「やっぱりここに来るのは……やっぱり運命、なんだな」
俺は神子さん達と共に紅魔館の屋根に立つ三人を……いや、箒を片手に勝つ魔理沙を見据える。不出来な作り笑い、『運命』なんてらしくない言葉……そして何よりいつも元気の塊のような魔理沙が、どこかやつれて見えることに得も言われぬ違和感を覚えていた。
こんな魔理沙見たくない。そんな俺の押し付けがましいイメージがそう思わせているだけだろうか? それとも魔理沙は精神をすり減らしてまでこの異変を達成しようとしているのか?
どうも違和感の出所が気になるが……それ以上に、魔理沙に対して言ってやりたいこと、聞かないといけないことが沢山あった。それを押しとどめられるほど俺は大人じゃない。
「魔理沙、これがやりたかったことなのか?」
「そうだぜ、すべての終わりを終わらせた。私達は……この幻想郷は、別れを、喪失を、否定したんだ」
魔理沙はまるで台本の台詞を読むようにポツポツと答える。そんな態度が気に入らなくて俺の中で苛立ちが膨らんでいくが、感情に身を任せて喚き散らしても話が通じなくなるだけだ。あくまで平静を維持しながら話を続ける。
「……魔理沙は革新派だと思ってたんだが、意外と保守的なんだな」
「ちゃんと革新派してるぜ、現に幻想郷のあり方を変えたじゃないか」
「いいや、これは保守の極み、現状維持の徹底だよ」
俺と魔理沙の会話に神子さんが割り込む。その目は猛禽のごとく鋭く細められていた。怒っている、そうハッキリとそう感じられた。魔理沙はあくまで冷めた表情のまま神子さんを見下ろしていた。
「道教は永遠に生きることを推奨してたよな。そっちにとっては都合がいいんじゃないか、尸解仙さんよ」
「……確かに道教は道を得るために長寿、不老不死を是とする。だが、魔理沙……貴女の望む世界には道は存在しない! 全てそこにはただ淀んだ沼があるばかり! 道教を奉ずるものとしてそれは……看過することはできない!」
神子さんはマントを払いのけ、剣の切っ先を魔理沙に向けた。同時に布都さん達、レミリアさん達との間に一触即発の空気が漂う。その中で俺はただ一人構えることができず、呆然としていた。
わからない。魔理沙からまだ何も聞き出せていない。判断できなかった。俺がどうすればいいのか、誰のために何をすればいいのか……
「なあ……北斗、こっちに来ないか」
「お嬢様!?」
そんな俺を見兼ねたのかどうかわからないが、突然レミリアさんが俺にそう言った。慌てて咲夜さんが止めようとするが、紅魔館の主は聞く耳を持たず、俺に手を差し伸べる。
「わからないのだろう? 何が正しいか、何を否定しないといけないのか。迷うのなら何度でも私がお前を導こう。何千もの時間の廻りの中、何千回でもお前の道を決めてやる。だから……」
赤い空を背にし、レミリアさんは艶めかしく人差し指を唇に添え口づけしながら微笑んだ。
「私のものになれ、輝星北斗」
悪魔の誘惑。そんな単語がすぐに浮かんだ。道に迷った人間を魔の道に取り込もうとする甘美な誘い。隷属してしまいたい、そんな怠惰な欲望が湧き上がってくる。
だが……神社で眠ったままの霊夢の姿が浮かんできて、俺を踏みとどまらせた。今、彼女を放っておくわけないはいかない。
それに……きっと、レミリアさんに隷属してしまったら自分を殺したくなるほどに格好悪い自分になってしまう。レミリアさんの友人ではなくなる、そんな予感がした。だから……
「お断り、します」
「……だろうな。私の『友人』であるならそう答えるはずだ。なら私達と戦うか?」
「………………」
俺は情けないことに何も言えず、顔を伏せてしまった。今の俺ではきっと……紅魔館の誰を相手にしても勝てない。きっと神子さん達の足を引っ張ってしまう。
それに俺はまだこの異変について……どうすればいいか決めあぐねていた。得体の知れない恐怖を感じているのは本当だ。だが、それ以上に……あの魔理沙が霊夢を倒すまでして成就したいと願ったことが、引っかかって仕方がなかった。だから、今聞かないといけない。魔理沙の心を、この異変の真意を!
