東方影響録   作:ナツゴレソ

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五章 生の執着 ~Lonely bird~
27.0 火事と傷付いた翼


 あの異変以降、俺にとって人里は行きづらい場所となっていた。というのも里の人間の俺を見る目が変わったせいだった。形容するならば未知の存在への畏怖、だろうか?

 接客もかなり気を遣っているのがわかってしまう。特に害があるわけではないが、いい気はしない。本当は今日の買い物も早めに切り上げる予定だったのだが……

 

「火事だぁぁぁぁ!! 竹林で火事だぁぁぁぁー!!」

 

 今日の里は騒ぎで買い物どころではなかった。野次馬の垣根に混じって竹林を見ると、奥の方で黒い煙が上がっており竹の弾ける音が断続的に響いていた。

 結構大規模なようで、消防団が里まで燃え広がらないよう、竹林の周りの長屋を取り壊している。江戸時代式の消火活動だ。

 ここ最近梅雨が近づいて来て曇り空が多くはなってきてはいたものの、雷が落ちたという記憶はない。となると人員的なものか、妖怪の小競り合いかのどちらかだろう。幻想郷なら多分竹林だし後者だろうな。

 幸い大した規模の火事ではなく里に被害は出なさそうだが……

 

「これ……永遠亭は大丈夫かな?」

 

 流石に逃げ遅れて……みたいなことはないだろうが、心配ではある。どうせこの里の様子ではまともに買い物もできないし、火事現場を確認するついでに永遠亭を見に行ってもいいかもしれない。

 そう思い立った俺は、一応人目を避けるために路地裏から上空に昇る。永遠亭の場所に関しては、自信はないがこんな日に妹紅さんに頼るわけにもいかない。流石に二度も行っているんだから大丈夫だろう。

 

 

 

 そう、思っていたのだが……

 

 

「ま、迷った……」

 

 案の定迷った俺は竹林の中で立ち尽くしていた。デジャブを感じる。というか前回とまったく同じこと状態になってしまった。

 火事現場が永遠亭ではないことは上空から確認できたので、本来の目的は果たしてはいるのだが……

 

「また見つけられずに帰るのは癪だからな……ん?」

 

 変なプライドを保つため俺が歩き出そうとしたそのとき、不意に背後から気配が現れる。

 数は……多分一匹だ。襲ってくる様子はない。いつでも腰の刀に手を掛けられるよう心構えながら、努めて自然に振り返ってみる。

 しかし、そこには何もいなかった。ただ背後にぴったりと気配は付いて来ている。まるで背中に引っ付かれているみたいだ。

 

「気のせい……じゃないよな」

 

 見えない妖怪か、悪霊に取りつかれたか……身動きせずジッとしていると、今度は血の匂いとうめき声が届く。

 こちらは背後からではなく、別の方向からだ。すこし悩んだがその方向へ行くことにした。声の主はすぐ見つかった。青髪の小柄の女の子が竹の落ち葉の上でうつ伏せで倒れていた。

 

「……ッ!? おい、大丈夫か!?」

 

 俺は駆け寄って、様子を確認する。まず目に付いたのは背中の緑がかった青い翼だ。光の加減で輝き方が変わっている。本来なら見惚れるほど綺麗なんだろうが、その翼も傷付いていて痛々しい。

 翼だけじゃない、四肢にも傷がある。犬か何かに噛まれたような犬の歯型がクッキリ残っていた。呼びかけを続けながら顔を覗き込むと、レミリアさんくらいに幼さの残る顔が苦痛に歪んでいた。

 

「これは……野犬か何かに襲われたのか? ただの、妖怪が?」

 

 人間ならともかく、野犬が妖怪を襲うなんて聞いたことないが……とにかく傷の原因を突きとめるのは後だ。この出血量は妖怪でも命の危険があるかもしれない。

 俺は服の袖を裂いて出血の左足の太腿をキツめに縛って止血。すぐさまその小さな体を背に担ぎ上げる。

 

「動かすよ! 大丈夫か!?」

 

 何度も声を掛けてみるが反応はない。意識が朦朧としているようでただ耳元で浅い呼吸を繰り返していた。急いだ方が良さそうだ。

 しかし目下の問題は……永遠亭の場所が分からないことだ。方向音痴のこの身が腹立たしい。

 しかし、こうなったら仕方がない。下手に傷が悪化しないうちに応急手当が出来る場所を目指すべきかもしれない。

 近場だと里だが、果たして妖怪を受け入れてくれるのだろうか? いや、難しい。なら香霖堂ならば……遠過ぎるか。

 時間がない。しかし、判断に悩む。そんな俺を追い込むかのように、女の子を見つける前から背後に感じていた気配がまた現れる。

 

「くそ、しつこいな……」

 

 つい舌打ちしてしまう。もしかしなくても普通に考えたらコイツが犯人だろう。だとしたら女の子を運ぶ際に邪魔をしてくるかもしれない。

 さて、こいつを倒すか逃げるか、永遠亭を目指すか他の場所へ向かうか……

 二つの選択に追いつめられる。だが迷うことはなかった。俺は息を吐きながら、背負っていた女の子をゆっくりと下ろし、封魂刀を鞘ごと抜こうとする。が、そうするより前に上空から火の粉が舞った。

 

「なっ!?」

 

 不意の出来事に思わず上空を見上げると、白銀の髪の女性が炎纏いながらゆっくりと舞い降りてくる。神々しくも妖しいその女性に……俺は見覚えがあった。

 

