東方影響録   作:ナツゴレソ

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109.0 血と約束

 左腕から鈍い感触が伝わる。逆手に持った封魂刀の柄尻は、狙い通り咲夜さんのみぞおちに埋まっていた。

 ……鍛錬のおかげで多少二刀流の真似は出来るようになったが、まだまだ妖夢の様に確実な峰打ちが出来るわけではない。咲夜さんを極力傷付かず倒すには、こうするしかなかった。

 

「いってぇ……っと」

 

 すぐさまレーヴァテインを投げ捨て、倒れそうになる咲夜さんの身体を抱きとめようとするが……急に目の前が白む程の痛みが身体に走る。身体に力が入り、傷口から血が飛び出るのがわかる。

 

「ぐっ……」

「ホクト!? 無理しちゃ……」

 

 フォーオブアカインドで四人になっているフランちゃん全員が身体を支えてくれる。だが、礼を言う余裕はなかった。

 流血が止まらない。身体に負荷をかけ過ぎたようだ。咲夜さんのメイド服に血が滲んでいく様子が霞んで見える。まずい、この血の量は……

 

「フラン、ちゃん……ナイ、フを……抜いて、く、れ……」

「えっ、けどそれじゃあ血が止まらないんじゃ……!」

「大丈夫、だから……頼む」

 

 途切れ途切れの息を殺し、フランちゃんに頼む。すると、フランちゃんは僅かに悩んでから……震える指でナイフを掴む。

 あれだけ投げられたのだからもっと刺さっていると思ったのだが、残っていたのは左肩、右太腿、左腕の三本だけだった。他のナイフは刺さらなかったのか、刺さりが浅くて抜けてしまったのだろう。傷だけはしっかりと残っていた。

 本当なら、出血を防ぐためにナイフは抜かない方がいい。でも、どのみちこのままじゃ出血死する。本当は頼りたくなかったんだが……

 

「いくよ、ホクト……んっ!」

「ッ……ァァァァッ!」

 

 獣のような声が出る。意識が飛びかけ、咲夜さんを取り落としそうになる。だが歯を食いしばり、意識を保つ。イメージへの集中は途切らせない。

 あの時だってそうだった。むしろ妹紅さんに丸焼きにされた時の方がよっぽど辛かった。この程度……死んだ時ほどじゃない!

 

「……『デミ・リザレクション』!」

 

 宣言の瞬間、身体中の傷に流れ出ていた血が吸い込まれていく。さながら動画を逆再生しているかのような光景が、自分の身体で引き起こされていた。

 蓬莱人の不老不死の力。かつて不老不死を肯定し、妹紅さんを諦めさせるために使った影響の力だ。

 

「血が戻っていく……スゴい、全部治っていく!」

 

 先まで不安な顔をしていたフランちゃんが、無邪気に笑う。対して俺は彼女ほど明るくなることが出来なかった。

 とりあえず血は止まったが、完治はしてない。倦怠感もかなりのものだ。

 そもそも俺の影響力では、蓬莱人のように一瞬で完全に傷が治るわけでもないし、体力も使う。少し特別な回復能力でしかない。

 ……そんな中途半端な猿真似でも、妹紅さんや輝夜さん達のことを思うと極力使いたくなかった。

 もしかしたらそれくらいと、笑って許してくれるのかもしれない。だが偉そうに言いながら彼女達を止めた手前、蓬莱人の力を利用するのはどうなのだろうか、と思えてしまうのだ。

 

「いや……ただの、自己満足の言い訳か」

「ホクト……?」

 

 独り言を聞いていたフランちゃんが不思議な顔で俺を見上げてくる。俺はすぐに首を振って、なんでもないと言おうとする。が、俺が口を開く前に、目の前に小さな影が地上から飛び上がってくる。

 

「……やってくれたわね、北斗」

「お姉様!? まだ戦う気じゃ……」

 

 突然現れたレミリアさんに対し、フランちゃんはレーヴァテインを作り直し構える。が、レミリアさんは穏やかな表情で肩を竦めてみせるだけだ。

 

「もう決着はついてるわ……私の負けでね。悔しいけれど、綺麗なのを一発貰っちゃったもの。見苦しく足掻いたりしたくないわ」

 

 なんて自虐的に笑いながら、レミリアさんは自分の腹部を指差す。俺から見て左横腹のあたり、レミリアさんのドレスに切れ目が出来ていた。

 俺が封魂刀で斬った痕だ。吸血鬼の高い治癒力のおかげで傷自体は既に治っているようだが……ドレスは真っ赤に染まってしまっていた。

 それだけじゃない。フランちゃんとの戦いで、レミリアさんは全身血みどろになっていた。しかし、その顔から凄惨さは感じない。むしろ優雅さと気品さがあった。

 レミリアさんは穏やかな顔で目を細める。

 

