「なぁ霊夢ー、北斗は本当に大丈夫なのかー?」
妖怪の山への道中、魔理沙が大声で尋ねてくる。振り向くと魔理沙は箒に横乗りしながら、五月晴れの清々しい天気に似合わない不安そうな表情を浮かべていた。
心配してもどうしようもないだろうに……魔理沙は北斗に対して過保護過ぎるのよ。
私は魔理沙の話を聞き流そうとする。けれど魔理沙はそんなこと気にすることなく話を続けた。
「確かにアイツは腕っぷしはそこそこだぜ? 多分、純粋な体術なら私も負けちまうな」
「それは魔理沙が駄目なだけじゃない」
「私はか弱い魔法使いだからな! ……いや、そうじゃなくて、体術だけじゃ妖怪は倒せないって言ってるんだ。多少霊力を使えてスペカを使えても……」
次々と下向きな発言を繰り返してくる。よくもまあそれだけ心配事が出てくるものね。まるで老婆心の塊だ。
別にスペカルールで戦うんだから負けても山から追い出られるだけじゃない。それに……
「負けたら負けたでそれはいいのよ。妖怪の強さを知って多少の恐怖を持たないと彼の能力のせいで里の人間がどうなるか分からないもの」
そう、ずっと懸念していたことだ。北斗は……主に紅魔館の奴らのせいもあるけれど、妖怪に対しての恐怖が足りていない。
人間と妖怪の区別が一切付いていないかのような接し方は見ていて不安になる。あんな付き合いに慣れてしまってはいけない。痛い目に合うことを身を持って知る必要があるわ。
そんな私の言葉に思うことがあったのか、魔理沙が神妙な顔になる。
「……それについても聞きたかったんだが、里の異変、霊夢はどう思うんだ?」
「どうって……商売の邪魔されて頭に来てるわよ」
「じゃなくて! 原因が北斗だったらどうするんだよ!?」
ああ、そういうこと。ようやく魔理沙が神経質になっている理由がわかった。なんだかんだで魔理沙は里も心配なのだろう。
ただ、どうするも何も結界のことも含めて何とかするしかないんだけれどね。それに北斗から話を聞いた時……あくまで直感的にだけれど思ったことがある。
「北斗はこの異変の原因じゃないと思うわよ」
「また勘か?」
「それもあるけど……少し引っ掛かることがあるのよ。例えば里の、しかも人間にしか異変の影響がなかったり、見境なしに宗教全てを否定しているところとか」
もし北斗が全ての宗教を嫌っているだけなら人妖怪関わらず、幻想郷全体が無差別に宗教不信へ陥るはずだ。
そもそもわざわざ人里だけを狙う意図が分からない。少なくとも北斗の動機は見つからない。ということは北斗以外の誰かがある目的の為にこの状態を作り出していると考えても不思議じゃないでしょう?
「それに北斗はそこまで宗教に対して否定的な人間じゃない気がするのよ」
「そうかぁ? 本人は逆のことを言ってたぜ。苦手だってな」
「口ではね。あれでもうちの神社でこまめに参拝はしてるみたいだし、たまに宗教の話をしても嫌そうな顔しないもの」
「……信用してるんだな。それとも惚れた弱みか?」
魔理沙の下世話な台詞にお祓い棒を振りかざすが、スピードを上げて逃げられてしまった。まったく……魔理沙といい紫といい、どうしてどいつもこいつも私と北斗をくっ付けたがるのかしら……?
