東方影響録   作:ナツゴレソ

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25.0 手のぬくもりと三位一体

 聖徳太子はバリバリの文官だと思っていたのだが、意外と体育会系でもあったようだ。

 まあ、縦横無尽に宙を駆けまわる姿が教科書に乗るわけもないんだが……正直ここまでやるとは思わなかった。

 

「どうした!? 防戦一方ではないか!? もっと打ち込んで来い!」

「だったら多少なりとも手加減してください! 『護符「博麗印の妖怪バスター」』!」

 

 俺は後ろに飛びながらお札を連射する。狙いを付けない足止め目的での攻撃だ。しかし神子さんはそれを宝剣でことごとく切り落としていく。

 避ければいいのに実力差を見せつけるつもりか。てか椛さんも同じようなことをやっていたが、どうやったらそんなこと出来るようになるか教えてもらいたい。

 俺は半ば八つ当たり気味にお札を乱れ撃ち続ける。

 

「頼むから私を退屈させないでくれよ」

 

 神子さんは最小限の動きで躱し、斬り払いながら悠然と接近してくる。言葉の割には随分楽しそうだけど、神子さん……本来の目的忘れてないですか?

 しかし、ただお札を投げるだけでは時間稼ぎにもならない。同じお札でも霊夢が投げれば確実に当たる上に威力も違うのだから、当然まだまだ修行が足りないんだろうが……

 

「使い方を工夫すればッ!」

 

 俺は神子さんへ向けてではなく、空中にお札をばら撒く。さながら機雷のように浮遊するお札に、流石の神子さんも足を止める。これで十分距離を取れる。仕掛けるなら今だ。

 

「行くぞ、『乱符「ローレンツ・バタフライ」』!」

 

 宣言ともに俺の周囲に弾幕帯が構成され、そこから次々と光弾が放たれる。それは俺から離れるほど分散していき、弾幕の嵐を形成する。

 

「それが君の弾幕か!? なかなか良いではないか!」

 

 それを見た神子さんが嬉しそうに目を細めながら、弾幕を躱していく。マントを翻し、宙を舞う姿は実に優雅でこっちが見とれてしまいそうになる。

 

「しかし、そのスペルは明確な弱点があるな」

 

 そう言いながら神子さんは弾幕を回避しながら、徐々に近付いてくる。やっぱりバレたか。流石に観察眼がいい。俺は内心で舌打ちしながらも弾幕を放ち続ける。

 この弾幕は距離が離れれば弾幕の密度は上がる。だが逆を言えば俺に近付くほど弾幕は薄くなるのだ。俺も対抗して後ろに下がりながら弾幕を放つが、それでも徐々に距離を詰められてしまう。

 気持ちが急く。汗が目に入りそうになって、慌てて袖で額を拭う。

 

「さて、我も一つ披露しようか!『仙符「日出ずる処の道士」』!」

 

 神子さんが笏を天高く掲げると同時に周囲に光輪が浮かぶ。それは日を放つ太陽のように広がり、襲い掛かってくる! 弾幕の切れ間がない。避けれない、なら……

 左手で目の前に素早く五芒星を描き、中心にお札を突きつける。その瞬間、描いた軌跡が光を帯びて障壁になった。目の前に衝撃と閃光が迸る。

 東風谷……早苗につい今朝教えてもらった九字切りをまさか咄嗟に使えるとは自分でも驚きだ。しかし何であれ、結果として弾幕を凌ぐことが……

 

「甘いッ!」

「なっ!?」

 

 すぐ目の前、障壁の向こうから声が響く。その障壁を無理やり剣で切り裂きながら、神子さんが眼前に現れる。強引! 本当に無茶苦茶だ!

 

「こん、のッ!」

 

 苦し紛れに封魂刀を振り上げるが、それも剣ですぐ弾かれる。俺は逆らわず封魂刀を手から離し、サマーソルトで蹴り上げようとする。

 が、顎先をわずかに掠めただけで当たらない。

 仕方ない、とにかく今は離れることを優先するしか!

 俺は蹴り上げた回転に捻りを加えて前蹴りで吹き飛ばそうと試みる。

 

「この私を踏みつけようとは!」

 

 だが、逆にその足を捕まれ地面へ向けて無造作に投げられる。みるみる空が遠くなっていく。飛行能力を全力にして停止しようとするが止まらず地面が背中を叩いた。

 

「か……は……」

 

 肺の空気が強制的に吐き出させられる。目の前に火花が飛ぶ。背中にじんわりと痛みが広がっていく。

 

「センパイ!」

「北斗!」

 

 早苗と魔理沙が悲痛な叫び声を上げる。それが、目を瞑って楽になりたがっていた体に活を入れてくれる。大丈夫、まだ起き上がれる。まだ……戦える。

 身体に喝を入れて、立ち上がったところで神子さんが上空から言い放ってくる。

 

「さて、戯れはこれくらいでいいだろう。そろそろ君の信仰を見せてくれないか? それとも、この戦いで有耶無耶になるとでも思ったかい?」

「まさか……そんなことするくらいなら時間を下さいって土に頭つけて頼みこみますよ」

「君のその潔さは好感が持てるな……だが、観客がもう待ちきれないようなのだよ」

 

 その言葉に俺はチラリと白蓮さんの方を見遣る。目に見えて苛立ちが滲み出ている。これ以上は待たせられそうにないな。

 俺は神子さんのいる高度まで再び登りながら、神子さんに強がりの笑みを見せつける。

 

「そうみたいですね……俺も『条件が整いました』んで、そろそろいきますか」

 

