東方影響録   作:ナツゴレソ

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24.0 信仰と信用

 博麗神社の台所は手狭だ。しかし、一ヶ月ほど毎日使っていると不思議と愛着が湧くもので、一日ほどしか空けていなかったのに懐かしく感じられた。いや、愛着のせいもあるかもしれないが、昨日今日と色んなことがあり過ぎたからな……

 ポケットからスマホを取り出し時間を見る。18時12分。神子さんとの提案を呑んだ、五時間前の自分を殴ってやりたい。

 

「はぁ……まったく俺は……」

 

 自分に嫌気がさす。

 いや、神子さんの提案自体はいい。覚悟だって既に決めている。だが一日というタイムリミットが不味かった。せめて一週間ほどの余裕があればこんなことにはならなったのに……緊張のあまり気を急き過ぎた。

 あれから俺は、神奈子様、諏訪子様、東風谷、そして茶々を入れる役の霊夢と魔理沙、計五名から延々と説法を聞かされる羽目になった。説法というか、ほとんど神様達の自慢話ではあったが。守矢の三名曰く、神話や偉業を知ることで神の偉大さを知ることになるらしいのだが……

 

「途中からただの口喧嘩だからなぁ……神奈子様と諏訪子様の」

 

 神奈子様と諏訪子様が過去の諏訪大戦のあったなかったで言い争いなったり、そのせいで霊夢に両成敗されたり、何故か東風谷が霊夢に俺を居候させてるのかと怒り始めたり……結局話は大いに脱線した。

 最終的に、この異変が終わったら宴会を開こうという約束をしたところでやっと解放された。というのも、諏訪子様が俺の料理を食べてみたいと駄々を捏ねてくれたお陰だ。

 しかし、障子の向こうからこの説法を夜通しやろうという声が居間から聞こえてくる。もう嫌だ。

 料理の合間に酒を出して有耶無耶にしたい衝動に駆られていると、居間を仕切る引き戸から東風谷の横顔が覗く。

 

「センパイ……手伝いましょうか?」

「ん……? いや、大丈夫だよ。昨日の東風谷も言ってたじゃないか、お客さんに手伝わせる訳にはいかないよ」

「ですけど、どうやら疲れてるみたいですし……」

 

 東風谷は心配そうな顔で俺を見上げてくる。確かに体力的にも精神的にも疲れていた。主に先程の説法のせいだが。

 だが、そもそもあの時神子さんと交渉もせずに頷いてしまった俺のせいだ。それに付き合ってくれているみんなを責めるのは良くない。

 

「本当に大丈夫だよ。それにもうすぐ出来るし」

「え、速っ!? 何を作ったんですか?」

「鹿肉の竜田揚げ。まだご飯が炊けてないからまだまだ食べれないけど……」

「な、なんだか……メニューの時点で料理の腕の差を感じます……」

 

 東風谷が落ち込んだような悔しそうなような微妙な顔をしている。とは言っても、この料理自体は結構簡単なんだけどな。下処理をしっかりしていれば、失敗がない。

 それにしても久しぶりに鹿肉を調理していると、いろんな思い出が浮かび上がってきた。よく祖父がたまにフラリと山に入ったと思ったら鹿を背負って帰ってきて驚いたもんだ。その度にこれを作らされたもんだ。

 

「けど、東風谷の料理も美味しかったぞ。よく味が染みていたし、肉も柔らかかったし……そもそもよく牛肉が手に入ったな。里にもあんま出回ってないぞ」

「この前偶々売ってあったんで、思い切って買っちゃいました!」

「へえ……けどそういうの買っちゃうと霊夢に怒られちゃうんだよなぁ……どの肉も一緒だから安い方にしろって」

 

 別に個人的に買おうとした奴まで文句言われる筋合いはないんだが……その割には買ったら買ったでガツガツ食うわけだし。竜田揚げが出来上がってお皿に盛りつけ終わり居間に運ぼうとすると、どうしてだか東風谷が不機嫌そうな顔を向けてきていた。

 

「……センパイ、霊夢さんと仲良いんですね」

「え、うーん……まあ、険悪ではないね。霊夢自体誰にもあの性格だし」

「しかも名前で呼んでるし……」

「それは霊夢本人がそう呼べって言ったからだけど……」

 

 俺は東風谷に質問攻めにされて、困惑してしまう。真意が掴めないが、どうやら不服なのはわかった。東風谷は俺をジッと見つめると意を決したように声を上げる。

 

「ならセンパイも私の事を……」

「おい北斗ー! メシまだかー!?」

 

 と、言いかけた東風谷の言葉に被せるように魔理沙が顔を出しながら言う。俺はすかさず竜田揚げを乗せたお盆を魔理沙に渡す。

 

「あとご飯が炊けるのを待つだけだ。これ持ってって。つまみ食いするなよ」

「しないぜ、多分。ん……? 早苗、そんなところで何突っ立ってんだ?」

「……何でもないです!」

 

 眉間にしわを寄せた東風谷はそう叫びながら魔理沙のお盆を奪い取ると、居間へ運んで行ってしまった。その姿に魔理沙は唖然としていたが……しばらくしてから俺の方に三白眼を向ける。

 

「……北斗、なんか怒らせるようなこと言ったのか?」

「俺が言ったの前提かよ。うーん、言ってないと思うんだけどなぁ……」

 

 まったく身に覚えがない。俺は合間に作っていたお吸い物を注ぎながら首を傾げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 食事を終わらせてからも説法は続いた。しかし、流石に神様二人も話すことがなくなったようで、居間では既に酒盛りが始まっていた。

