弾幕ごっこを楽しいと思えたことは、多分一度もない。
平常時はそれなりの暇潰しなるとは思う。異変解決の時は面倒臭さが勝る。その程度の感想しかない、ただのごっこ遊び。
けれど魔理沙は違うらしかった。弾幕ごっこを心から楽しんでいるみたいだったし、常に本気で取り組んでいる節があった。だから、私に負けたら本気で悔しがったし、わざと負けてやったら胸倉を掴むほどに怒った。
そんな魔理沙を口では笑ったけれど……結構羨ましく思っていた。その熱量は私じゃ到底出せないものだったから。
それだけじゃない。どこにでも興味本位で向かっていける行動力も、自由奔放なその生き方も、キラキラと輝くような金髪も。それは、まるで星の様に眩しくて……羨ましかった。そう、羨ましかったのよ。
……だから、今の魔理沙が許せなかった。
「霊夢、左後ろ!」
「わかってるわ」
私はうなじ辺りが痺れるような感覚を頼りに、背後の光弾を躱す。横目でその方を見ると、魔理沙が鋭い目付きでミニ八卦炉を向けていた。
次の瞬間、速射の嵐に襲われる。まるで星の中を駆けているかのような錯覚。私はそれをお祓い棒で弾きながら魔理沙に向かって叫ぶ。
「随分、姑息なこと……するじゃない! いつも通り……正面から、撃ち合う気は、ない……の、っと!」
眉間目掛けて飛んできていた弾丸を、首を傾けて避けたところでようやく嵐を抜ける。弾んだ息を整えながらお札を手の中に補充する。と、やや離れたところで魔理沙が帽子のツバを引っ張りながら小さく笑った。
「二対一よりかは卑怯じゃないだろ。それにお前には……この程度の小細工、通用しない、だろ?」
そう言うや否や魔理沙は何気ない動きでガラス瓶を放り投げてくる。おそらく調合された魔法薬だ。中身に触れたら何が起こるかわからない。
「そう言いながら小細工する!」
咄嗟にお札を投げつけ、瓶を封印する。そして何も起こることなく落下していく魔法薬を尻目に、魔理沙を睨む。けれど、魔理沙は何も言わず連続でレーザーを放ってくるだけだった。
随分余裕がない。普段の直情的な攻撃とうって変わり、今の魔理沙は積極的に死角や不意を狙ってきていた。しかも、弾幕の火力も常時全力に近い。どうやら手段を選ぶつもりはない様だ。事実私達の手数は確実に減って、守勢に回らされている。なんとか打開しないと……
私は迫り来る星の弾幕を回避しながら、頼みの綱の火依に話しかける。
「火依、私の攻撃に合わせるのに集中して! いけるわよね!?」
「いきなり無茶言うね!」
無茶でもなんでもやってもらわないと困る。今の魔理沙を相手にして他人の気配りをする余裕はない。魔理沙の火力に勝つには私の弾幕に火依がアドリブで合わせてもらうしかないわ。
私は放射状に放たれる光線をお札を配置しながら右に避けていく。そして火力の緩んだ一瞬の隙を突いて、同時に撃ち放つ。
「『霊符「夢想妙珠」』!」
合計八つの光弾が魔理沙めがけて飛翔する。弾速は決して速くないが、執念追いかける自動追尾弾だ。
当然魔理沙も避けようと箒を走らせる。が……不意にその光弾が花火玉の様に弾けた。
「これならどうッ!?」
火依が叫ぶや否や、まるで鳳仙花の様な線を描きながら散弾が飛ぶ。いつの間にか火依が札に込めた霊力に細工したようだ。ギリギリのところで瞬間移動して逃げられはしたけれど、魔理沙を後退させることは成功する。
「やるじゃない火依!」
「言ったでしょ、霊夢を守るって!」
「それ、いざという時に盾になるって意味だと思ってたわ!」
「幽霊が盾になれるわけないけど……また来るよ!」
軽口を叩き合うのも束の間、真上から星型の弾幕が降ってくる。すぐさま障壁を張ってそこから離脱、牽制のお札をばら撒く。
……時間巻き戻しの副産物か、魔理沙は瞬間移動や予想外の位置からの攻撃を連発してきていた。きっと常に左手に開きっぱなしにしてあるあの黒い本の力だろう。
前使われた時は最後の最後まで温存されたのもあって全く反応出来なかったけれど……今はわかっている分、辛うじて防げていた。まあ、厄介なのは変わらないけれど。
「霊夢、お祓い棒!」
「何するつもり!?」
私は火依に言われるがままお祓い棒を抜く。と、同時に偶然足元にあった本棚を蹴って方向転換、弾幕を躱しながら魔理沙に迫る。
さっきの掛け声……あれは魔理沙に近付けということだとすぐにわかった。ただ、疑問はあった。接近戦なら私の方が分がある!と言いたいところなのだけれど……実際は瞬間移動でいつでも離脱出来る魔理沙の方が断然有利だ。
火依でもそれくらいわかっていそうなものだけれど……何をしたいのかしら? まあ、信じてやってやるけれど!
