東方影響録   作:ナツゴレソ

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26.0 真実とお節介

 大乱闘の弾幕戦が終わり数日が経った。五月の心地良い季節も過ぎ、蒸し暑さの気配が漂い始めた季節の変わり目。

 

「北斗、納屋から道具は全部出したかしら?」

「終わってる。つまみの下拵えも済ませてるし、お酒の準備も大丈夫だ」

「……手際がいいのも考え物ねぇ。夕方までやることないじゃない」

「何を今さら……霊夢は何もしてないじゃないか」

「私は主催者だからこうしてるのが仕事なのよ」

 

 俺は霊夢と共に縁側でお茶を飲みながら、軽口を叩き合う。

 あの後、人里の人間に起こった異変はパッタリと止んだ。止んだ、というか抑圧されていたものが解放されたかのように一大宗教ブームが起こった。

 人里では毎日のように勧誘活動に勤しむ宗教家が見られ、道行く人々は宗教談義に花を咲かしている。ここまで行くと異様にすら思えるほどだ。

 結局、俺が原因だったのかは分からずじまいで終わったが、神奈子様曰くこの宗教ブームを起こしたのは間違いなく俺らしい。

 むしろこの状態も一種の異変と呼べるらしく、この様子を聞いた霊夢が苦虫を噛み砕いたような顔を浮かべていた。

 ……まあ、今回のこのブームに一役買ったのは俺の能力だけではなかったのが。

 

「おやおや、午後のひとときを夫婦仲良く過ごされて……妬いてしまいますねぇ」

「そう? 何ならアンタも焼いてあげるわよ。ねぇ、北斗」

「そうだな、ちょうど焼き鳥が食べたかったとこだ」

 

 突然降ってきたように現れた射命丸さんを俺と霊夢で睨み付ける。と射命丸さんは両手を振って苦笑いする。

 

「あやややや、相変わらず手厳しいですねぇ……ですがそれでも敢えて聞きます! 北斗さん取材よろしいですか?」

 

 射命丸さんがやけに意気込んで取材を依頼してくる。前回断ったのを気にしているのだろうか?

 チラリと霊夢を見遣るが、我関せずといった様子で煎餅を食べている。

 

「まあ、見ての通り暇ですから構いませんよ。ただ俺からも幾つか尋ねたいんですよ、記者の射命丸さんじゃなくて、天狗としての貴女に」

「……前にも行ったけど文でいいわよ。もしくは文ちゃん」

 

 射命丸……文の口調が砕けたものになる。なるほど、記者とそうじゃないときのオンオフの切り替えも早いってことか。

 

「それじゃあ一つ、どうしてあんな新聞を出したんだ?」

 

 あんな新聞、とはあの日の翌日に配られた文々。新聞の号外のことだ。

 それには件の出来事の顛末がありありと書かれており、鞍馬諧報を完全否定する内容だった。そして現在起こっている宗教ブームに火をつけたのもこの新聞だ。

 

「どうしてって……面白いからに決まってるじゃない。この私がこんなネタを見逃すとでも?」

「いや、そうじゃなくて……鞍馬諧報と全く逆行する記事じゃないか。大丈夫なのか?」

 

 俺が尋ねると、文は天狗の団扇で口元を隠し笑う。

 

「もしかして心配してくれたのかしら? 結構嬉しいけど、女の子みんなに優しくしてたら酷い目に遭うわよ」

 

 ……露骨にはぐらかされている。立場的に言えないことなのだろうか。これ以上は聞いても無駄だと諦めかけていると、文が突然近付き団扇で隠しながら耳元で囁いてくる。

 

「天狗はすべてを見通す目と噂を聞きつける耳を持ってる。だから、誰より真実の強さを知ってるのよ」

 

 真実か……結局俺が犯人かどうかはわからなかったの。そういう意味ではあの鞍馬諧報の記事は間違いだと否定できないのだ。

 だが、文々。新聞の語る真実に鞍馬諧報を書いた天狗も黙らずにいられなかった。それが答えってことなのだろうか……? だとすれば文は……

 

「文も鞍馬諧報に腹を立ててたんだな」

 

 つい思ったことを口に出してしまう。すると文はパチクリとしばし瞬きをしてから……フッと息を吐いた。

 

「……勘のいい人は長生きしませんよ」

 

 俺と文はお互いにニヤリと笑い合う。

 どうやら、俺は文のことを誤解していたようだ。ただのパパラッチだと思っていたが、彼女には彼女なりの信念があって、今回はそれに従ったのだろう。

 

「さて、聞きたいことは聞きましたよね! では取材に移らさせていただきますね?」

 

 記者モードのスイッチが入ったようで、文はメモを広げてぐいっと、距離を狭めてくる。だから不用意に近づいてくるのはやめていただきたい。

 俺はさりげなく距離を取ろうとするが、ジリジリににじり寄ってくる。

 

「まず最初に……早苗さんとの浮気が囁かれていますが真相は?」

「真相も何も根底から間違ってますね!」

 

 そんな感じで様々な話を根掘り葉掘り聞かれた。それにしても大半が女性関係ついてってどうなんだよ……

 

 

 

 

 

