東方影響録   作:ナツゴレソ

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125.0 遺言と手向ける言葉

「どうして先代と弾幕ごっこをしないといけないんですか?」

 

 俺は先まで床に伏せていたはずの、先代に向けて尋ねる。我ながら少々ぶっきらぼうな言い方になるが、仕方がない。正直なところ、この人と戦いたくはなかった。というのも、俺の弾幕は他に比べて危険だからだ。先代の実力は計り知れないが、先代を殺めねない。そうなれば、博麗第結界がどんなことになるかわからない。第一、病人を攻撃するのは真っ平御免だった。

 

「今は時間がないと龍神様も言っていたじゃないですか。遊んでいる暇は……」

「うん、だからだよ。貴方にお祓いを教える時間も、代わりを連れてくる暇もない。なら、貴方が出来る方法で、私を禊払うしかない」

「……つまり弾幕ごっこでお祓いをすると? そんなこと出来るんですか?」

「出来るよ。君なら……ううん、正しくは君の否定結界なら、ね」

 

 ゾクリと、身体の芯を微かな震えが走る。否定結界は文字通り、相手の存在を否定する。相手の全てを完全に否定すれば、そこに居た事実すら消し去れる。あまりにも危険過ぎるのでやったことはないが、それだけの力があると紫さんから忠告されていた。

 ……この人は、俺がまさにやりたくないと思っていたことを、ここでしろと言うのか。ニコニコ笑いながら酷いことを言う。だが、元は自分の至らなさから端を発しただけに、断りにくい。選択の余地はなかった。

 

「わかりました。ただし、加減が効かないんで、気を付けてくださいね?」

「大丈夫、加減なんて必要ないから」

「……はぁ」

 

 今だ納得は出来ていない。だが、今更嫌なんでやめますと言う訳にもいかないのも理解している。陰鬱とした感情が肺に満たされていくのを感じ、つい大きな溜息をしてしまう。

 ……落ち着け。俺は何のためにここに来た? ここまで来るのにどれだけ犠牲にした? 今の俺に残された存在意義はなんだ? 今更止まれないんだから、最後まで、心を殺せ。

 俺が頷くと、先代はニコリと笑ってから龍神様へ視線を向けた。

 

「それじゃあ龍神様。用意をお願いね」

「……構わんが、急げよ。もう儂が目覚めかけておる。近いうちにこの場にも影響が出るぞ」

「わかってるって。あ、けど初めてやるから失敗したらごめんね?」

「もう少し緊張感を持てという意図が汲めんのかお主は……! ええぃ、そら出来たぞ!」

 

 険しい顔で龍神様が俺の腰元を指差す。見ると、腰に大小二振りの刀と菫子さんから貰った拳銃が下がっていた。それだけじゃない、ホルスターにはお札が満タンに入っているし、衣装まで綺麗になっていた。流石は幻想郷の最高神といったところか、まさに至れり尽くせりだ。まあ、お膳立てされても不快なだけだが。

 対して先代は服装が死装束から巫女姿に変わっただけで、目ぼしい武器は持っていなかった。用意してもらって悪いが、刀の出番はなさそうだ。霊夢のようにお祓い棒を持っていたら、出番はありそうだったが……

 

「うん、準備バッチリだね。それじゃあ北斗君、始めようか」

「……はい、行きます。『否定結界』」

 

 俺は適当に否定結界を三つほど作り出し、狙いをつけて放とうとする。が、既に先代の姿はない、疑問と大気の動き、そして危機を感じたその時には、腹部に激痛が走っていた。

 

「ッ……」

「あ、言い忘れたけれど、私って弾幕ごっこ、あまりやったことないの。だから、ちょっと乱暴になるかも。ごめんね?」

 

 それを先に言ってください、と言ってやりたかったのだが、代わりに口から胃液と血が溢れ出る。息が出来ない。衝撃で体内がズタズタに破壊されていた。蓬莱人じゃなければ、即死していたところだ。

 腹部に埋まった拳に寄りかかるように膝を突きかけるが、気合いで踏ん張り腰の小刀を抜く。だが、先代は居合い抜きより速く間合いの外まで下がっていた。

 

