東方影響録   作:ナツゴレソ

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122.5 夢を見る

 どうして、私はこの男を好きになってしまったのだろうか。少し後悔している。コイツがどうでもいいやつであったならば、こんなに苦しまなくて済んだはずなのに。

 今思えば、私は初めて出会ったあの時から、アイツに惹かれていたのだろう。一目惚れなんかじゃない、と信じたい。けれど、確かにあの時から予感はあった。だから、初めからボロボロなアイツが見るに耐えなくて、手を伸ばしてしまった。

 北斗に出会った次の日に感じていた、あのモヤモヤとした気持ちの正体が、今ならわかる。我ながら単純過ぎて情けなくなるわ。もし出来るならば、呑気にしていたあの日の私の頭を叩いて、説教してやりたいところだ。

 

 

 

 ……アンタが好きになる奴はどうしようもなくお人好しなんだ、って。

 

 

 

 

 

「『珠符「明珠暗投」ッ!』

「『波及「スロー・ザ・ストーン」』ッ!」

 

 互いに投げ放った弾幕が薄暗闇の中で衝突し、花火玉の様に爆発する。衝突地点から更に小型の弾幕が弾け降り注ぐが、避けるのは造作もない。見慣れた弾幕にやられていては博麗の巫女は務まらないもの。

 ……北斗に博麗の巫女の技術と弾幕を教えたのは他ならない、私だ。互いの手の内は知り尽くしている。間違いなくこの目くらましは次の攻撃への布石だ。

 先手は取らせない。飛び散る弾幕を超低空飛行に掻い潜り、北斗に接近する。が、待ち構えていたのは、靴裏だった。

 

「ぐ……!」

 

 力勝負じゃ勝てない。頭がそう判断した時にはもう身体は動いていた。大幣でかかと落としをいなしながら、首目掛けて鎌の様に足を振り上げる。感触は芳しくない。右腕で受け止められた。

 すぐさまその腕を踏み台にして距離を取るが、北斗は追って来ない。刀があればもっと積極的に攻めてきたのかもしれないけれど、見えている武器は私作のお札しかないから、無理をしたくないのかもね。

 

「流石、守りは硬いわね……」

「それは、お互い様だ。今のを避けるのかよ」

「当然よ。それにまだ、挨拶程度じゃない」

 

 まあ、挨拶にしては苦戦を強いられているのだけれど。せめて強がりを言ってやらないとね。

 北斗の弾幕ごっこの才能を挙げるとしたら、瞬発的な判断速度とその的確さになる。そこは認めざるおえない。ただ、それだけなら崩しようはある。

 ……問題は、先までボロボロだったはずなのに身体の傷が綺麗さっぱり無くなっていることだ。蓬莱人の影響の力、と言うには回復が速すぎる。けれど、この感じは覚えがあった。

 私は濡れて張り付く横髪を耳に掛けながら、休憩がてら北斗に話しかける。

 

「さっきまで立ち上がれもしなかった癖に、やるじゃない」

「……ちょっとズルをしてね」

「ズル、ねぇ」

 

 北斗の言う通り、反則級の回復力だ。輝夜や妹紅と弾幕ごっこをしている時の面倒臭さによく似ている。得意の影響の力を用いた真似ごとでは、こうはいかない。ならば、これは……

 

「……完全に人間辞めちゃってるじゃない馬鹿」

 

 おそらく、ううん、間違いなく蓬莱人オリジナルの不老不死だ。私は頭痛を覚えて頭を抑える。

 どうやって北斗が蓬莱人になったかはわからない。けれど、なんとなくコイツの目的が想像出来てきた。魔理沙の起こした異変、今の状況、私に吐いた嘘、黒幕の排除、不老不死、そして北斗の性格。ヒントは十分揃っている。つまりは……

 

「フランに、早苗、火依に、こいし。そして、ついに私にお鉢が回ってきたってとこかしら?」

「………………」

「何か、言いなさいよ」

 

