東方影響録   作:ナツゴレソ

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82.0 邪仙と道

 封魂刀を受け取った俺は早苗と共に小傘さんの鍛冶屋を後にした。修理代に関しては持ち合わせがなかったので後日払おうと思ったのだが……小傘さんはおまけしてくれると言ってくれたので厚意に甘えることにした。

 いや、厚意というより今後ともごひいきにしてくれってことなのだろう。中々商売上手だ。早苗に脅されたからってのもありそうだけど。

 

「早苗、本当に助かったよ。刀の手入れは最低限しか出来ないから……そのせいで封魂刀を折ってしまったんだし、小まめに歪み直し等をしてもらいに行かないとな」

「お役に立てて私も嬉しいです。これからもどんどん私を頼ってくださいね!」

 

 隣に座る早苗は嬉しそうに笑いながら髪を弄る。可愛らしい仕草に俺もつい照れてしまう。

 只今早苗と俺は適当に街を散策し、適当な茶屋で一休みしていた。室内の座敷に座り二人で団子を摘んでいると、ふと机を挟んで向かいに座っていた早苗が格子窓から外を指差す。

 

「あ、雪が降ってきちゃいましたね。今日はこれくらいにしましょうか」

 

 早苗はそう言うとおもむろに立ち上がろうとする。その様子に俺はらしくない、感じた。普段ならこれくらいの雪なら気にしなさそうなものだが……まあ、確かに吹雪いて帰れなくなれば神奈子様も諏訪子様も心配するだろうが……

 

「送っていくよ」

 

 席を立ちながら言うが、早苗は僅かに悲しそうな顔で首を振った。そして、傍に畳んであった外套を両手でかえしてくれる。

 

「大丈夫ですよ。神社までひとっ飛びですから。センパイは早く霊夢さんの所に戻ってあげてください」

「戻ってあげてって……別に霊夢は俺の事待ってないと思うぞ?」

 

 軽い自嘲の念を込めた半ば冗談のような言葉だったのだが、早苗はそれを聞いて大きなため息を吐いた。そして呆れたような目つきで俺を睨んでくる。

 

「センパイはまったくもって何にもわかってないです……それに底抜けのお人良しです。そんなんだからつい誘惑に負けて……」

「誘惑……?」

「……何でもないです。ちょっと自制心の効かない自分に嘆いていただけですから。さ、風が強くならないうちに出ましょう!」

 

 やはり何だか早苗の様子がおかしい。気になるが、引き止めるのもどうかと思い、早苗の言う通りにすることにした。

 勘定を済ませようと出口近くまで歩いて行くと、突然外の風の音が大きくなる。どうやら本格的に天候が悪化してきたようだ。急いで財布を取り出していると、ガラガラと引き戸の扉が引かれる。

 

「あら……こんにちわ」

 

 茶屋に入ってきたのは青い髪の女性だった。ウェーブの掛かった髪を頭の上の方で8の字型に結っており、かんざしのような物で留めている。見た目は俺より若く見えるが、どこか妖艶な魅力を漂わせていた。肩に積もった雪を払う姿すらなまめかしい。

 

「……センパイ?」

 

 芯まで凍ってしまいそうな早苗の声で、我に還る。つい見とれてしまっていたようだ。だがマジマジと見つめてしまっていたせいか、女性が俺の姿勢に気付いてしまう。

 すると女性はうっすらと笑みを浮かべながら俺の方へ近付いてきた。

 

「もし……貴方、噂の輝星北斗様ではなくて?」

「え?ええ、そうですけど……」

 

 突然呼び止められて、俺は動揺しながら頷く。不本意ながら俺は幻想郷の有名人だ。知られていても不思議ではないが、向こうから話しかけられたのは初めてだった。

 里の人間は必要以上に俺と関わろうとしない。真犯人はどうであれ、大きな異変を起こすほどの能力を持ち、博麗神社の居候で里から近い紅魔館とも親交がある俺は、一般人からしたら爆弾のようなものだ。もし機嫌を損ねれば、里がどうなるかわからない。皆そんなことを考え恐れているのかもしれない。もちろんそんなことはしないし、それを利用して強請りする気もないのだが……

 

「あの! センパイに何か用ですか青娥さん!? 言っておきますが、私もセンパイも仙人になる気はありませんよ!」

 

 早苗は俺と女性の間に割って入ると、女性に向かって語気強く言う。どうやら早苗はこの人の事を知っているようだ。それに仙人って……華仙さん以外にも居たんだな。

 しかし、青娥と呼ばれた女性は早苗の言葉に一切反応せず、俺の方を見て微笑んだ。

 

「いえ、ただ……少しお話をしませんか? 外も……この有様ですし」

 

 そう言って女性が窓の外を指差す。外は景色が見えないほどの吹雪で、とても帰れるような天気ではなかった。

 

