東方影響録   作:ナツゴレソ

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12.0 香霖堂と封じられた刃

「はぁ……世の中厳しいのは外の世界も幻想郷も同じか」

 

 俺は里入口の茶屋でお茶をいただきながら溜息を吐く。

 里で買い出しを済ませてから、予定通り職と住居探しをしていみたのだが……結果は芳しくなかった。

 どこも半ば 門前払い……やはり余所者というのがネックみたいで、仕事をしたい、住処を借りたいと言ってもほぼほぼ渋い顔で断られてしまった。

 

「いや、厳しいのは……外来人だけか」

 

 おそらく外来人の評判が悪いというより、人里全体が閉鎖的な雰囲気を持っているからだろう。無理もない。そもそも幻想郷自体が閉じた世界なのだから。

 先程会った人も『宗教が受け入れるまで時間は掛かった』みたいなことを言っていたし、そういう所だと自分を納得させるしかない。だだ一度変化を受け入れられればブームのように流行るミーハーなとこはあるみたいだが。

 

「どうするかなぁ……やっぱり紅魔館に住み込みで働くか?」

 

 確か休日有給なしの三食付きだっけ? 目に見えるブラックだけど……うん、まぁ、最終手段だな。

 さて困った。今の所他に働けるような場所を知らないのが辛いところだ。それもこれも俺が幻想郷で行ける場所も限られているせいではあるのだが。

 博麗神社に人里、紅魔館、そして香霖堂と……

 

「香霖堂か……」

 

 そういえば幻想入り初日以来霖之助さんとは顔を見せていない。仕事自体はなさそうだが、こっちの世界では数少ない顔見知りだ。幻想郷に残っていることぐらいは報告しておいた方がいいだろう。

 場所はうろ覚えだが、大体の方角は分かるし辿り着けないことはないだろう。俺はそそくさとお勘定を済ませて、数週間前の記憶を頼りに香霖堂を目指した。

 

 

 

 

 

 が、結果として、香霖堂を探すのに小一時間ほど掛かった。飛行の遅さも理由の一つだが……それより自分の土地勘のなさに辟易としてしまう。

 日は既に西に傾き始めていて、夕日が目に悪い。暗くならないうちに帰らないとな。

 俺は空中か、地面に降りると、相変わらず雑然とした店に入っていく。

 店内は依然と変わらず古書を読む羽持ちの妖怪ぐらいしかいなかった。前も見たけどあの子は毎日来てるのだろうか? 本読み妖怪の邪魔をしないように静かに店の奥を目指すと、その方から男性の唸り声が聞こえる。

 

「うーん……どうしたものか」

 

 店の奥で霖之助さんが一本の刀を持ってフクロウのように首を捻っていた。

 実物の刀なんて見たことがなかったが……それはやや柄が長く大きいように見える。しかしそれ以上に印象付けられるのは、柄に鞘に鍔口に貼ってない面積の方が少なく思えるほどのお札が貼ってあることだろう。

 興味を引かれながら近付いていくが、霖之助さんは俺にまったく気付かない。よっぽどその刀の取り扱いに困っているようだ。

 

「参ったなぁ……確実にこれは良くないものだ。霊夢にお祓いしてもらわないといけないかもしれない」

 

 確かに、素人目にも危なそうだとわかる。そういえば神社の納屋にも同じようなものがごろごろ転がっていた覚えがあるな。ああいうヤバいものを管理するのも神社の務めなのだろうか?

 このまま無視されるのも居心地が悪い。俺は咳払いを一つして、霖之助さんに話しかける。

 

「あの! お久しぶりです、霖之助さん」

「ん……やあ、北斗君じゃないか。すまない、集中していて気付かなかった。魔理沙から聞いたよ。いろいろあって霊夢のところにお世話になってるんだって?」

「ああ、知ってたんですね。一応報告しないとと思ってきたんですけど、無駄足になりましたね」

「あれで魔理沙は気を遣う子だからね。仲良くしてやってくれ。せっかくだ、お茶を入れるからしばらく物色でもしてるといい」

 

