東方影響録   作:ナツゴレソ

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第十二章 七日戦争(上) 〜Obtain morning of the eighth day〜
89.0 ポーカーフェイスと作り笑い


 明日が来なくなる。最初にそれを聞いた時、どうしてか俺の身体は震えた。それは恐怖からか、あるいは嫌悪感からか。もしくは、自分の中にある欲望の成就、それが費えることへの反発か……自分の感情はよくわからない。

 けれどそれ以上に……漠然とした不安が、身体にまとわつく。これから俺はどうすればいいか、それがまったくわからなかった。

 

 

 

 本日二度目の気絶から気がついた後、俺は博麗神社に向けて歩いて向かっていた。

 空を飛ばずにわざわざ歩いているのには、生産的な理由はない。ただまっすぐに帰りたくなかったから。子供みたいな理由だと、自分でも笑えてくる。

 これほどの長距離を歩くのは空を飛べなかった頃以来だったが……思ったより疲れはない。普段の鍛錬の賜物だろう。

 

「あぁ、そういえば命蓮寺の人達やフランちゃん達に何も言わず出てきちゃったな……」

 

 こっそりと抜け出してしまったのは失敗だった。本来看病をしてくれた白蓮さんに一言お礼くらい言うべきだったのだろうが……正直そんな気分にもなれなかった。それにそんな状況じゃないだろうし。

 

「……これが、紅霧異変か」

 

 俺は血を塗りたくったような空を見つめながら、ひとりごちる。

 話だけ聞いたことがある。確かレミリアさんが昼にも外出したいという我儘で起こした異変……だっけか? 随分と身勝手な動機だ。まあ、レミリアさんらしくもあるし、幻想郷らしくもあるが。

 しかし、今回の異変に被せてきた理由は何なのだろうか? もし同じような理由だったり、意味がなかったりしたら……

 

「フランちゃんが可哀想だ」

 

 俺が気絶から目を覚ました時、フランちゃんとこいしが様子を見にきてくれていた。だがその時のフランちゃんは誰が見ても怯えていた。本人から理由は聞いてないが……おそらく、この空のせいだろう。

 まるで自分の力を見せつけているかのような圧迫感のある空。今、異変が起こっているんだと誇示しているかのように思えてならない。レミリアさんも永遠の時間を望んでいるのだろうか? 吸血鬼であるが故長命な彼女が、永遠を?

 

「いや……だからこそ、だよな」

 

 妖怪の時間と人間の時間は違う。いくら時を止めようとも、いずれ寿命の違いが二人を別つ。それは不老不死の彼女達から痛いほど教わった。

 あくまで憶測だが、レミリアさんはきっと……咲夜さんと一緒にいたいのだろう。彼女が永遠に死ぬ人間であっても、永遠にその瞬間が訪れなければ……ずっと一緒に居られる。いや、どんな方法で、どのように時間を巻き戻すか一切わからないが……

 もし、本当に全ての事象が今日という時間に回帰するというのなら、死すら存在しないことになる。

 

「閉じた世界の、閉じた時間の、閉じた幸せ……」

 

 ……なんて批判することは、少なくとも俺には出来ない。たとえ端から見たら小さな籠でも、籠に外を知らない鳥にとっての世界はその籠の中だけだ。その中で幸せに暮らせるなら、それは鳥にとって最善の選択だろう。

 誰かが、善人ぶって籠の外の世界を教えてやる必要なんてないのだ。たとえ観測者から歪な世界だと貶そうと、それは観測者の主観でしかない。大事なのは……

 

「俺達がそれを受け入れられるかどうか、か」

「……受け入れるのか、お前は?」

 

 自問のつもりで虚空に放った言葉に、返事が返ってくる。

 親しみを込めようとしているだが、尊大さは隠し切れていない、そんな声。もしかしたら彼女に今までの独り言を聞かれていたのかもしれないと考えると、ちょっと恥ずかしい。

 俺は照れ隠しに頭を掻いた。

 

「……いるならいるって言ってくださいよ、神子さん。もしくは普通に飛んで現れるとかしてください」

「どちらにしろ君の反応は変わらないじゃないか。まあ、それはともかくだ。今から紅魔館へ行くんだが……案内を頼まれてくれないか?」

「紅魔館って……どうしてです?」

 

 紅魔館、その単語を聞いた俺は冷水をぶっかけられたかのように血の気が引いてしまう。そんな俺をどう見たのか、神子さんは何も言わない。代わりに悠然とした表情で手を差し伸べてくるだけだった。

 

 

 

 

 

 で、結局俺は断る理由も言い訳も思いつかなかったため、神子さんを先導しながら紅魔館へ向かって飛んでいた。位置的に神子さんの様子を伺うことはできないが、単純な奴だとほくそ笑んでいる姿が目に浮かぶようだ。

 

「はぁ……」

 

 思わず真っ白なため息が口から吐き出される。そもそも紅魔館は空を飛べる者ならば大体の場所さえ知っていれば、よっぽどの方向音痴でない限り迷うことはない。たまに霧が濃い時もあるが、それでも巨大で、真っ赤なあの館を見落とすことなんてまず無いのだから。

 要は俺を紅魔館に連れて行くための口実なんだろう。何が目的かは知らないが、俺が役に立てることなんてあるのだろうか?

