東方影響録   作:ナツゴレソ

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33.0 幽霊妖怪と陳腐なシナリオ

 翌日、俺は守矢神社に赴き、早苗に謝りに行った。

 説教されるだろうと覚悟していたのだが、早苗は怒ることはなかった。代わりにデート一回で手を打つと言われた。人里でデートって……何すればいいかわからないな。ま、連れまわされて色々奢らされるだけだろう。

 その後俺は白玉楼へ向かった。妖夢と幽々子さんに火依の状態を聞くためだ。幽霊に関してなら二人に聞くのが適任だろうと思っての行動だ。

 今の火依がどういう状態なのか、しっかり把握しておきたい。後々大事に発展して後手後手に回るのが嫌だったからの行動だった。二人がどれほどのことを教えてくれるかわからないが、とにかく聞けることは聞いておきたかった。もちろん、菓子折りを持っていくのは忘れない。

 

「こんにちわー、誰かいませんかー?」

 

 白玉楼に着いた俺は門前から声を掛けてみる。しかし、屋敷の中から返事が返ってこない。誰か出てくる気配もないし、どこかに出掛けてるのだろうか?

 ただ無用心にも門扉は開かれているし、居ないことはないと思うのだが……

 

「どうするの、北斗?」

 

 刀の中からフワリと飛び出てきた火依が聞いてくる。ちなみに守矢神社で早苗と話している間はずっと刀の中で眠っていたらしい。幽霊も寝るとは新説だな。火依と暮らしていると初めて知ることがいっぱいありそうだ。

 

「うーん、とりあえず庭まで入ってみよう。留守みたいならまた出直せばいいし」

「わかった」

 

 俺はもう一度だけ声を掛けてから門をくぐって庭を進んでいく。中庭をコの字状に囲った廊下に出ると、眼前に枯山水の庭が広がった。

 

「綺麗……」

 

 すっかり庭に目を奪われた火依が感嘆の声を上げるが、俺は内心で同意する。まるでここだけ時が止まったかのように静かな空間は、一生見ていられるような美しさがあった。

 すっかり見とれている火依が微笑ましくて、俺も彼女に付き合って庭を眺めてしまう。しばらくそうしていると……不意に背中にゾクリと悪寒が走る。

 

「火依逃げろ!」

 

 俺は叫びながら腰から鞘のままの封魂刀を抜き、振り向き際に刃を振るった。しかし、一瞬固い感触が腕に伝わり剣筋が逸らされてしまう。

 小柄な影が低い姿勢で懐に入ってこようとしているのを視界端で捉える。 脊椎反射で身体を振った流れで左足のミドルキックを放つ。咄嗟に撃ったせいか腰が入り切ってない一撃になってしまうが、影は腕でそれを受けて左……庭の方へ飛んだ。

 

「誰だ!?」

 

 正眼に構えながら刀を構えて向き直ると、そこには脇差を片手に持った妖夢が枯山水の中に佇んでいた。まったく殺気がない。だが、その瞳は真剣そのものだった。

 俺は一瞬目を疑ってしまうが……なんとなく趣旨が読めて、刀を持ったまま息を吐く。

 

「……居るなら声掛けてくださいよ」

「それじゃあ不意打ちに対応する訓練が出来ませんから。咄嗟に刀が出る様になったのはいいですが。まだ抜刀までが遅いですね。鞘ごと抜いている割には早いのかもしれませんが」

 

 妖夢は俺を評論しながら、右手に持った脇差に左手を添えて低く腰を落とす。

 刺突の構えだ。加減のつもりか、妖夢の得物は脇差だ。体格も合わせればリーチはこっちの方が断然有利ではあるが……こちからはそれ以上に速度、剣筋、力の強さ、経験が足りていない。勝っているのは体格と得物くらいか。これだけハンデをもらっても五分まで届いていないかもしれない。

 

「いちいち力の差を見せつけられる」

 

 思わずぼやいてしまうがヘコんでる暇はない。俺がどれだけやれるようになったか確かめる良い機会だ。やれるだけやってみるしかない。俺は正眼の構えから刀を下げ、下段の構えに移す。対して妖夢は構えを変えるどころか、枯山水と一体化したかのように微動にしない。

 白玉楼の中庭に静寂が漂う。まるで波紋すら浮かばない水鏡のような静止の時。周りの音も聞こえなくなるほど集中力を研ぎ澄ます。

 

 

 

 踏み込んだのは同時。姿が掻き消えるほどの速度で妖夢が向かってくる。目で追いきれない。頼りになるのは感覚だけ。

 交錯は刹那。俺は踏み込みの慣性に流されるがまま距離を取りながらも、すぐに追撃を警戒しすぐ振り向こうとする。しかし、脇腹に走る痛みに思わず膝を突いてしまう。

 

「ぐっ……」

「北斗!」

 

 火依の悲痛な叫び声が耳に届く。そっと脇腹に触れてみると血は出ていない。所謂峰打ちだ、というやつか。

 俺は痛みと敗北の悔しさに歯を食い縛る。そして刀を杖代わりにして立ち上がると、コの字側の廊下の向こう側から拍手が聞こえてきた。そこにはお団子とお茶片手に腰掛けてる幽々子さんの姿があった。

 

「お見事よ~、なすすべもなかった最初の頃とは大違いね」

 

 幽々子さんはあくまで優雅……いや至極暢気に手を叩いている。俺は土を払って刀を腰に戻しながら幽々子さんを睨む。

 

