東方影響録   作:ナツゴレソ

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3.5 霊夢から見た外来人

「もう朝……」

 

 身体が重い。昨晩はどうも寝付きが悪かった。

 いつも通りの布団、いつも通りの寝間着で眠った。冷え込みも眠れないほどではなかった。隣で眠る魔理沙の寝相の悪さにも慣れている。そう、慣れていないのは……

 

「北斗さん、どこで寝たのかしら……?」

 

 私は伸びを一つし布団から出ると、服を着替え北斗さんを探すことにした。

 その姿はすぐ見つかる。台所で慣れたような手つきでお鍋に味噌を溶いていた。私はその背に呆れ混じりの声を掛ける。

 

「……なにしてるんですか?」

「あ、霊夢、おはよう。勝手で悪いけど朝食作ろうと思って……迷惑だった?」

「え、いや……そんなことはない、ですけど……」

「それはよかった。もう少し時間あるし、顔を洗うついでにお風呂に入ってくれば? さっき沸かしたばっかりだし暖かいよ」

 

 つい口籠った返事をしてしまうが、北斗さんは振り向くことなく手を動かしている。

 居候させるというなら、存分にこき使ってやろうと思っていたのだけれど、こう自主的に動かれてしまうと、こちらも反応に困ってしまう。しかも有能で気配りも行き届いている。さながら咲夜のような気配りっぷりだ。レミリアもあんな性格になるわけね。

 

「……せっかくの気配りだし、そうさせてもらいます」

 

 私は少し迷ったけれど……北斗さんの好意に素直に甘えることにした。

 

 

 

 

 

 身体を洗ってから小さな湯船に浸かると、さっきまで感じていた体の重さがお湯に溶けていくようだった。

 

「ふ、ぅ~、朝風呂もなかなかいいわね」

 

 思わず独りごちると、言葉と共に出た吐息が湯煙と混ざる。

 昨日は結界の修復で忙しかったけれど、それ以上に精神的に疲れたみたいだ。慣れない状況のせい、というより……

 

「あれのせい、かな」

 

 私は檜の天井に向けて独り言を放つ。あれとは他でもない、北斗さんのことだ。

 初めて北斗さんを見たとき、随分頼りがない人だと思った。妖怪の中でも一応最強クラスの紫に命を狙われていたのだから無理もないけど……少なくともそういう目で意識することはないと思っていた。

 一緒に住むように紫に言われた時も、面倒としか思わなかった。襲ってくるようなら簀巻きにして妖怪の餌にすればいいし。だからその夜、息がかかるほど近くに彼の顔があった時も、さっそくどうしてやろうかとしか考えていなかった。

 

「いなかったのに……」

 

 頭を撫でられたその瞬間、頭が空っぽになってしまった、体が動かなくて、言葉もまともに出なかった。

 北斗さんはすぐ部屋を出ていったけれど、その後もしばらくは動けなかった。

 

「意識、しているのかしら……?」

 

 そう思うとなんだかモヤモヤとした気分になる。よく考えれば知り合いと呼べる異性は霖之助さんぐらいしかいないし、慣れていないのかもしれない。けどそれとは違うような気もする……

 自分の事なのに分からない、嫌だ。私は振り払うように手で救ったお湯を顔に打ち付け、勢いを付けて湯船から飛び出した。

 

 

 

 風呂から上がると炬燵に朝食が並んでいた。ご飯に切り干し大根と油揚げの味噌汁、白菜のおひたしに納豆も用意されている。

 男が作ったと思えない所帯染みた品目だ。品目が多いのは外の世界との意識の差かしらね。

 流石に魔理沙も起きていて、炬燵から亀の様に顔を出していた。

 

「おー、霊夢。飯出来てるぞー」

 

 気の抜けた声音で魔理沙が言う。まだ眠たそうだ。片や北斗さんはというと、調理に使った鍋や菜箸を洗い始めていた。お椀と一緒に洗えばいいのに、小まめな人だ。

 

「北斗ー、そんなの後にして食べちまおうぜー」

「あぁ、そうだな」

 

 三人が各々炬燵を囲むよう座り、食事を始める。北斗さんの料理は薄味に纏められて、ダシをよく効かせていた。特に味噌汁、同じ味噌を使っているはずなのにどうして味が変わるのだろうか。

