない?」

「信用ねぇなぁオイ! 任せろよ、こいつを倒して後から追いつくさ」

 

 魔理沙は顔だけこっちを向けて、ニッと笑った。相変わらずの馬鹿ね。私は肩を竦めてからその背中を一発叩いてやる。

 

「そ、じゃあ頼んだわよ。魔理沙!」

「任せろ、霊夢!」

 

 魔理沙の返事を聞いた私は永遠亭へ向かって全速力で突撃する。が、当然相手も素直に行かせてはくれない。

 

「させると思う!? 『天呪「アポロ13」』!」

「させてみせるぜ! 『光撃「シュート・ザ・ムーン」』!」

 

 背後で閃光と衝撃、そして雨の飛沫が弾けた。けれど振り返ることはしない。私はびしょ濡れになるのも構わず、魔理沙を信じてただ前へと飛び続けた。

 

 

 

 

 

 永遠亭の中には誰もいなかった。耳の長い方の兎でもいるかと思ったんだけど、どうやらいないようね。アイツは厄介だから助かるけれど。普通の長さの廊下をしばらく進んでいくと、それは居た。

 

「……表が騒がしいと思ったら、ついに来てしまったのね」

「その言い草だと、こうなることが分かっていたようね……今度は何の異変を起こすつもり?」

 

 私は庭に足を投げて退屈そうに雨を眺めている輝夜に向けて尋ねる。輝夜は緩慢な動きで私の方を見て、小さく微笑んだ。

 

「異変じゃないわ。強いて言うなら……魔が差しただけ」

「北斗の能力に?」

「ええ、私を殺せるかもしれない可能性に」

 

 ……ああ、合点がいった。こいつらは、北斗に人殺しをさせようとしているのだ。いや、自殺幇助の方が近いかしら。

 北斗の影響の力ならそれも出来なくはないだろう。いや、あの医者が関わっているあたり十中八九できるかもね。

 

「だから、あいつを監禁したのか」

「彼には悪いと思っているわ。手荒な真似はしたくなかったのだけれど……そもそも彼自身巻き込みたくはなかった」

「……よく言う」

 

 そんなの言い訳にもならない。まったく最悪よ……腸が煮えくりかえりそうだ。

 やっぱり新聞なんて碌なものじゃない。北斗の能力を知れ渡れば、確実に誰かがその能力を狙う者が現れると思っていた。それだけ異常な能力なのだから。

 それはいい。良くないけど、本人もあるようだし、それなりに覚悟しているだろう。そうじゃないと強くなろうなんて思わない。ただ今回の件は違う。北斗にさせようとしていること自体に問題がある。

 

「なんで、なんでよりにもよって北斗の前で死にたいなんて言ったのよ!」

 

 私は思わず声を荒げてしまう。目の前の輝夜も驚いたようで目を丸くしている。自分でもびっくりだ。私は今、他人のために怒っていた。

 

「アイツだってそう思ってるのよ! 死にたいって! それを……そんな奴に、自分を殺せだって!? 御姫様の我儘もいい加減にしなさいよ!」

 

 思いついたまま捲し立てると、輝夜は顔を伏せる。反省してるつもりかしら? しかし、私はお構いなしに胸倉を掴んで起き上がらせた。

 

「何とか言いなさいよ……!」

「……さい」

「……あ?」

「うるさいって言ったのよ! 死ねない身体になったこともない人間が偉そうな口を叩くな!」

 

 輝夜は私の胸倉を掴み返しながら吠える。ただただ感情的な幼稚過ぎる言葉が私の頭に血を昇らせた。

 うるさい? 偉そうな口を叩くな? どっちがだ!? 私は口が動くまま勢いに任せて言葉を放っていく。

 

「ええ、なったことないわよ! 私は不老不死に興味なんてないもの! 自分が欲したものなのに都合が悪くなったらそれを槍玉に上げて悲劇の女性気取り!? 千年生きている癖に甘ったれたことを言うんじゃないわよ!」

「何よ!? そもそも北斗君から言われるならまだしもアンタから言われる筋合いはないわ。過保護か彼女気取りか知らないけど黙っててくれる!?」

「なっ、かの……アイツがそれを言えるような人間だったら……ああ、もう! どうして私がアイツのために怒らないといけないのよ!!」

 

 何だか訳が分からなくなって叫ぶ。気付けばお互いに手を放して距離を取っていた。ああ、むしゃくしゃする。普段の私らしくない! それもこれもコイツと北斗のせいだ。

 私はお祓い棒、輝夜は蓬莱の玉の枝を構える。もう言葉はいらない。ただ全力で、怒りとストレスその他もろもろを乗せた弾幕を放った。


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