東方影響録   作:ナツゴレソ

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14.0 永遠亭と探り合い

 一晩寝た所で治るわけではないが、湿布のおかげで幾分痛みは引いていた。それでも呼吸するたびに鈍い痛みが走るので、当分激しい運動は無理そうだ。

 まあ、このまま放っておけば治るだろうと思って、神社に戻る気満々だったのだが……

 

「何言っているの? ちゃんと医者に見せにいくわよ」

 

 と、霊夢に言われ、半ば強制的に連れて行かれることになってしまった。まあ、ここまではいい。別に俺は医者嫌いでも注射嫌いでもない。わざわざ病院で診てもらう必要もないだろうと、横着していただけだ。ただ気になるのは……

 

「なんで医者に診てもらうのに竹林の上を飛んでるの?」

「里の医者でもいいんだけど、きっとアンタはこっちの方がお世話になるだろうし……ここら辺かしら」

 

 どうもよく分からない理由だ。腑に落ちない思いで霊夢の後を付いて行っていると、不意に霊夢が高度を落としていく。慌ててその背中を見失わないよう追っていくと、眼下に竹林の中に隠されているような古めかしい屋敷が見える。

 古めかしい、と言っても人里のものより昔の作りというだけで、建物自体は昨日建てたかのように新しい。垣根の藁なんてさっき変えたようだ。

 

「ここは……」

「永遠亭。色んなのがいるけど……まあ、診療所みたいなものよ」

「色んなものって……どうせ霊夢の知り合いだし妖怪でしょ」

「失敬な物言いね。私だってすすんで妖怪と知り合いになってるわけじゃ……」

 

 霊夢は言い訳をしながら俺の顔を睨みながら敷居を跨ごうとする。その足元の土に俺は違和感を覚える。

 

「……ッ!危ない!」

 

 俺は咄嗟に霊夢の手を取って引く。と、勢い余って霊夢と身体がぶつかった。つい力が入ってしまい脇腹に痛みが走る。歯を食いしばってなんとか耐えるが、うずくまりそうになってしまった。

 

「え、ちょちょちょ、何よ!?」

 

 片や霊夢は突然手を握られて顔を真っ赤にしていた。あれ、意外にうぶというか……って口にされたら殴られそうだ。俺は咳払いを一つして、敷居を跨いだ先の土を指差した。

 

「いや、そこの地面、落とし穴が作ってあるよ」

「……は? んー、あー、言われてみれば嫌な予感がするけど……だとしても私は空飛べるから落とし穴とか効かないわよ?」

「あ……」

 

 すっかり忘れていた。まあ、突然地面が抜けたら慌てて飛ぶのも忘れてしまいそうだし、わざわざ掛かる必要もないだろう、ってことにしておこう。それにしてもどうして診療所の入口に落とし穴が……

 もしかしてあれか? 軽い病気で来た人を罠にかけて、さらに治療費をふんだくるつもりだったとか? マッチポンプだとしても敷地の中でそれをやったら逆に患者さんが二度と来なくなると思うのだが……

 落とし穴を仕掛けたやつの思考回路が理解できず困惑していると、霊夢が珍しく感心したように俺を見上げる。

 

「それにしてもよくわかったわね。落とし穴なんて気にしたことないわよ?」

「あー、まあ、育った環境がね……祖父が作り方を教えてくれたから、見ればわかるよ。土の掘った不自然な跡をあからさまに隠しているのが逆に怪しい」

「あの武術といい料理といい、アンタのお祖父さんは何者よ……」

「数年間一緒に住んでた俺も分からん」

 

 何せ無口な上によく動く人だったからなぁ……なんて懐かしく思いながらふよふよと飛んで落とし穴を回避し敷地に入る。その途中、ふと思いついた懸念を霊夢に問いかける。

 

「……こういうお屋敷って、敷居跨ぐ前に声を掛けるもんじゃないの?」

「別に構いやしないわよ。せっかくお世話になりにきてやってるんだから」

「いや、普通に失礼だから今度からは一声かけなさい」

 

 俺と霊夢のやりとりに割り込むように、大人びた声が飛んでくる。声の方を見ると屋敷の縁側から長い銀髪を後ろで三つ編みにした知性的な女性が立っていた。

 女性は腰に片手を当てながら霊夢に話しかける。

 

「ごめんなさいね。落とし穴の件、うちの兎のイタズラよ。それにしても病気も怪我も一切しそうにない貴方がここに来るとは珍しいわね」

「今日は案内役よ。患者はこっち」

 

 霊夢は俺を指差しながらにべなく言う。すると銀髪の女性は、しばらく俺を興味深そうに眺めてから……ポン、と手を叩いた。

 

「ああ、新聞に乗ってた同棲相手ね」

「ほーら、やっぱりまた言われたわよ……やっぱりあの天狗は焼いて喰ってしまった方がよさそうね」

 