「っぁ、は……」

「北斗君、油断してたね。病人相手だし結界当てて、はい終わり、で済むと思った?」

「……えぇ。あと、こんなに強いとも思ってませんでした」

 

 いくら博麗の巫女だといえ、人間の拳にしては重すぎる。それに動きが全く見えなかった。身体が弱ってこれだというなら、全盛期はどれほどの強さだったのだろうか? 想像もつかない。

 俺は腹部を抑えながら、浅い呼吸で心拍を整える。先代のさっきの一撃は、本気を出せと言う警告なのだろう。おそらくこの人はスペルカードルールが出来る以前に妖怪退治をしていた人だ。手加減なしの殺し合いを何度も生き抜いてきた彼女にとっては、弾幕ごっこの様な手加減ありきの戦いの方が難しいのかもしれない。

 

「言ったよね、加減は必要ないって。次からは私も遠慮しないよ? 北斗君が、いくらやられても大丈夫ってわかってるし」

「勝手にやる気を出されても困ります。大体、こんなことに何の意味が……」

「意味は私を殺せばわかるよ。出来なければ幻想郷が滅ぶだけだし」

「……訳のわからないことを一方的に! 『貪狼「一天雨弾」』!」

 

 半ば自棄気味に叫びながら、右手で抜いた拳銃に弾丸大の否定結界を込める。そして、シリンダーを叩き込むと同時に、真後ろに最大全速で飛んだ。

 一天雨弾は距離があるほど弾が分裂する。逆に言うと、至近距離ならただの小さな否定結界を銃で撃っているだけになってしまう。距離はあればあるほどいい。だが、先の発言通り先代が本気ならば、待ってくれないだろう。

 

「いきなり逃げるの?」

「ッ!」

 

 背後の殺気に反応して、銃床を裏拳で叩きつける。が、逆に右手を取られてしまう。万力の様に腕を握り潰すつもりなのだろうが、タダではさせない。俺は左手の封魂刀を抜き、先代の腕めがけて振り下ろす。だが、僅かに切っ先が布に引っかかった感触はあったものの、刺さりはしない。あの僅かな時間の中で後ろに下がったのか。それはそれで好都合だ。

 

「これならッ!」

 

 腕の腱が痛んだ右手で、真上に向かってトリガーを引く。どうせ正面に撃っても躱される。なら状況を有利にするために使うしかない。銃声から数秒後、命名通り雨の様な弾幕が降ってくる。

 

「ば、馬鹿者ッ! 儂と家にも当たるじゃろうがッ!?」

 

 龍神様が抗議してくるが、相手にしてられない。すぐさま拳銃を捨て、右手で大刀を抜く。痛みは残っているが、腱は既に治っている。やれるはずだ。あの拳に刀が負けて折られない限り、は。

 

「……いいね。工夫して勝ちに来てるのがわかる。けど、勝つだけじゃ足りないの。殺す気で来ないと!」

「さっきから貴方は、そればっかりしか言わない!」

 

 互いに弾幕を掻い潜りながら、刀と拳を交える。が、すぐさま真上に降って来た弾幕をやり過ごすため、間合いを取り合う。一見互いにやり辛くなっただけのこの弾幕だが、こちらには活用方法がある。

 

「当たれぇぇッッ!!」

 

 俺は大刀の峰で弾幕を、テニスのサーブよろしく打ち出す。それも一つだけじゃない。連続で否定弾を弾き飛ばしまくる。球技が得意な訳ではないが、この一年で剣技は鍛えた。鋭い弾丸がいくつも先代へ飛んでいく。

 しかし、やはりと言うべきか先代には当たらない。だが躱すことに専念して踏み込んで来れていない。なら、狙い通りだ。勝負は、雨弾が止んだ時だ。

 

「この身朽ちてなお屈することなし。魂消え逝けどこの一刃潰えることなし……」

 

 俺は頭の上から降ってくる最後の一発をあえて後ろに避けながら、両手の刀を鞘にしまう。

 先代のあの速度に勝つには先代が間合いに入ったその瞬間を討つしかない。たとえ相打ちになってもこちらの勝ちと考えれば、分の悪い賭けじゃない。俺は極限まで集中力を高めながら、腰を沈め抜き打ちの構えを取る。

 