「強くなったわね、北斗。蛹から蝶になる様に目まぐるしく変化していく貴方を見守れて、本当に良かったわ」

「レミリア、さん……」

 

 俺は首を振って否定したくなる。レミリアさんは勝ちを譲ってくれたが、俺の中では殆ど引き分けに近かった。

 実際グングニルの一撃を受け止めたせいで大刀は真っ二つに折られてしまった訳だし、蓬莱人の影響で止血しなければ俺が死んでいたのだから……

 

「………………」

「私に勝ったというのに、随分浮かない顔するじゃないわよ……それは私のものよ。返しなさい」

 

 釈然としない思いで俯いていると、レミリアさんが近付いてきて俺の腕から咲夜さんを無理やり奪い取る。

 レミリアさんと咲夜さん、体格差が激しいが……そこは流石の吸血鬼。咲夜さんを軽々とお姫様抱っこしていた。レミリアさんは咲夜さんのほどけかけたお下げを指先で弄りながら、白い息を吐く。

 

「私は嬉しいのよ? 近しいものが成長していく姿は感慨深いものがあって、好きだもの。特に、貴方や咲夜みたいに私の運命を掻き回してくれる子はね」

「……じゃあ、どうしてお姉様は永遠を望むの? それじゃあアベコベだよ……!」

 

 急な横槍、フランちゃんはレーヴァテインを右手に握りしめたままやや強い口調で尋ねる。けれど、レミリアさんは動かない。ただ、咲夜さんの髪をもてあそびながら語り続ける。

 

「私は運命を操る吸血鬼だけれど……全てが思い通りになるわけじゃない。どうしようもない、避けられない運命だってある」

「それって……」

「私は、私が望む未来を手に入れるために魔理沙に手を貸しただけよ。永遠の時間なんてただの副産物、道具に過ぎないわ。ま、魅力的であるのは認めているけれどね」

 

 副産物、道具……? まさか時間のループさせることが目的じゃないのか?

 俺はずっと咲夜さんと一緒に居たいから、永遠を求めていると思っていた。けどそれだけじゃないのか? 魔理沙は時を止めて何かをしようとしているのか……?

 だとしたら、今まで釈然としなかったことが腑に落ちていく。強行的な魔理沙のやり方、レミリアさん達が協力する理由……なんとなくだが、わかる気がした。

 だが、同時に別の疑問が浮かび上がる。どうしてそれを俺達に秘密にするのか、だ。わざわざ霊夢を倒してまで、俺を殺してまで、達成したい目的って……

 右掌の火傷が治っていくのを見つめながら思考に耽っていると、レミリアさんが咲夜さんを抱えたまま俺の右手の人差し指を摘んだ。

 

「知りたいかしら?」

「えっ……」

 

 唐突な問いに、俺は思わず顔を上げてまじまじとレミリアさんの顔を見つめてしまう。

 対して吸血鬼の少女は静かに、摘んだ指先を静かに見つめるだけだった。冷たい指先からジンワリと熱が、奪われていく。まるで、血を吸われているように。

 沈黙に痺れを切らして、言葉が口を突く。

 

「けど俺はレミリアさんのことを信じて……」

「わかってるわ。確かに私は貴方には知って欲しくないと言ったし、貴方とフランはそれを受け入れてくれた。けれど……だからこそ、私も貴方達に応えないといけないと思ったの」

「………………」

「貴方には真実を知る権利がある。その上で選ばないといけない。たとえ……どんな結末になってもね。それに……」

 

 レミリアさんはそこまで言いかけると、咲夜さんを抱え直す。そして、身動ぎするように小さく首を振ってから俺に向き直る。

 

「弾幕ごっこに負けたんだもの。ルール通り、一つくらい貴方の望みを叶えてあげるわ」

 

 柔らかい顔でレミリアさんが笑う。まるで憑き物が落ちたようだった。妖怪に憑き物という表現は変だが。

 隣に浮かぶフランちゃんから緊張感が抜けていくのがありありとわかる。ずっと張り詰めていたのだろう、今にも泣き出してしまいそうだった。

 そんな姿を見て、レミリアさんはバツが悪そうにソッポを向きながら……ボソリと呟いた。

 

「フランも、その……よく頑張ったわね。まだまだ力の制御は甘いけれど」

 

