東方影響録   作:ナツゴレソ

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99.5 天狗の矜持

 私は一記者としてずっと北斗を追いかけてきた。その過程の中で私は、彼の『影響を与える程度の能力』についてそれなりに考察をしてきたつもりだ。

 彼の話になると他者の思考、行動の扇動する力を危険視されることが多いけれど……私はそれよりも危険な能力があると考えていた。

 『性質の付与』……鴉天狗の翼を自らのものにしてしまうそれだ。種族の壁を無視して他者の性質を付与する。それは妖怪の性質だけではなく、他人の天武の才ですら得ることができる。当然才を伸ばすための鍛錬はしないといけないけれど……言うならば北斗は、強さの伸び代に限りがない怪物だった。

 

「行きますよ!『風符「天狗道の開風」』!」

 

 挨拶代わりにスペルカードでの一撃。葉団扇から放たれた旋風が北斗目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。

 以前の北斗の実力なら、たとえ私の飛行速度を持っていようとも反応が遅れて直撃していたはずだ。

 けれど、北斗は身体を翻すように横にずれるだけでいとも簡単にそれを躱す。同時にこちらへと急接近してくる。近接戦を挑んでくるつもり!?

 

「ふっ!」

「おおっと!」

 

 飛行速度と体重の乗った左の肘打ち。さながら紅魔館の門番を思わせる体術だ。

 私はそれを受け流しながら葉団扇を横薙ぐが、それは北斗の額を掠めていくだけで直撃しない。そして二閃目を放とうとした次の瞬間には既に団扇の間合いからはるか遠くに逃げられてしまっていた。

 いわゆるヒット&アウェイ戦法ってやつですか。しかも私の一撃を避ける際、ワザと自分の浮力をなくし、高度を下げながら身体を逸らしていた。多彩な戦術、そして瞬時の判断と対処の的確さには舌を巻く。北斗が妖怪と互角に戦えてきた所以は、きっとこの瞬間的な判断力のおかげなんでしょうね。

 けれど、残念ながら天魔様や大天狗共が見たいのはこんな小手先の実力じゃないだろう。私だって同じだ。

 

「仕方ない、少し誘ってみますか。『風神「風神木の葉隠れ」』!」

 

 宣言と同時、私を起点に幾千もの弾幕が形成されていく。この密度ならば、北斗から私の姿を捉えることは出来ないはずだ。さてどう反撃してくるかしら?

 本来なら北斗がスペカでの勝負を挑まないのであれば、私もスペカを使う必要はない。けれど如何せん、弾幕ごっこ以外の戦いは久しぶりなので、うっかり加減が効かずに殺しちゃいそうなのよねぇ……まあ、大天狗共から殺す気でやれと言われているのだけれど。

 

「さあ、どう防ぎますか!? 防がなければ死にますよ!?」

「新聞記者が血生臭いことを言う!」

「妖怪が血生臭いことを言わないとアイデンティティに関わりますから!」

 

 そんな身のない会話を交わしている間に玄武の沢を無数の弾幕が支配した。

 その渦中に飲み込まれようする寸前、北斗が軽快な動きで身体を半回転させながら四方へお札を投げつける。そして両手を広げてから柏手を打つ。

 

「山川道澤、四神相応を以って都を護らん。『文曲「四神結界」』」

 

 古臭い詠唱から空気の弾けるような音が耳に届く。それと同時に、北斗を中心とした箱型の結界が形成される。四神……奇しくもここは玄武の名を冠した地名だけれど、もしかしてそれを意識して使ったのかしら? なかなか粋じゃない。

 けれど消極的な防御策に少しガッカリしてしまう。もしかして亀のように引き篭もるつもりなのかしら? そんな負けないだけの戦いじゃ、大天狗どころか私すら納得させられないわ。

 今の幻想郷ではスペルカードルールもあってないような状況だ。そんな中、スペカを使うのみならずただ弾幕を凌ぐだけの術に頼るだなんて……殺してくれと断頭台に首を乗せているようなものだ。

 

