東方影響録   作:ナツゴレソ

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91.5 時のリセット

「……騒がしい」

 

 私は普段より倍近い人数がたむろする大図書館の中で、一人愚痴る。

 それもそのはずだ。ただいまこの部屋の中にはレミィや咲夜のいつもの面子に、永遠亭だったかしら?そこに住んでいる月の民と玉兎に因幡の白兎がいるのだから。

 

「……どうしてここはまともなお茶が出ないのかしら?原材料不明の変な味がするのだけれど」

「それは咲夜に言って頂戴……私だって被害者だもの」

 

 レミィと輝夜は咲夜特製の謎茶を嗜んでいる。わざわざここで飲む必要はないのだけれど……まあ、いいわ。

 私は読んでいた本に栞を挟み、この中で一番話が通じそうな永琳に話しかける。

 

「で、どうして貴方達が私達に力を貸すことになったのかしら?」

「貴女達に貸しているわけではないわ……あくまで貸しているのは魔理沙に対して。私達も貴女達もあくまで魔理沙の行動を支持しているだけ。そうでしょう?」

「……味方の味方が敵になり得ると?」

「まさか、それはないわよ……あくまで距離感の問題よ」

 

 永琳はいつの間にか机の上に置かれた本を流し読みしながら片手間に言う。

 距離感、ね。なるほど、確かに一見レミィと輝夜の二人は親しげに談笑しているけれど……話を聞くまでもなく、腹の探り合いをしているのがわかる。

 あくまで紅魔館と永遠亭は別の勢力。一時的に同盟を組んでいても、明日何かあれば敵になる可能性だってある。だからこそ永琳が言う通り私達は距離を取っておかなければならない。ただし……

 

「あと一週間程度で仲違いが起こるとは思わないけれど」

「それなのだけれど……どうやって時を戻すつもりなのか聞いていいかしら?」

 

 永琳はそう言いながら本を閉じ、横目で魔理沙を見遣る。いつもなら話の輪に入って茶化し役をしているか本を盗む算段をしているはずなのだけれど……

 魔理沙は積み上げた本の上に座ったまた、ただまんじりもせず遠くを眺めていた。

 私はあまり人間観察が得意ではないのだけれど……そんな私でもよくわかる。まるで抜け殻になったような、目的をなくしてしまったような彼女は、まるでレミィに会う前の……

 

「私みたい、ね」

「………………?」

 

 私はつい口を突いた言葉を誤魔化すように咳払いする。永琳も不思議な顔をしている。変なことを考えてしまった、忘れてしまおう。

 

「……何でもないわ。貴女は時を巻き戻すと言っているけれど、正確には時間をリセットして元の時間に戻しているだけよ。魔理沙曰く、だけれど」

「リセット、ねぇ。なるほど、それはまさしく……」

「貴女達不老不死の人間のようではあるわね。起こった変化をリセットすることでなかったことにする。もっとも、貴女達の場合は常に連続的なリセットをしているようだけれど」

「ええ、おかげで爪の切り方も忘れてしまったわ」

 

 私はアンニュイを装う気満々の自虐を無視し、再び本に目を落とす。

 月の頭脳たる彼女が聞きたかったのは過去に戻る『原理』ではない。過去に戻る『方法』だ。私はそれを理解していながら、敢えて答えなかった。そもそも答える必要がない。

 魔理沙はもう魔術を完成させている。彼女達の目的が何であれ、私達が出来るのはせいぜい魔理沙を守ることしかできないのだから。

 永琳もそれを察したのか、それ以上聞いてこない。代わりに辺りを見回しながら人差し指を顎に当てる。

 

「話は変わるけれど……吸血鬼の妹さん、見かけないわね。以前は幽閉されていたらしいけれど……」

「……フランは家出中よ」

「あら……それはそれは」

 

 永琳は魔法の土壁で応急処置した天井の穴を見遣って察したのか、同情するような視線を向けてくる。

 

「呑気にお茶している場合じゃないじゃない。探しに行かないのかしら?」

「それはレミィに言って頂戴。私は巻き込まれただけだもの」

 

