東方影響録   作:ナツゴレソ

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76.5 死者の守人

 冥界に行く途中、上空から幻想郷を眺めていると……この異変はもうすぐ終わろうとしているのがわかった。各地を跋扈していたキメラは大方片付けられたようで、少なくとも大型の姿は見受けられない。本来だったら異変が終わり一安心するところなのだけれど……今回に限っては、私の心に焦りを生じさせていた。

 

「北斗……退治されちゃっていないかしら?」

 

 つい、らしくない弱気な独り言が口を突く。本当は心配で仕方ないけれど……今は北斗を信じて私のやるべきことをするしかない。

 私は息を吐いてから、真っ直ぐ前を見据える。紅葉に染まる森の先に、大きな屋敷が見えてきた。白玉楼だ。冥界の幽霊を管理しているこの場所なら火依がいるかもしれない。それに火依がいないとしても、幽々子に聞いておきたいことがあった。

 北斗は毎度わざわざ門から入っていくけれど、私は直接庭に降り立つ。枯山水……っていうだっけ?砂利の敷き詰められた庭を多少崩してしまうけれど、ま、庭師に仕事を与えたと思いましょう。私はすぐさま建物内に上がり、適当な部屋の障子を空け放つ。すると、幽々子が一杯のお茶で大量のお菓子を食べようとしていた。

 

「……あら、霊夢。久しぶりね。突然入ってくるから、ここ最近暴れていた変な妖怪かと思ったわ」

 

 幽々子は私に見向きもせず、栗羊羹を一切れ楊枝に刺しながら言う。まったく自由気ままなお嬢様ね。私は立ったまま、肩を竦めて見せる。

 

「楽園の素敵な巫女をあんなのと同じにしないで頂戴。それより、聞きたいことがあるんだけど」

「……朝早く来たり、お茶やお菓子に見向きもしないところからして火急の用かしら?」

「察しが良くて助かるわ。まず一つ……ここに火依は来てないかしら?」

 

 私の問いに幽々子は羊羹を食べようとした手を止める。そして、真剣な瞳で私の方を向いた。

 

「詳しい話を聞きましょうか。妖夢!お茶を持ってきなさい!」

 

 

 

 私は幽々子とお茶を持ってきた妖夢に一通り経緯を話した。普段の能天気さは何処へやら、幽々子は終始真面目に話を聞いていた。状況が飲み込めず困惑していた妖夢も北斗のキメラ化、失踪、そして火依の事を聞くと、痛ましげに顔を伏せた。一方的に説明したせいで乾いた口の中をお茶で潤していると、幽々子が扇を手の中で弄びながら口を開く。

 

「なるほど、霊夢が真っ先にここへ来たのはあの妖怪幽霊ちゃんが冥界にいると踏んでのことみたいね~」

「無くはない、という程度よ。それよりアンタなら火依の居場所が検討が付くかもと思ってね」

 

 私がそう言うと、幽々子はキョトンとした顔をする。そしてややしてから扇で口元を隠しながら笑った。特に笑いを狙ったわけでもなく真面目な話をしていたのに笑われるなんて不本意だ。つい眉間に皺が寄る。

 

「何よ、何がおかしいの!?」

「いえ、ごめんなさい……ふふ、やけに慎重だと思ってね~!普段の貴女なら自分の勘を頼りに探すでしょう?だからつい珍しく思っちゃって……」

「む……」

 

 悔しいが幽々子の言う通りだ。いつもなら情報収集なんてしないけれど……今回は、勘だけに頼りたくなかった。確実に火依を助けたいという意志と、自分を信じられない迷い。それが私をここに足を運ばせた。

 自分自身の事が信じられなくなるなんて……私もそんな気持ちになるんだと初めて知ったわ。これも北斗も影響かしら?アレも自分に自信があるような性格じゃないものね。うん、きっとそうだわ。

 

「私の事はどうでもいいのよ。わからないなら、今まで通り勘を頼りに探すだけだわ」

「あらあら、怒っちゃったかしら~?そうね、察しはついていると思うけれど、火依ちゃんはここにはいないわよ。そもそも彼女は幽霊でも亡霊でもない、特異な存在よ。だからはっきりと断定はできないのよ」