「そこまでお膳立てされたら……つい殺しそうになってしまうじゃないですか!」

 

 葉団扇を振り下ろし、結界を押し潰すつもりで光弾を殺到させる。弾幕ごっこでは目に見えてアウトな威力の飽和攻撃だ。これなら例え私のスピードで逃げようとしても、躱しきれないだろう。

 ……そう高を括っていたせいで、気付くのが遅れる。北斗の張った結界が弾幕を遮るものじゃないということに。

 

「なっ……まさか弾幕が結界をすり抜けてる!?」

 

 そう、私の放った光弾は結界にまったく当たっていなかった。結界の境に触れた弾幕の悉くが『まるで元から結界内の空間なんてなかったかのように』反対側の結界の際に移動している。無意味に沢の水を弾き飛ばしているだけだ。

 理解が追いつかず思考停止していると……天魔様が私の後ろに移動しながら、愉快そうに呟く。

 

「……へえ、『空間を透過する』なんて驚いたわ」

「空間の、透過……!?」

 

 私は天魔様の言葉が信じられず、無礼ながら反射的に聞き返してしまう。

 ……結界は言うならば境界を作ることに他ならない。他者の侵入を……影響を受け付けないための線引きだ。それは見えない壁であったり、力場の効果範囲であったりと、形式は様々だ。天狗の里も結界を張ることで外部からの侵入を防いでいるのだけれど……それは踏み入れた者の方向感覚を狂わせ迷わすものでしかない。私達の使える結界は触れることも出来るし、踏み入れることも出来る……ただの小癪な幻術だ。

 けれど北斗の使っているそれは……干渉も、侵入も許さない最強の結界だ。さながら、博麗大結界の再現。そんな芸当をやれそうなのは思いつく限り二人しかいない。一人は博麗の巫女である霊夢、そしてもう一人は……

 

「まさか……スキマ妖怪の影響まで!?」

「さあ……どうだろうね。紫さんは俺の事嫌いだろうし、許されてなさそうだけど」

「ッ! そんなこと!」

 

 私は弾幕を放つのをやめ、半ば自暴自棄の突撃を敢行する。弾幕の間をすり抜け、結界に向けて音速の体当たりをかまそうとするが……やはり当たらない。一瞬のうちに北斗の背後に移動していた。

 弾けた弾幕が打ち上げた水飛沫が衣装を濡らす。

 

「この……ッ!」

 

 屈辱だ。らしくなく感情的になってしまっているは自覚している。けれど、どうしても認められなかった。

 どう足掻いても私は烏天狗にしか成り得ない。鬼のような純粋な力も、スキマ妖怪の非常識な能力も、まっとうな手段では一生手に入らないだろう。

 なのに北斗はどうあっても越えられないはずの『種族の壁』を、容易に超えてしまう。そういう妖怪ならまだわかる。けれど、彼はよりにもよって……人間だ。妖怪より異質な人間なんて……

 

「そんなの……認められる訳がないじゃない! 『旋符「紅葉扇風」』!」

「ッ!?」

 

 私は全力で葉団扇を振りかざし竜巻を起こす。結界を中心に発生させたそれは、ダメージ自体は与えられないが、北斗の結界外での行動を制限し釘づけにする。

 しかし、北斗は憎たらしいほど冷静に結界内で腕を組んでいた。それを目の当たりにしてこっちも冷や水をかけられたかのように頭が冷えていくのが分かる。

 知らなかった。北斗の本気がこれほどに厄介とは……

 これでも、彼の元来持つ力も評価しているつもりだ。けれど、やはり影響の力は……インチキに思えて仕方がなかった。見境なく能力を使えば……人としての域を超えるどころか、妖怪の矜持も根こそぎ奪える。スキマ妖怪が一度は排除しようとしたのも頷けるわ。

 彼が控えめな性格でなければ、きっと様々な奴らに付け狙われていたでしょね。いや、あるいは『北斗が本気にならなくて済む程度の異変しか起こっていなかった』だけか。

 

「『青の栞「アクア・オーラリー」』!」

 

