東方影響録   作:ナツゴレソ

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11.0 ゴシップと宗教

 空を飛べるということがこれほど便利なものとは思わなかった。人里へ行くのにかかる時間も半減したし、高い所の掃除も楽になった。

 ただ飛べると言っても霊夢や魔理沙に言わせたらひよっこ妖怪より危なっかしい飛び方らしい。まだまだ練習は必要なようだ。そんな訳で能力を有効活用して割れた瓦の入れ替えをしていると……

 

「何よこれぇ!?」

 

 境内の方から、霊夢の叫び声が響き渡る。突然の大声に、何事かと気になった俺は屋根の上を歩いていき、境内の方に顔を出す。

 

「どうした?」

「……あー、北斗。これを見たら分かるわよ」

 

 霊夢は面倒くさそうな顔で丸めた新聞紙を差し出してくる。掃除や火点けの時に何回か使っていたが、幻想郷の新聞が実際届けられているのは初めて見る気がする。屋根の上から手を伸ばして受け取り広げてみると、一面に『楽園の巫女がドキドキ同棲生活!?』という見出しがあった。それを見て、何となく事態を察した。

 

「これって……もしかしなくても俺のことか」

「ついに一番バレたくないやつにバレたわ……! アレがこっちに来るときはいつも運よく北斗が留守だったし、宴会の時も萃香の相手をさせて誤魔化して、もしかしたら隠し通せるかと思ったけど……」

 

 霊夢がブツブツとうわ言の様に呟いている。一体何が書かれているのか怖くなってきた。俺は嫌々ながら文章に目を通していく。

 新聞名はぶんぶん……まる新聞かな? 内容は……良くも悪くもゴシップ紙といったところか。他の内容も話の種にはなるかもしれない、という薄い内容だ。

 これなら進んで読む人は少なそうだが……ゴシップであろうが事実でなかろうと、良くない噂は立つのは幻想郷でも同じってことか。屋根上からで悪いが、俺は霊夢に謝る。

 

「ごめん霊夢、住まわせてもらってるのに迷惑かけて……」

「……いいわよ。どうせ会ったやつにからかわれるぐらいしか実害ないし。ま、あの天狗はシメて鳥鍋にするけど」

「あやややや……烏天狗は美味しくないですよ」

 

 羽ばたきと声が耳に入った瞬間、隣に黒髪の少女が座っていた。ポロシャツにスカートと現代っぽい服装だ。そのせいか天狗が頭に付けてる五角のやつと歯の長い下駄もお洒落に見えてしまう。なんて唐突に現れた少女を呑気に観察していると……少女がこっちに笑顔を向けてくる。

 

「初めまして輝星北斗さん! わたくし文々。新聞を書いております烏天狗の射命丸文と申します。気軽に文ちゃんと呼んでくださいね! そして取材をしたいのですがよろしいですか!?」

「いや、困るんで帰ってください」

「そんなこと言わずに! 一瞬で終わりますから!」

 

 いきなり隣に現れて唐突に取材を求められても、本当に困ってしまう。というか、断りの一つも入れずに、勝手な記事を作っておいて、取材とは厚顔無恥が過ぎるんじゃないか?

 

「その前にこんな三文記事を書いた落とし前をつけないとね……」

 

 俺が訝しんだ視線を向けていると、いつの間にか射命丸さんの背後に霊夢が回っていた。気付いた射命丸さんは逆に俺を盾にするように回って隠れる。仄かな柑橘系の匂いにドキリとしてしまう。そもそもこの人?は初対面だというのに距離が近過ぎる。

 

「そんなに怒らないで下さいよ! どうせ何か問題があって居候させているんでしょう? なら怒る必要ないじゃないですか!」

「それをわかってるならあんな記事書く必要ないでしょう」

 

 霊夢が唇を尖らせて睨むが、射命丸さんは扇で口を隠しながら意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「いやだなぁ……どうせ分かりきった話なら面白く書いた方がいいじゃないですか」

「北斗、烏は捌けるかしら?」

「カラスはともかく天狗はないな。まあ大して変わらないだろ」

「ちょ……北斗さんまで!?」

 

 射命丸さんは俺から慌てて離れる。流石に冗談だったんだが……そもそも鳥だって鶏とキジぐらいしか捌けないし。

 俺達のプレッシャーに耐えきれなくなったのか、射命丸さんは背中の羽を広げて空中に逃げてしまう。そして俺達を見下ろしながら、呆れたように首を振った。

 

「まったく、博麗神社に住むと狂暴化する何かがあるんでしょうかね……まあ、今回は出直すとします。それではまたいずれ!」

 

 射命丸さんはそう言い残す、凄いスピードで空に消えてしまった。俺はあっという間の出来事に、空を見上げながら茫然と呟いた。

 

「なんというか……嵐のような人……じゃなくて天狗だったね」

「『風を操る程度の能力』なんだから嵐なのは普通でしょ。ほら、屋根の修理してくれるんなら、全部やっちゃってよね」

「へいへい……」

 

 俺は生返事を返しながら新聞を放り投げて作業に戻ろうと動き出す。しかし、何故か霊夢は逆に瓦の上でじっとこちらを見ていた。

 