 催促しても北斗からの返答はない。ただ風雨と地面を擦る音が聞こえるだけだ。右足を半歩下げたのだろう。踏み込んでくるのが見え見えだ。

 相変わらず北斗は何も答えようとはしない。そうやって黙って一人で終わらせれば誰も傷つかないと本気で思っている。やっぱり魔理沙の言う通り、一発ぶん殴ってやらないとダメね。北斗にとっても、私にとっても。

 

「いいわ、その壊れた口を今からこじ開けてあげる! 『神霊「夢想封印 瞬」』ッ!」

「ッ……『鬼化「スカーレット・ブラッド」』ッ!」

 

 同時に空中へ飛び上がり、お祓い棒と真紅の槍を衝突させる。そして数度確かめ合う様に打ち合ってから、弾かれた様にお互い距離を取る。北斗の両手には真紅の槍と剣。吸血鬼の影響により超スピードとそれに耐えうるの強靭な身体を得るスペルカード。どうやら私のスペルを見て、瞬時に対抗策を打ってきた様だ。それも、真っ向勝負の策だ。

 

「高速の空中戦がお望みの様だけど、いい度胸ね。空を飛ぶ真似を始めて久しい雛鳥が、私に勝てるとでも?」

「さあな。意外と雛鳥も成長してるかもよ」

 

 そう言うが早いか、北斗の姿がブレる。マズイ、と感じた時には背後にすっ飛んでいた。目の前を紅の刃が通り過ぎる。危なかった。勘が体を動かしてくれていなかったら、一撃で倒されていたところだ。

 

「あっ、ぶないわねぇっ!?」

 

 私はそのまま最大速度で後退しながら、お札と陰陽玉をばら撒く。対して北斗は被弾するかしないかの最小限の機動でそれを掻い潜ってゆく。不老不死なのをいいことに、大胆な回避に迷いがない。

 マズい、このまま距離を詰められてはダメだ。蓬莱の薬を飲んだ北斗に細かなダメージを与える意味はない。私が勝つには北斗を精神的に疲労させ諦めさせるしかないのだ。なら、苦戦は許されない。完膚なきまでに叩き伏せなければ。

 

「さて、細工は流々に……」

 

 私は後ろ向きで飛び回りながら、お札と陰陽玉を絶え間なく放ち続ける。確かに飛行速度は並外れているけれど、弾幕を避けながら私に迫れるほどではない。常に視界に北斗の姿を捉えながら弾幕を張れば、近付けないだろう。

 常に主導権を握れ。私の弾幕でこの空を支配しろ。北斗を屈服させるのだ。私がこの幻想郷で誰よりも強いと証明しろ!

 一心不乱に弾幕を形成し続けていると、不意に北斗の動き止まる。自分が規則正しく並べられたお札に囲まれていることにようやく気付いたみたいね。

 

「ッ……これは!」

「後は仕掛けを御覧じろ、ってね! 『神技「八方龍殺陣」』ッ!」

 

 全ての札を霊力で連結させ、八角柱型の結界を形成する。本来は私を囲うように形成するスペルだけれど、今回は少しアレンジしてある。

 結界の内側にいるのは北斗とお札と一緒にばら撒いた十数個の陰陽玉。まるで鞠玉の様に縦横無尽に跳ね回っている。それも、結界に触れるたび、弾かれ、加速していきながら。

 陰陽玉は瞬く間に目で追えない速度になった。もう反射神経でどうにかなるものではない。

 

「ぐっ……ガッ……!」

 

 北斗の背中に陰陽玉が直撃する。更に脇腹、太腿、左腕と連続で被弾。いや、もう数え切れないほど絶え間なく陰陽玉の直撃を喰らい続けていた。ああなればもう吸血鬼の力を以ってしても、躱すことも防ぐこともままならない。

 後はこの結界が破壊されない様に全力で維持し続ければいい。いくらあの馬鹿が蓬莱人でも、攻撃を受け続ければ……!