 大きく息を吐いてから早苗の方を見る。ちょうど目が合った。早苗は力強く頷いてくれる。俺は頷き返して、懐からスペルカードを取り出しそれをジッと見つめて集中する。

 その時、今朝の光景が頭を過った。

 

 

 

 

 

「やっぱり、上手くいかないか」

 

 朝日の中、俺は地面にへたり込んで溜息を吐く。霊夢のアドバイス通り存在を強く信じることで信仰を強めようとしたのだが、上手くいかない。

 そもそも存在を信じるっていう行為自体がよくわからない。よく分からないんじゃ影響を強めることもできない。

 

「これは本当に……昼までに間に合いそうにないな」

「センパイ……」

 

 能力の実験に付き合ってくれてる早苗が心配そうに顔を覗き込んでくる。しかし、その気遣いに応える余裕もなく頭を抱える。

 

「存在を信じるってどうするんだ……」

 

 額に手を当て、ない頭を必死に回転させて考えてると、早苗がその手を取る。そして俺の頬に手の甲をそっとあてがった。昨日の夜の時と、ちょうど逆の立場だ。

 

「……早苗?」

「深く考える必要はないんです。ただ、私がここにいることを感じてください」

 

 頬から早苗の暖かな体温が伝わってくる。早苗はしゃがんで、ジッと目を合わせてくる。すぐそばに早苗がいるのをまざまざと感じられた。

 ずっと忘れていた彼女は、今、目の前にいた。

 

「ああ、そうか……」

 

 どうして上手くいかないか、その理由がわかった。

 これは、外の世界に居た時の俺がずっと避けていたことだった。誰の存在を認めたくなくて、誰にも存在を認められたくなかった。そんな俺が、誰かの存在を信じられる訳がない。

 

「私は、センパイの事を信じてますよ」

 

 そう、早苗はそんな俺のことを信じてくれた。触れてくれた。俺もそれに応えたい……強い衝動が胸の奥から溢れ出てくる。

 その時、俺と早苗が握っていた手の中に光が零れる。恐る恐る手を開くと、そこには一枚のカードがあった。

 

「これは……スペルカード?」

「みたいですね……」

「みたいって……早苗がやったんじゃないのか?」

 

 俺が尋ねると、早苗は首を傾げながらはにかんだ。純真な心からの優しい笑みだった。

 

「どうでしょう?けど……きっとこれが……」

 

 

 

 

 

「これが……俺の信仰の形です!『神符「トリニティフェイス」』!」

 

 祈りを込めたスペルカードを上空高く掲げると同時に目の前が白に染まる。

 それもほんの僅か、視界が戻った時には周囲の景色が一変していた。飲み込まれそうなほど青い空が足元に広がっている。

 ……いや、湖だ。鏡面の如く澄んだ水面が広がっており、所々に巨大な柱が佇んでいた。

 突然の景色の変化に守矢の神々を除いた全員が唖然としていた。終始冷静だった神子さんも、辺りを見回している。

 

「これは……」

「諏訪湖だ。あくまで幻影みたいなものだがな」

 

 そう答えたのは神奈子様だ。神奈子様は柱の一つの上に立ちながら、俺に向かってウィンクを飛ばしてくる。

 

「北斗、君の信仰はしかと受け取った。そして私達はその信仰の強さに見合う分の加護を与えた」

「正直破格だけどね~、『影響を与える程度の能力』は本物だね。人ひとりがこんな信仰を生み出すなんて考えられないよ」

 

 諏訪子様も柱の上に腰掛けながら、脳天気に笑っている。そして……

 

「センパイ……いえ、北斗さん。私は信じてました。貴方が、私の事を信じてくれるって」

 

 早苗も柱の天辺で暖かな笑みを向けてくれる。

 どうやら、俺は俺なりの信仰を形に出来たようだ。感動のあまり呆然と宙に浮いていると……守矢の三柱の神は神子さんと白蓮さん達に向けて言い放つ。

 

「見ましたか!? これがセンパイの……そして私達の信仰の力です!」

「空間を生み出すほどの信仰の力だ。これで十分証明できただろう。彼の信仰が本物だと」

「もしこれでも信じられないなら、まー、遊んであげるけど?」

 

 その言葉に誰も言葉を返すことはなかった。どうやら、神子さん達も納得してくれたようだ。

 今までの戦いは、自分をピンチに追い込むためのものだった。どうしようもない状態で神頼みをすれば、良い結果を出せるかもしれないと思っての行動だったが……ここまでの予想だにしていなかった。

 ホッと、胸を撫で下ろしていると白蓮さんがおもむろに口を開く。

 

「そうですね、せっかくですから試しておきますか」

 

 ……はい? 聞き間違えかな……なんかおかしなことを言ったような気がしたが。

 

「ふ、そうだな。好都合なことに、この空間ならこの人数が暴れても問題ない。人里にも被害が及ばないだろう」

 

 え、何……なんでみんな空を飛びだしたの……? 俺は嫌な予感がして、神子さん達からそっと離れていく。

 

「屠自古! 太子様をお守りするぞ!」

「やってやんよ!」

「聖が戦うならば私も参戦するより他ありません!」

「よーし雲山、行くわよ~」

「お、何だ何だ全員で弾幕ごっこか?面白そうだぜ」

「思う存分暴れられるわけね……昨日今日のストレスを発散させてもらおうかしら?」

「………………」

 

 俺は目の前で火花をぶつけ合う女衆に脱力した。今日を迎えるにあたって命がけの事態になることまで視野に入れていたのに……

 今までシリアスにやっていた俺が馬鹿みたい思えた。本当に幻想郷は予想を悉く外してくる。というか、ついていけない。

 

「はぁ……」

 

 堪らず口から溢れた溜息と共に、大混戦の弾幕戦がスタートした。


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