東方影響録   作:ナツゴレソ

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97.0 知る大人と夢見る子供

 幻想郷では基本的に回避不能な弾幕は御法度とされている。だが視界を遮る、操作するようなスペルカードは大丈夫らしい。まあ、実際に体験したことがないのだが……それでもこの状況が圧倒的に不利なことくらいわかる。

 

「……まったく見えない」

 

 深い霧のせいで霖之助さんどころか、霊夢と阿求さんも見失ってしまった。どっちを向いているかすら分からない状態だ。

 上空に飛び上がって霧から抜け出すことも考えたが……何か罠を仕掛けられているかもしれないし、下手したら上下左右の感覚すら分からなくなる可能性だってある。地面から足を離すのは得策じゃないだろう。

 俺は息を吐いてから、気持ち大きな声で霖之助さんに喋りかける。

 

「これが『霧雨の剣』の力ですか!?」

「……そうだ。雨の性質をもつこの剣だからこそ、この剣は」

「『波及「スロー・ザ・ストーン」』!」

 

 俺は霖之助さんの言葉を無視し、声のした右後方へ光弾を投げつける。

 この戦いは弾幕ごっこではない。ただの決闘だ。どちらかが折れるか、どちらかが倒れるかでしか勝敗を付けられない。そんな戦いでも俺がスペルカードに固執しているのには理由がある。

 俺は……霖之助さんに心から諦めてもらいたかった。魔理沙が霖之助さんを倒すことも、霖之助さんが魔理沙を殺すことも絶対にさせるわけにいかなかった。

 立ち込める霧の向こう側で光が弾けるのが分かる。この霧の中での不意打ち気味な攻撃だ。運よく一発目を避けられても拡散した弾幕までは避けられないだろう。そう確信していたのだが……

 

「きゃあ!?」

「ちょ……危ないじゃない北斗!」

 

 どうしてだか突然あらぬ方向から阿求さんと霊夢の悲鳴が響く。

 外した!?しかもあろうことか霊夢達の方へ攻撃してしまったようだ。霊夢の事だから上手く防いでくれたと願いたいが……確認している余裕はない。

 

「そっちへの攻撃は止めた方がいいよ」

「ッ!?」

 

 突然耳元で霖之助さんの声がする。俺は咄嗟にしゃがんで回転しながら全方位に足払いをする。だが、手応えはまったくない。

 攻撃が当たらないばかりか、状況すら分からず混乱していると背後から熱と痛みが襲ってくる。

 

「かっ……はっ……!」

 

 呪術による爆撃だ。ほぼ直撃だったが、皮肉なことに霖之助さん謹製の衣装が身を守ってくれたようだ。

 俺は地面を転がりながらお返しとばかりに爆撃された方向へお札を投げる。だが何も反応はない。

 

「くそ……最悪だ!」

 

 俺は起き上がって歯軋りする。俺が想像していた倍以上ヤバい状況かもしれない。

 おそらくこの霧は……感覚を狂わす力がある。視覚を奪うだけじゃなく、音のする方向、距離感もおかしくするようだ。そして……霖之助さんはこの霧の中でも俺を知覚できている。出ないと一方的に攻撃はできないだろう。きっと濃霧の中で俺を感知できているのも……マジックアイテムの力だろう。

 

「……凄いですね。マジックアイテム。もう少し俺も興味を持っておけばよかった」

「僕に言わせてもらえば君の装備も珍品ぞろいだよ。封魂刀に博麗の巫女の札、それにその大刀も何かいわくがありそうだ」

「なら、是非近くで見てみてくださいよ、遠慮なく」

「はは……いくら僕が半分妖怪だろうと君と至近距離でやり合うつもりはないよ。君が参ったというまで今の攻撃を繰り返す。それだけだ」

 

 俺は霖之助さんの底冷えするような本気の脅しに、歯を食いしばる。

 これは一種の幻惑攻撃を受けていると解釈してもいいだろう。

 以前、永遠亭で喰らった攻撃を思い出す。あれは鈴仙さんがやったらしいが……あの時は火依のナビゲートがあったお陰で何とか突破できた。しかし今、封魂刀の中に火依はいない。そもそもこの状態では火依も惑ってしまうだろう。

