東方影響録   作:ナツゴレソ

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30.5 予定調和

 真っ赤な屋敷から小さな影が飛び立った。カモフラージュのつもりか、町人の服を着た実に冴えなそうな野郎。私はそれを上空から眺めながら……思わず鼻を鳴らしてしまう。

 

「正義の味方ごっこか。いいもんだなぁ……偽善者は。自己満足の為にあれだけ動けるんだ、正義の味はよっぽど魅力的なのだろうさ」

 

 つい口が軽快な皮肉を奏でてしまう。あまりに滑稽で舌も滑らかになってしまった。

 まあ、いい。あれの動きは全て予定通りだ。あの人形はレミリアに導かれるまま命蓮寺へと飛んで行くだろう。そして……いずれあの人形はあのモブに出会うことになる。もう手遅れのアイツに。前回は場所が悪かったが、今度はそうはいかない。確実にアイツは……死ぬ。

 

「出る杭は打たれる。驕ったものには罰を与えなければならない。目には目を、歯には歯を……死には死よりも凄惨な運命を、だ」

 

 そうだ、それでいい。話がねじ曲がるようなアドリブをしなくていいのだ。私の手の中で踊っていれば、何もするつもりはないのだ。

 

「いや、それを言うならばあの人形自体はイレギュラー中のイレギュラーだがな……」

 

 つい独り言が口を突いてしまう。きっと機嫌が良いのだろう、私はきっと。面倒な仕事を終わらせた後のような倦怠感と達成感が私を満たしていた。

 ただ、あの人形を許すつもりはない。フランドールのキャラを勝手に改変し、殺されるはずのところで生き残り、挙句の果てに馬鹿な信者に追い回されて妖怪に恨みを募らせるところを……むしろ新たなコネクションを作り上げやがった。

 

「まったく本当に好き勝手動きやがって……あぁ、腹立たしい。あれだけ手の込んだ仕掛けを打ったのにそれを台無しにしやがって……」

 

 さっきの気分が台無しだ。今はハラワタが煮えくり返って仕方がない。

 あれのせいで大天狗をわざわざ懐柔して作った地盤を捨てないといけなくなった。計画も大幅な遅れが生じた。アドリブに寛大な俺じゃなかったら、とっくに自らの手で殺しているところだ。

 

「だが、今回は不確定要素はない」

 

 奴は確実にモブに出会う。そして幻想郷の現実を知る。死の恐怖を知れば、あいつも少しは大人しくなるだろう。

 さあ、第四幕がもうすぐ終わる。盛り上がりの少ない章は手早く、いや、呆気なく済ませよう。最低限の演出はしてやる。

 お前は出来損ない人形だが、同時に鍵でもある! この壮大な物語の核心である少女の運命を握る鍵だ! お前の絶望の深さが、この物語に拍車を掛ける。踊れ、四肢がもげるまで、糸が切れるまで!

 

 

 

 その瞬間こそ最高のフィナーレが待っているのだから。

 

 

 

 

 

 ……さて、こっちは放っておいていいだろう。出来るうちに仕込みを済ませないとな。私はすぐに竹林に移動して、その中を適当に彷徨う。

 こうしていれば、妹紅は必ず来る。『そう設定した』のだから、当然だ。死なない限り来る。つまりは絶対来る。しばらくすると銀髪にモンペのような袴の女性が現れた。藤原妹紅は私を見つけや否やと訝しげな顔を浮かべる。

 

「そんな黒ローブを付けてこんな藪の中で何をしてるんだ?」

「いや、少し道に迷ってね。案内してくれないか?」

 

 そういうと妹紅は疑わしい視線をこちらに向けながらも里へ案内してくれる。ああ、私の服装を変に思ったのか、それは仕方がない。私も好きでこんなみすぼらしい格好している訳じゃないんだから。そう内心で言い訳しながらも、私は素直に彼女の後ろに付いて行くことにした。

 その道中、頃合いを見てから私はおもむろに妹紅に話しかける。

 

「そうだ、お礼と言ってはなんですが、少し面白い話を聞いてくださいよ」

「……なんだ藪から棒に。小話でもするのか?」

「いえ、そんな。ただの面白い外来人の話ですよ。輝星北斗って知っていますか?」

 

 私があの人形の名前を出すと、急に妹紅の歩みが止まる。露骨な反応に私はつい、笑ってしまいそうになる。どうやら噂はしっかり届いているようだ。

 必死に笑い声が出るのを抑えていると、妹紅からそっけない返事が返ってくる。

 

「ああ、一応知り合いだな」

「そうなんですか? 彼、凄いですよね。自分の影響を他者に与えることが出来るんですから」

「ま、そうかもな。本人はそこまで面白く思っていないようだけどね、凄いとは素直に思うよ」

「ええ、本当に神のような力です。もし本当なら……何でも出来てしまいそうですよね?」

 

 私の問いかけえうと、妹紅は背を向けたまま横目で見遣ってくる。その瞳の奥にチラッと炎が見えた気がした。暗い昏い……地獄の釜を煮る火のような、禍々しくも熱い獄炎。そこにさらに油を注いでいく。

 

「例えばですねぇ……不死の者でも殺せてしまうかもしれませんよねぇ。まあ、不死の人間なんているわけがないですが!」

 

 私がそう言った瞬間、目の前が爆炎で埋め尽くされる。しかし、私には『そういった攻撃は効かない』。私を探そうと必死に辺りを見回す妹紅に近付き……その耳元で声だけ露わにしてやる。

 

「お気を悪くされましたか? それは申し訳ありません。ですが、確かにお礼は確かに渡しました。貴女にとって、とても価値のあるものでしたでしょう?」

「お前は何者だ!?」

 

 妹紅は拳と髪を振り乱しながら叫ぶがその声はただ竹林に響くだけだ。

 いい、いいぞ! 予想通りの、いい反応だ。そうだ、そうでなくては! 下手なアドリブより迫真に迫った筋書きが物語を面白くするのだ!

 私は感激のあまり堪えきれず声を出して笑う。

 

 

 

 あぁ、そうだ。質問があったな。『俺』が、何者かだって!?

 そうさな、しいて言うなら脚本家。役の名で呼ぶなら……デウス・エクス・マキナ。悲しいかな、私には名前がない。ただの、機械のようなものなのでね。

 

 

 

 私は高笑いを続けながら、竹林を焼き尽くす勢いで炎をまき散らす妹紅を飽きるまで眺め続ける。竹が弾ける音が単発の拍手の様に何度も、何度も響いて俺の心を躍らせた。


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