東方影響録   作:ナツゴレソ

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第十一章 決別の冬 ~Trigger of war~
81.0 龍神像と妖怪鍛冶師


 鈍色の空が近い。空を飛んでいるからか、雲が湿気を帯びているからか、一段と雲が厚く見えた。今すぐにでも降ってきそうな天気だ。ただの雪ならいいが、吹雪いたら神社に帰れなくなる。帰りまで保ってくれればいいんだが……

 

「早く帰らないと……なんて言ったら降りそうだなぁ」

 

 俺は苦笑いしながら飛行速度を上げる。風が直に当たって凍ってしまいそうなほど寒いが……霖之助さんにあつらえてもらった衣服と枯葉色の外套のお陰で耐えることができていた。

 上から見ると里は冬構えの準備で忙しそうにしている。師走とはよく言ったものだ。俺は人気のないところを狙って降り立つ。

 中央広場近くの裏路地だ。いつもなら入口付近に降りるのだが、待ち合わせ遅れそうなので少し横着をすることにした。急ぎ足で広場に向かうと既に早苗が待ち合わせ場所に立っていた。

 

「悪い、待たせたな」

「いいえ、今来た所ですから」

 

 俺の言葉に、早苗がはにかみながら返してくる。冬服仕様の厚手の巫女服にマフラー、耳当て、手袋と防寒対策バッチリな装いだが、それでも寒げに見えてしまう。主に脇を出してるせいだろうけど……霊夢も早苗もどうしてそんな拘っているのか不思議でならない。

 俺は羽織っていた外套を、早苗の肩に掛けてやろうとすると早苗は顔を真っ赤にして両手をバタバタ振る。

 

「え、や、いや、そこまでしなくていいですから! センパイが風邪引いてしまいますよ!?」

「平気だって。ちょっと着込み過ぎたくらいに思ってたからさ。まあ、今がちょうどいいならそれでいいんだけど」

 

 もしくは匂いが気になるとか。さほど汗はかいてないはずだけど、年頃の女の子だしそういうのが気になるのは仕方ないだろう。

 俺が外套を引っ込めようとすると早苗はその手を掴んで、口をもごもごさせながら絞り出すように言う。

 

「い、いえ、せっかくなので……お借りしても、いいですか?」

「え、ああ、どうぞ」

 

 早苗は意を決したように外套を受け取り羽織ると、自分の身体を抱きしめるようにして顔を伏せた。その身体が微かに震えているように見えて、俺は思わず早苗の顔を覗き込んだ。

 

「さ、早苗?」

「ふう……いえ、大丈夫です! ちょっと色々噛みしめてただけですから!」

 

 早苗が白い息を吐きながら、顔を上げる。頬が少し上気してるが、いつも通りの表情だった。まあ、何ともないならいいんだが……それよりさっきから気になっていたことがあった。

 里の住民が中央広場に置かれた祠に向かって一心不乱に祈りを奉げている。その中に何かの像が祀られてるのは遠巻きにも見えるんだが……

 

「早苗、聞きたいことがあるんだけど……あれって、何?」

「あれ……? ああ、龍神像ですよ」

「龍神像……?」

 

 俺は聞き慣れない言葉に首を傾げた。いや、龍神様という単語は稗田邸で読ませてもらった『幻想郷縁起』で見た覚えがある。

 確か幻想郷の最高神と言っていたか。だが博麗大結界を張ってから以降その姿を見た者はいないとらしいが……

 

「その龍神様って、よく信仰されてるんだな」

「いえ、以前までそんなことなかったと思うんですけど……どうやら前の異変に巻き込まれたのか、像が壊れたみたいで……」

「それで祟りを畏れて祈ってる、ってこと?」

「みたいです。そのせいか守矢の分社への参拝者も減ってきていて……困ったものです」

 

 早苗は両手を組んで頬を膨らませる。信仰豊かな幻想郷の宗教家もなかなか気苦労が絶えないようだ。

 それにしても龍神様の祟りか……大嵐でも起こるのだろうか? 他愛もない考え事を巡らせていると、早苗が俺の目の前に回り込んで更に頬を膨らませた。

 

「そんなことより、せっかくのデートなんですから別の話をしましょうよ!」

「あ、あぁ……悪い」

 

 俺は早苗に手を引かれ里の通りを歩いていく。そう、今日里に来たのは早苗がデートに行きたいと言うからだった。

 早苗曰くキメラ騒動の時に助けたお礼と、キメラ化して心配させたお詫びの両方を兼ねているらしい。まあ、世話になっているし出来るだけのお礼はしたい。それに……ある程度気持ちは応えたいし、な。

 なんて考えていると、不意に早苗が立ち止まってこちらを振り向いた。

 

「あ、センパイ! デートの前に寄っておきたいところがあるんですが? いいですか?」

「寄っておきたい場所? 構わないけど……」

「ありがとうございます! 町はずれになりますが付いて来てください!」

 

 早苗に促されるがまま付いて行くと、本当に街の外れ外縁部の方までやってくる。

 そこまで来ると閑散としていて目抜き通りの賑やかさも届いていない。その代り、遠くから鐘を打つような音が響いていた。いや、むしろその音へ向かっているようだ。

 辿り着いたのは古びた小屋だった。渋墨塗りの木造で、壁から突き出た煙突から煙が上がっている。看板も何もないが、もしかして……

 

「ここって鍛冶屋?」

「はい、そうです。とりあえず入りましょうか」

 

 中に入ってみると、お世辞にも上手くない歌声と手拍子のように打たれる鉄の音が出迎えてくれる。炉のお陰か、暖房の効いた部屋のように暖かかった。

 辺りを見回すと、奥で空色の髪の可愛らしい女の子がご機嫌に鉈を打っていた。鉄と煤の匂いに少し咽てしまいそうになっていると、早苗が耳当てを外しながらその女の子に話しかける。