「お世辞はいいですよ……これは幽々子さんの命令ですか?」

「あら、察しがいいわね。ごめんなさいねぇ〜……妖夢がちゃんと教えてるか見たかったの」

「私は止めたんですよ。けど、主の命令だって聞かなくて。けれど、私に一太刀浴びせたのは見事でしたよ!」

 

 脇差を鞘にしまって近付いてきた妖夢が、左手の甲をかざして見せる。打撃で、真っ赤になっていた。確かに手ごたえはあったが、本来の狙い通り手を打てるとは思ってもみなかった。

 

「けど、どうやって妖夢から脇腹に一発もらったかは見えなかったよ。まだ精進が足りないな」

「ちゃんと反省点も分かってるなら私から言うことはありませんね」

 

 そんな俺達の和やかなやり取りを見守っていた火依は、ようやくこれが訓練の一つだと分かったみたいで、疲れたように溜め息を吐いた。

 幽々子さんはその様子を見て、団子の串を唇に当てながら小さく笑った。

 

「ふふ、そこの貴女もびっくりさせちゃったようで悪かったわ~……って、あら?」

 

 幽々子さんは火依の姿を見て目を丸くする。そして、しばらく値踏みする様にじっくり見つめてから……何かを察したように、串先を俺の方に向けた。

 

「あらあら~、貴方、また厄介事に巻き込まれたみたいね」

 

 一目でここに来た理由を察したようだ。なんというか、敵わないな。俺は苦笑いを浮かべようとするが、脇腹の痛みで苦虫を潰したような顔になってしまった。

 

 

 

 

 

「はむ、なるほどねぇ~、なんだか変だと思ったのよ。むぐむぐ、幽霊のようで違う気もするし、妖怪からも少し外れているような気もする。ん~、けどまさか妖怪の幽霊なんてねぇ……」

 

 幽々子さんがお土産の抹茶わらび餅を美味しそうに食べながら呟く。俺は他人事のように話半分にわらび餅をつついている火依を一瞥してから、幽々子さんに尋ねる。

 

「その口振りだと、火依は妖怪でも幽霊でもないように聞こえるんですけど……実際どうなんですか?」

「うん~? まあ、そうとも言えなくもないんだけど……どちらかと言えば妖怪の性質を持った幽霊に近いかしらね」

「妖怪の性質?」

 

 俺は言葉の意味が判らず首を捻る。そもそも妖怪と幽霊自体、実体があるかどうかぐらいしか違いがわからないのだが……妖怪の一種が幽霊じゃないのか?

 ない頭でうんうん考えていると、その姿を見た幽々子さんが皿に散らばった抹茶の粉をわらび餅で拾いながら小さく笑う。

 

「幽霊はね、気質の塊なのよ。おそらく火依の魂を封じている封魂刀から気質が漏れているのね。だから、火依は幽霊には違いないわ~」

「はぁ……気質っていうのがそもそも分からないのですが……」

「それを説明するのは難しいわねぇ……簡単に言えば、『生物や物に宿るそれ自体の本質』かしらね」

 

 分かったような分からないような……とりあえず、知識の足りない部分は後でパチュリーさんにでも説明してもらうことにするか。俺は半ば人任せにしながら幽々子さんを見遣りなから尋ねる。

 

「それで、妖怪の性質ってどういうことですか?」

「そうねぇ……妖怪は私の専門じゃないからパス。妖夢、説明」

「えっ、私ですか!?」

 

 幽々子さんは火依と同じく我関せずといった状態で話を聞いていた妖夢に話を振る。妖夢は渋い顔で腕を組んだが、ややして人差し指をピンと立てながら説明し始めた。

 

「……妖怪の特徴としては、精神に依存している点、対して身体が強い点などが挙げられます。もっともこの元妖怪は相当身体が弱かったようですが」

「そうみたい」

 

 妖夢は嫌味のつもりで言ったみたいだが、火依は本当に興味が無さそうにしている。やや気が削がれたような気の抜けた顔をしつつも、妖夢は気を取り直して話を続ける。

 

「滅多にあることではありませんが妖怪が幽霊になれば、普通の幽霊に比べて精神への依存がより強くなります。本来なら何気無いことで消えてしまうほど脆い存在になりますが……彼女は精神が強い様ですね。幽霊としては安定して存在できていますね」

「褒められた」

「いや、一概に褒めてはいないのですが……」

 

 困惑する妖夢を他所に火依は嬉しそうにはにかむ。これもおそらく皮肉だったのだろうが……火依の反応を見て、俺と妖夢は脱力せざるおえなかった。

 呆れるほど他人事で呑気でいらっしゃる。確かにある意味で精神面は強そうだ。もう真剣な話をするような空気ではなかったが、妖夢はまだ諦めてないようで根気よく口を話すことに使い続ける。

 

「妖怪の幽霊なんて珍しい存在は、妖怪なのに身体が弱く精神的に強いじゃないとなれなかったでしょうね。彼女の妖怪らしくなさと、封魂刀という魂を縛る世にも珍しい武器が組み合わさった奇跡とも言えるかもしれない。陳腐な表現だけど」

「奇跡……ですか」

 

 その単語を聞くと、もしかしたら心配した早苗が何か祈ってくれたのかもしれないなんて考えてしまう。

 ……何もかも偶然の産物だった。まるで誰かがシナリオを書いているんじゃないかと思えるほどの、偶然だ。少し鳥肌が立つほどの、運命だ。

 思えばこの白玉楼でこの刀を貰ったときからこの奇跡は始まったのだろう。そう考えると、この刀にも愛着が湧いてくるというものだ。俺は右手側に置かれた刀を撫でて、これからもよろしく頼むぞ、と小さく呟いた。


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