東方影響録   作:ナツゴレソ

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20.0 スペルカードと妖怪の山

「……ま、いいんじゃない?」

 

 最終チェックを終えたパチュリーさんの一言に俺はホッと一息吐く。その言葉を聞いた瞬間、これまで押し殺していた疲れが一気に押し寄せてきた。

 

「終わったぁ……こんな疲れたの久しぶりだ……」

「お疲れ様」

 

 咲夜さんがねぎらいの言葉と共に謎の味のする紅茶を入れてくれるが、俺は飲む気力も度胸も残っておらず大図書館の机に突っ伏した。本当に疲れた。体動かすより頭を使う方が精神的に疲弊するんだな……

 俺が冷たい机でオーバーヒートした頭を冷やしていると、フランちゃんが机から乗り出すようにして頭を撫でてくれる。

 

「お疲れ、ホクト!」

「あー、フランちゃんありがとー……」

 

 本当に純真でいい子だフランちゃん……! 為すがままフランちゃんに撫でられていると、対面に座っていたレミリアさんが頬を膨らませた。

 

「まったく、だらしないわね……そんなことで本当にあの山を登れるのかしら?」

「……こんなに疲れたのは主にレミリアさんのせいですけどね」

 

 俺は頭を上げて机の上に置かれた二枚のカードを指で突きながら抗議する。

 スペルカードルール。妖怪と人間が共存するために考案された決闘方法。純粋な戦いではなく、スペルの美しさやアイディアを見せつけ合う競技的な要素が強いが、弾幕の当たり所が悪ければ死んでしまうこともある、れっきとした勝負だ。

 

「俺が考案したスペカのほとんどを美しくないだとか、センスがないだとか、気に入らないだとかいちゃもん付けたせいで三枚しかしなかったじゃないですか」

「ふん、スペルカードは美しさを極めるものよ。攻撃性なんて二の次。本気になれば人間が妖怪に体力で勝てるわけがないんだから、精神的に敗北させるしかないのよ」

「確かにそうですけど……」

 

 それでも、十枚ほど考案したのスペルカードが悉く否定されたら心が折れそうになる。もう既に妖怪相手に精神的に負けているじゃないか。

 納得がいかずに首を傾げていると、レミリアさんが乱暴に紅茶を飲み干してからフランちゃんを指差しながら笑う。

 

「その分、フランのスペカは中々よ。美しくかつ難易度が高い。威力が高すぎてスペカルールから足を踏み外しかけているのは問題だけど」

「えっへん!」

 

 フランちゃんが胸を張っている。確かに一回だけ試しに相手をしたときは美しさに目を見張ったものだ。見惚れるあまり被弾して数時間意識が飛んだけど。あの時はフランちゃんが大泣きして大変だったな……

 まあ、確かに意味のないのより選り抜いたやつの方がいい、と納得しておくか。出来上がったスペカを眺めて愉悦に浸っていると、そんな俺を眺めていたレミリアさんがパチュリーさんに耳打ちしはじめる。

 

「……今更だけど北斗がスペカを持つことになるとは思わなかったわ。どうやったのパチェ?」

「……どうも何も、彼自身霊夢が霊夢と同じく霊力を取り扱えるようになっただけよ。彼が言うにはレミィのお陰だそうよ」

「ふふ、よくわかってるじゃない……けれど真似をするなら私の力にすればよかったものを……」

 

 耳打ちなのに内容が筒抜けなんだが……まあ、アドバイスを貰っておいて悪いとは思うが、レミリアさんの力の影響を受ける訳にはいかない。太陽が出るだけで里の人間が大量死するかもしれないからな。

 しかし、我ながら以前の俺とは見間違えるほどの変化だ。それもこれも日々の練習の賜物だろう。

 俺の能力は決して他者の能力のコピーではない。要は『あの人が出来るんなら俺も出来るんじゃないか?』と自分に暗示を掛けているみたいなものだ。当然そんな簡単に能力を行使出来る筈もなく、ある程度練習をしなければならなかった。

 この一ヶ月ほど毎日休まず練習して、なんとかお札を扱えるようになる程度の進歩の遅さだ。それでも霊夢の力の一分にも届かないほどの能力らしいが。1%未満って……流石に盛ってると思いたいところだ。

 

「さて、そろそろ霊夢達が待ちくたびれてるんで、行ってきます」

「あ、待ってホクト!」

 

 俺はスペカを懐に入れ椅子から立ち上がろうとするが、フランちゃんに袖を掴まれ止められる。フランちゃんは何やらモジモジしながら、ポケットから小さな人形を取り出す。

 

「えっとね……これ、私が咲夜に習って作ったの。変になっちゃったけど、お守りとして持ってって」

 

 そういうと、フランちゃんは手作りの人形を差し出す。熊のぬいぐるみだろうか? 手に取ってみると、確かに形はいびつだが、一生懸命作ってくれたのが目に見えた。

 あ、やばい、泣きそうだ。親の気持ちってこんなんなのかもしれないな。思わずフランちゃんの頭を撫でる。

 