 

「……すぐ人に頼ってしまうな、俺」

 

 せめて男同士の戦いくらいは俺一人で決着付けないと、格好悪過ぎる。俺は思考をまとめるために、大きく息を吐き出して気を落ち着かせる。

 対処法は今のところふたつある。まずは全方位への攻撃をし続ける方法。これは有効だろうが……現状では館の人や霊夢に危害が及ぶ。できれば取りたくない。そしてもう一つは……

 

「スペル『文曲「四神結界」』」

 

 俺は前後左右にお札を投げつけ、柏手を打つ。それに呼応するようにお札が弾け、庭いっぱいに立方体型の結界を形作る。

 もう一つの手段は攻撃を諦め、全方位からの攻撃を防御して拮抗状態に陥らせることだ。消極策であるが、これで敵も手出しが出来ない。だが……

 

「それで防いだつもりかい?」

「ぐ……!」

 

 また背中に呪布による爆破が襲う。先程以上の痛みが背中に走る。しかし、喰らう覚悟はあった。可能性として考えていた。霖之助さんが結界内にいる可能性を! いや、むしろ願っていた。

 俺は吹き飛ばされながら身体を反転させ、さらに連続でバックステップ。自分で作った結界に背中が付くほど退がる。

 よし、首尾は上々。行くぞ……! 俺は刀を突き出し、スペルを唱える。

 

「『嵐符「カオスエフェクト」!』」

 

 俺を中心に小惑星帯のような弾幕の帯が二条形成され、そこから弾幕が放たれる。霧ではっきりとは見えないが、それらは空中で分裂し、増えていく。

 『乱符「ローレンツ・バタフライ」』を改良し編み出した超飽和型弾幕。元になったスペル同様距離を詰められると弾幕は薄くなってしまうが……近付いてくれるならむしろその方が好都合だ。

 

「霖之助さん! 俺は異変を解決します!」

 

 俺は弾幕を放ち続けながら叫ぶが、返事は帰ってこない。それでも叫び続ける。弾幕を放ち続ける。

 この結界の中ならば全方位への攻撃を行っても阿求さん達に被害が出ることはない。さらに結界を背にした状態なら、俺を中心に180度以内まで霖之助さんの居場所を絞れる。

 これなら火力も集中でき、霖之助さんからの攻撃方向も限定でき回避しやすい。それに……中の音も外には聞こえないだろう。

 

「俺が解決します! 原因が誰がとか、幻想郷がどうだとか、どうでもいい! 俺は友達が間違った道を進んでいるのを許せない!だから正しい道に連れ戻します! そして……」

「……それができないと何度も言っている!」

 

 俺の言葉を遮るように霧の中から霖之助さんが現れる。いや、これはまるで霖之助さん自身が霧と同化しているような……これも霧の幻術の一つか!?

 そう気付いた時にはもう遅い。至近距離で現れた霖之助さんは既に霧雨の剣を振りかざしていた。斬られるギリギリのところを刀で防ぐ。だがすぐに回し蹴りで柄を蹴られ、刀を手放してしまう。

 

「出来ないことを駄々捏ねるのは子供だ! いい加減大人になれ!」

 

 蹴りの戻り際見下す霖之助さんの、そのレンズの奥の瞳には見たことない怒りが込められていた。俺に対する怒り、魔理沙に対する怒り、状況に対する怒り……自分に対する怒り。どれかはわからない。分からなくていい。

 

「だったら俺は大人じゃなくていい! 全部わかりきったような顔して偉ぶってるよりよっぽどマシだ!」

 

 まさにガキの論理だ。でも俺は諦めたくなかった。諦めたら一生後悔してしまう。俺は……三度も大事なものを失いたくはなかった。

 ……だからだろうか? 刀を失った右手が無我夢中に武器を求め……ポケットの中のそれを掴んでいた。

 

