東方影響録   作:ナツゴレソ

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16.0 ピンクの悪魔と剣術指南

「……つまり、幽々子さんは俺が死にたいって思っているのを何とかする為に一芝居打ったんですか」

「ええそうよ~! きっと霊夢が何か言ってくれると期待してたの。あれほど熱烈とは思わなかったけど~」

 

 幽々子さんは山盛りのご飯を美味しそうに頬張り、飲み込んでから言う。対して霊夢は食膳の前には座っているが、プルプルと身体を震わせながら顔を伏せていた。よく見ると耳まで真っ赤だ。まんまと乗せられた挙句色々言ってしまったのがよっぽど恥ずかしかったのだろう。ごめんね……いや、本当に。

 

「赤の他人の私から言うより一緒に生活している子に言われた方が効くと思ってね~、予想以上、完璧だったわ。流石は霊夢!」

「……うるさい。黙ってろピンクの悪魔め」

 

 せめてもの抵抗か、蚊の啼くような声で霊夢が呟く。いや、本当にこんな縮こまっている霊夢初めて見た。小動物みたいでちょっと可愛いかも。

 まあ、このまま霊夢が弄られるのを看過してたら後々怖そうだし、そろそろ助け舟を出すか。

 

「えっと……それじゃあ、元から俺を殺すつもりはなかったんですか」

「もちろんよ~! あ、けど間違って殺しちゃっても、幽霊になってちゃんとここで雇ってあげるつもりだったから安心して~」

 

 いや、そういう心配はしてないですが……しかし、幽々子さんが行った行動にはまだ疑問が残っていた。俺は箸でさわらの身をほぐしながら、幽々子さんに尋ねる。

 

「しかし、どうしてわざわざこんなことを? 言ってしまえば人里で誰が自殺しようが関係ないですよね」

「ぶっちゃけるとね~、けれどそんな損得勘定じゃないわよ〜?」

「じゃあ……?」

「ただ、私が見たくなかっただけ、よ」

 

 幽々子さんはふと箸を止めると、目を瞑りながらポツリと呟いた。その表情は散りゆく桜の様に儚げに憂いていて……つい見とれてしまう。が、すぐに元の笑顔に戻ってしまった。

 

「けれど、北斗君が戦うって言ったときは中々格好良かったわ~、あれはハッタリ?」

「かっこいいってほめといてハッタリかなんて聞かないで下さいよ。ま、武術は齧った程度なんで図星なんですけど」

「齧っただけねぇ~……まあいいわ。それより妖夢! 今のうちに北斗君に渡しておきましょうか」

 

 幽々子さんが思いついたように提案すると、妖夢があからさまに嫌な顔になる。始終関係というよりウザがる子供のような反応だった。

 

「まだ食べてるんですが……」

 

 文句を呟きながらも妖夢は立ち上がると、廊下に出て何かを持ってくる。黒塗りでやや装飾過多の鞘、大振りの刀身……見覚えがあった。

 

「これって……」

「ええ、件の封魂刀よ。香霖堂の店主さんが北斗君や霊夢に渡すのはどうかと思って、妖夢に渡したらしいの」

「迷惑料と言ってましたが完全に厄介払いのつもりでしょうね。私も流石に三本目はいらないんで、よかったら北斗さんが持って行ってください」

 

 そう言って妖夢は封魂刀を差し出す。刀って……外の世界じゃ銃刀法違反なんだが、俺が持っていていいのだろうか?別に何も悪影響がないのならもらうのは構わないが……

 

「俺、剣術なんてできないですよ? 俺が持ってても神社の納屋の肥やしにしかならないなんて勿体無くないですか?」

「なら習えばいいじゃない~! 妖夢、久しぶりに指南相手が出来るわよ~」

「そういうことは本人に聞いてから……しかし、北斗さんは筋がいいと思いますよ」

 

 幽々子さんは自分のことのように嬉しそうに言う。すると妖夢も乗せられたのか、俺の目を興味深そうに覗き込んでくる。まあ、習って損するものじゃないし、興味もあった。市内を使う剣道ならいざ知らず、真剣を使う剣術なんて習う機会ないからな。

 

「そうですね、教えていただけるなら是非」

「決まりね~、それじゃ食後にすぐ始めましょうね!」

「いや、一応俺は怪我してるんですけど……」

「多少は大丈夫よ!」

 

 幽々子さんは半ば無理やり決めると、大盛りの料理を見る見るうちに消していく。どうしてだろう……幽々子さんが教えるわけじゃないのに何故か張り切っている。

 それにしても剣術か……祖父には得物を持った戦いは教わったことがなかったのでほぼ初心者だが、どういう指導をされるのだろうか?俺はずっと凹んで動かない霊夢に食べるよう促しながら、食事を進めていった。

 

 

 

 食事を済ませた俺達は、剣道場に連れて来られる。古いがよく手入れされている綺麗な道場だ。まずは竹刀でも渡されて素振りでもさせられるのかと思っていたのだが、妖夢は木刀を渡して実践形式でやると言い始めた。だから俺は怪我して……もういいや。

 

「木刀って見た目以上に重いんだな……あと滑りそう」

「それは持ち方を知らないからですよ。それも含めて自分が如何に剣の扱いを知らないかを自覚するための実践です。もちろん手加減はしますが、傷が痛むようならまた後日にしましょう」

