東方影響録   作:ナツゴレソ

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26.5 天狗の女子会

 夜。今日の哨戒任務を終えろうとした私……犬走椛は突然天魔様に呼び出された。最初は何か不始末があったのかと戦々恐々としていたのだけど……杞憂だった。

 

「はぁ……いいなぁ、文ちゃんは。みんなと堂々と宴会できるし北斗ちゃんの料理食べられるしー、私も行きたーい!」

 

 天魔様は今日何度目かの溜息を吐いてから、一升瓶を煽る。ラッパ飲みは行儀が悪いですよ、とは恐れ多くて言えなかった。

 それにしても一塊の白狼天狗である私が、天魔様の私室に、しかも一人酒は辛いから付き合えという悲しい理由で招かれる機会があるとは思ってもみなかった。望んでいたわけでもないけれど。

 最高権力者とは思えないほど荒れた部屋の中、なんとも言えない気持ちで酒を口にしていると……ドン、という音と共に机の上に中身のない一升瓶が置かれる。それと同時に天魔様が深い深い溜息を吐かれる。

 

「はあぁぁ……さっさと隠居してしまいたいなぁ。けど、他に任せられる奴がいないのよねぇ……やっぱり文ちゃんを大天狗に上げようかしら?」

「あれは絶対辞退しますよ。今の地位でさえ面倒に思っている節がありますから」

 

 天魔様の呟きに答えたのは隣に座るはたてさんだ。傍にはやはり一升瓶とツマミのみ。だから面倒臭がらずにちゃんと盃に注いで飲んでくださいよ。

 はたてさんの返答を受けて天魔様は、不貞腐れたようにますます顔をしかめる。

 

「あー、ならもうはたてちゃんか椛ちゃんでもいいや! とにかく私の代わりに働いてよ〜」

「それが出来ないからまだ天魔様が現役でやってるんですよ」

「わ、私なんて下っ端なんですから大天狗様達がお許しになるわけがないじゃないですか!」

 

 私は両手を横に振って丁重にお断りする。私は天狗中でも使いっぱの白狼天狗、冗談でも恐れ多い話だ。すると、天魔様は机に突っ伏しまたまた大きな溜息を吐いた。

 

「うう……実力があるやつほど、権力に興味がないなんて……これじゃあ一生働かないといけないじゃないかぁ!」

 

 そう言うと天魔様は駄々っ子のように机をバンバン叩いて暴れ始める。もう、天魔様のイメージがどんどん瓦解していく。オフの時はこんな緩い人だったのか……

 一人衝撃を受けていると……干し肉を歯みながら適当に話を聞いていたはたてさんが、思い出したように口を開く。

 

「権力と言えば……あの自称占い師コンサルタントはどこ行ったんですかね? しばらく姿を見ませんけど」

 

 ……そういえば、ここ最近は噂すら聞かない。一時期は彼奴の噂話で持ちきりだったのに。風の噂話が飽きられるのは常だけれど、よくよく考えればあまりにパッタリとなくなっているのはおかしい。首を捻っていると、天魔様が自分の肩を揉みながら面倒そうにそれに答える。

 

「あー、アレ? アレは消えたよ」

「消えた……というと?」

「そのままの意味さ。千里眼で探してもどこにも見当たらない。大天狗共も一夜のうちに雲隠れされて、狐に化かされたような顔していたわ。ざまあみろ」

 

 天魔様が蔑むかのような嗜虐的な笑顔を浮かべる。どうやら大天狗様達に好き勝手やられて、鬱憤が溜まっていたようだ。だが下っ端の私からしても気持ちがわかる。私も清々しいゲス顔に釣られて苦笑いを返さずにはいられなかった。

 

「あはは……今回の件、保守的な大天狗様達には珍しい人員ミスでしたね」

「そもそもの話、どう見ても胡散臭いアレをどうしてあそこまで信じられたの方が疑問ですけどね」

 

 はたてさんもあの黒ローブの人に不信感を覚えていたようだ。

 かくいう私もその一人だけれども……天狗の世論は不自然なほど真っ二つに割れていた。外部からぽっと出の男を雇用することに異論を述べる者、最初から居たかのように全幅の信頼を寄せる者……

 

「正直、催眠術か何かを使われていたんじゃないかって思えるほどの信頼っぷりでしたよね……あっ」

 

 酔いのせいか思わず考えていることが口に出てしまう。冗談半分の出任せだっただけに、慌てて口元を抑えるけれど……二人は気にした様子もなく酒を口にしながら喋り続けていた。

 

「催眠術ねぇ……天狗を惑わせるほどの術だとすれば相当な手練れだろうね。もしくは掛かったやつらの修行不足。多分それだけと」

「異変解決後すぐに雲隠れしたところから、マッチポンプっぽいですよねぇ……怪しすぎて逆にミスリードを疑うほどですよ」

「え、えっと……お二人は本当にそんなことがあり得ると?」

 

 気にせず話を続けるお二人に私が恐る恐る聞くと、逆に変な顔して見返されてしまう。

 

「何言ってんの、椛が言い出したことじゃない」

「ま、椛ちゃんが信じられないのも分かるけどね。仕様もなさ過ぎてにわかには信じられな……」

 

 天魔様が突然、一升瓶を掴んだまま不自然に言葉を切る。唐突に黙り込んでしまったので、私は不思議に思って問いかける。

 

「……天魔様?」

「……あぁ、すまないね。ちょっと昔の友人の様子を見ててね。ちゃんと言う通り北斗ちゃんに優しくしてやってるようで安心したわ」

「む……」

 

 北斗、その名前に思わず反応してしまう。あの人間……今回は負けたけれど、天狗のプライドにかけて次は絶対に負けない!の

 と、それを見ていたはたてさんがニヤけ顏で私の頭をわしゃわしゃ撫でてくる。

 

「あーら、まだ輝星北斗のこと根に持ってるの? 気にしなくていいのに、ほれほれー」

「犬扱いしないでください! 天魔様には申し訳ありませんが……今度刃を交えた時は必ず彼に復讐してみせますからね!?」

「おお、椛が燃えてる……対抗意識を燃やすなんて珍しいわね」

 

 対抗意識? そう……だろうか? 言われてみればそれに近い感情ではある。が、やはり天狗の身としては人間にやられっぱなしなのは沽券にかかわるし、リベンジしないという気持ちが大きかった。

 私がそう硬く決心していると、天魔様は頬を綻ばせながら私の頭に手を伸ばしてくる。

 

「そうねぇ、北斗ちゃんのライバルとして頑張ってね、椛ちゃん!」

「ちょ、天魔様も頭撫でないでください! 犬扱いは白狼天狗最大の侮辱で……」

 

 結局酒その後も盛りの間、二人にずっと弄りまわされてしまった。この酒盛り、定例にならないことを祈ります……


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