「ありがとう。大切に、肌身離さず持ってるね」

「うん! 気をつけてね!」

 

 美鈴さんを除く紅魔館メンバーに見送られながら魔法陣に入ろうとして……ふとある事を思いついて、Uターン。フランちゃんへと向き直る。

 

「そうだ、帰ってきたら咲夜さんと一緒に料理を教えてあげるよ」

「えっ……ホントッ!? ゼッタイ、絶対だよッ!?」

「ああ、必ずね」

 

 俺はフランちゃんと指切りを交わしてから、魔法陣に入っていった。

 

 

 

 

 

「お、ようやく来たか、北斗!」

 

 境内で準備運動を行っていた魔理沙が声を上げる。それに対して霊夢は賽銭箱横の柱にもたれ掛って欠伸をしていた。強者の余裕だろうか?

 

「ふわぁぁ……ようやく戻ってきたわね。スペカは?」

「完成したよ。全部で『三枚』、これで妖怪相手でも最低限の勝負が出来る」

「自信がないなぁ……絶対勝てるくらい言うべきだぜ!」

 

 魔理沙がやれやれと肩を竦める。正直そんな保証はどこにもないし、そう言えるほどの実力があるとも思えない。だが……短いながら日々の努力してきた矜持がある。俺は霊夢と魔理沙に向かって不敵に笑ってみせた。

 

「一ヶ月程度の努力だが、無駄じゃなかったと証明して見せるさ」

 

 ここまできたら俺の能力を、努力を自分で信じるしかない。そんな俺の強がりを見て、霊夢と魔理沙は顔を見合わせ……どちらとともなく破顔した。

 

 

 

「それでどうやって妖怪の山を登るかとか考えてあるのか?」

 

 魔理沙がお下げ髪を弄りながら尋ねてくる。

 正直なことを言えば、霊夢と魔理沙がいれば俺を庇いながらでも天狗達の警備を突破できると思っていたのだが……二人のの様子からしてそれは無理そうだ。よくよく考えればリスクも高いし、二人に頼り切るのも癪だ。

 

「それじゃあ二手に分かれよう。霊夢と魔理沙は普通に飛んで行ってくれ。俺は歩いて山を登る」

「お、おい! 私と霊夢が別行動するならまだしも、北斗一人はマズいだろ!?」

 

 魔理沙が心配そうな声を上げるが、俺は首を横に振って説明を続ける。

 

「大丈夫だよ。そもそも幻想郷でも割と有名人な霊夢と魔理沙とただの見ず知らずの外来人だったら、警備は二人の方に送るはずだ。俺のところには精々下っ端が一人注意に来るぐらいだと思う」

「もしかして私達を囮にするつもりか!? きったねぇ」

 

 言ってしまえばそうだ。頼るより酷い気がするが、まあいい。

 だが、俺の飛行スピードは霊夢や魔理沙のそれにまだ及んでいない。俺の飛行スピードに合わせ、なおかつ俺を庇って戦うのはかなり辛い筈だ。それに今後の事を考えると天狗といえど、妖怪と一対一で勝てなければお話にならないだろう。

 そんな俺の決意を感じ取ったのか、霊夢が柱から背を離して言う。

 

「ま、いいじゃない。私達をどう扱おうと、こっちの方が着くのは早いかもしれないわよ」

「あー、まあ、それもそうだな! んじゃ北斗、私達が先についたら奢りな」

「魔理沙と飯行って割り勘したことなんて一度もないんだが……」

「んじゃ決まりな! 行くぜ、霊夢!」

 

 勝手に約束を取り決めると霊夢と魔理沙は先に飛んで行ってしまった。まあ、いいか。とりあえず二人との時間をズラすためにも持ち物の確認でもしとくか。

 

「刀、スペカ三枚、小銭入れオッケー」

 

 俺は一つ一つ口に出しながら所持品の確認をしていく。

 フランちゃんからのぬいぐるみは本当はダメにしちゃいたくないから置いておきたいが約束した手前放さず持つことにして……癖でスマホもポケットに入ってる。一応ソーラーチャージャーで充電できるから今でも使ってはいるが……今の所ただのメモ帳及び音楽再生機にしかなっていない。

 後は……戸締り火元の確認をしてから出るか。

 これから危険な場所に行くと言うのに結構落ち着いている。訓練のおかげか、レミリアさんなどのもっと危険な妖怪と接していたおかげか。

 

「よし、行くか」

 

 戸締りを済ませた俺は軽く両手で頬を叩いて、山の麓前を目指して飛び立った。

 

 

 

 

 

 麓から山登りを始めて一時間ほど。一応人が通れるほどの山道があったが、まるで蛇のように入り組んだ険しいもので、ここまで登るのにかなり苦戦してしまった。

 