 

「『巨門「二閃紫桜」』」

 

 勝てる、と確信したその時、紅の双閃が稲妻の如く駆け抜ける。身構える間も無かった。結界が十字形に切り裂かれ、中で跳ね回っていた陰陽玉が四方八方に弾け飛ぶ。その内地面に落ちた数個が、爆弾の様に土煙と木っ端を舞い上げ視界を遮ってくる。思わず私は口元を袖で押さえながら、後ろに飛んで逃げる。悔しくて唇を噛んているところなんて、間違っても見られたくなかった。

 つくづく影響の力の理不尽さを思い知らされる。オリジナルより劣っていても、吸血鬼の膂力で剣術を使えば本物を凌駕する、ということか。レミリアや妖夢が見たら不貞腐れそうだ。まあ、複数の影響を同時に受けられる様になったのは紛れもなく北斗の努力の賜物なのだけれど。

 

「まったく、皮肉だわ」

「………………?」

「……本気で結界を張っていたはずなのに、こうも簡単に破られるとは思いもしなかったわ。こんな状況でアンタの成長を見せられるなんてね」

「霊夢……」

 

 あぁ、どうしようもなくイライラする。私は黒尽くめの濡れ鼠にお祓い棒を突きつける。

 コイツは当初の宣言通りに、変わることで自分の居場所を手に入れた。なのに、その居場所を自らの手で捨てようとしている。それも、私一人のために。

 

「北斗ッ! もう一度だけ言うわ! どうして本当のことを話してくれないの!? そんなに私のことが信用ならない!?」

 

 救いようのないお人好しで、他人の為にしか生きられない馬鹿だってわかっているのに、コイツが私を救おうとしてくれていることが嬉しくてたまらない。私はこの男のその生き方が、どうしても許せないはずなのに、愛おしくも思ってしまう。

 

「……信じていても言えないことはある」

 

 さながら、雨に打たれた捨て猫を拾う時の様な感情だ。放って置けなくて、見てると心に錆びた釘が刺さったかの様に疼く。そうだ。だから、紫に殺されようとしていたあの馬鹿を見捨てられなかった。

 交差した北斗の前腕と私の大幣が鈍い音を立てて打ち当たる。そして、少し背伸びすれば唇に届きそうな距離で互いに睨み合う。北斗が私に初めて向けた怒りの表情。その気迫に負けないよう、両の手で握る大幣に力を込める。

 

「全部自分で抱え込むのはやめなさいって、何度も言ったじゃないッ! なんで……どうして聞いてくれないのよ、馬鹿ァ!!」

 

 ……笑わせるわ。一番の馬鹿は、私じゃない。

 力が拮抗した一瞬を見計らい、姿勢を沈め足払いを掛ける。が、北斗は崩れた体勢のまま足を振り下ろしてきた。咄嗟に膝を突いたまま再度大幣で受けるけれど雨で上手く握れなかったか、衝撃をいなした拍子に取り落としてしまう。

 駄目だ。隙を見せれば勝ちが遠のく。常に攻めろ! 地面を蹴り付け、泥だらけの水溜りを滑る様に転がりながらスペルカードを構える。

 

「『霊符「夢想封印」』!」

「……ちぃ! 『現想「夢葬回帰」』!」

 

 術の出はこちらの方が速い。けれど、弾速で劣る欠点が裏目に出て北斗に直撃する寸前で北斗の否定結界に阻まれてしまった。空中で衝突した複数の光弾は、雨粒を弾き飛ばしながら次々と淡い光燐となって霧散していく。

 私のそれを捩った模造品のスペルにやられるとは……と侮りはしない。北斗の放つ否定結界は外の世界の常識を強制的に適用させる。そして妖怪、その他の幻想の存在を無効化、或いは消滅させる恐ろしい代物だ。人間の私だってまともに食らえば無事で済まない。

 ダメージは与えられなかったけれど、相殺出来ただけで良しとしないといけない。けれど、このまま劣勢にするつもりもない!

