東方影響録   作:ナツゴレソ

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第十三章 七日戦争(下) 〜Obtain morning of the eighth day〜
101.0 大晦日と妖怪の技術者


 12月31日。今年最後の日くらい静かに過ごしたいのは山々なのだが……状況がそうさせてはくれない。そもそもこの異変がなくとも、この幻想郷で平穏に年が越せるわけもなかった。

 

「ハアアッッ!!」

 

 薄っすらと雪の積もった境内に、こころちゃんの叫びが広がる。

 小柄な体躯に不釣り合いな大薙刀を振り回しながら、こちらとの間合いを詰めてきていた。いかんせん気迫溢れる表情に欠けているが、その立ち回りは大胆かつ華麗だ。

 

「うおっ……!」

 

 あまりの圧力に刀でいなすのを諦め、大袈裟に後ろへ下がってしまう。その隙を見越していたのか、こころちゃんが更に攻め込んでくる。

 地面を蹴破るかのような鋭い踏み込み。薙刀の石突が左下から跳ね上がるのを視界の端で捉える。上体を反らして躱そうとするが、わずかに顎先を掠めていく。

 すぐ振り下ろしの一撃が来ると読んで懐に飛び込み、左の掌を突き出すが僅かに屈まれるだけで当たらない。が、薙刀の柄を脇に挟んで捕まえる。

 

「もらった!」

「それは……」

 

 勝利を確信したその瞬間、木彫りの像のように動かなかったこころちゃんの表情が、ほんの僅かに緩んだ。同時に脇の下に確かにあった薙刀の感触がなくなる。

 

「どうかな!?」

 

 首元に扇を突きつけられて、ようやく何が起こったのかを理解した。あの薙刀は実在のものじゃなく、霊力……妖力?とにかく何かしらの力で形成されていたのだ。形の変化も自由自在、というわけだ。なるほど、まさに一本取られたな……

 

「参りました。やっぱり強いね、こころちゃん」

「………………」

 

 素直に褒めたつもりなんが、こころちゃんからの反応はない。いつも通りの無表情をこちらに向けながら数歩下がるだけだ。てっきりその能面顔のまま、飛び跳ねて喜ぶと思ったんだが……

 どうかしたのかと尋ねようとしたその時、一際強い北風が吹いた。

 

「あやや、負けてしまうなんて情けない。私に買った実力の半分も出せてないわよ」

 

 騒がしい声に振り向くと、万年筆とメモ帳のようなものを片手にニヤつく文の姿があった。昨日の天狗装束ではなくポロシャツにジャケットにマフラー、そしてキャスケット帽を身に付けている。昔懐かしの記者然とした格好だ。そしてその隣には、緑の帽子とツナギの小柄な女の子……

 

「げっ……」

「初対面なのに酷い挨拶じゃないか!? 私が何したっていうのさー!?」

「いや、その……すみません、勘違いでした」

 

 思いも寄らない妖怪を見てしまったがために、本気で嫌な声が出てしまった。まさか見世物にした挙句に解剖しようとした河童本人が現れるとは思っても見なかった。まあ、とりあえずあのことは黙っておこう。俺は誤魔化しの咳払いを一つして、二人に向き直る。

 

「えっと初めまして……河童さん。あと、文も昨日ぶり」

「ええ、昨日はお疲れ様」

 

 文は万年筆でクイと帽子を持ち上げると、愛想のいい笑みを浮かべる。口調も砕けてるし……プライベートでここに来たようだ。気楽で助かると内心安堵していると、文は挨拶もそこそこに万年筆の先を突きつけてくる。

 

「にしても私に勝ったのに面霊気に負けるなんて、流石に手を抜き過ぎですよ! 曲がりなりにも天狗に勝った矜持を持って戦ってください!」

 

 んな押し付けがましい……一応これは組手なんだからある程度手を抜かないと怪我するじゃないか。なりふり構わず本気で戦った昨日のそれと比較しないでもらいたい。負けたのがよほど悔しかったのだろうか?

 

「やはり手加減していたのか北斗!? 道理で歯応えがないわけだ!」

 

 対応に困っている間に、それを聞きつけたこころちゃんが般若の面を向けながら近付いてくる。なるほど、どうやら手心を加えられたことがご立腹だったようだ。

 俺も霊夢との組手を始めた頃は『相手にならないから』と片手であしらわれたりしたし……本気にさせたい気持ちはわからないでもない。そもそもさっき割と本気だったんだけど……歯応え、ないかぁ。フランちゃんくらいの見た目の子にそう言われると凹むなぁ。

 俺は内心傷付きながら刀を納め、手首を振りながら適当に言い訳する。

 

「体術だけならこれが実力だって。暴れ足りないならそこの天狗に喧嘩売るといいよ」

「必要ない。紙切れ一枚で感情を操れると思い上がってる鳥なんぞ眼中にないからな」

「おっと、付喪神風情が随分言ってくれるわね……何枚仮面割ればその口は黙るのかしら?」

 