 

「小傘さーん、例の物出来てますかー?」

「かせぐにおひつくびんぼーなくて! 名物鍛冶屋はひにひにはんじょ!」

 

 しかし、ノリノリの歌のせいで早苗の声が届いていないようだ。随分楽しそうに金槌を振るっている。すると早苗は忍び足で女の子の後ろに回り込んで……

 

「うらめしやーッ!!」

「キャアアアアーッ!!??」

 

 耳元で大声上げて脅かす。すると女の子は毛を逆立たせた猫の様に飛び上がった。涙目になった女の子が慌てて振り返る。

 

「わ、わた……わちきを驚かせようなんていい度胸ね!? って早苗!?」

「小傘さん、例の物出来てますか?」

 

 早苗がニコニコ顔で尋ねた。いつもの様子とは違って、なんだか凄味があるように見える。それにビビったのか、小傘と呼ばれた女の子はブルブル震えながら全力で首を縦に振っていた。

 

 

 

「センパイ、紹介しますね。彼女は小傘さん、唐傘お化けの妖怪です」

「うらめしやー! 驚天動地の唐傘お化け、多々良小傘とは私の事よ!」

 

 何とか気を取り直した小傘さんが、元気に名乗りする。左眼だけ赤い。いわゆるオッドアイってやつか。

 片手には目と口の付いた大きな唐傘を持っている。どうやらそれも生きているようで目が合うと、お辞儀をするかのようにまばたきした。

 里は妖怪が出入りしている聞いてはいたが、普通の人間のように働いているとは思ってもみなかった。

 

「輝星北斗です。外来人ですけど今は博麗神社に居候してます」

「あー、貴方がここ最近ちまたを驚かせまくっている人間ね!? お陰で私の本業が上がったりよ!」

「本業……?」

 

 突然いちゃもんをつけられ困惑していると、早苗がそっと耳打ちをくる。

 

「彼女は自称『人間を驚かす程度の能力』を持つ妖怪でして、人を驚かして空腹を満たしているらしいんです。だから、お株を取られて怒ってるわけです」

「自称……? とにかく、事情は分かった」

 

 確かに色々事件を起こした事になってるからなぁ……

 紫さんやさとりさんなど一部の人は俺じゃないことを知っているが、里では未だに異変の原因が俺だと思われているようで、里での視線は日に日に厳しいものになっている。

 まあ、後ろ盾に霊夢やレミリアさん等々がいるお陰で悪さをされるってことはないのだが。何はともあれ、今は素直に謝っておこう。

 

「えっと……ごめんなさい。出来るだけ目立たないよう頑張ります」

「あ、え、はい……まあ、よろしくお願いします?」

 

 俺が頭を下げると、小傘さんは逆に畏まってしまう。何というか……今まで会ってきた妖怪のイメージとは正反対の性格だ。

 こういう人格だから里で暮らせているのかもしれない。お互いにペコペコ頭を下げ合っていると、見かねたのか早苗が間に入って口を開く。

 

「小傘さん。この人が例の物の所有者です」

「ああ、そうなの? 大分前に完成してるわよー」

 

 そう言うと小傘さんは奥の倉庫らしき場所へ姿を消す。

 さっきから例の物と言っているが、何の事だろうか?しばらく待っていると、小傘さんが一本の小太刀を持ってくる。黒塗りで装飾過多な鞘に見慣れた柄。これは……

 

「封魂刀か!?」

「ええ、その通りです。あの時折れたものを拾って、小傘さんに直してもらう様に頼んでおいたんですよ。見た通り、元の姿には戻らなかったみたいですが……」

 

 早苗が申し訳なさそうに顔を伏せるが、俺は思いがけない出来事に言葉が出なかった。そうか、あの時刀の残骸は全て置いて行ってしまったからなぁ……

 今や火依は封魂刀が無くても生活している、というか封魂刀に魂が囚われていた時より自由に生活で出来ている。

 だから、必要なものではなくなったのだが……今まで使っていた愛刀が帰ってきたのは嬉しい。

 

「抜いてみても?」

「もちろん、気に入らないようなら打ち直すよ」

 

 俺は自信満々な小傘さんから封魂刀を受け取る。刀身が短くなった分、鞘の長さも柄も詰めてあるが、握り心地はさして変わらない。

 鞘から引き抜いてみると砥がれてやや細くなっているが、研ぎ澄まされた刀身が露わになる。刀身が半ばに折れていたために小太刀にしたのだろうが……素人の目にも分かる。見事な職人の腕だ。

 

「凄い……」

「ふふん、驚きの仕事でしょ!どうやら特殊な金属が使われてるみたいで手間取ったけど、会心の出来なんだから!」

 

 小傘さんが胸を張る。流石妖怪の鍛冶師と言ったところか。俺は小太刀を鞘に戻して、早苗と小傘さんに頭を下げる。

 

「二人ともありがとう」

「いえ、私にはこれくらいしか出来ませんから……」

 

 早苗が両手を合わせて少し恥ずかしげに口元に添えた。そんな姿の早苗を見て小傘さんが、不思議そうに呟いた。

 

「早苗がしおらしくしてる……何で猫被ってるの?」

「小傘さん、そういえばお代はまだ払ってなかったですね。今からたっぷり退治してあげますからそれでいいですよね?」

「え、ちょ、妖怪だって何かと入用なんで現金が……ちょ、ちょっと穏便に話を……」

「遠慮せずに受け取ってください」

 

 早苗が小傘さんの首根っこを掴んで妖艶に笑う。

 えっと……何と言うか……喧嘩するほど仲がいい、のかもしれない。俺はお祓い棒でしばかれる小傘から目を背けながら思うことにした。


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