「どうしたの?」

「……誰に会わせても物腰低いアンタが、文に対してはキツイと思ってね」

「えっ……そうだった?」

「ほんの僅かね。ま、北斗も人間で好き嫌いがあるってことね」

 

 そう言い残して霊夢は屋根から降りて境内の掃除に戻った。自分もまったく気付かなかったが、そうなのだろうか。確かにああグイグイ来られるタイプの性格は苦手かもしれないが、それ以上に……

 

「ああやって、取材取材言われて詰めかけられると、『アレ』を思い出すからかな……気を付けないと」

 

 射命丸さんは烏天狗と言っていた。それなら現目標である妖怪の山に入るためにも、友好な関係になっていた方がいいだろう。むしろ彼女の案内さえあれば荒事なしで登れる可能性だって……

 なんて、打算的な理由がないと仲良くできないのか。嫌な奴だな。俺は内心で自分自身に毒を吐いた。

 

 

 

 屋根の修理も終わらせた後、俺は人里へ向かうことにした。今回は食事の買い出しも兼ねて、職場や家を探す予定だ。

 いくらなんでも博麗神社に一生住むことなんて出来ないのだから、最悪住み込みの仕事でも見つけて自立しなければいけない。それに俺の能力に関しての観察も意識的にしないとな。

 ジャージ姿から里で買った和服に着替えるのも忘れない。それでも里の人なら何となく外来人だと分かるらしいが……わざわざ自分から目立ちに行く必要もないからな。

 

「ふう……着いた着いた」

 

 まだまだ慣れない飛行でも約30分ほどで人里に着く事が出来た。霊夢は片道10分くらいで飛べるらしいので、今の所俺の飛行はかなり遅いのだろう。それでも一応進歩はしている、と思いたい。

 飛行訓練の最初の内は自分が空を飛んでいるのも信じられなかったが、今では幾分それを受け入れつつあった。この『受け入れる』というのが大事らしく、飛ぶことへの抵抗というか疑問がなくなっていくのと比例して空を飛べるようになった実感がある。

 だがまだ不安定な飛び方しかできないということは、俺の中にまだ抵抗があるのだろう。これに関しては日常的に飛行を利用して慣れていくしかない。

 

「さて根菜類と後は……霊夢に炭も頼まれてったけ?」

 

 俺はスマホにメモしておいた買い物リストを確認しながら里の入口の前に降り立つ。

 とりあえず中心部を目指していると、その歩く方からザワザワと声がする。少し歩くと、道端に人垣が出来ていた。遠巻きに耳を傾けると、何やら宗教の勧誘をやってるらしい。

 外の世界だとこの手の話はまず相手にされないのだが……幻想郷ではそうでもないらしく、誰もが熱心に話を聞き入っていた。

 

「騙されているのが分からないのか、一時的なブームなのか……ま、どちらにしても関わらない方がいいか」

「随分拗ねた宗教観だね」

 

 思わず口を突いた独り言だったのだが、同じく遠巻きに人垣を見ていた隣の女性が反応する。

 フクロウのような奇抜な髪型をしたヘッドホンにマントを身に着けた女性だ。凄い奇抜なファッションだ。そもそもマントを付けている人なんて初めて見る。しかし、いつから隣にいたのだろうか? それにこんな目立つ格好だというのに周囲の人間は目も向けていない。妖怪か何かか……?

 

「この国の人間はどうも宗教に疑りを持つ者が多すぎる。人里もここ最近になってようやく信じられるようになってきてはいるが……君の言う通り一時的な流行りなのかもしれないな」

「どうでしょうね、さっきのはただの独り言ですよ。何の変哲も無い外来人のね。外の世界だと宗教絡みの事件が多々ありますし、俺が無宗教なのでそう見えるだけですよ」

「そうか、外の住人だったか。なら仕方ないかもしれないな。だが……」

 

 女性は言葉を止めると、フッと笑いかけてくる。その神秘的な表情に俺は一瞬、息も忘れて見入ってしまう。

 

「君は何かを信仰した方がいい。死への渇望がにじみ出ているよ」

 

 そういうと女性はマントを翻し、何処かへ行ってしまう。死への渇望……一体何のことだろうか。それにしても不思議な雰囲気の女性だったが、何者なのだろうか……? 気付けば宗教勧誘も終わっていたようで、人が散り始めていた。

 

「……俺も買い物に戻るか」

 

 釈然としない気持ちを抱えながら俺が歩き出そうとしたその時、遠くの路地で一人の女性が入っていくのが目に入る。

 若葉のような緑色の髪。どこかで見たことある、後ろ姿。それを見て、俺は強い既視感に襲われる。デジャブってやつだろうか。

 

「あ、れは……!」

 

 気付けば俺は走り出してその女性を追いかけていた。しかし、彼女が曲がった路地を覗いてもその姿はない。幻だったのか、はたまた化かされたか。しかし、何だろう、この胸が騒ぐ感覚は……まるで奇跡を目の当たりにしたような……

 さっきから変な女性にあったり変な感覚に襲われたり普通じゃない。早く買い物を済ませて帰ろう。ざわつく胸を押えようと俺は大きく息を吐いた。


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