「あー、またお前か」

「妹紅さん!? どうしてここに!?」

「それは私の台詞だよ。どうして火事の起こっている竹林で、傷だらけの女の子を前に刀を抜こうとしてるんだ? 犯罪臭しかしないぞ」

「反論はまったく出来ないんですが、何もしてませんよ。そんなことより今は……」

「あぁ、邪魔者は消さないとね」

 

 そういうと妹紅さんは手のひらに浮かべた火の玉を俺の背後に向かって投げる。その瞬間、キャンッ!と犬のような悲鳴が聞こえ、纏わりついていた背後の気配が消える。

 状況がわからず困惑していると……

 

「……今のは送り犬という妖怪だ。ここ最近ちょくちょく見るんだが、人を積極的襲うからいつか退治しておこうと思ってたんだ」

 

 妹紅さんはゆっくりと地面に着地しながら教えてくれる。随分妖怪に聡いし、退治に慣れている。不思議な感じの人だと思っていたが、やはり一般人ではなかったようだ。

 何はともあれ、渡りに船だった。

 

「助かりました! 重ねてすみませんが永遠亭に案内してもらえませんか!? この子が怪我が酷くて……」

「この子?」

 

 俺の言葉を聞いて、妹紅さんが眉をひそめながら横たわる女の子を覗き込む。そして僅かに目の色を変えて、俺に問いかける。

 

「……こいつは妖怪だぞ。人間のお前が助けるつもりなのか?」

 

 俺は妹紅さんの棘のある指摘に、一瞬言葉に詰まってしまう。

 おそらく人間である妹紅さんにとっては、妖怪を助ける意味なんてないと言いたいのだろう。それは幻想郷の人間にとって当然、常識なのかもしれない。だが……今の俺はそれを受け入れられなかった。

 

「すみませんが、『俺』が救いたいと思っているんです。この一回でいいんです。仕事だと割り切って案内してもらえませんか?」

 

 そういって、俺は深々と頭を下げる。しばらく沈黙が流れるが、妹紅さんはすれ違い側に俺の頭を軽く叩いてから呟く。

 

「別に見殺しにはしないさ。怪我が酷いんだろう? 急ぐぞ」

「妹紅さん……! ありがとうございます!」

 

 俺は早足で歩き出した妹紅さんの背中に再度頭を下げて、女の子をそっと背負い直した。

 

 

 

 

 

 永遠亭に辿り着くと、永琳さんと兎耳の女の子がすぐ対応してくれた。青い翼の女の子はすぐ治療室へ運び込まれた。後は二人に任せるしかないだろう。

 手持無沙汰になった俺はこれからどうするか迷ったが……彼女の安否がわかるまで待つことにした。

 庭に出てみると妹紅さんを見つける。何やら門扉の前で輝夜さんと言葉を交わしているようだ。

 表情から鑑みてどうも真剣な話をしているみたいだ。流石に盗み聞きするのも横槍を入れるのもはばかられたので、俺は踵を返し屋敷内に戻ることにした。

 ただ……二人の表情がどこか暗く見えたのが気掛かりだった。

 

 

 

 それから一時間ほどして、永琳さんが治療室から出てくる。待合室の壁に寄りかかりジッと待っていた俺は、急ぎ永琳さんの元に駆け寄った。

 

「永琳さん、あの子はどうなりましたか?」

「大丈夫、一命は取り留めたわよ。貴方の応急処置とここに近かったが大きかったわね」

「そうですか……よかった」

 

 俺は安堵の溜め息を吐いた。よかった。本当に大事がなくて何よりだ。

 そんな俺の様子を見て、永琳さんがおもむろに顔に手を当てて首を捻った。

 

「倒れていたのを見つけたって言っていたけれど……何でまた竹林を歩いてたのかしら?」

「竹林で小火騒ぎがあったんで、ここは大丈夫か心配になりまして。様子を見ようと思ってたんですよ」

「そうしたら急患を見つけるなんてねぇ……貴方、なかなかのトラブルメーカーね。そして霊夢のヒモ」

 

 だからヒモ呼ばわりをやめてくださいってば。俺は苦々しい思いで睨むが、永琳さんは気にした様子もなく柔和な笑顔を返してくる。

 

「心配しないで頂戴。この竹林じゃ小火程度日常茶飯事よ」

「茶飯事って……それってどうなんですか」

「ま、原因はわかってるから。今度からは気にしないでいいわ。心配してくれてありがとうね」

「はぁ、分かりました」

 

 なんだか誤魔化された気がして、釈然としない。まあ、竹林事情はよく分からないが、大事がないならいいか。

 さて、何だかいろいろあったがもう夕方だ。俺は足早に永遠亭を去ろうとするが、永琳さんに引き止められてしまう。

 

「あら、あの子を置いていくの?」

「置いていくって……俺は善意で怪我人を助けただけですよ」

 

 ちょっと薄情な言い方だが、人間が妖怪に馴れ馴れしくすることが得策とは思えなかった。彼女も妖怪としてのメンツがあるだろうし、俺も恩着せがましく恩を売る気もない。挨拶すら必要ないだろう。

 そう考えていたのだが……あくまで永琳さんは引き下がらろうとしなかった。

 

「なら最後まで面倒を見るべきじゃないかしら?」

「……わかりました。治療費は出しましょう」

 

 我ながらお人好しだと思いながらも財布を出そうとするが、その手を白魚のような綺麗な手で押し留められる。顔を上げると、永琳さんが作ったようなアンニュイな顔で溜息を吐く。

 

「お金のことじゃないわ。あの子、住処がないみたいなのよ。私達のところで面倒を見る義理は流石にないから……後はわかるわよね?」

 

 と、永琳さんは悪戯っぽく俺にウィンクを飛ばしてくる。俺は帰って霊夢になんて言えばいいのか考えて、頭が痛くなった。


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