東方影響録   作:ナツゴレソ

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29.0 チェスと誇大解釈

 火依ちゃんが博麗神社を去った後、俺は紅魔館を訪ねていた。暇だからというのもあったが、どうしてもレミリアさんに聞きたいことがあってここに来ていた。のだが……

 

「どうして早苗も付いて来てるんだ?」

「せっかくこっちまで来たんですから何もしないで帰るのも嫌じゃないですか。それに、センパイの気にしていることも知りたいですし」

「……まあ、別に隠してるわけじゃないからいいんだけど」

 

 興味本位で付いて来る早苗を敢えて気にしないことにして、俺は紅魔館の廊下を歩いていく。大図書館にいたパチュリーさんの話だと自室にいるらしいが……と、目の前から金髪の小さな女の子が走ってくる。

 

「あ、ホクトー!」

「フランちゃん、こんにちわ」

 

 フランちゃんは満面の笑みを浮かべながら俺に抱き着いてくる。そういえば初めて会った時、匂いで紅魔館に来たかどうかわかるって言ってたな。

 吸血鬼って凄いなぁと感心しながらフランちゃんの頭を撫でていると、隣に立っていた早苗がショックを受けたような茫然とした顔を向けてきていた。

 

「こ、こんな小さな女の子まで……いくらなんでも見境がなさすぎます!」

「ちょ、何言っているか理解できないが誤解だ!」

 

 俺は早苗に首根っこを掴まれガクガクと揺さぶられながら叫ぶ。

 早苗ってやっぱり幻想郷行ってから性格が変わったようながしてならない。何と言うか……“とが”が色々外れる気がする。今朝の様に問い詰められていると、ふとフランちゃんが服の裾を引っ張ってきた。

 

「ホクト、この人誰?」

 

 フランちゃんが少し不安げに尋ねる。そうか、フランちゃんはまだ人見知りが強いからな……けど、交流する人が増えるのはいいことだろうし、紹介しようか。

 

「えっと……この人は早苗。外の世界の時からの友達だよ」

「友達ってそんな……東風谷早苗です。守矢神社で風祝をやっております。よろしくお願いしますね」

「う、うん……」

 

 早苗はフランちゃんと目線を合わせるようにしゃがみながら自己紹介する。それをフランちゃんは俺の背に少し隠れるように聞いていたが、意を決したように前に出て言う。

 

「ふ、フランドール・スカーレット。レミリアお姉様の妹、です」

「はい、よろしくお願いしますね。フランさん」

「………………! うん、よろしくね、サナエ!」

 

 早苗が柔和な笑みを浮かべて応えると、フランちゃんが嬉しそうに頷く。

 その表情に早苗も思わずほっこりしている。よかった、なんとか緊張が解けたようだ。これはいい機会かもしれない。せっかくだしフランちゃんの成長のために、早苗に手伝ってもらおうか。

 

「そうだフランちゃん! 早苗は弾幕ごっこがかなり強いぞ!」

「え、ホント!? やろうよサナエ!」

「へ? いや、すみませんが私はセンパイに付いて行ってお話を聞かないと……」

 

 フランちゃんは両手で早苗の手を掴んで引っ張るが、早苗はそれに抵抗しようとしている。そんな時、一つの悪知恵が頭に浮かぶ。

 

「あー、そうか。フランちゃんは霊夢や魔理沙ぐらい強くないと相手にならないもんなぁ……早苗じゃあ相手は勤まらないかな?」

 

 俺がワザとらしく煽ると、早苗の動きが止まり顔色が変わった。簡単に引っかかり過ぎてちょっと不安なレベルだ。

 

「……それは聞き捨てなりませんね! 私だって色んな異変を解決してきたんですよ!? 霊夢さんや魔理沙さんに負けたりしませんよ!」

「凄い自信! それなら久しぶりに本気出せるかなー? よし、行こう!」

「あ、いや、弾幕ごっこは構いませんが、出来ればセンパイにも見てもらいたいですけど……」

 