 

 

 結局俺達は元居た席に座り直す。ただ隣に早苗、目の前に青髪の女性という席に変わっているが。女性はお茶と団子を一通り楽しむと、咳払いを一つして話し始める。

 

「改めて自己紹介をば……私は霍青娥と申します。神子様から貴方様のお噂はかねがね聞いておりますわ。なんでも面白い方だと」

「はぁ、どうも」

「そして興味深い力を持っているとも聞きました。幻想郷を、世界を掌握できるほどの力だと!」

 

 青娥さんは両手を広げながら大げさに語る。俺はそれを……胡散臭く見ていた。掌握、ねえ……この人もいつもの俺の能力狙いか。ここ最近、大抵の人は俺を能力ありきで見られているような気がする。

 別に自分の能力を嫌っているというわけではない。この能力で迷惑したこともあるが、それ以上にこの能力で得た物は多い。だがたまに思ってしまうことがある。俺から能力を取ったら何もなくなってしまうんじゃないか、と。

 その思いが抑えきれなかったのか、俺は青娥さんを目の前にいるというのに露骨な溜息を吐いてしまう。

 

「あら、お気に障りましたか?」

 

 青娥さんが悲しそうな顔で上目遣いしてくるが……口調に悪びれた様子がまったくない。確かこの人は仙人だと言っていたっけ? 俺の何十倍以上生きているんだからこれくらいでは何とも思わないのかもしれないな。

 俺は気を静めるためにお茶を口にしてから首を振って否定する。

 

「いえ……ただ誤解してますよ。俺の力はそんな大したものではないです。少なくとも青娥さんが思っているような力は、俺にはないと思いますよ」

「本当にそうでしょうか? 人々の記憶、意識すら操作し、他人の能力を自らに反映させる。貴方様の能力は幻想郷でも有数の力、八雲紫の『境界を操る程度の能力』に匹敵するものだと考えておりますわ」

「まさか……」

 

 俺は過大評価をし続ける青娥さんに向けて再度首を振る。確かに青娥さんの言うことは事実だ。だが、過度な期待はやめてもらいたい。

 俺の力は強大なのかもしれないが不安定で、曖昧なものでもある。未だに把握しきれていないし、きっとまだ使いこなすことは出来ていない。

 だけどそれで構わなかった。大き過ぎる力は必要ない。俺は誰かを守れるくらいの強さがあればそれ以上はいらない。まだまだそこまで届いていないけれど……俺は幻想郷も世界も、手に入れたいだなんて一生思わなかった。

 

「……青娥さん。俺の能力は『影響を与える程度の能力』であって、人を自由自在に操る能力じゃありません」

「あらあら、能力はあくまで申告制ですよ? それは貴方様がそう思っているだけで、貴方にはそれ以上の力を持っているのではなくて?」

 

 青娥さんの問いかけに俺は言葉に詰まってしまう。考えたこともなかった。俺の力は影響を与えるだけの力だとそう思っていた。だがもしそうでないのであったら……

 

「北斗様は気付いていないだけ……いえ、使おうとしていないだけ。貴方は幻想郷の……」

「やめてください!」

 

 青娥の台詞を断ちきったのは早苗の一言だった。だが青娥さんは必死に止めようとした早苗をあざ笑うように話し続けた。

 

「……やはり貴方達二人は『人間』ですわね。自ら壁を作りその中に閉じこもってしまう。必要以上のものが手に入れば変化を望まない。立ち止まり朽ちるのを待つ者にはタオを得る資格はない」

「そんなの……必要ありません!」

 

 早苗が机を叩きながら声を荒げる。気付けば店の奥から店主が何事かとこちらを見遣っていた。しばらく店内に気まずい空気が流れる。だがそれをさして気にする様子もなく、青娥さんは立ち上がって悩ましげに吐息を洩らした。

 

「北斗様、貴方様なら私達と共にタオを追求することが出来ると思っていたのですが……少し見当違いだったようですわ」

 

 一方的に押し付けておきながら、大した言い草だ。だが……言いたいことは沢山あるのに、それが声にならない。何を言ってもこの人には簡単にあしらわれるように思えて、結局は無言で青娥さんを見つめることしか出来なかった。

 青娥さんも俺を見下ろしながらニッコリと笑い掛けてくる。

 

「ですが貴方様の力が未来永劫失われるのは勿体無い。貴方がタオを求めるなら……私は貴方の壁を取り払って見せましょう」

 

 青娥さんはウィンクを飛ばして、そそくさと店を出ていってしまう。窓の外はさっきまでの猛吹雪が嘘のように晴れ渡っている。まるでさっきまで幻だったかのように。けれど俺の頭と心の中はまだ青娥さんの言葉が吹き荒れていた。

 

「センパイ……」

 

 それは……早苗の心配そうな声にも答えることが出来ないほどに。


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