 素直じゃない評価。だが、それを聞いたフランちゃんは堪え切れなくなった様にレミリアさんに抱きついた。そして血だらけなのも気にせずレミリアさんの服に顔を埋めた。

 俺も、助けてくれてありがとう、という思いを込めてその頭を撫でていると……レミリアさんが咳払いを一つして、紅魔館の方を指した。

 

「……北斗、貴方は霧の湖を目指しなさい。そこで全てを知ることが出来るわ」

「……レミリアさんが教えてくれるわけじゃないんですね」

「私より適任がいるもの。さぁ、急ぎなさい。きっともう、貴方を待っているわ」

「わかりました、行ってみます……ありがとうございました、レミリアさん」

 

 最後に頭を下げてお礼を言うと、レミリアさんはシッシッ、と追い払う様に手を振って俺を急かした。促されるがまま霧の湖に向かって飛ぼうとする。

 

「……ちょっと待ちなさい、北斗」

 

 が、落ち着いたハスキー声がそれを止める。振り向くと、咲夜さんがレミリアさんにお姫様抱っこされたまま顔を上げていた。

 レミリアさんにいじられ過ぎたせいか、お下げ髪が解けてしまっている。普段の大人っぽさから一転、年相応の少女らしさが露わになっていた。

 

「……あまり見ないで頂戴。従者が主人に抱き上げられているなんて、メイドとして致命的なアイデンティティクライシスだから」

「あ、あぁ、すみません」

 

 慌てて謝ると、レミリアさんが耐え切れなくなった様に吹き出した。さっきまで泣きかけていたフランちゃんも一緒になってクスクスと笑う。それを受けて、咲夜さんの顔が真っ赤になった。

 

「ふ、二人して笑わないでください! あぁ、もう用件だけ手短に言います! 北斗、魔理沙に会うなら……本に気をつけなさい」

「本……? 魔術書か何かか?」

「……厄介な代物よ。魔理沙がアレを持ってる限り、正攻法では勝てない。たとえ霊夢とスキマ妖怪が束になってもね」

 

 霊夢と紫さんの二人組でも勝てないって……確かに魔理沙は元から強いが、それはあまりにも大袈裟じゃ……

 いや……そういえば霊夢との弾幕ごっこで、瞬間移動紛いのことをしていたな。そう、さながら……咲夜さんの時止めの様な。

 

「ッ!? それって……」

「私からのヒントはそこまでよ。答え合わせは大図書館でしなさい」

「……わかりました、ありがとうございます。けどなんで、そんなことを教えてくれたんですか?」

 

 素直な疑問が口を突く。

 はっきり言ってかなり重要な情報だった。それをわざわざ敵側の咲夜さんが教える理由なんて……いや、現に目の前に考えが変わったってだけで導いてくれてる夜の王がいるけどさ。

 尋ねられた咲夜さんは困った様に視線をさ迷わせてから……ネズミの鳴き声かの様な小さな声でポツリと言葉を漏らす。

 

「……別に、単なるお礼よ」

「お礼?」

「何でもないわ。さ、時間がないのでしょう? 早く行きなさいよ」

「そうよそうよ、行きなさい行きなさい!」

 

 咲夜さんと便乗したレミリアさんに追い立てられて、渋々飛んで行こうとする。

 

「ホクト!」

 

 が、またしても呼び止められる。今度は何だと振り返ると、いつの間にかフランちゃんの顔が目と鼻の距離まで近付いてきていた。

 

 

 

 そして、距離がゼロになる。

 

 

 

「えっ、ちょ……えっ?」

「えへへ……コイシともしたらしいけど、私だって負けないもん! 時間が元に戻ったらコイシとヌエと、それから霊夢とサナエで勝負なんだから!」

 

 フランちゃんは羽の下で手を組んで、クルリと一回転する。そして、照れ隠しのつもりか満面の笑みで吸血鬼特有の長い犬歯を見せつけてくる。いや、それより今のは……

 状況がわからず動揺してしまう。あと咲夜さんが口に手を当て驚いてて……レミリアさんが顔を真っ赤にして目を丸くしているのだけはわかった。

 頭を真っ白にして立ち尽くしていると、フランちゃんが俺の肩を持って無理やり後ろを向かせる。

 

「さ、行ってきてホクト! 時間がないんでしょ?  ホクトも色々言いたいことがあると思うけど……私もホクトに言いたいことが沢山あるんだ」

「フランちゃん……」

「だから、絶対に魔理沙を止めて! 明日会おうね!」

 