 宴会には前回以上の人が集まった。前回参加していた紅魔館組や、妖夢や幽々子さん、紫さんもしれっと参加している。

 俺が想定以上の参加人数に慌てて追加の料理を作っている間にも、聖さんが顔を見せに来た。

 仏教徒としてお酒は飲めないから挨拶だけしにきたらしいが、差し入れの料理を置いて言ってくれたので非常に助かった。

 

「よし、卵焼き出来た!全後は米が余ってるから焼き飯にでもして……あー、デザート考えてなかった。いるかなぁ……」

 

 俺が一人メニューに頭を悩ましていると、裏勝手口から藍さんが入ってくる。

 

「北斗殿、紫様が呼んでいらっしゃる。調理場は私が引き継ごう」

「はぁ……? わかりました、後は宜しくお願いします」

 

 俺は言われるがままに藍さんに料理を任して、境内へ出る。霊夢の人徳がなせる業か、ただ単に幻想郷の妖怪が酒好きなだけは分からないが、宴会は大盛況だった。

 みんな楽しそうで何よりだが、その中に紫さんの姿はない。俺が辺りを見回していると……

 

「あら北斗君じゃない、どうしたのそんな落ち着きなくして」

 

 よっぽど挙動不審に見えたのか、輝夜さんが盃片手に話しかけてくる。注視して見ると永琳さんも参加していた。兎耳の女の子もいる。

 

「輝夜さんも来てたんですね。紫さんに呼び出されて厨房から出てきたんですけど……姿が見えないんですよ」

「スキマ妖怪ねえ……そういえば姿が見えないわね。内緒の話だから一人になれる場所に行かないと現れなかったりするんじゃないかしら」

 

 上空を指しながら言うと輝夜さんは盃の酒を妖艶な仕草で飲み干した。何だか見てはいけないような気分になってつい顔を逸らしてしまう。

 

「た、試してみます。ありがとうございました」

 

 俺は一言礼を述べて足早に立ち去ろうするが、輝夜さんが背後で何か呟いたような気がした。妙にそれが気になった俺は振り向いて輝夜さんに尋ねる。

 

「……えっと、今何か言いましたか?」

「いえ……料理なかなか美味しかったわ。今度是非遊びに来た時作って頂戴」

「はは、みんなそう言ってくれて作り甲斐がありますよ。機会があれば是非」

 

 俺はお世辞に照れながらも、上空に飛び立った。適当な高度まで上がるとしばらくして、目の前の空間が割れ紫さんが顔を出した。

 

「おお、本当に現れた」

「ごめんなさいね、少し面倒なことさせて。これも念のための用心だから」

 

 紫さんは微笑を浮かべながら言う。相変わらず胡散臭げな妖怪だ。俺は内心訝しく思いながらも……腕を組んで問いかける。

 

「それで、どうかしたんですか?」

「少し忠告しておきたいことがあってね……今じゃなくてもいいんだけど、忘れる前にね」

「忘れるって……それって重要なことなんですか?」

 

 俺は半信半疑で聞く。が、そんな俺の様子を他所に紫さんは憂いそうに首を振った。

 

「ま、杞憂で終わってくれたらいいんだけどねぇ……貴方の能力についてよ」

「………………!」

 

 俺は思わず身を固くすると、紫さんが半笑いで手を横に振った。

 

「そんなに身構えなくていいわ。今回の異変を解決したのは貴方よ? たとえ原因も貴方だとしても、『変われる』と証明したことはそれなりに評価してるわよ」

 

 思っても見なかったことだが、紫さんが俺の事を褒めてくれる日が来るとは。ちょっと感動してしまうが……

 

「けど、それじゃあ何を……」

「貴方の能力は幻想郷中に広がった。それによってこれから貴方の能力を利用するものが現れる可能性が出てきたわ。あらぬ疑いを掛けられるかもしれない。今まで以上の危険が貴方を待ちかまえてるでしょうね」

 

 紫さんは俺の顔を覗き込んでくる。脅しているつもりだろうか?

 だが……少なくとも今はそれに恐怖はしない。一度自殺未遂までやったんだ、多少のことは大丈夫さ。それに……

 

「覚悟はしてますよ。今回の異変だって、俺なりに命がけだったんですから」

「そう? それならいいんだけど……貴方の場合、自分に出来る事ならって、利用されて騙されそうだから言ったんだけれどね」

「う……」

 

 俺は言葉に詰まってしまう。我ながら情けないが、ありえそうな話だ。その様子を見て紫さんは俺から離れて、屈託なく笑う。

 

「お節介を焼くときは精々気をつける事ね……お小言は終わりよ。このまま料理は藍に任せて宴会を楽しみなさいな」

「えっ、けど……」

「今回の異変、貴方の力だけでは解決出来なかったでしょう? 生きている限り、誰しも人に迷惑を掛けるもの。大事なのはそれを許容できる関係を作ること。この幻想郷での出会いを大切にしなさい」

「………………」

 

 何だか今日の紫さんは優しいというか、お節介焼きだ。どうしたんですか?と聞くのはなんとなく憚られたので、俺は素直に頷いておくことにする。

 

「わかりました、行ってきます」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 その声音はどこか優しげで……俺は少し戸惑ってしまった。


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