 私は呑気にケーキを頬張っている姉を見つめながら呟く。

 フランが出て行った時は見ているこっちが笑ってしまいそうなほど塞ぎ込んでいた癖に、今は何事もないように振舞っている。もしかしたら運命で何か見えているのかもしれないけれど……そうであっても薄情に思えてしまうのは、フランに情が移り切ってしまったからかしら。

 

「ま、あの子も仮にも吸血鬼だし。外に知り合いがいないわけでもないし、大丈夫よ」

「冷たいのねぇ……ま、私が口出しできることでもないけれど」

 

 永琳はにべなく言うと椅子から立ち上がり、レミィの隣で給仕をしていた咲夜に話しかける。

 

「部屋を一つ貸してもらいたいのだけれど、いいかしら?薬の類を整理したいの」

「……お嬢様、よろしいでしょうか?」

「ええ、構わないわ。案内してあげなさい、咲夜」

 

 屋敷の主に許しをもらった咲夜は一礼すると、永琳と共に大図書館から出ていく。月兎がその後を追いかけて行くのも視界に入る。本当に居座るつもりなのね……まあ、ここに居着かないなら構わないのだけれど。

 

「ようやく少しは静かになったわ」

 

 私は皮肉を零しながら再び手元の本当を読み進める。今読んでいるのは、黒神陀の術書だ。過去に戻ることのできる術式だと言い張っているが……実際は違う。

 大抵の時間遡行の魔術は自身に幻覚を掛け、『自分の記憶の中の過去に戻る』だけだ。当然だけれど過去を変えることもできないし、その時に知り得た情報を思い出すことしかできない。

 時と空間を操ることのできる咲夜ですら時間を止めることしかできない。覆水盆に返らず、だ。

 

「返らず、けれど注ぎ直すことはできる」

 

 魔理沙が行おうとする術式はそれに近いようだ。幻想郷の時間の流れに掛ける魔法で……まるでだまし絵のように時間を元の地点に戻すことができる。時の遡行、リセットの魔法。

 現に私達は魔理沙がそれを使うところを見せられた。レミィとのチェス対決で勝ったのだ。未来を、何手もの先の手を読めるレミィに、だ。

 魔理沙曰く短期間の時間のループを作り、自分の都合のいい事象が起こるまで繰り返すことによって、勝ったと説明していたけれど……もし本当ならばそれは、都合のいい未来を選ぶ能力……それはレミィの『運命を操る程度の能力』を超える力だ。

 魔理沙の魔術に関する熱意は不本意ながら評価している。けれど。まだまだひよっこ人間がこんな世界の理を変えるほど制作できる魔術とは思えない。だとしたら……

 

「あの本……」

 

 私は魔理沙の腰につけられたホルスター、そこに吊るされている黒い本を見つめる。

 この二日間ずっと肌身離さず持っているけれど、あれは間違いなく魔術書だ。少なくとも私の図書館にあったものではない。どこで手に入れたのかしら……?

 

「小悪魔」

「は、はい」

 

 私が一言呼ぶと、すぐに小悪魔が隣に現れる。私は手招きし、耳元で囁く。

 

「魔理沙が今持っている本を盗んできて頂戴。ただし、あくまでも本人にはバレないように、ね」

「え、ええっ!?そういうのは咲夜さんに頼んだ方が確実だと……」

「咲夜に頼むのはダメよ。あくまで私達二人だけの秘密で行うように。別にここに持ってこなくても、中身を確認するだけでもいいから。頼むわね」

「うぅ……無茶振りですぅ……」

 

 小悪魔は泣き言を呟きながらも、パッと姿を消す。幾分頼りないけれど……まあ、失敗しても構わないわ。どうせ、時間が戻ればなかったことになるのだから。

 私は息を一つ吐き……本読んでいるフリをしながら隠し持っていたペンで本の余白に書き込みをしていく。本当は本を汚すようなことをしたくないのだけれど……こうするしかない。まあ、つまらない本だからさほど心が痛まないのだけれど。

 

『頼むわね、次の私』

 

 私は文章の締めの言葉を書いて、おそらく二度と続きが読めないであろう本をゆっくりと閉じた。


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