 そういうと霖之助さんは店の裏へと行ってしまう。長居はしないつもりだと伝える暇もなかった。それにしても、物色といってもなぁ……

 俺は頭を掻きながら周りを見回す。が、やはり一番に目についたのは例の刀だった。

 無雑作にお札を貼られているが、見事な黒塗りの鞘だ。やや装飾過多な気もするが、お札を剥げば観賞用としては値打ちがあるかもしれない。

 ただ素人の俺でもお札を剥ぐことは危ない行為だと分かった。これはいわゆる、妖刀の類なのだろう。

 

『……う…わは……どこ……』

「ん……?」

 

 と、不意に声が耳に届く。

 空耳だろうか、何か男の声が聞こえたような……霖之助さんの声だろうか?それにしては地の底から響くような低い声だったが。謎の声を不思議に思っていると、霖之助さんがお茶を持って戻ってくる。

 

「待たせたね……何か気になるものでもあったかい?」

「いえ……わざわざお茶を出してもらって悪いんですが、暗くならないうちに帰らないといけないんで、すぐお暇しますよ」

 

 俺が申し訳なさそうに言うと、霖之助さんはバツが悪そうに眼鏡をかけ直した。

 

「そうなのかい?いや済まない、早とちりしたようだ。外の世界の話がまた聞けると思って舞い上がってしまったかな」

「また今度時間があるときにお邪魔しますよ。それよりこの刀ですけど……」

 

 俺が刀を指差すと、霖之助さんは渋い顔を浮かべた。そして眼鏡を直してから、そっと刀の鞘に触れた。

 

「あぁ……言っておくけど売れないよ。僕が売ったもので死なれたら目覚めが悪いからね」

「いや、そうじゃなくて……何なんですか、これ?」

 

 ただの興味で聞いたのだが、霖之助さんの反応は穏やかに見えなかった。霖之助さんは渋々と言った様子で刀を手に取ると、再度眼鏡を持ち上げてからおもむろに語り始める。

 

「……これは封魂刀というものらしいよ」

「ふうこんとう……? と言うと?」

「名前の通り魂を封印する武器みたいだよ。おそらくこれだけ厳重に封印されているんだから、よくないものが封じ込められているんだろう」

 

 真剣な口調で語る霖之助さんの言葉に、神妙に俺は頷き返した。先程も思ったが、この刀から嫌な雰囲気がする。変な声も聞こえてくるし……少なくとも普通の刀ではなさそうだ。

 

『……つわ………れに…なう……』

 

 ッ……! まただ、この変な空耳だ……

 これは霖之助さんの声じゃない。しかも耳じゃなく頭の中に響いているような気がする。

 気味が悪い。処分してしまうために一刻も早く霊夢に届けた方がよさそうだ。俺は必死に平然を装いながら口を開く。

 

「よかったら霊夢に届けますよ。いや、そうしましょう。素人目にもわかります。これはよくないものです」

『……われ……なうう…わ……』

 

 俺だけにしか聞こえない声が未だ止まらない。俺は辺りを見回すが、当然近くに霖之助さんしかいない。しかもその声は俺にしか聞こえてない様で、霖之助さんは安心したように顔を緩めていた。

 

「そうかい? それじゃあ、頼もうかな」

 

 霖之助さんは表情を明るくしながら、刀を持って私に差し出してくる。その瞬間、身体中に悪寒が走った。全身の毛が逆立って、鳥肌が立っているのが自分でも分かる。

 

『……うつわ……われの……しいの…つわ……』

 

 声が残響し脳内を掻き乱す。ノイズが走って視界を歪ませる。吐いてしまいそうな気持ち悪さだが、身体はなのに身体は全く動かない。いや、身体が、俺の意思とは別に、勝手に動いている……!

 

『……うつわ……われのたましいのうつわ……』

 

 駄目だ、この刀を手に取ってはいけない! 体の芯からの恐怖が警鐘を鳴らしていた!

 なのにどうして、声も出ない……! 俺の身体は、ゆっくりと緩慢に、魅入られたように刀へ手を伸ばしていく。やめろ……やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!

 

『……見つけたぞ! 我の魂の器は貴様だ!』

 

 はっきりした声が聞こえたその瞬間、俺の意識は何処かへ吸い込まれてしまった。


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