いつから俺はこんな喧嘩っ早くなったのだろうか?星さんとの『戦い』の中で、俺はぼんやりと考える。
最近煩わしい出来事が多く苛立っているからかもしれない。だが、それ以上にフランちゃん達が倒れているのを見たとき様々な欲望が浮かび、それに抗えなかったことが大きかった。
それは庇護欲か同情か、偽善的な正義感か単なるエゴか、はたまた単なる八つ当たりか、それとも……見るに耐えない劣等感か。
きっとそれらの混じり合った醜い不純物だろう。フランちゃん達の意識がなくてよかった。こんなものを原動力に戦い続ける俺を見たら、きっと幻滅してしまうだろう。
「フッ……!」
「ッ……クソッ……!」
神速の如き突きが頬を掠める。二尺八寸の大刀でも届かない間合いから放たれる槍に、俺は防戦一方になっていた。
素早い三連突きから満月を描くような斬り上げ。美しいまでの槍さばきだ。このままではジリ貧になってしまう。ならば無理やりにでも攻める!
俺は斬り上げの瞬間を狙い澄まし、大きく踏み込む。左腰元に刀を引きつける構えから刺突を二連続で放つが、槍の柄で弾かれてしまう。
すぐさましゃがみながらの足払いから後ろ宙返りしながらの蹴り上げを仕掛けるが、当たらない。星さんは床の軋む音すら立てることなく、後ろに飛んでいた。
そして本堂奥で槍を手の中で回すと、柄尻でトンと木の床を打つ。
「貴方の実力、聖から聞いています。人間にしてはやる方だと」
「……そうですか」
「けれど、貴方は弱いわ」
「………………」
そんなことは言われなくてもわかっている。昨晩に痛感させられたばかりなのだから。
幻想郷での強さのヒエラルキーは弾幕ごっこによって薄められている。きっとそうしなければ収集がつかないからだろう。もしくは人間が滅びて、幻想郷が滅ぶと恐れがあるからか。
どちらにしろ、俺の実力はその中である程度戦える程度だ。誰かが本気になれば、あるいは気まぐれに力を振るえば、いとも簡単に殺されてしまう。それが幻想郷における俺の実力なのだ。
わかっている。俺が今まで生き続けられたのは霊夢の庇護のおかげなのだろう。その霊夢は隣にいない。あの身体では助けに来られる訳がない。
今俺は試されていた。本来の力を、誰かに守られていない俺を。
「その理由を貴方は知らない! 教えて差し上げましょう!」
そう宣言すると星さんは懐から手のひら大の置物のようなものを取り出す。宝玉に屋根と土台を付けたような物だ。何をするのかと警戒していると、そこから光が溢れ始め、光線が放たれる。認識とほぼ同時、無数の光が身体を貫いた。
「がっ……は……!」
焼け付くような痛みに口から声が漏れる。俺はその場で膝をつき、大刀取り落としてしまう。自分の身体を見遣るが、真新しい傷はない。ただ幻痛だけが身体を苛んでいた。
「これ、は……」
「私の宝塔は宝石の光を集め光線を放つことができます。先程は手加減をしましたが、その気になれば貴方を細切りすることだって可能です」
「さいで……俺が弱い理由は、人間だからですか?」
「まさか、人間でも強い方を貴方は知っているでしょう? 私が教えるのは貴方に欠けているものの話ですよ」
皮肉のつもりで言ったのだが、星さんは丁寧に答えてくれる。欠けているもの……心当たりがあり過ぎてわからないな。
「……貴方は、『貴方自身の力』を信じていない。自分の力すら信じていない者に私は倒せません」
「信じて、いない……?」
それは聞き捨てならない。俺は痛みを振り払うように首を振ってから、刀を拾って立ち上がる。
戦意はすでに失せかけていたが、それでも立ち上がったのはただの格好つけと意地だった。せめて一撃は入れなければ、三人に申し訳がたたない。そして何より俺が今まで繋いできた思いを否定されることが許せなかった。
俺は弱い。だから俺は誰か影響を受けながら強くなってきた。それは決して一人では成し得なかった。
霊夢、妖夢、早苗……沢山の幻想郷の人達から力を借りているからこそ、まだ俺は舞台に居られる。それを切り飛ばすなんて……もう、誰にもさせない!星さんは何も答えずに宝塔をかざす。対して俺は刀を腰の鞘に戻し、構えを解く。
「降参ですか?」
「……スペル『「プレグナンツ・ウォーク」』
蔑むような瞳で星さんは俺を睨む。だが俺は気にせずスペカを取り出しながら一歩踏み出す。それに反応したように宝石に光が集まり、レーザーが放たれる。