「ッ!?」

 

 菫子さんから貰った拳銃。それを胸に突き付けられた霖之助さんは驚愕に目を見開いた。

 ……銃を使うにあたって最低限の知識がある人なら、きっと鼻で笑うだろう。俺が霖之助さんに突き付けた銃をよく見れば、暴発防止のセーフティは掛かったままなのだから。そもそも弾丸すら込められていない。向けてもなんの意味もない、ただの鉄の塊だ。

 でも霖之助さんにはわかってしまう。これが『拳銃』という『人を殺す道具』だということが。俺は銃を構えたまま、霖之助さんは剣を振りかぶったまま静かに時間が流れていく。

 

「……俺の勝ちです」

「………………」

 

 静寂を破る様に宣言するが……霖之助さんはしばらく固まって動かない。だがしばらくして大きな、大きなため息を吐いて、霧雨の剣を地面に放り投げた。

 

「負けたよ。完全敗北だ」

「………………」

 

 霖之助さんの諦めたような言葉に、俺は何も返さず銃をポケットにしまった。努めて平静を装ったが、ため息をつきたいのはこっちの方だ。

 一か八かのブラフだった。もし霖之助さんが銃の使用方法に精通していたならばすぐに看破されていただろう。あるいは霖之助さんが銃というもの自体を知らない場合もこのブラフは通用しなかった。

 『道具の名前と用途が判る程度の能力』を持つ霖之助さんだからこそ、これが通じた。まさに試合に勝って勝負に負けた、ってやつだ。

 

「どうしても諦めないんだね、君は」

 

 霖之助さんは薄れていく霧の中、地面に腰を下ろすと片肘を吐きながらそう呟く。まるで憑き物が取れたかのような清々しい顔だった。騙して勝っただけに罪悪感が尾を引く。それでも俺は……

 

「魔理沙は、霖之助さんのことが好きだと思います。けれど、きっと今の魔理沙なら……」

「僕を殺しかねない、と?」

「殺されるのがどちらにしろ、残るのは……誰も幸せにならない結末だけです。そんなの俺はいらない。夢物語だろうと何だろうと俺は欲しい未来を掴みます……幸いなことに、やり直しは何回も効きますから」

「まったく、まっすぐで絶対に折れることの無さそうなその意志……僕にはそれが足りなかったのかもしれないね」

 

 霖之助さんは疲れ切った表情で呟くと、作り笑いを浮かべる。昨日見た魔理沙の作り笑いと似ていると思った。諦めたような、その表情……魔理沙はどうしてそれを俺に向けたのだろうか?

 俺が考えに耽っていると霖之助さんが、霧雨の剣を拾い立ち上がる。

 

「僕は君との勝負に負けた。これは弾幕ごっこではないけれど、僕は君の言う通り魔理沙を殺すことは諦めよう……ただ」

「………………」

「君に未来を預けるようなことはしない。僕も……君の様にもう少し足掻いてみるよ」

「そう、ですか」

 

 なんて返せばいいか分からず、ついぶっきらぼうな返事になってしまう。だが霖之助さんは気にした様子もなく穏やかな表情で手を差し出してくる。俺は少し迷いながらも、その手を取った。

 

「……僕を諦めさせてくれてありがとう」

 

 霖之助さんが微かに呟いたその言葉に俺は何も言えなかった。

 

 

 

「一ついいかな?」

「はい?」

「さっき言おうとしていた言葉の続き、聞いていいかい?君を強くする、その原動力を」

 

 霧が晴れるのを待っていると霖之助さんは眼鏡を光らせながら少しイタズラ気に問いかけてくる。別に言わなくても察しているような顔なんだが……まあ、結界はまだ残ってるし、言ってもいいか。騙したせめてもの罪滅ぼしだ。

 

「……誰にも言わないでくださいね?」

 

 俺は初めて他人に自分の心中にあった思いを吐露した。これはきっと霖之助さんにしか言えないだろうな。幻想郷で初めて出来た男友達の、彼だけにしか……


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