信用なんかじゃない。けれど……不本意ながらある程度一緒に住めば、それなりに性格わかってくる。あれは……他人が心から信じている者を自分勝手に否定できるような安直な人間じゃないもの。そう、思う。思いたかった。
「ホント、癪だわ」
何だか以前にも感じていたモヤモヤが脳を占拠しようとし始めていた。
私はそれを頭の外に追い出そうと首を振ってみる。
……とにかくこの面倒な用事を片付けるため、魔理沙に負けじと飛行スピードを上げた。
本気のスピードを出したお陰か、妖怪の山はすぐに見えてきた。以前異変が起こった時は絶好の紅葉狩りの季節だったが、今は一面緑しかない。陽気もいいし、是非お弁当を持って来たかったところだけれど……そういうわけにもいかないのが残念だ。
「うーん、ちょっと早く着き過ぎたぜ」
「これじゃ囮にもなれないわね。少し待ちましょうか」
そういえば早く着いても意味がないとこを忘れてた。効率の悪い時間の使い方をしてしまったわ。私は毛先をいじりながら吐息を漏らす。
……そうだ、ただボケっとしているのも何だから、私は魔理沙に気になっていたことを聞いておくことにしましょうか。
「ねえ魔理沙、アンタこそ北斗の事どう思ってるのよ」
「ん? 別に霊夢から取ったりはしないぜ?」
「叩き落とすわよ」
茶化そうとするので再度お祓い棒を振り上げる。すると魔理沙は慌てて両手と首を振った。
「冗談! 冗談だぜ! いや、あーなんだ? まあ、正直よく分からないな。私には北斗を疑えるほどの根拠も信じきれる要因も何もないのは確かだと思うぜ? けどな……」
魔理沙は器用に箒の上に寝そべって空を見上げる。変な仕草に首を傾げながら、私は勿体ぶって言わない魔理沙を急かす。
「けど何よ?」
「北斗も同じ考えじゃないかと思うんだぜ。自分を信じ切れていない。きっと自分のせいかそうじゃないかわからないから、確かめるために動いている」
「………………」
「最初は暗い奴だと思っていたけどさ。今こうやって前向きに行動してるところ見ると嬉しくなっちまうんだよ。だから力を貸してやりたい。それだねだぜ」
……魔理沙は本当にあべこべだ。普段は普段は人の事をこき下ろす癖に、ふと真面目になったり一生懸命だったり……どっちが本当の魔理沙になのかしらね。
私は感慨深く思いながら魔理沙を見つめていると、不意に起き上がって白い歯を見せつけてくる。
「それにアイツ、律儀だから恩を売っときゃ色々小まめに返してくれそうだしな」
前言撤回。少しは見直しかけたところでこれだ。やっぱり身勝手な奴だわ。
思わず溜息を吐きながらお祓い棒で自分の肩を叩いていると、下の方で小さな影が山の麓へと降りていく人影が視界に入る。何だか癪だけれど遠巻きにでも誰かわかるわね。
魔理沙も気付いたようで起き上がって下を見ながら言う。
「あれは北斗か? 到着したみたいなら行くか」
「ええ」
私達は意を決して全速力で飛び、天狗の妖怪の山の空域に入り込む。
私達は囮役、目立ってなんぼ。まずは哨戒している白狼天狗を追い返さないといけないし、精々派手に立ち回ってやるわよ。
「って、思ったのだけど……」
「……なんでこんなに多いんだよ!?」
私と魔理沙は互いに背を向き合って、途方に暮れてしまう。斥候らしき天狗の相手をしてるうちに、アレヨアレヨと集まってきて……気が付けば大勢の白狼天狗と鴉天狗に囲まれてしまった。哨戒で集まるような数じゃない。まるで私達を監視していて来るのを待っていたような……
「……どういうことかしら、文」
私はその軍勢を指揮しているであろう目の前の文に問い質す。普段の恰好と違って、天狗らしい和装をしている。おかげで普段のおちゃらけた雰囲気とは随分違って見えた。仕事は記者だけだと思ったら……そうでもないのね。
文は腰の刀に手を掛けたまま肩を竦めてみせてくる。
「どうもこうも、ここからは天狗の世界。何人たりとも通すことはできないわ」
「前は通してくれたじゃない」
「あれは事情があったもの。けれど、今は別の事情よ」
いつもの記者としての慇懃無礼な態度は何処へやら、文は真剣な目つきと口調で私達に対峙していた。
……以前守矢神社が山に出現した時は、形式上文が私を止めに来た。あの時は手加減して戦ってやる云々のたまっていたけれど……今回はその真逆の展開だ。
本気が過ぎる。人間二人に対してこの数は流石に異常よ。あからさまに侵入を拒絶している。やはり目的は……
「はぁ……で、そんなに守矢神社に行かせたくないのかしら?」
呆れ半分で問いかけると、天狗達の間に露骨な沈黙が一瞬流れる。嘘が得意な種族だとイメージで決めつけていたのだけれど、意外とチョロい。答えを言っているようなものね。
魔理沙もパチンと指を鳴らしてニヤける。
「ビンゴみたいだぜ」
「まったく情けないわ。あからさまに動揺して……」
文も他の天狗に失望したように頭を抱えてしまう。ご愁傷様。
けどこれでわかったわね。天狗はこの異変について何か知っている。そしてそれについての鍵を握っているのは……!
「魔理沙! 私かアンタの二人どっちでもいいから守矢神社に着くわよ! 何が何でも! 『大結界「博麗弾幕結界」』!」
「ああ! 普段人の秘密をベラベラばら撒いてるやつらの秘密を暴いてやるぜ! 『魔空「アステロイドベルト」』!」
「全員で確実に仕留めなさい! どちらも絶対に通すな!」
文の鋭い号令と共に天狗達が、私達に殺到した。