……だが、微かに頬を掠めただけで直撃はしない。躱した訳ではなく、狙いが外れたのだ。
「な、消えた……!?」
今度は星さんが驚く番だ。その隙を逃さず、一気に地面を蹴る。彼女には俺が見えていない。いや、視界に入れても認識できないはずだ。今の俺はこいしの影響を受けて『無意識を操る程度の能力』を使っているのだから。
以前、地霊殿での騒動でも俺は彼女の影響を自身に投影してみんなの記憶から消え去った。あの時のように俺を忘れさせることは出来ない……いやもうしないが、今の様に俺の姿を認識させないようにすることは出来る。
「面妖な……!」
星さんはギリと歯を鳴らし、宝塔を頭の上に掲げる。瞬間、宝塔からマシンガンのように光線が放たれる。狙いをつけない無差別連射だ。だが……
それを俺の身体は勝手に躱していく。俺の意思でも判断でもない。無意識に攻撃を避けていた。
「当たらない!? 何故です!?」
理解が及ばない状況に、先程まで冷静だった星さんが混乱している。無理もない、俺だってこの弾幕を凌げる自分の動きに驚いているのだから。
これはあくまで副産物なのだが……こいしの影響下は意識的に動けなくなり、無意識の行動をし続ける特徴があった。そう、今の俺は無意識に宝塔から放たれる光線を避けていた。
脊髄反射で防御や回避出来ることは稀にある。しかし、これほどまで濃密な弾幕を、反射神経だけに頼って避けられはしない。集中力が持続しないのだ。
しかし、もし常に無意識に、反射的に行動できるなら……
スライディングからターン、数歩踏み出してからの空中を蹴る三角飛び。身体の反応に任せて避けまくる。気付けば星さんが目前にまで迫っていた。ようやく近付けた! こいしの影響を解き、刀を抜き打ちに斬りかかる。
「くっ……!」
寸のところで、槍により軌道を変えられる。刃はわずかに袖を切り裂くことしかできない。
思わず舌打ちしてしまう。寸止めで勝利宣言するつもりで振ったために、踏み込みが甘くなってしまったか。だが反省している暇はない。星さんが妖怪の剛力任せに槍を水平振るってきていた。流石にこれは躱せない。なら……
「『獣符「グラフティッド・バリアント』!」
スペルの宣言と共に刀を手放し、向かってくる槍をあえて腕で受け止める。痛みはほぼなし。ただ目の前に槍の柄の破片が舞うだけだ。
黒の甲殻、蝙蝠羽に動物の部位を切り貼りしたような体躯……俺の新しい力、キメラ化だ。
「その姿は……!?」
俺の姿を見て星さんは唖然となるが隙を見せることはない。すぐさま飛び退がって宝塔から弾幕を放つ。それを背中の蝙蝠羽で防ぐ。
元々頑丈な身体だが、翼は特にしなやかで丈夫だ。翼を使って飛んでいるわけでもないので、盾として有効活用してみたが……痛覚が通ってるせいで防いでも痛いってのは困りものだ。キメラ化によってうめき声も出せないし。
さて、痛いのは嫌だし反撃に移ろうか……!俺は防御の体勢を取ったまま、天井目掛けて飛び上がる。生身の人間にはできない力任せの高速移動、吸血鬼化で慣れた動きだ。
一瞬の内にで天井が迫ってくるがすぐさまそれを蹴り返し、真上から星さんに強襲を仕掛ける。
星さんの反応が遅い。これは決まった。確実に勝てる。
……どうだ!? たとえ俺が弱くても、影響の力が、幻想郷の絆があれば勝てる! たとえ俺を否定しようとも、みんなの力は否定させない。これが俺の力、俺の強さだ!
「……いいえ、それは貴方の力ではありません」
勝利を確信し振り下ろした爪は、星さんに届かない。俺と星さんの間に、いつの間にか白蓮さんが割り込んでいた。気配はまったくなかったし、そもそも白蓮さんが勝負の邪魔をするとは夢にも思っていなかった。黒の爪は金剛杵で受け止められている。片手で、いとも、簡単に。
「北斗さん、貴方は全てを他者に依存しています。それは貴方が誰よりも優しい証ではありますが……」
白蓮さんは淡々とした口調で言葉を紡ぐ。その瞳の奥には異形の姿が映っていた。
……滑稽だ。こんな姿になっても俺は弱いのか。いや、よく考えれば当然か。誰の影響を受けようとも、その当人になれるわけではない。俺は、俺でしかない。ただの、少し妖怪のような存在になれるだけの、人間だ。
「そこに、貴方の求める強さはありません。『天符「三千大千世界の主」』」
だとしたら、きっと俺は……一生咲夜さんに敵わないだろう。
……理不尽だ。俺は白蓮さんの放つ斬撃の嵐に身を委ねながら、意識を放り投げた。