 何気なしに煽ってみたのだが……あれよあれよと二人は売り言葉と買い言葉を交わし合う。そして瞬きした僅かな合間に、こころちゃんと文が扇と葉団扇を振り回しあっていた。

 俺はそんな二人を無視して、微妙な顔で二人の戦いを眺めている河童さんに話しかける。

 

「えっと……とりあえず自己紹介を。輝星北斗、外来人です」

「ん? あぁ、河城にとりだ。昨日の戦い、見てたよ。あの天狗を倒すなんて人間にしてはやるじゃないか」

「お世辞はいいです。それで、今日は何の用ですか?」

「そっちこそ敬語はいらないよ。ちょっと君に興味があってね……特に持ち物とか」

 

 持ち物って……あぁ、そういうこと。思い返せば俺が捕らえられた場所もガラクタで埋め尽くされていた。要はにとりさん……にとりは霖之助と同系統の妖怪ってわけだ。なら丁度いいものを昨日貰ったばかりだ。

 俺はたまたまポケットに入れっぱなしだったリボルバー式の拳銃を取り出してみる。すると、にとりの顔色が変わる。

 

「お、それは知ってるぞ。銃ってやつだよな? そこの穴から弾幕を放つやつ。こっちに流れ着くやつは錆びたり変な形だったりするんだが……これは随分と真新しいな」

「まあ、昨日外来人の知り合いに貰ったばかりだから。今の所弾もないんでただの無用の長物だけど……興味あるのか?」

 

 銃のグリップを差し出そうとするが、にとりは肩をすくめてから頭上に手を伸ばす。すると背中に背負った鞄から機械仕掛けの腕が飛び出て、大きな鉄筒状の銃をにとりの手に握らせた。

 

「自作製があるからね、必要ないよ。それに見ただけでなんとなくデザインアイディアは把握できたし」

「そ、そうか……」

 

 どう見てもにとりが持つそれは銃じゃなくてグレネードランチャーなんだが……まあ、細かいことはいいか。

 それにしてもあの鞄から伸びた腕といい自作のグレランといい、身につけているものが随分近代的だ。いや、あんな鞄から出せるようなロボットアームは現代にすらなさそうだが……

 

「里では見ないような機械を使ってるけど……にとりってもしかして技術屋ってやつか?」

「里の人間と比べられるのは不本意だけど、そうさね。外の世界にも引けを取らない自信はあるぞ」

「なら、この弾丸も作れる?」

 

 俺はシリンダーを横にスライドさせて見せる。にとりは背伸びしてそれを背伸びして覗き込むと……渋い顔をした。

 

「出来なくはないけど……そんな豆鉄砲でチマチマ撃つより弾幕を放った方がいいんじゃないか? 私もこれに弾幕込めるための媒体として使ってるし」

「弾幕を込める……?」

「そ、弾幕としては弾数が少ないけど威力も速度も高められる。外での使い方を守る必要ないってことさ」

 

 ……なるほど、その発想はなかったな。妖夢も剣から弾幕を放ったりしているし、そういう使い方もありなのかもしれない。むしろ銃弾を放つことを目的にした道具で弾幕を打つ方がイメージしやすいし、色々出来そうだ。

 

「で、聞き忘れてたけど今日は何の用?河童の最新技術の売り出し?」

 

 俺は銃のシリンダーを閉じながら問いかける。するとにとりはロボットアームでグレランを鞄に戻しながら、腰に手を当て仁王立ちする。

 

「そうさ! お前とはいい盟友になれそうだから、早いうちに知り合っておこうってね。一番の盟友だった魔理沙もあんな状態だしねぇ……鞍替えするのもいい機会さ」

「………………」

「なんだい? ビジネスライクは嫌いかい?」

「いや……」

 

 にとりが訝しげに問いかけてくるが……俺は言葉を濁して、彼女の表情を伺う。言葉や態度だけを見れば人間を商売相手にしか思ってないような、勘に触る発言だが……何故だかそれが強がっているように見えたのだ。河童の名の通り見た目幼いせいでそう感じるだけなのだろうか?

 本人を目の前にしてことも忘れ考え込んでしまっていると、手合わせを終えたらしい文が俺の後ろに回り込んできて肩に顎を乗せてくる。

 

「にとりはねー! 魔理沙を止めたいって思ってるのよ。私に北斗の仲介役を頼んだ時は随分しおらしく頼んできたくせに、やっぱり人間には強がってあやや!? いきなり弾幕を撃ってこないでください!」

「あることないことを捏造するんじゃないよ似非ジャーナリスト! おい盟友! 今のはその……違うんだからな!」

「……あー、はい」

 

 完全に語るに落ちているんだが……指摘したら機嫌を損ねそうだし、黙っていよう。ただ文の言葉のおかげで第一印象の悪さは払拭されていた。

 そういう人なら信用は出来そうだ。そう思いながら顎をグリグリ押し付けてくる文を押しのける。すると文はしばらく唇を尖らせてから……真剣な表情に変わる。

 