「魔理……」
俺が魔理沙の名前を呼ぼうとした瞬間、足元に弓矢が突き刺さる。反射的にたたらを踏み、尻餅をついてしまう。咄嗟にその矢の出処、空を見上げると……
「………………!」
絶句してしまう。俺に向けて弓を引いていたのは……永琳さんだった。それだけじゃない。てゐさん、鈴仙さん、そして……
「なんで、輝夜さんが、ここに……」
紅く染まる空に浮かぶ一団その先頭に立つ輝夜さんは……まるで俺達を見下すような視線を向けている。
どうしてここに、このタイミングで、俺に矢を向けてくるんだ!?
魔理沙のことでせいいっぱいだった脳にさらなる疑問が詰め込まれパンク寸前だ。俺は起き上がることも忘れて、地面にへたり込んでいた。輝夜さんはそんな俺から視線を外し、紅魔館の一団に向き直る。そして……
「魔理沙、貴方が行おうとしている異変……手伝ってあげるわ」
「なっ……」
「何を馬鹿なことを!?」
こころと布都さんがそれぞれ驚きの声を上げる。俺もそうしたかった。それほどにショックな一言だった。
それに対して魔理沙は頷きも断りもしない、ただ乾いた視線を永遠亭の人達に向けている。三組の勢力の間に沈黙が流れる。
もう、我慢できない。俺は立ち上がり、空中に浮かぶ輝夜さんに突進する。しかし、永琳さんと鈴仙さんが行く手を防がれてしまう。各々が弓と、拳銃のように握った手を向けている。俺は立ち塞がる二人に歯ぎしりをしながらも、そこから輝夜さんに向かって吠える。
「輝夜さん! 永遠を終わらせたくなかったんですか!? これじゃあ輝夜さん達どころかみんなが永遠に……」
「そうね、だからいいんじゃない」
「……は?」
いい? どこがだ? 輝夜さんは永遠の生を終わらせたかったから、永琳さんの罪の意識から解放したかったんじゃないのか? なのに、どうして……
「私は自ら望んで不死になった。永遠に幸せになるためにね。けれど北斗君が言う通り、誰かといる幸せには限りがある……はずだった」
「あ……」
気づいてしまった。不死の者の定め。俺が解き放とうとした苦しみから解放されるもう一つの方法……
輝夜さんは袖を口元に当て、表情を隠しながら呟いた。
「けれどね、北斗君。誰もが永遠の生を手に入れれば、何も失わないと思わない?」
その言葉を聞いて、俺は空中に立ち尽くした。そう、か……輝夜さんは籠の中の鳥の幸せを選んだのか。
だとしたら、俺には……もう止めることはできない。彼女の答えを、死にたがりの俺が否定できるわけがなかった。
気付けば永琳さんも鈴仙さんも臨戦状態を解き、俺を見つめていた。憐憫か、申し訳ないという気持ちか、わからないがそんな憂いを帯びた視線を向けきて、惨めさに曝される。
何、だよ……俺が一度死んでまで、妹紅さんに……永琳さんに、輝夜さんに渡したものは何だったのだろうか? 俺がやったことが無意味な行為だってことを、本人達から突き付けられたような気がして……急激にひどい徒労感に襲われる。宙に浮くのも億劫なほどだ。
「北斗!?」
気付けばこころの小柄な身体が、俺の肩を支えていた。本当に墜落しかけていたのか、俺……
周囲には神子さん達が俺を庇うように飛んでいる。何とか自力で体勢を立て直した俺を見て、神子さんが背中越しに叫ぶ。
「多勢に無勢だ。一旦引くぞ」
「神子さんッ!? けど俺は……」
「大小あれど、皆納得できないのは同じだ! 機会を待て!」
鬼気迫る神子さんの説得に俺は……頷くことしかできなかった。まさに、敗走。戦ってすらないのに、完膚なきまでに負けたような気分だ。俺が知ろうとしたことは何一つ得られず、望んだものは粉々に砕かれた。俺はただ流されているかのような惰性で四人の背を追い、飛ぶ。
一度も振り返ることができなかった。彼女らがこんな俺をどんな目で見ているのか、想像しただけでも……吐きそうだった。