 

「北斗ッ!」

「霊夢ッ!」

 

 すぐさま起き上がり、光弾を周囲に浮かべ構える。対する北斗も鏡合わせの様に否定結果を周囲に浮かべていた。まるで同じ思考回路でも組み込まれているかの様で心底嫌になるわね。

 互いにいつでも攻撃出来る状況で、お互い無言で見つめ合う。風も雨もかなり強くなってきている。紫達が粘ってくれていると信じているけれど、もうあまり時間は残されていなさそうね。

 と、殺伐とした沈黙の時間を破ったのは北斗の声だった。

 

「霊夢だって……生贄になることを隠していたじゃないか。それと何が違うんだよ?」

「アンタがこんなことをやりかねないから言わなかったのよ。それに、私一人の為に幻想郷を壊すなんて、嘘でもマシな嘘を吐きなさいよ」

「……言ったはずだ。霊夢が犠牲になってまで維持する必要はないと」

「そう思っているのはアンタだけでしょう? いや、アンタすらそう思ってないじゃない」

「………………!」

 

 北斗が息を呑んだのがわかる。その顔を見て、ようやく自分の気が僅かばかり晴れたのを感じた。それに伴って頭も冷めてきた。吐く白い息が乱れている。深呼吸をして、髪を結ぶリボンをきつく結び直す。もう形が崩れてしまっているけれど……解けなければ、問題はない。

 

「バレないと思ったのかしら? アンタは私と幻想郷を天秤に掛けて、どちらかを選ぶ様な奴じゃない。別の方法……大方自分が犠牲になる手段を選ぶに決まっているわ」

「……そういう手段は、取らないと決めた」

「なら、フランもこいしも……火依も私を救うために消えてもらうのね?」

「……ッ! そうだ。今まで払ってきた犠牲の、利子を今ここで払ってもらう。元々みんな消える存在だったなら」

「そんな顔してまで心にもない嘘を吐く意味はあるの?」

 

 まるで血を吐く様に下らない嘘を連ねてゆくその姿が見るに耐えなくて、つい言葉を被せてしまう。もう、やめてほしい。こんな誰も信じないような嘘を吐いて、自分を痛めつけないで。私の為に自分を犠牲にしないでよ。貴方が傷付くほどに私も痛いの。だから……

 

「なるつもりなんでしょ? 人柱に」

「……なんで、わかった?」

「幻想郷滅ぼすより、よっぽど考えそうなことよ。自分を切って大安売りが大好きだものね。外の世界で死ぬことすらできなかった男が、ようやく誰もが納得できる死に場所を見つけたって訳?」

 

 口から心にもない言葉がつらつらと出てくる。もうわかっているのに。コイツが死にたがりじゃなくなったことも、自分の身を削るような生き方しか出来ないような過去があることも。けれど、それでも止まってほしくて。

 北斗はしばらく俯いた後、ふっと息を吐いた。そして濡れた前髪を振り払って笑う。諦めたような或いは、困った様な笑みだった。

 

「死ぬ訳じゃないよ。どこにも行けなかった男の居場所がそこにあっただけだ」

「……何よ、それ」

「きっと、運命だったんだろうと思う。幻想郷に来たのも、この力が俺にあるのも、初めからこの時の為に……」

「ふざけたこと言わないでよ! あの吸血鬼が宣う様な達観をしないでよ! 運命なんて取って付けた言い訳しないで!  決めたのはアンタでしょう!?」

 

 やめて。全部持っていこうとしないでよ。貴方に全て持っていかれてその上貴方までいなくなったら……私に何も残らなくなる。私は縋り付くような思いで声が裂けそうになるまで叫ぶ。

 

「その運命は私のもの! 私の居場所! 私の役目! 勝手に取らないで! 輝星北斗の居場所はここよ! 幻想郷は、貴方を受け入れた! 受け入れるために、変わった今までの時間を、無駄にしないでよ……」

 

 声が掠れ、眼球の奥から熱いものが湧き上がってくる。駄目、まだ泣いたらいけない。弱音を吐くのは私が人柱になってからと決めた。あと少しでいいの。後数刻だけ……堪えろ。

 

「北斗は、ここで生きて。アンタの居場所は私が、守るから」

「……それは出来ない」

「ッ!! なんでよ!?」

「俺が霊夢の、みんなの居場所を守りたいから」

 

 穏やかな笑みで言われて、私は何も返すことが出来なくなる。そして、安堵してしまっていた。北斗が幻想郷を嫌いになったわけじゃないんだ、と。そして、ようやく本当のことを言ってくれた、と。

 よかった。けれど、あまりにも優しい声で、ついさっき押し込んだ熱いものがまた湧き上がろうとしていた。歯を食いしばり、目を瞑って耐える。

 