「わかった」

 

 俺は木刀を軽く振ってみたりしながら、頷きを返す。確かに怪我の悪化は怖いが、永琳さんからもらった痛み止めの効きは抜群で、今のところ動いても肋骨付近の痛みをまったく感じていない。湿布のおかげで炎症も引いてきているし、今なら多少動いても大丈夫だろう。

 

「それではよろしいかしら~?」

 

 一応試合の形を取るため、幽々子さんが仕切りを任せる。霊夢と一緒にお茶を片手に観戦ムードなのは気になるが、無視しよう。

 妖夢の構えは……正眼の構えというやつだろうか。よく見る構えだ。敢えて基本的な構えをしているのかもしれない。なら、俺はそれを見よう見まねで同じ構えを取る。できるだけ素手の時と変わらないように自然体な構えを心掛けるのも忘れない。お互いの間に張りつめた空気が流れる。その中で、幽々子さんがおもむろに右手を上げた。

 

「それじゃあよ~い、はじめ~」

 

 随分緩い言葉で開始が宣言される。その瞬間妖夢が、踏み込んで木刀を振りかぶった。本来は刀で受けるべきなのかもしれないが、それが出来る自信はない! 俺は以前の霊夢との戦いの時のように懐へ飛び込み肩から体当たりをする。

 

「くっ……」

 

 妖夢は後ずさりして再度構え直す。仕切り直し、今度の妖夢は踏み込んで来ず、じっと構えたままだ。打ち込んで来い、ということか。俺はあまり深く考えず、木刀を振るう。横薙ぎに木刀を振るうが音もなく後ろに下がって躱される。

 その後もがむしゃらに木刀を振っても、宙に浮く落ち葉へ向って斬りかかっているかのようにかすりもしない。それなら、こちらが勝っている点、力差はあるかは分からないが……体格差を利用するしかない。

 俺は木刀を体に引き付け鍔迫り合いに持ち込もうと踏み込むが、その瞬間肩に痛みが走る。妖夢の木刀が肩を突いていたのだ。

 

「……ぐぅ!?」

 

 思わず突かれた左肩を引き、僅かに体勢が崩れる。その瞬間を妖夢は見逃さず足蹴りで倒しに来る。それは飛行能力を使って避け、距離を取って体勢を立て直そうとする。しかし、妖夢は流れるような動きで俺を追いながら、剣を振り上げていた。躱せない! 咄嗟に木刀で受けようとするが。その手が打ち据えられる。木刀が手から離れ、妖夢の木刀の切っ先が鼻先に突きつけられた。

 

「それまで!」

 

 幽々子さんの一言で、俺と妖夢との間に流れていた緊張から解放される。俺は思わず息を吐いて脱力する。木刀とはいえ得物を使った戦いは慣れていないので、精神的に疲れてしまった。

 

「指は大丈夫ですか北斗さん」

 

 妖夢は片膝を突いて、俺の手をそっと掴む。さすがに木刀の一撃は痛かったが、加減が効いていたのか赤く腫れた程度だ。

 

「だ、大丈夫だから……それよりちょっと疲れたから休ませてくれ」

 

 女の子に労わられるように手を取られ、恥ずかしくなった俺は立ち上がって手を軽く振って放させる。観戦していた二人の元へ行くと、幽々子さんがパチパチと手を叩く。

 

「なかなか面白かったわ。それで妖夢、北斗さんはどうかしら?」

 

 笑顔の幽々子さんが尋ねると妖夢は床に落ちた木刀を拾ってから、真面目な顔で答える。

 

「太刀筋は素人なのでともかく、身のこなしはかなりのものです。飛行能力も咄嗟に使えるあたり、霊夢に鍛え上げられているみたいですね」

「ええ、毎朝ボコられてますから」

「……ふん、嫌なら精々相手になるくらいの実力を付ける事ね」

 

 ようやく霊夢も機嫌が良くなってきたのか、元の軽口が戻ってくる。妖夢はそんな霊夢に対して頬を緩ませながら、俺に向き直った。

 

「しかし、剣の振り方や立ち回りの課題はよく分かりました。まずそれを直すだけでも素手よりは強くなれると思います」

「なるほど……ならそれは後日に。痛みはないんでけど、怪我の悪化が怖いんで」

「そうですか。なら指南の頻度を決めましょうか……」

 

 

 

 

 

 その後妖夢と話し合って、三日に一度ほどの周期で剣術の指南を受ける事が決まった。全部俺が白玉楼に出向くつもりだったのだが、妖夢から来てくれることになったのはありがたい限りだ。代わりに、たまに白玉楼に遊びにくるように幽々子さんにせがまれたが。

 博麗神社への帰り道、俺からやや距離を離れて飛ぶ霊夢に声を掛ける。

 

「そういえば言いそびれたけど……ありがとうな」

「……何がよ?」

「俺のことで本気になってくれてうれしかったよ」

「………………」

 

 霊夢は自分の顔を見られたくないのか、黙って飛行スピードを上げる。そんな様子に俺は思わず笑みをこぼしながら、全速力でその隣に付いて行った。


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