 どうやら二人ともやる気を出してくれたようだ。フランの本気を出させるのはちょっと怖いが、早苗なら大丈夫だろう。

 俺がいちいち仲介していたら仲良くなれないかもしれないし、任せてみよう。

 

「じゃあ、俺はレミリアさんに用があるから。フランちゃん、やるなら地下室か大図書館でやるんだぞー」

「はーい!」

「ちょ、待ってくださいよセンパイ! 私の華麗な弾幕戦を是非見てってくださいよー!!」

 

 小さくても流石吸血鬼、凄まじい腕力で早苗が引き摺られていく。早苗は最後まで俺に弾幕ごっこを見せたいと言い張っていたが……フランちゃんのために犠牲になってくれ、早苗。

 

 

 

 

 

 レミリアさんの部屋に辿り着いた俺はノックをして、声を掛ける。

 

「レミリアさん、北斗です。今、大丈夫ですか?」

「あら、ちょうどよかったわ。入りなさい」

 

 扉越しに返ってきた言葉に従い、部屋に入るとレミリアさんがベッドに転がって足と羽をバタバタさせていた。見た目通りの子供っぽい仕草だ。

 レミリアさんに関しては子供扱いしていいのか悪いのか本当にわからない。まあ、プライド高そうだし、何より機嫌を損ねると怖いので基本的に大人扱いをするのだが。

 

「突然すみません。聞きたいことがあって来ました」

「気にしなくていいわ。咲夜も買い物に出かけて暇だったの」

 

 レミリアさんは寝そべったままの恰好で手招きする。

 若干如何わしい雰囲気が頭に過るが振り払って、平静を維持して近くによる。流石にベッドには腰掛けられないので、近くにあった椅子を引っ張ってきてそれに座る。

 

「そうだ、話もいいけど少し付き合いなさい」

 

 レミリアはベッドに投げられていたチェス盤を指して言う。アンティーク物だろうか。駒を手の取るとずっしりとした重みがある。

 

「チェスなんて駒の動かし方すらわからないですよ」

「簡単に教えてあげるわよ。普通のお茶しか出ないんだから手持無沙汰じゃない」

 

 変なお茶を出せば暇ではないのか……咲夜さんのあのクセ、意外と気に入っているのだろうか?

 とりあえずルールをひとしきり習ってから、対戦を始める。将棋ならやったことはあるのだが……まあ、勝ち負けは気にせずやってみるか。

 

「それで何を聞きたいのかしら?」

 

 レミリアさんはベッドに寝そべったまま駒を動かす。定石も何もわかったものじゃないから、最初は鏡のように真似て打つ。

 俺はたどたどしくも駒を持ち上げながら口を開く。

 

「えっと、そうですね……何というか、幻想郷での妖怪の同士の争いについて、でしょうか」

「ふうん……そんなことを人間の貴方が知ってどうするのかしら?」

 

 レミリアさんはナイトを動かして、問いかけてくる。

 知って……どうするのだろうか? それはまだ俺にも分からない。霊夢の言う通りあまり関わり合いにならない方が身のためなのかもしれない。

 けれど、そこから目を逸らすのも違うのではないだろうかと思った。いや、そんな大人ぶった理由じゃない。もっと単純な……そう……

 

「……後悔したくないから、ですかね」

「そう……なら答えましょう。貴方の友が後悔するのは見たくないもの」

「ありがとう」

 

 俺は感謝の微笑みを向けながら、快く引き受けてくれたレミリアさんに礼を言う。すると、彼女も満更でもないようで嬉しそうに羽を広げた。

 

 

 

「それで……霊夢から聞いたんですけど妖怪同士でスペカルールって使わないんですか?」

 

 俺は孤立していたポーンをナイトで取りながら尋ねる。レミリアさんは俺の手に眉を一瞬ひきつらせながらも、駒と口を動かし続ける。

 