「蓬莱の薬を飲んだ。俺が、この無限の命を使ってこの幻想郷を本当の永遠にする。博麗の巫女の運命をここで、俺で断ち切るんだ」

「………………」

「霊夢は変わらずここで生きてくれ。俺が好きなのは……霊夢がいる幻想郷なんだから」

 

 ……馬鹿ね。本当に馬鹿。アンタがいないこの幻想郷で生きろというの? アンタがいない博麗神社で死ぬまで暮らせって言うの? それほどまで惚れさせておいて、そんな勝手なこと言わないでよ。

 私が守りたいのは北斗が生きる幻想郷だ。だから覚悟出来たのに。怖くても、辛くても、隠し通せたのに!

 もう、限界だ。これ以上北斗と喋っていたら抑えきれなくなる。私は雨で崩れかけたお札を握り潰し、新しいものを袖から抜く。

 

「そう。結局のところ、私とアンタは戦う宿命みたいね。私は、私以外が人柱になることを許せない」

「あぁ、俺も覚悟はしたよ。たとえ霊夢からそれを奪い取ってでも、俺は人柱になってみせる」

「そう、だから……」

「そのための……」

 

 

 

 

 

「「弾幕ごっこだ!」」

 

 踏み込むタイミング、狙いは同じ。弾幕を引き連れながら低い姿勢のまま駆け寄る。どちらの速度が速いかの勝負だ。

 絶対に負けない。今までどの相手と対峙したときでも、これ程までに思ったことはなかった。私は今、確かに自分の為に目の前の相手の為に勝ちたいと思っていた。

 降る雨すら遅く見えるほど世界が遅くなった。感覚がかつてなく鋭く研ぎ澄まされている。北斗のために、この一撃を振るう。想えば想うほど、目の前の時が遅くなっていく。光すら掴めそうな程に。

 

「『神技』……!」

「『裏技』……!」

 

 スペルの発動も、一瞬だけ私の方が速い。勝てる、じゃなく勝つと予感する。

 これで終わりだ。後は人柱になって、終わりだ。もう、北斗と二度と会うことはない。これで……サヨナラ? こんな、喧嘩別れみたいな最後で……本当に、終わりなの?

 ……本当に、これしかなかったの?

 

 

 

「おあぁぁぁぁっっ!!」

 

 その時、獣の様な叫びと共に視界の端で黒い塊が動く。今の今まで倒れていた黒いローブの男だ。北斗と同じ顔を醜く歪めながら、私達の間に飛び込んでくる。

 煩い。邪魔だ。邪魔。邪魔。邪魔。邪魔。邪魔ッ!!

 

「お前は……」

「すっこんでろッ!!」

 

 靴裏を合わせる様に私と北斗の蹴り上げが、男の顎に同時に入る。そのまま私はサマーソルトで連続で蹴り上げ、嵐の空に蹴り飛ばす。その先では北斗が足を振り上げて待っていた。

 

「「『天崩覇神蹴』ッ!!」」

 

 男は轟音と共に地面に叩きつけられ蜘蛛の巣に捕らわれた羽虫の様に動かなくなる。が、心底どうでもいい。北斗と私はすぐさま動き出し、お札と光弾を乱れ撃ち合う。

 光弾と否定結界が互いの横をすり抜けていく。これは仕切り直し、そして終わりにするという合図。もう、引き返せない。

 

「『破軍「七星夢葬」』」

「『夢想天生』」

 

 無数の弾幕が光の瀑布となり、空中で衝突し爆ぜる。一瞬の内に広がった閃光と衝撃は音すら焼き消し、視界を白で埋め尽くす。感覚も、匂いも何もかもなくなっていく。

 その中にポツンと浮かぶ黒づくめの男。その男に、私は手を伸ばしてみせる。

 

 

 

 ……あぁ、もし。もしも願うなら、また二人で夜桜を、風花を見たかった。出来れば今度はあんな湿っぽい話じゃなくて、もっとたわいもない馬鹿馬鹿しい話をしながら。

 

 

 

 その願いは、きっともう二度と叶わないとわかっているのに。それでも、私は夢を見てしまう。


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