「ま、ぶっちゃけ天狗もビジネスライクに近いけど。貴方に恩が売れるのは天狗社会にとっても私にとっても大きなプラスだからねぇ……」

「天狗の力は頼りにしてるよ。あの紅魔館を攻め落とすにはかなりの人員が必要になるだろうし」

「……それなんだけれど、悪い知らせがあるわ」

 

 そう言うと文はおもむろに胸ポケットから一枚の写真を差し出してくる。昨日と同じような嫌な予感を覚えながら覗き込むと、紅魔館とその門前に造られた巨大な野営地が写っていた。俺は息を呑む。これって……

 

「情報源はわからないけれど……どうやら北斗の動きがバレたみたいね。今朝から対抗して妖怪を束ねはじめたそうよ」

「これじゃあ本当に戦争するみたいじゃないか……!」

「向こうはその気でしょうね。なにせ派手好きの吸血鬼に、武運を司る神までいる。魔理沙は、貴方の挑戦を受け入れたのよ」

「………………」

 

 まったく、言霊というのは恐ろしい。戦争するつもりで仲間を集めると言ったが……まさか本当に戦争に発展するとは思っていなかった。

 だが、これでこれでよかったのかもしれない。正式な戦争となったらスペルカードルールを守らせ易くなるかもしれないし、真っ向から負かせば後腐れもなくなるだろう。

 

 

 

 何より……魔理沙らしいやり方に、ホッとしていた。

 

 

 

 俺は息を一つ吐いて、ポケットの中からスマホを取り出し、ムスッとした顔で腕を組むにとりに投げて渡す。途端に、にとりの目の色が変わる。

 

「こ、これは……!?」

「スマートフォン……まあ、いわゆる携帯電話みたいなものだ。できれば元のまま返してほしいけど……バラしてくれても構わないよ」

「それは願ったり叶ったりだけどさ……こんな貴重品を渡して、私に何をやらせるつもりだ?」

 

 にとりはスマホをポケットにしまいながら尋ねてくる。

 幻想郷ではただの音楽再生用兼メモ帳としか使っていないスマホだが……外の世界でも幻想郷でも貴重品なのは間違いない。その中には外の世界での生活の名残が詰め込まれているからな。

 だが、それを犠牲にしても魔理沙を止めたい。だから……少しでも確率を上げたかった。

 

「……通信機器を作ってもらいたい。できればそれと同じくらいの手持ちできるやつを、作れるだけほしい」

「難しいことを言うね……あと四日しかないのに、一から作れって?」

「最低三日以内で。じゃないと決戦に間に合わない」

 

 三本の指を立てて見せると、にとりは露骨に渋い顔を返してくる。が、二の句も早かった。

 

「お代は?」

「出来た時に言い値で。出来なかった時は……多分払っても意味はないだろうね」

「こんな状況じゃあ、まともに商売もできないか。やれやれ、嫌になるねぇ……もうとっくに工房の大掃除して、仕事納めしたんだけどねぇ」

 

 にとりはガシガシと頭を掻くが……程なくして胸を叩いた。そして童顔に似つかわしくない、勇ましい表情でウィンクを飛ばしてくる。

 

「が、そこまで吹っかけられたら逆に燃えてくる! 三日後に必ず納入してやるよ。それまでせいぜい資金繰りに走り回るんだな!」

 

 そんな捨て台詞を残すと、にとりは飛んで行ってしまう。反骨心溢れる発言が逆に頼もしい。期待していいかもな。

 俺は見送りもそこそこに石畳で伸びてるこころちゃんを背負って、居間に運ぼうとする。と、その前を追い抜くように文が回り込んできた。

 

「そういえば霊夢さんと火依さんは? 姿が見えないけど……」

「二人で里に出掛けたよ。何か準備があるんだって」

「じゃあ北斗は留守番?」

「いや、こころちゃんと一緒に冥界に行こうとしたんだけど……どっかの誰かさんがやり過ぎたおかげで、ねぇ?」

 

 あからさまな皮肉を飛ばしてみるが、文はさして気に病む様子もなく営業スマイルを浮かべていた。

 普段飄々としているのに、たまに真面目になったりする。紫さんも同じような性格をしているが、俺はこれが苦手だった。壁を作られたと思ったら、ふとした瞬間にテリトリーに入って来る……いや、文に関しては一方的に畑を荒らしているイメージだが。やっぱりカラスだな。

 なんて考え事をしつつ、居間に布団を敷いてこころちゃんを寝かすと……不意に後ろから、手を叩く音がした。

 

「そうだ、北斗」

「ん?」

「デートしましょ?」

「はぁ……はぁ!?」

 

 俺はあまりに状況に即していない軽々しい発言に、つい文を二度見してしまう。口にした当の本人は……いつもの営業スマイルじゃない満面の笑顔で俺の間抜け顔を見下ろしていた。


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