 竜巻が弱まった瞬間を見計らって北斗がスペルを宣言する。それ皮切りにして、宙に水の球体がいくつも浮き上がり私と北斗を囲むように配置される。

 これは妖怪の能力によるものじゃない。もしかしたら……魔術、かしら?勘だけれど、近付いたらマズイ気がするわ。

 

「意趣返しのつもりでしょうか? 私の行動を制限したとでも?」

「さあ? 近付いてみたらわかるよ」

「はっ!」

 

 私は生意気な口調を鼻で笑いながら、抑えたスピードで水球に近付く。すると、それに反応して水の針が突き出される。

 咄嗟の急加速で躱せるほどの速度だけれど……どうやら北斗が動かしているのではなくて、近付いてくるものを勝手に攻撃する魔法の様だ。

 現に、北斗も水球を避けながら移動している。まだ敵味方を判断して攻撃を仕掛けることは出来ないみたいね。それでも北斗は一つの戦略として落とし込める程度には魔術を使いこなせていた。

 

「流石の見境なさですね……師として仰いだのは紅魔館の動かない大図書館ですか? それとも魔法の森の人形遣いでしょうか?」

「いや、両方」

「猿並みの見境なさですね! 是非記事にしてあげます!」

「そんなのばっか書くからゴシップ紙だの言われるんだよ!」

 

 お互いに罵り合いながら水球の合間を潜り抜けて、刀と葉団扇を交える。北斗は先程とは違い鍔迫り合いに持ち込もうとしているわね。隙を見つけて水球へ蹴り飛ばすつもりかしら?

 戦場を作り、それを利用する。意外と軍師に向いているかもしれない。けれど……如何せん、敵を知らな過ぎる!

 

「隙アリです!」

「うおっ!?」

 

 私は団扇で風を起こして逆に北斗を押し返す。わざわざ分かり易く『風を操る程度の能力』を意識した戦いをしてあげているのに……自分の罠に引っかかるとはお粗末ね。

 北斗はなすすべなく一つの水球に目掛け吹き飛ばされる。串刺しになることを予感していたのだけれど……水球は北斗を受け止めるだけだった。

 

「水の棘が出ない!? 反応してないってことは……実は敵味方の識別は出来ていたっていうの!?」

 

 それをわざと自分にも反応しているように見せるため水球を避けていたのか。水中の中で北斗の口角が吊り上るのが見える。その視線の先は……

 

「後ろ!?」

 

 振り向くと、散らばっていた水球が集結して巨大なそれを形成していた。そこから針鼠のように水の槍が飛び出て、視界を占拠する。袖を裂かれながらも寸のところで躱すが、反射に任せた回避だったために北斗に背を向ける形で下がってしまう。トンと私の背に手が置かれる。

 

「『裏技「天崩昇連脚」』」

 

 瞬間、背中に骨が軋むような衝撃が走り景色が急変した。二度、三度蹴り上げられ身体が浮き上がる。口の中に微かな血の味が広がる。

 この技……偶然ですが、椛から話を聞いていた。霊夢が使う体術のアレンジ! 蹴りによる四連撃! 私は腕を交差し最後の踵落としを防ぐ。

 

「くぅ……!」

 

 人間のそれとは思えない威力、男の体重の乗った重い一撃だ。地面に叩きつけようと全力で振り抜いてきていた。私は恥も外聞も無視して背中の翼を広げて制止を掛ける。そして十字に組んだ腕の間から北斗を睨む。

 

「女子を蹴り飛ばすなんてサイテーね」

「毎度言われるんだけど……手段を選んでいられるほど余裕がないんだよ。結局俺は人間だ。この偽物の翼だって使いこなせない、弱っちい存在だよ」

「自己評価が低いわねぇ……しかも美徳じゃなくて本気で思っているんだから救いようがないというか……」

 

 私はいつもの口調を使いながら頭を抱えてしまう。

 ……こんな弱気な人格だというのにさっきからしてやられてばかりだ。北斗の実力を確かめるための戦いだから目的に沿った内容なのはわかっているけれど、このままでは終われない。

 私にも天狗としてのプライドがある。強者でなければ天狗ではない。人間に見下ろされる鴉天狗など……地べたを這いずり回る虫を啄むだけの野鳥と変わらない。

 

「なら私が、教えてあげるわ。この翼の……幻想郷最速の翼の本当の使い方をね。ただし……私の姿を捉えられたらの話だけど! 『「幻想風靡」』!」

 

 私は言い放つや否や、全速力で玄武の沢を駆け巡る。風よりも疾く翔べ。急旋回、急加速、静止すらも自在、この空は私のモノ。時を止めでもしない限り私を捉えることはできない!