 そんな下手な考えを巡らせていると紅魔館が見えてきた。心なしか空の紅色も濃くなっている気がする。まあ、紅い霧の発生元がここにいるんだから、その方が自然なんだが。

 

「着きましたよ」

「ああ、まずは下に降りよう」

 

 神子さんに促されるまま高度を落としていくと、紅魔館の門扉の前に数人の人影が集まっているのが見える。確か……布都さんと、屠自古さんだっけか。彼女らに加えて……見慣れない女の子も一人いた。

 地上へ降りると、布都さんが長い袖をパタパタ振りながら駆け寄ってくる。

 

「おお、太子様! 言われた通りこの面妖な館の周りは一通り調べ……む! 貴様、いつぞや不敬にも太子様に挑んだ男ではないか! 何用か!?」

 

 布都さんは俺の姿を見た瞬間、警戒したように身構える。俺も反射的に刀に手を駆けようとしてしまうが、すぐさま神子さんが俺達を手で制した。

 

「まて、私が呼んだのだ。彼は紅魔館の者達と仲が良いと聞く。彼に取り持ってもらえれば穏便にことを済ませられる可能性もあるだろう。それに……」

 

 ふと神子さんが俺に目線を向けながら、意味ありげに言葉を切る。それを見た布都さんが俺と神子さんを交互に見遣る。

 

「た、太子様?」

「いや、なんでもないさ。それより侵入は出来そうか?」

「それなのですが……屠自古!」

「なんで私が……まあ、いいけれど」

 

 布都に呼ばれた屠自古さんが嫌々、紅魔館入り口のの門扉に触れようとする。だが、まるで氷が割れるような音と共に屠自古さんの指が弾かれる。この感じは……

 

「結界、ですか」

「そのようだな。おそらく紅魔館の魔女か魔理沙の仕業だろう。この様子だと館を覆うように貼られているか」

「………………」

 

 俺は昨晩の咲夜さんの件を思い出す。そうか、彼女が納屋の転移魔法陣を消しに来たのは、外部からの出入りを完全に拒むためか。

 しかし、レミリアさんや魔理沙の性格なら正々堂々迎え撃つスタンスを取りそうなものだが……やけに用意周到な気がしてならない。パチュリーさんの独断か? それもなんだか不自然な気もする。

 

「……どうかしたか?」

「いえ……少し、気になって」

 

 俺が手を口に当てて考え込んでいると、横の神子さんが顔色を伺う様に覗き込んできた。

 

「ふむ……君の知る彼女達らしくない、か?」

「ええ、ただ……レミリアさん達らしくないというより、幻想郷の人間らしくないと思います」

「なるほど……外来人らしい観点だ」

 

 どうも違和感を覚えてしまい思考に放っていると……不意に誰かに服の裾を引っ張られる。振り向くとそこには狐のお面を顔半分に被った薄桜色の髪の女の子がいた。見た目はフランちゃんやこいしと同じくらいに見える。事前に紅魔館前にいた三人の内、唯一面識のない子だ。

 

「お前が、件の輝星北斗か」

「え……あぁ、そうだけど……君は?」

「私は面霊気、秦こころだ。そうか、お前が……我が同胞か!」

「……へ?」

 

 俺は意味がわからずほうけてしまう。神子さん達に助けを求め……もとい何を言っているのか聞こうとするが、三人は上空で何やら話し合っている。紅魔館を覆う結界につきっきりでこちらにまったく気付いていなかった。まあ、自分で聞けってことか。

 俺は息を一つ吐き、気を取り直して無表情で見つめてくるこころちゃんに尋ねる。

 

「えっと……同胞って、どういうことかな?」

「……気付いていないのか? 我らは共に感情を操り、統べるものだ! 仲間だ! 同士だ! やったー!」

「よ、よくわからないけど……よかったね」

 

 俺は唐突にテンションの跳ね上がったこころちゃんについて行けず、しどろもどろな返答を返してしまう。と、いつの間にかこころちゃんが被っている面が狐のものからひょっとこに変わっていた。顔は無表情のままだが。

 そんな俺達のやり取りをみかねたのか、神子さんがこちらに戻ってくる。

 

「そうだ、紹介がまだだったな。彼女は能面の付喪神で『感情を操る程度の能力』を持っている。お前の力と似たような力だから勘違いしたんだろうな」

「は、はぁ……」

 

 感情を操る、か。流石に俺の影響がそこまで及んでいるのかどうかはわかっていなかったが……もしかしたら俺の影響で他人にネガティヴな気持ちが移ってしまっている可能性もあるのか!? 暗い気持ちにもなれないなんていよいよ不便な能力だ。

 

「それで、どうしてこころちゃんはここに?」

「あぁ、それなんだがな……」

 

 俺の質問に神子さんが答えようとする前に、紅魔館の出入口から美鈴さんが出てくるのを視界が捉えた。いや……美鈴さんだけじゃない。いつの間にか、紅魔館の屋根の上にレミリアさん、咲夜さん、そして……魔理沙が立っていた。

 神子さん達がそれぞれ臨戦状態に構える。その中で俺はただ呆然と、一人の少女を見つめた。

 

「魔理沙……!」

「……よう、北斗。やっぱり来たな。そうこなくちゃ、な」

 

 魔理沙は赤い空を背に大きなとんがり帽子を深く被り直すと、口の端を吊り上げる。その顔は……魔理沙が良く見せる不敵な笑みに似ていたが、俺にはとても下手な作り笑いにしか見えなかった。


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