 俺は肴を何品か作り、隙を見てこっそり境内へ抜け出していた。しかし、東風谷があれほど下戸とは……俺もそこそこだけど、あれだけお酒が弱いと幻想郷で生きるのは大変だろうと同情せざるを得ない。

 

「あーあ、疲れた……」

 

 弱音を一つ吐き、夜空を見上げる。守矢神社ほどではないが、ここもよく星が見える。そもそも外の世界が夜でも明るすぎて星が見えないだけかもしれないが。

 残された時間が気になりスマホを見る。時刻は21時37分……残りはおおよそ半日か。これまで話を聞いて、俺の中の信仰心自体は大きくなった……と思う。後の問題は、俺の能力で信仰心を増加できるかどうかだ。

 いや、正確には『増加した事を目に見えた形で提示できるか』どうか、だろう。目に見えた形でって……それはつまり異変を解決しろってことだろうか? それができたらとっくの昔にしてるんだがなぁ……

 

「……まーた、酒盛りを抜け出して」

 

 と、考え事に浸かっていると、呆れ声が空から降ってくる。見上げてみると、鳥居の上で腰掛ける霊夢がいた。暗闇の中でも紅白の巫女服は目立つな。

 

「そこに座るのは巫女としてどうなんだよ」

「ここはただの目印よ。神様の境界だっていうね。誰もこの上に乗っちゃいけないなんて言ってないじゃない」

「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ……」

「いいから上がってきなさい」

 

 渋々、俺は言われるがまま空を飛んで鳥居の上に座わる。本来の地球からの距離を考えれば髪の毛ほどしか近付いていないのに、星や月が大きくなったような気がした。しばらく二人で星を眺めていると……思い出したように霊夢が口を開く。

 

「で、どうなのよ」

「どうって?」

「決まってるじゃない。明日のことよ」

「………………」

 

 俺はその問いに口を噤んでしまう。

 まあ、現状だと話題はそれになるよな。返す言葉が見当たらず閉口していると……霊夢に呆れたようなため息を吐かれてしまった。

 

「駄目そうね。まったく……そんなんでどうしてアイツの言うことを頷いちゃったのよ?」

「いや、だって汚名返上のチャンスだと思って……」

「出来なかったら元も子もないじゃない」

「う……そうですね……」

 

 どうやら霊夢は俺を叱りに来たらしい。俺はぐうの音も出ず、項垂れた。まるで宿題を忘れて先生に怒られている気分だ。そんな俺を見た霊夢はバツが悪そうに髪をいじる。フワリと、石鹸の匂いが漂った。

 

「……あー、別にアンタを怒りに来たわけじゃないのよ。ちょっとアドバイスをしたかっただけ」

「アドバイス? 霊夢が?」

「何よその物珍しそうな言い方は?」

 

 まさに物珍しいと思ったんだが。

 そもそも霊夢は体術も、霊力を使うための修行に関しても、割と放任主義だ。教えることは教えてもらえるが、後は実際やってたら勝手にできる様になるだろうと言った感じだ。精々『神技「天覇風神脚」』を練習していた時に少し言われたぐらいか。

 霊夢はジト目でこちらを睨んでいたが、すぐに髪を払いながら視線を逸らした。

 

「まあ、いいわ……北斗、貴方は信仰って何だと思ってる?」

「何って……」

 

 哲学的な質問だ。もともと宗教自体を頭ごなしに避けてきた俺にとっては考えたことのない話だったからつい考え込んでしまう。しばらくして、ない頭を回転させて答えを捻りだす。

 

「その神様への畏怖みたいなものじゃないのかな。あぁ、けどそれじゃあ妖怪と変わらないか」

「ま、大体合ってるけど……アイツらは外の世界では信仰を集められなかったから幻想郷に来た。それは外の世界で神様の存在が信じられなくなったからよ」

 

 俺は無言で頷く。霊夢の言っているのは夕飯前にもう聞いた話だ。

 要は妖怪も神様もいないと思われているから、外の世界で存在を維持できなくなってるわけだ。しかし、それをどうして……

 

「要はアイツらは信じられることで信仰の力を得ているのよ。そして、北斗の能力を思い出しなさい」

「俺の能力……?」

「そう、北斗は『私の北斗へ与える影響を強くした』ことで空を飛んだり出来てるんでしょ?」

「あ、ああ……そうだけど」

「ならそれは私の存在を……その、信じてるから出来るんじゃないかなって……」

 

 霊夢がしどろもどろになりながら呟く。しかし、言おうとしていることはなんとなくわかった。つまり、俺は『霊夢の存在を信じることで力を得る』ことが出来ているんだから『神奈子様達の存在を強く信じれば信仰力を増大出来るんじゃないか』いうことか。確かにそれなら出来るかもしれない。

 

「あー、本当にらしくないことを言わされたわ!」

 

 酒のせいかそれとも恥ずかしがっているのか、俺は真っ赤に染った自分の顔を手で仰ぎながら鳥居から飛び降りる。そしてクルリと踵を返して真上の俺に向かって叫ぶ。

 

「これだけアドバイスしてやったんだから、何とかしないとタダじゃおかないから!」

 

 そんな捨て台詞を吐いて、霊夢はそそくさと居間に戻ってしまった。まったく、素直に頑張れって言ってくれればもう少し可愛げがあるのに……俺は思わず吹き出してしまう。

 

「ははは……信じる……か」

 

 自分も信じられないのに、俺は誰かを信じられるのだろうか?


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