「行くよ……『反火「金鑽バックファイア」』!」
火依の宣言と同時に、お祓い棒から火柱が吹き上がる。驚きのあまり落としそうになるが、ギリギリのところで両手で持ち直す。すると間も無く火柱は火の粉を撒き散らしながら収束していき……巨大な剣をかたどった。これって……いつぞや北斗が使ったスペルか。
「ちょ、刀とか使ったことないんだけどッ!?」
「北斗か妖夢の真似で!」
「それこそ無理だっ……てば!」
クレームをつけながらも見様見真似で炎刀を斜めに振り下ろす。決して鋭くはないけれど、私の二倍はありそうな炎の大剣は振るうだけで威圧感があった。
それに対して魔理沙はミニ八卦炉で障壁を張り、至近距離で受け止める。どうも動きが鈍い。後ろに下がろうとして間に合わなかったみたいね。
「ッ……れい、む……火依ぃ!」
「大人しく……」
「朝まで寝てなさいッ!」
防がれるのも構わず炎刀を叩きつけ続けると、魔理沙の顔が苦悶に歪んだ。
効いてはいる。けれど、なんで瞬間移動しないのかしら? 出し惜しみなんてことはない、と思うのだけれど……
頭の端で引っかかりを覚えていると、急に魔理沙が箒を蹴り捨てる。その瞬間、疑問が頭から吹っ飛ぶ。
普段の魔理沙ならありえない行動だ。魔理沙は魔法使いというスタイルにこだわりを持っていたと思っていた。なのに、その象徴とも言える箒をいとも簡単に手放すなんて……そんな魔理沙、見たくなかった。
だから、私はつい柄になく叫んでしまう。
「……そこまでしてアンタは時を戻したいわけ!? 人間はいつか死ぬ。妖怪ですら寿命があるのにそれに抗う意味なんて!」
「違う! 霊夢のそれは死ぬんじゃない。殺されるんだよ! 世界に、幻想郷に! それをお前は……私に見殺しにしろっていうのかよ!?」
「そんなこと……ッ!」
見殺しになんて思ってほしくない。きっと独りよがりなんだろう。少なくとも魔理沙は、それを望んでいないのも知っている。
それでも私は、魔理沙には普通でいて欲しかった。北斗も、火依も、私も。ただいつも通りにしていてくれたら、それでよかったのに……
「今の私……私達は生きているなんて言えない! みんな時間が止まったままで進めていない! そんなの死んでいるのと変わらないでしょう!?」
「死んだらいなくなるんだぞ!? やり直せもしないんだぞ!? もうすぐ……もうすぐなんだ! もうすぐでお前を助ける手立てを……」
「そんなの……私は望んでない!」
「私が、今、明日を迎えたいと望んでいるんだよ!」
獣の様に吼えながら魔理沙が左手の本を開く。直感で背後に跳ぶと目の前に光の柱が過った。
……やっぱりあの本だ。あれが魔理沙の時間を操る力の鍵だ。アレさえ燃やせば全部終わらせられる!
再び接近して炎刀で斬りかかると、また同じ様に魔理沙に防がれる。振り出しに戻ったかの様に見えるけれど、今度は食いしばっている魔理沙の口元に血の筋が出来ていた。
「くっ、身体が持たない……!」
魔理沙の弱音がはっきり聞こえてくる。そうだ、魔理沙は普通の人間だ。妖怪でもなければ咲夜でもない。付け焼き刃の、過ぎた力にはそれなりの代償があるはずだ。例えば……自分の命、とか。
これは私の勘だけれど……きっともう魔理沙の魔力は底をつき始めているのだろう。だからさっきも瞬間移動しなかったんだ。そして今も、枯れかけた井戸の水を攫うように、命を削って魔力を引き出しているとしたら……
「この……頑固者がッ!」
台所の桶に張った氷を割ったかの様な感触。気付けば私は渾身の一撃で薄っぺらい障壁をミニ八卦炉ごと叩き割っていた。
……いつからお前は自己犠牲を肯定するようになった? 勇者になったつもり? 私の寿命のために自分の命を削ってたら世話がない。そんなのこの一年の北斗で吐くほど味わってきたのに、魔理沙は……魔理沙は!