「……まあ、そうね。霊夢の言う通り使う意味はないわ。けれど幻想郷では逆に使わずに命のやり取りをする必要もないのよ」

「と言うと?」

「そのままの意味よ。理由がない。下手に暴れて博麗の巫女に目を付けらても面白くないもの。幻想郷を支配したいと思うような野心と気骨とカリスマに溢れた人がいれば面白いんだけどねぇ……」

「はぁ、そうですか」

 

 一体誰のことを言ってるのやら。呆れ気味にレミリアさんを三白眼で睨むと、咳払いで誤魔化されてしまった。

 

「特に私みたいな力のある妖怪はなおさらよ。精々私の逆鱗に触れたか、復讐しにきたやつぐらいしか殺してやらない」

「……なら、弱い妖怪同士なら在りうると?」

 

 俺はビショップを手に持って盤上を見つめながら尋ねる。するとレミリアさんは親指の爪を噛んで、やや時間をかけて答えた。

 

「そうね。縄張り争いの果てに……なんてよくありそうね。けれどこれは自然の摂理と何ら変わらない。狐が野兎を捕らえ喰らうことを誰が罰することができるの?」

「……そうですね」

 

 納得した訳ではないが、俺は頷きながらビショップでナイトを取る。気のせいかレミリアさんは小さく呻いた気がした。

 

「ま、まあ、妖怪の強さなんて自己の存在をどれだけ誇大させるかによるところも大きいのだけれど」

「存在の誇大?」

 

 俺は手を止めて首を傾げる。誇大って……あまりいい意味の言葉ではないと感じてしまうのだが、どういうことなのだろうか?

 

「例えば私は自分のことをブラドの末裔だと名乗ったりしてるけれど、実際そんな事実はないわ」

「へ……? それって……いいんですか?」

「夜の王だからいいのよ。さらに言えば私は吸血をする鬼とも言えるわ。なら、鬼の力を持っていてもおかしくない、とも言えると思わない?」

「そ、そんなこじつけでいいんですか!?」

 

 あまりに適当な気がする。そんなもの言ったもの勝ちじゃないか。

 内心呆れ半分、驚き半分で聞いていると……レミリアさんは迷いない手付きで駒を動かし、笑う。

 

「いいんじゃないかしら。私に言わせたら北斗の能力だって同じような理屈よ。他人の誇大広告まで引っ手繰るんだから私よりタチが悪い」

「うーん、そう言われたら返す言葉はないですけど……」

 

 確かに他人が出来ているのだから、自分も出来るのだろうと自己の能力を肥大化させると言えなくもない。さらにいえば俺の能力自体、他者の影響を大きくする能力だもんな……俺が文句を言える立場ではないな。

 

「そういえば能力で思い出したんだけれど北斗、私の能力の影響を受けるつもりはないのかしら?」

 

 唐突にレミリアさんがやや上目遣いで言う。その顔から不満げなのがありありと伝わってくるが、俺は肩を竦めるしかない。

 

「霊夢に妖怪の能力の影響は受けるなってうるさいんですよ。俺が人妖になったらそれこそ幻想郷が崩壊するってね。チェック」

 

 俺はクイーンを動かしキングを狙う。しかし、その瞬間レミリアさんがニヤリと笑った。

 

「北斗の能力が本当に無意識的に結界や人間に影響を与えているかどうかは、前回の異変でわからなくなったけれどね……チェックメイト」

「えっ!?」

 

 俺は椅子から立ち上がり盤面を見て……ガックリ項垂れた。最初は優勢だったのに後半から一気に巻き返されてしまった。まるで次の一手が分かってるかのような手を……あ。俺はレミリアさんを再度睨む。

 

「能力、使いましたね?」

「あら、最初言ってなかったかしら。幻想郷のチェスは能力の使用は自由って」

 

 レミリアさんが悪戯っぽく舌を出す。……それならレミリアさん最強じゃないですか。俺は呆れて抗議する気にも慣れず、苦笑いを浮かべるしかなかった。


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