 霊夢が本気で怒りに燃えている。

 ……それにしてもゴシップ紙と侮っていたが、流石は新聞といったところか、多くの人に読まれているみたいだ。もしあの天狗記者に俺の能力がバレれるようなことがあったら、マズイかもしれない。注意しておこう。なんて考え事をしていると、女性が咳払いを一つして話を戻す。

 

「まあ、それはおいおい聞くとして……私は八意永琳よ。本来は薬師なんだけど、診察もやってるわ。貴方、お名前は?」

「輝星北斗です」

「北斗君ね、今日はどうしたのかしら?」

「あ、はい。ちょっと野暮用で、あばら骨を折ったかヒビが入ったみたいで……」

「野暮用って……とにかく上がって頂戴。患部を見るわ」

 

 俺達は永琳さんに促され、屋敷に上がる。診察部屋らしき場所に通らされた俺は、すぐさま上着を脱がされ診察台に寝かせられる。

 医療行為をしてもらっているのに失礼だとは思うのだが、こんな美人にペタペタと身体を触られると変な気分になってしまいそうだ。そもそも幻想郷の女性はレベルが高すぎる。彼女いない歴=年齢の俺には恵まれ過ぎた環境だ。

 身体の向きを変えたり深呼吸をしたりして、五分も掛からぬうちに診察は終わった。椅子に座った永琳さんは足を組みながら説明を始める。

 

「貴方が言う通り、肋骨にヒビが入っているわ。湿布と鎮痛剤の飲み薬を出しましょう。骨折していたら固定が必要だったけれど、この程度なら大丈夫でしょう。数日しても痛みが引かなかったらまたいらっしゃい」

「………………」

 

 俺は予想外の現代的な医療に言葉を失うほど感動していると、永琳さんが頬に手を当てて首を傾げる。

 

「どうしたのかしら、急に黙りこんでしまって」

「あぁ、すみません。俺は外の世界の人間なんで、民間医療とかされるのかと思っていたんですよ」

「あらそうなの。確かに里の医者はそういう感じだからそれが嫌でこちらへ来る外来人もいるわよ」

 

 ああ、よかった。傷口に酒でも吹きかけられたらいろんな意味でどうしようかと思っていたところだ。これは霊夢の判断に感謝するしかない。

 俺は脱いだ服も着直していると、永琳さんが診断書らしきものを書きながらが聞いてくる。

 

「それで貴方、外来人と言っていたけれど、あの巫女とはどういう関係なのかしら?」

「どうって……俺はただの居候ですよ」

「……ヒモ?」

「お金はちゃんと渡しています!」

 

 稼いで渡している、とは言えないのが情けない話だ。しかも何をしたか知らないが、藍さんが口座の貯金を二桁ほど増やしていたのでお金を稼ぐ必要がなくなっているのが情けなさに拍車をかけている。よく考えたら俺は藍さんのヒモ状態なんじゃ……

 

「………………」

「ご、ごめんなさい。そんなに落ち込むとは思ってもみなかったわ……」

「いえ……」

「治療費はつけておくわ……働き始めたら払いにいらっしゃい」

「今すぐ払わせてください!俺のお金で!」

 

 貯金が勝手に増えているので俺の金と言えるか分からないが、目先のプライドのために藍さんのお金で払うことにした。

 

 

 

「終わったみたいね、って……どうしたのそんな惨めそうな顔をして」

 

 縁側でお茶を飲んで待っていた霊夢が不思議そうに眉をひそめる。人の家でも我が道を入っている。これはもう一周回って尊敬するレベルだ。どこにいようとも自分のスタンスを貫ける霊夢さんかっけぇ。その上ヒモの俺まで家に置いてくれて……

 

「霊夢……ありがとう……俺……頑張るから……頑張るから!」

「え、うん、精進しなさい?」

 

 頑張ろう……霊夢と藍さんとフランちゃんのために!

 思いがけず決心を新たにした俺は霊夢と共に博麗神社に帰ろうとしたが、そんな時、永琳さんにお茶に誘われた。仕事はいいのかと思ったが、こんな竹林の奥だから基本的に来客は少ないから大丈夫とのことだ。

 まあ、俺としては誘われては断る理由もない。霊夢も渋々といった様子で申し出を受け入れた。

 そんなわけで俺と霊夢が通されたのは少し広めの床の間だった。高そうな掛け軸やら壺やらが飾られていているだけで、つい正座する姿勢もピンと背筋が伸びてしまう。

 

「いいわねー、広くて。こんなところで毎日お茶を飲んでみたいわ」

「霊夢の場合三日ぐらいで飽きて縁側に戻りそうだけど」

「アンタは一日持ちそうにないじゃない」

 

 俺と霊夢が軽愚痴を叩き合っていると、不意に襖が開けられそこから白くて長い動物の耳が覗く。

 

「ひ、ひつれいします!お茶をお持ちしました……」

 

 部屋に入ってきたのはウサギの耳を生やした少女だ。学生服のようなブレザーを着た少女はお茶とお茶受けの和菓子を持ってきてくれたようだ。何故か服は土で汚れている。可哀そうに入口の落とし穴に引っかかったのだろう。

 可哀想に、と内心同情していると……女の子は渡す際に一瞬だけこちらを見遣った。が、話しかける前にそそくさと去ってしまった。男性が苦手なのだろうか?