 

「昨日の湯豆腐もそうだが、料理うめーな。外の世界じゃ料理人だったのか?」

「いや、ただの会社員だよ。一人暮らしでずっとやってたら凝るようになっただけ」

「へー、にしても霊夢が羨ましいぜ。これから北斗の料理食い放題じゃねえか」

 

 魔理沙は能天気に笑うと味噌汁をすする。

 まあ、確かにご飯はおいしいしお風呂を沸かしたり洗い物もやってくれるのは助かるけれど、私だけでも食べるので精一杯だった食費が倍になるのは死活問題だ。

 最悪紫が米でも送ってくれるだろうけれど……少なくとも毎日の楽しみであるお茶と煎餅が食べられなくなると思うと憂鬱だ。そんな浮かない気持ちで納豆を混ぜていると、裏勝手口の方から気配がする。

 

「御免、輝星殿はいらっしゃるか」

 

 顔を出したのは紫の式、八雲藍だった。紫は何もないのに来たりするけど、藍が来るのは珍しいわ。と、北斗さんはその姿を見ると、すぐに箸を置いて立ち上がる。

 

「あ、はい。ここにいますよ」

「……食事中にすまないな。貴殿の読み通り口座は無事だった。いくらか換金して持ってきたぞ」

「ありがとうございます。えっと……相場が分からないですけど、口座からどれくらいの金額を……」

 

 何やら二人で封筒片手に話をしている。そういえば寝る前に紫が来ているような気がしていたのだけど……その時に北斗さんが頼んだのだろうか?

 なんだかんだで、紫も手を貸してはくれるようだ。なら最初から手伝えばいいのに、まったく面倒くさい性格よねえ……

 

「明細は出してある。食費だけに使うなら二、三ヶ月は持つだろう」

「なるほど、分かりました。あ、それと外の世界で買い揃えてもらいたいものが結構あるんですけど……メモか何かありますか?」

「いや、口頭で言ってくれたら覚えるさ」

 

 まるで商談のような話し合いを聞き流しながら箸を進めていると、魔理沙が口をへの字にしながら私に囁いてくる。

 

「話がまるで意味が分からないぜ。霊夢分かるか?」

「さあ? 私達には関係ない話じゃない?」

「少なくともお金の話だから食いつくと思っていたんだが……今日は槍が降りそうだぜ」

「私が弾幕でも降らしてあげましょうか?」

「お、いいね。一度北斗に弾幕ごっこを見せてやりたかったんだぜ」

 

 私の売りことばに魔理沙は愉快そうな買いことばを返してくる。そんなやり取りをしている合間に話は纏まったようで、北斗さんは藍に頭を下げていた。

 

「それじゃあ、よろしくお願いします」

「うむ、数日後には届けられると思う。それではな」

 

 藍が霞みのように消えて去ると北斗さんは封筒から貨幣をいくらか取り出して懐へ入れ……残りを私へ差し出した。

 

「えっと……これは?」

「家賃みたいなもんかな。住まわせてもらうんだから食費位は自分で出したいと思って」

「……あ、うん。ありがとうございます?」

「お礼を言うのはこちらの方だよ。ありがとう、これからお世話なります」

 

 北斗さんは照れ隠しか頭を掻きながら笑う。

 対して私はというと、どう反応していいものか困惑していた。先まで懸念していた問題を本人が解決してくれて助かった、これは心から思った。

 けれどお金を渡されるという機会がなかったため素直に受け取っていいのかわからなかった。これがお賽銭やお布施なら嬉々として受け取れたのだけど……

 悶々と考えながら食事に戻ると、そんな私の様子を見た魔理沙が箸をこちらに突きつけながら下品にニヤけた。

 

「……すげー、甲斐性だな。よかったな霊夢、いい夫をキープ出来て!」

「ぶはっ!!」

 

 予期せぬ魔理沙の言葉に霊夢は味噌汁を噴き出しそうになる。私は怒りのまま魔理沙に向かって拳を振り上げた。

 

「変なこと言わないでよ! 北斗さんだって困るでしょう?」

「あはは……霊夢は俺なんかよりいい人が見つかるよ」

 