 北斗はしばらく私を目で追おうと必死に辺りを見回していたけれど……すぐに諦めたように一息吐く。そして黒翼を広げて、私の真似をするように全力で沢内を飛びまわる。

 私ほどじゃないけれどその速度は風の如く疾い。なるほど、同じ速度の地平に立てば私を捉えられると思ったかしら。認めるわ、初めての割には腹が立つほど使いこなせている。けれど、まだ遅い。

 

「私には追いつけない! 貴方には貴方自身の矜持がない! 人間としても、妖怪としても……人妖としての気質すらない!」

 

 音速にも迫る世界の中、私の叫びが聞こえたかどうかはわからない。それでも叫ばずにいられなかった。私の全速力の飛行に喰らいつく人ならざる人に対して。天狗の領域に足を踏み込もうとする不届き者に。

 天狗としての誇りも信念もないものに、私が追い付かれるわけにはいかない!私は後ろを取られながらも、突き放そうと全ての力を使い翔び続けた。

 

「貴方は……一体何者なの!?」

 

 音さえも置き去りにしそうな速度の中で、私は少しずつ距離を縮めてくる北斗に問いかけた。速度が負けているわけじゃない。けれど、追随されていた。読まれている? 私の動きが!?

 私達天狗は知識の重要さをよく理解している。だからこそ……得体の知らない北斗を観察し続けた。知ろうとした。けれど無意味だったのかもしれない。

 

「俺は……俺だ! 『現想「夢葬回帰」』!」

 

 きっと……この問いの答えは、北斗自身もわかっていないだろうから。私は目の前に現れた光に突っ込みながら……痛みと悔しさに歯軋りした。

 

 

 

 

 

「……負けた」

「振り切ることに固執しすぎてせいで、空中に散りばめられた結界を避けられなかったのね」

 

 沢のほとり、雪の積もった草の上に身体を投げだしていると、天魔様が私の傍に降り立って呟いた。

 もう周囲を取り囲むようにあった気配は居なくなっていた。緊張の糸が切れ、疲れがドッと押し寄せてくる。もうこんな私らしくない役割は沢山だ。そもそも北斗と戦うなら因縁のある椛の方が適任だろうに。

 そう、まさに敗因は矜持に固執しすぎた故だ。固執せず、北斗の様に我武者羅に勝ちに行けば勝負はわからなかっただろう。ま、そんな弾幕ごっことは真逆の戦いなんて久しぶりだったもの。仕方ないわ……なんて無様な言い訳だけれど。

 

「けれどこれでしばらく文ちゃんへの煩わしい話は減るんじゃないかしら? あいつらからしたら、失脚したぞ、ざまぁみろとか思っていそうだし」

「……ですねぇ。嬉しいような、腹立たしいような」

「プラスに捉えましょう。貴女は負けたけれど……天狗としての力は十分に見せてくれたわ。やっぱり私の後釜は貴方ぐらいしか無理そうねぇ……」

「あやや……勘弁してくださいよ。私はそういうのに興味がないって知ってるじゃないですか」

 

 私は身体を起こし、胡坐を掻く。すると天魔様は愉快気に笑いながら沢の反対側でへたり込んでいる北斗に向かって飛んでいってしまった。

 ……果たして私は天狗の力を見せられたのだろうか? 天魔様の言葉を疑っている訳じゃない。けれど、もしそうだとしたら北斗は天狗以上の力を持つ元人間は……一体何になるのだろうか?


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