「『巨門「二閃紫桜」』」

 

 空白の時は一拍にも満たない。気配が目の前に現れた瞬間に、二刀による居合を放つ。手応えはあった。いや、少し浅かったか? すれ違いざまに胸元を打たれた痛みのせいで、感触がはっきりしなかった。だが、相手を考えれば最大限の警戒をしておくべきだ。

 

「『禄存「三界幽鬼」』!」

 

 居合を構え直す時間はない。両手の刀を捨て、吸血鬼、キメラ、無意識の力を同時に身に宿らせる。

 吸血鬼の動体視力のおかげか、ようやく先代の影を捉えることが出来た。シルエットは今まさに拳を振り上げようとしている。それを、甲殻で覆われた手のひらで受け止める。腕が伸び切る前に拳を掴んだおかげで、衝撃は差ほどない。チャンスと見た俺は、拳を掴んだまま肥大化した獣の足で足元を蹴り飛ばそうとする。

 

「凄い。私の拳を止められたのはいつぶりかな? でも、まだまだ」

 

 確実に当たる距離だった。だが、躱された。先代は拳を受け止めていた手のひらに乗るように逆立ちしたのだ。そのまま、異様な体勢で放たれた蹴りが頬を貫く。身体を極限まで強化しているのに視界が歪むほどの威力だ。生身だったら首が折れたかもしれない。

 身体が元の人の姿に戻る。首にダメージがないか確かめようと首筋を摩ると、ドロリとした感触を感じる。すぐさま手のひらを見ると、そこにはべっとりとした血が張り付いていた。これは、俺の血じゃない。不老不死の俺は、出血もすぐに傷口に吸い込まれてしまうからだ。ということは……

 

「うーん、流石に見にくいな。反応が少し遅れちゃった」

「その傷は……」

「うん、さっきの居合だよ。やっぱり強いね北斗君は」

 

 ……先代の左瞼の少し上の方と、脇腹から血が滴っていた。特に脇腹の傷はかなり深い様で、死に装束に真っ赤な大輪の花が咲いていた。なのに、先代はまるで痛みがないかの様に平気な顔をしている。

 正直この人が怖かった。実力、言動、そのどれもが理解できない。吸血鬼や神様に出会った時にすら感じなかった恐怖が、足元を凍りつかせていた。

 鈍る頭で次の攻め手を考えていると、おもむろに先代が袖を引きちぎって頭の傷に巻き始めた。そして、まるで世間話をするみたいに、話しかけてくる。

 

「そうだ、今のうちに聞いておきたいんだけどさ。あの子……今の博麗の巫女は逃げたの?」

「えっ……いえ、俺が勝手に役目を変わっただけです。逃げたわけじゃありません」

「そっか。なら良かった、とは言えないかな? あの子は博麗の巫女としての人生しか知らなかったのに、これから大丈夫かしら?」

「何がいいたいんですか……?」

 

 決して自分が望まれてここに来た、とは思っていない。だが、それでもここにいるのは俺だ。今更誰の方が良かった、などと今更選り好みされてもどうしようないし、値踏みされるのは不快だ。

 

「あぁ、悪い風に勘繰らないでね。ただ、霊夢と貴方……ついでにあの妖怪幽霊ちゃんと一緒に、ここに来れなかったのかな、って思ってね」

「……そ、れは」

 

 言葉に詰まる。同時に押し込んでいた後悔が膨れ上がってくる。それは出来の悪い俺の頭では考えつかなかった、でもずっと探していた、誰も傷つかなかったかもしれない、答えの一つだった。

 もし霊夢と火依が受け入れてくれていたら。あの二人と一緒にここに来ていたら、あんなことしなくてもよかったのかもしれない。そう思うと悔しくて、情けなくて、つい格好悪い言い訳しか出てこなかった。

 

「人柱は、一人じゃないといけないかと……」

「まあ、思いつかなかったなら仕方ないよ。みんなで行こう、なんて言いづらいものね。けど、そういう未来もあったんだよ。君が諦めた想いの先には」

 

 先代は黒髪を軽く左右に揺らすと、ゆっくりと腰を落とし拳を構える。話は戦いながら、ということか? どうしてこの人は初対面でこんなにも難しいことばかり求めてくるのか。それも、拒否権なしで。