「こりゃ二人に奢り確定だな」

 

 俺は途中に見つけた沢のほとりで一息吐いた。山に入ったらすぐ誰か飛んでくると思ったのだが、あれよあれよとそこそこの高さまで来てしまった。

 もしかしたら霊夢と魔理沙の相手に手一杯なのだろうか。耳を澄ませば川のせせらぎに紛れて山の奥から戦闘音が響いている。それもどうやらかなり激しい弾幕ごっこになっているようだ。なら普通に飛んで守矢神社へ向かうのもアリかもしれない。

 

「さて……どうしようか?」

 

 休憩をしながら迷っていると、背後に誰かが降り立った。振り向くと、修験者のような姿をした白い髪に犬耳が生えた女の子が立っていた。左手に盾を持って、脇には幅広の刀が差してある。そして背後にはもふもふとした白い尻尾が見え隠れしていた。

 

「そこの人間、ここは天狗の領域だ! 今すぐ立ち去れ!」

 

 天狗……ようやく一人寄越したようだ。俺は落ち着きを保つよう努めながら、ゆっくりと立ち上がってうやうやしく頭を下げる。

 

「それは承知の上です。ですが、私は何としてでも守矢神社へ馳せ参じ、私の崇めし神にお会いしなければならないのです」

「山の上の神のことか。ここ最近の里の者は信仰を敬遠しているはず……そう聞いたが?」

「故に、です。里の信仰を失った今、私だけでもお近くで我が信仰を奉じようと思った次第であります」

 

 俺は霊夢や魔理沙と違って顔を覚えられるほど有名にはなっていない。守矢の信者だと装えば辻褄は合うはずだ。本当は素直に訳を話してもよかったが……熱心な信者のフリをしてすんなり通してもらえるならその方がいい。白髪の天狗は判断に困っているようでしばらく押し黙っていたが……

 

「それでも、ここを通すことはできません」

 

 どうやらこの天狗は生真面目な性格のようで、毅然と首を振った。やっぱり駄目か。まあ、覚悟はしていた。俺は大きく息を吐いてから、懐からスペルカードを取り出した。

 

「ならば、仕方ありません。今から貴方にスペルカードルールに乗っ取った勝負を申し込みます!」

「なっ……!?」

 

 俺の言葉は予想外だったようで天狗は目を丸くして固まっている。それはそうだろう。霊夢や魔理沙などの例外を除いて、人間が、天狗に勝負を仕掛けるとは思っても見なかったのだろう。

 

「枚数は三枚。俺が勝った場合守矢神社まで案内してもらいます。負けたら素直にここを離れます」

「……馬鹿な! 勝てると思っているの!?」

 

 信じられないように天狗が声を上げるが、俺はあえて挑発的な言葉で返す。

 

「さあ? やってみない分からないですよ」

「………………」

 

 天狗は座った瞳で俺を睨みつけてくる。十分煽れたようだ。マトモに戦えばまず勝てない。だが冷静さを欠いてくれるならやりようはある。使える手はできるだけ打っておかないと、な。

 お互いに睨み合って数十秒ほどして、天狗が幅広の刀をゆっくり抜く。

 

「死んでも恨まないでよ。手加減なんてできないから」

「そんなの必要ないですよ。スペルカードルールは所詮遊び……だが遊びは本気でやらないと楽しくないって、吸血鬼も言ってましたし」

 

 敢えてレミリアさんの話題を出すと、一瞬耳がピクリとはねた。天狗でも紅魔館は警戒しているようだ。訝しげに問いかけてくる。

 

「吸血鬼と話して無事だったの? 貴方、本当に人間? 匂いはそうだけど……」

「人間ですよ。少し変な人間です」

 

 そう言ってみるが目の前の天狗は刀を構えたまま動かない。人間相手だからって油断はしていないみたいだ。油断してくれればよかったものを……少し煽り過ぎたか。

 

「……そういえば、名前を言ってなかったわね。私は白狼天狗の犬走椛よ」

「輝星北斗、元外来人の居候です」

 

 お互いに名乗り合って得物を構える。しかし、俺が封魂刀を鞘から抜かずに構えたことに、椛さんが苦言を呈する。

 

「……刀は鞘から抜いて使う物よ。錆の原因にもなるし止めた方がいいわ」

「それは知ってるけど……事情があるんだ」

 

 この封魂刀で魂を持つ者を切ってしまえば、魂を封印してしまう。妖怪相手には一撃必殺になり得る武器だが、相手のスペカを破るか降参させるかで勝負を決めるスペルカードルールでは違反になるだろう。それでも霊的に強化されているので、木刀より頑丈らしいらしいが。

 

「ふうん……ま、いいわ。さて、それじゃあ行くわよ守矢信者!」

「ああ、いざ尋常に!」

 

 俺と椛さんは掛け声と同時に大地を蹴った。


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