私は左手の中の本目掛けて、炎の切っ先を突き立てようとする。
「『魔符「アーティフルサクリファイス」』!」
……その僅かな隙だった。怒りに視界が狭くなった間隙を突いて、左の耳元あたりに気配が迫る。
反射的に払い除けた瞬間、閃光が目を焼いた。左耳、頬、肩、腕を焼く熱。衝撃で身体が強張る。私はいつの間にか鏡の様に磨かれたタイルを転がり滑っていた。
「霊夢ッ!?」
火依の声に応える余裕もない。すぐさま立ち上がり、腕で目を庇いながら背後に連続で飛ぶ。
案の定私を追う様に目の前で連続して爆発が起こった。あからさまに誘導しようてしている爆発のさせ方だ。私は瞬く間に壁際の本棚に追い込まれしまう。
逃げられない、トドメの一発が来る。
「ッ……!」
そう覚悟して身体に力を入れるけれど……何故かなかなかやってこない。
ようやく治ってきた目で恐る恐る見上げる。すると、天井近くに箒なしで浮かぶ魔理沙と、彼女に胸倉を掴まれるアリスの姿があった。
「アリスッ!! なんで手を出したッ!? まだ決着は付いてないんだぞッ!?」
……子供の駄々っ子の様な理由で魔理沙がアリスに突っかかっていた。その姿を見て、合点がいく。最後の一撃が来なかったのは、きっと魔理沙がアリスを止めたからだろう。
アリスも不満そうな態度を隠せていなかった。
「貴女の目的は霊夢を助ける方法を探すことでしょう? 霊夢と決着を付けることでも、北斗を諦めさせることでもないわ」
「そんなこと言われなくてもわかってる! けど、今回だけは……アイツらと決別しないとこの先私は!」
「……もう時間切れよ。これ以上時間を掛けたら間に合わなくなるわ。それに今の貴女じゃ……霊夢に勝てないわ」
アリスに諭された魔理沙は、しばらく俯いたまま帽子を握りしめると……名残惜し気にそれを捨てた。図書館の真ん中、開けた空間に白黒の大きな帽子が落ちていく。
ついそれを目で追っていると……その図書館の奥で、私に魔法陣を向けるパチュリーの姿が映った。
「……『金符「シルバードラゴン」』」
宣言が届いた時には、既に銀の龍が私を噛み砕こうと顎を開きながら迫ってきていた。前転しながら牙を躱すと、龍の頭が背後の本棚に突っ込み埃と本が舞い上がる。
「さっきまで傍観していた癖に……魔理沙が負けそうになったら手を出してくるなん大人気ないわね!」
「何とでも言いなさい。恥も外聞も……魔女になった時に捨てたわ! 『戦操「ドールズウォー」』!」
吐き捨てるように言った台詞に反応したのはアリス。上空から十数体の人形を繰りながら迫ってきていた。その全ての人形が複雑に入り乱れながら武器を振るっている。
空には逃げれない。しかもパチュリーが間髪入れずまた何かを準備し始めている。こうなったら……
「火依ッ! 全力を出すわ!」
「けど、もう後が……残りの炎が!」
「ッ……わかってる!」
火依の力はあくまで『炎を吸収する程度の能力』であって、自ら生み出すことは出来ない。火依が内包する炎には限りがあった。
多分、魔理沙だけ相手をするなら間に合っていた。けれど、アリスとパチュリーを倒して魔理沙を止めるとなると……きっと足りない。
「それでもやられるよりは! スペル、けっか……」
玉砕覚悟でスペルを発動しようとするが、身体が動かない。自分の身体を見下ろしてみると、いつの間にか水流が巻きついていて動きを阻害していた。マズい、パチュリーの魔法だ。
火依の炎で蒸発させる……のも間に合わない。もう、人形の一体が私の目に向かって槍を突き立てようとしていた。思わず目を瞑って腕で顔を庇おうとする。
「『剣伎「紫桜閃々」』!」
けれど、それより先に低い声と甲高い音が耳を突く。聞き慣れた声。指の間から覗いてみると、黒ずくめの背中が映る。
いつも変わらない保守的な黒の衣装、適当に短く切られたボサボサの黒い髪……そして、彼の右手には赤く錆び付いた柳刃型の剣が握られていた。
「間に合った、よな?」
首を傾け横目だけ向けて、北斗が尋ねてくる。その不敵に笑う横顔を見て、安心してしまう単純な自分が嫌になった。きっとこれから私は……真実を知った北斗と向き合わないといけなくなるのに。
「……間に合わなかったわよ、バカ」
私はその広い背中に届かないよう小さな声で呟いた。