 しばらくお茶を飲んで待っていると、永琳さんと艶やかな黒髪の女性がやってくる。床まで届くスカートに、着物のうな長い袖の衣服……和装のような洋服を着た女性だ。

 

「北斗君、紹介するわ……といっても貴方も知っていると思うけど……」

 

 知っている? そんな幻想郷の有名人なのだろうか?

 心当たりがなくて困惑していると、黒髪の女性と目が合う。美しいが、どこか物悲しい視線に心を掴まれたような感覚を覚える。彼女は、いったい……

 

「彼女は蓬莱山輝夜様……かの有名な竹取物語のかぐや姫です」

「……おー」

「……今までの中で一番微妙な反応だわ」

 

 自分としては結構驚いているのだが、輝夜さんは気に入らなかったようでガッカリしていた。

 

「いえ、妖怪だけじゃなくて古典文学の登場人物まで出てくるとは思ってなかったんで、これでも驚いているんですよ」

「あら、私の話はまだ伝わってるのね。どういう風に伝わっているかしら?」

 

 慌ててフォローすると、輝夜さんは座りながら興味深そうに顔を覗き込んでくる。どういった風と言われても……古典は苦手だったから詳しくないんだが……

 

「そうですね……子供の頃から昔話でよく聞かされていました。外の世界じゃ知らない人はいないんじゃないんですか?」

「そ、そう? なんだか照れちゃうな~」

 

 気持ち盛って言ったのだが、輝夜さんにはウケたようでご満悦の表情を浮かべた。気をよくしたのか輝夜さんはさらに質問を重ねてくる。

 

「それで、北斗君はそれを読んで私の事どう思ったかしら?」

「えっ!?」

 

 それを本人に対して言えというのか……! 冷や汗を掻いていると、霊夢と永琳さんもニヤケ顔で注目してくる。何だかハードルが高くなってきている、ヤバい! ええいままよ! 俺は口任せに言う。

 

「……五人の貴族を振った挙句帝まで袖にする絶世の美女だと思います」

「へ、へぇ~、そんな褒めなくても~……」

 

 完全にリップサービスだが、輝夜さんは酒に酔ったように顔を赤くして手を団扇にしてあおいでいた。そんな俺を霊夢は白い目でこちらを見ているし、永琳さんはニヤニヤ笑っている。凄く恥ずかしい。肋骨の痛みを忘れるほどだ。それから話を逸らすのに必死だった。

 

 

 

 永琳さんと輝夜さんとの会話は外の世界のことや他愛もない世間話などぐらいしか話さなかった。俺のことも聞かれたが、慧音さんの時のようにはぐらかした。結局大した話もせずに家路に着くことになった。

 その道中、俺は霊夢に話しかける。

 

「結局あのお茶会は何だったんだろう」

「さあね、腹の探り合いじゃない?」

 

 探り合い? そんなに俺は怪しく見えたのだろうか? 確かに普通の人間は空を飛べないけど、霊夢や魔理沙みたいなのもいるし、おかしくはないと思うのだが。

 

「少なくとも俺は探ってないよ。聞きたかったことはあるけど」

「……月に帰ったはずのかぐや姫がどうして地上に来てるのかや千年以上前のお話なのに何故輝夜がまだ生きているかとか?」

「話が早いな。ま、人の過去を勝手に詮索したくはないから聞かなかったけどさ」

「されたくないからしなかったの間違いでしょ」

「……はは、まったくその通りだ」

 

 なるほど、それで腹の探り合いか。確かにお互いに距離感も分からず得体もしれない。霊夢からしたらお互いに腫れ物を扱う様な会話に見えたのだろう。

 俺は空笑いしたせいで痛み始めた脇腹を押えながら、憂鬱な溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 日が落ちる前に博麗神社に戻ると、居間に置手紙が無造作に置いてあった。霊夢はそれを手に取ると、中を開け一瞥する。そしてすぐ放り投げるように俺に渡してくる。

 

「……北斗宛よ」

「俺……? 誰から?」

 

 手紙を受け取り目を通すと、それは西行寺幽々子という方からの白玉楼への招待の手紙だった。


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