 困ったような笑顔で見当違いの事を言う北斗に、私は思わず眉間を抑えて唸ってしまう。本当に調子が狂うわ……とりあえず後で魔理沙に仕返しをしてやろうと心に決めながら、私はわざとらしく空咳してみせた。

 

「こほん、そんなことより北斗さん、これからどう行動するつもりなんですか?」

「あぁ、それなんだが紅魔館の大図書館にいる魔女に力を借りようと思っている」

「パチュリーか! 確かにあいつは意外と異変解決に積極的だし、そこそこ頼りになるが……あ、ごちそうさまだぜ」

 

 朝食を食べ終え満足げに横になりながら言った魔理沙の言葉に、北斗さんは全員の茶碗を重ねながら答えた。

 

「はい、お粗末様。ちょっと思うところがあって、自分の能力についてもっと詳しく知ろうと思ってね」

「なるほどだぜ、霊夢はテキトーにしか能力把握できないしな」

「テキトーで悪かったわね。けれど、いい考えだと思います。異変の原因を調べるのは大事だし、能力が分かれば空を飛ぶ方法や防衛手段が見つかるかもしれないし」

「飛ぶって……俺は魔法使いじゃないから飛べないと思うんだが」

 

 え、どうして魔法使い限定……?お互いに首を傾げていると、魔理沙が身体を上げて胡座をかいた。

 

「あー北斗、幻想郷だと妖怪はみんな飛べるぜ。あと一部の人間も飛ぶな、霊夢とか」

「えっ!? 飛べるの!?」

「ええ、そもそも私の能力は『空を飛ぶ程度の能力』ですから」

 

 私は驚いている北斗さんに正座のまま軽く宙に浮いて見せた。それを見て北斗さんはおー、と感嘆を上げた。外来人にしては薄い反応だ。

 

「本当に浮いてる……どういう仕組みなんだろう?」

「そういうことは気にしてちゃダメだ。あるがままに受け入れるべきだぜ」

「魔理沙の言うと通りあまり深く考えない方がいいですよ」

「ぜ、善処する……」

 

 私と魔理沙に言われると、北斗さんは参ったように頭を掻いた。こういうところはごく普通の外来人なのだけれど……何なのかしらね、この違和感は。

 

 

 

 

「それより聞いておきたいんだけど、紅魔館には夜訪ねたほうがいいの?」

「むぐ……え、どうしてですか?」

 

 私はおひたしの最後の一口を飲み込んで、北斗さんに聞き返す。わざわざ暗い時間に行かなくてもいいと思うのだけれど。

 

「いや、紅魔館の主は吸血鬼なんだろ?昼は寝てそうだから聞いたんだけど」

「レミリアは確かに夜型ですけど、あそこの魔女はずっと起きるんでいつでも大丈夫ですよ」

「そうなのか? 主の……レミリア、さん?に挨拶しなくていいのか?」

「そうですね……する必要はないと思いますが、後でバレたら面倒くさいかも。レミリアはわがままだし無駄にプライド高いですから」

「……なんだか子供っぽい吸血鬼だな。それじゃあ、夜に訪ねればいいのか」

 

 実際見た目は子供なんだけどね。まあ、中身もか。

 私が食べ終えると、北斗さんはすぐ食器を片付けて洗い始めてしまう。せめてそれくらいは魔理沙にやらせようと思っていたのだけれど……鼻歌交じりに慣れた家事をする様子を見てしまっては、それもはばかられてしまうわ。

 

「ホント、調子が狂うわ……」

 

 私は北斗さんに入れてもらったお茶を片手に、先程の会話を思い出す。

 今まで自分の能力について疑問に思ったことなんてなかった。いつの間にか能力があって、いつの間にか博麗の巫女になっていた。

 自分の能力について考えるなんて無意味だし面倒だ。けれどもし私に何もなかったら……なんてまた余計なこと考えている。

 北斗さんが来てから何だか自分が不安定になっている……こんな気持ちになるなんて初めてだ。

 このままじゃ駄目……というか落ち着けない! 平穏な日常の為にも早くこの異変を片付けないと。私はいつもより濃い味のお茶を飲みながら、心に決めた。


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