 

「こんな行き詰まりで答え合わせされても……やり直せない!」

 

 俺は込み上げてくる悪態の代わりに一つ息を吐いてから、両手に二枚ずつお札を構える。そして、投げると同時に、敢えて隙を曝け出しながら前に踏み込む。

 

「そうだね。けれど、前を向くことは出来るよ」

「後出しの説教なんて沢山だ! 『文曲「四神結界」』!」

 

 先代が動くより速く互いを囲むように結界を張る。これは外からも内からも干渉を許さない鉄壁の結界だ。これで先代の動ける領域は制限出来た。この人と殴り合いをするならこの程度の制限は欲しい。いや、むしろ全く足りない。周囲にお札を機雷の様にばら撒きながら、前に突っ込む。と、見せかけて滑り込む様にしゃがむ。瞬間、つむじ辺りを鋭い風が掠めた。

 

「『廉貞「五裂天崩」』!」

 

 足払いから連続の蹴り上げに派生する、『裏技「天崩昇連脚」』の強化スペルを繰り出そうとする。が、その蹴り上げ一撃目を両手でいとも簡単に防がれてしまう。

 すぐに後ろに飛ぶが、反撃はない。先代は脇腹に手を当てながら苦笑を浮かべていた。先の蹴りの衝撃が響いたのか、その足元には大きな血溜まりが出来ている。明らかに致死量の流血だった。

 

「……先代。もう、やめましょう。これ以上は無理なはずです」

「説教なんておこがましいものじゃないよ。これは……そう、ただの遺言だよ」

「遺言……? あの、聞こえていますか、先代?」

「君はここで何もできないと思っているみたいだけど、そんなことはないよ。ここには、君にしか出来ないことがある。その一つを、果たしなさい」

 

 先代はこちらの問いかけに応じることなく一方的に言うと、こちらに駆け寄ってくる。赤く染まった両袖をたなびかせながら走る姿に、自分がよく知っている巫女の姿が重なる。

 ……もう、やめてくれ。俺は霊力の球を作り出し、頭上に前に投げる。頭の中には使命感と焦燥感があった。早く、先代を祓わないといけない。じゃないと、彼女は動かなくなるまで戦い続けてしまう!

 

「先代ッ!! 『武曲「六界散華」』!」

 

 宙に浮いた霊力球をかかと落としで撃ち落とす。六つに分かれたそれは、地面のほぼすべてを削り取りながら、爆発でお札と共に先代を空に舞い上げた。その最中、先代の片目と視線が重なる。見送る者の優しく、寂しそうな眼差しに貫かれ、俺はようやく先代の意図に、この弾幕ごっこの意味に気付く。そして、わかったからこそ、叫ばずにいられなかった。

 

「なんで……なんでこんなやり方しか出来なかったんですか!?」

「……そう、それでいいのよ。誰のためだって、自分のためだって、いい」

 

 もう俺の声は届いていないのだろう。先程から会話が繋がっていない。

 だが、それでも先代は微笑みながら、遺言を続ける。それは先代の後悔であり、先へ逝く者が残す助言だった。

 俺は叫ぶことをやめられない。それは禊ぎを終えるための宣言であり、もうどこにも届かない憤りと感謝の想いだった。

 

「私が諦めたこの時間を貴方は、諦めないでね」

「『破軍「七星夢葬」』ッ!!」

 

 俺は右手を掲げてながら、浮き上がったお札をすべて矛盾結界に変える。これは先代の存在を否定しながら、先代のあるべき姿へ帰す祝詞。それを全方位から先代に向けて、放つ。音もなく殺到し刹那のうちに巨大な巨塊になった光が、飲み込んだ全てを白く塗り潰す。

 

「幻想郷のこと、よろしく」

「……やれるだけ、やってみます」

 

 聞こえてきたその囁きは、死に際に絞り出された言葉なのか、それとも幻聴だったのか、わからない。けれど、せめてもの手向ける言葉として、俺は頼りなくも頷いて見せる。

 最後も知らない貴女の後悔を引き受けるために、そして託された願いを果たすために。

 

 

 

 収束し光が花の様に散り消える。視界には、もう誰もいなかった。


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