 言葉と共に思いっきり背中を押される。

 まだ頭は少し混乱していた。フランちゃんの言う通り、言いたいことは色々あった。けど、俺は背中を押された慣性のまま、振り向かず真っ直ぐに霧の湖に向かって戦場の上を飛んだ。

 

 

 

 その最中、ふと初めてフランちゃんと出会った時のことを思い出す。

 あの時は確か『猿の腕』の話をしたな。影響の力が、まるで三つの願いを変える呪いの腕の様だって。

 そうだ、確か俺は『俺が出来ることなら何でも叶える』って約束した。友達になるって、外に出られるようにするって。

 ……魔理沙の真意は何なのかはわからない。けど、たとえ何であろうと絶対に止めてみせる。

 フランちゃん、阿求さん、霖之助さん、火依。そして霊夢と、約束したから……

 

 

 

 

 

 

 レミリアさんに言われた通り、俺は霧の湖の真上までやってきた。

 先日来た時とは違い、日没直後のため薄らと霧が残っていた。しかし、道に迷うほどではない。輪郭だけだが、遠くでも紅魔館の位置がよくわかった。

 それにしても、敵の前線からかなり奥側に入り込んだ形になるのだが……見張りの気配がまったくない。流石に不自然過ぎる。レミリアさんの性格を鑑みれば、罠はないと思いたいのだが……

 警戒しながら霧中を進んでいると、唐突にズボンのポケットが鳴動し始める。

 久しぶりの着信に一瞬驚いてしまうが染み付いた動作は中々忘れないようで、すぐさまスマホを取り出し通話ボタンを押す。

 

「もしもし……?」

『やあ、北斗。順調に潜入出来ているようじゃないか』

 

 受話器越しに聞こえてきたのは神子さんの声だった。まあ、今の所神子さんか文としか通話出来ないのだが。

 というのも、以前にとりさんにスマホを出来るだけ生産して欲しいと頼んでおいたのだが……結局時間が足りず、二台しか作れなかったのだ。

 なので話し合った結果、一応大将である俺と、指揮をしている神子さん、そして主に斥候を行なっている天狗隊のトップである文の三人で持つことにしたのだ。

 

「ええ、なんとか。すみません、そっちを任せっぱなしにして……」

『構わないさ。物事には適材適所というものがある。君じゃあ、十人同時に報告されても対処出来ないだろうからな』

「貴女以外にそれが出来る人はいませんよ……それで、そっちの様子はどうですか?」

『何とか戦線は維持できている。殆ど総出で何とかといった具合だがね。それより問題が一つあってな……』

 

 問題って。かの有名な聖徳太子に捌けない問題を、俺が解決出来るとは思えないのだが……

 神子さんは少し押し黙ってから、意を決したように喋り始める。

 

『里の空気が怪しい。生への執着が異様に高まってしまっている』

「……それは、この戦争が原因ですよね。ただ不安になっているだけでは?」

『私も何度か戦をしたが、今まで私が聞いてきたそれとまるで違う。明らかに異質でな。強いて例えるなら……熱心過ぎる』

「熱心、ですか……」

 

 抽象的過ぎてイマイチ理解しきれていないが……とにかく里の住民が不安になっているのはわかった。まあ、里近くで戦争が始まっているのだから、無理はないのだが……わざわざ神子さんが俺に電話を掛けてくるくらいなんだから相当なのだろう。

 しかし、現状で俺が出来ることといえば……

 

「移動中は影響の力で抑えてみます。それで収まるかわかりませんが……」

『よろしく頼む。私も引き続き注視しておく。何かあればこれで伝えよう』

「お願いします。で、もし何かあった時は阿求さんに助けを求めましょう。あの人なら里をまとめられますから」

『……そうだな、私たちが表立って接触するよりいいだろう。あぁ、そうだ。それともう一つ君に……』

 

 神子さんがそこまで言いかけたところで、唐突に通話が切れる。

 電池切れか、はたまた電波の問題か……にとりさんの技術力を信じていない訳じゃないが、急いで作ったせいで何かしらの不具合が出たのかもしれない。

 言いかけた言葉が気になるが仕方がない。俺はスマホを仕舞い、湖の更に奥まで進もうとする。

 が、先程の通話の声に気付いたのか、誰かが薄霧の中から近付いてくる。

 

 

 

 やや釣り目気味だが丸っこく大きな瞳。風、もしくは新緑の木々を思い起こすような髪の色。決意の篭った表情の彼女と目が合う。

 

「早苗……」

「やっぱり、来ましたね。センパイ……」


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