「……ならはっきり聞くわ。火依は消えたと思う?」

 

 私は今一番恐れていることを、直接はっきり聞いてみる。すると幽々子はしばらく瞑目してから、呟いた。

 

「それもあり得るわ。けれど……可能性は低いわね」

「……どういうことかしら?」

「それを説明するには、封魂刀の特性と火依ちゃんがどういう存在になったかを知る必要があるわ……そういえば、折れた封魂刀はどうしたのかしら?」

「それなら早苗が持って行ったわよ。腕利きの鍛冶屋に心当たりがあるって言ってね」

 

 早苗からしたらすぐにでも北斗を探し出したいところでしょうにね……きっと、火依のためにも北斗の為にも封魂刀を直すことは必要になるはずだと言うと快く引き受けてくれた。ただ幽々子は私の言葉を聞いて難しい顔をする。

 

「そう、けれど封魂刀の修理はできるなら越したことはないでしょうね。ただ、貴方には言っておくれど……あの刀に能力が戻るかどうかは分からないわよ」

「………………」

 

 それは今朝から覚悟していたことよ。その時は別の憑代を見つけるか、幽霊のまま連れて帰るつもりだった。けれどそれで北斗は納得するのだろうか?自ら火依を殺めた形になった北斗は自分を許せるのだろうか?

 

「けれど、それは重要なことではないの」

「え……?」

「火依ちゃんが封魂刀から姿を現出出来るのは彼女の気質が漏れているから。北斗君にはそう言ったけれど……あれは嘘よ」

「はっ!?嘘!?」

 

 私は驚きのあまり聞き返してしまう。右手がお祓い棒を掴み、臨戦状態になりかける。それに反応して妖夢も刀に手を掛け、一触即発の空気が漂う。そんな私達を幽々子が両手を振って宥める。

 

「話は最後まで聞くものよ~……それにこの嘘は『北斗君が火依ちゃんの存在を維持する』ために必要なものだったんだから」

「北斗が維持するって、もしかして……」

 

 私は幽々子の言い回しにピンとくる。確かに前からおかしいと思っていた。元々妖怪を封印するための刀が火依のような小物の妖怪を完全に封じ込めないなんて、ありえるのかと。

 

「火依が姿を現せるのは、北斗の『影響を与える程度の能力』のお陰ってこと?」

「ご名答!流石霊夢ね~!」

 

 幽々子が手を叩いて喜ぶ。けれど私は呆れが過ぎて溜息が出てしまう。要は北斗が『刀の中に火依の魂があるんだから、外に出てもおかしくないだろう』と思い込んでいたから、火依はそれの影響を受けて封魂刀から幽霊のように姿を現せていた、ということらしい。

 

「あのバカ、豚もおだてりゃ木に登るというか……本当に馬鹿げた能力だわ」

「確かにね~!ちょっと信じ込ませてあげたら、すぐ異変が起こせそうで面白いわよね~!」

「……やったらタダで置かないからね」

 

 私は頭を抱えながら幽々子を睨む。けれど、この亡霊の陰で曖昧だった私達のやるべきことが分かってきた。まずは火依を見つけ、封魂刀に魂を封じ直す。そして北斗を探しだし、その封魂刀を渡せばいいってことね。キメラ化の事は追々考えるとして、今目先の問題になっているのは……

 

「それで話は戻るけれど、火依はどこにいるのかしら?」

「……そうね、普通に考えれば中有の道を通って三途の河で橋渡しを待っているでしょうね。けれど、地縛霊になっている可能性だってあるし、そこいらをフラフラ飛んでいるかもしれないわ~」

「……要は分からないんじゃない」

「私はあくまで冥界で幽霊を管理しているだけだからね~……冥界にいるならいざ知らず、幻想郷全土の幽霊までは把握できないわよ」

「使えないわねえ……」

 

 手がかりがないなら仕方ない。せめて、可能性のある三途の河まで行ってみるしかないか。私は出されたお茶を飲み干し、立ち上がる。

 

「ま、それなりに助かったわ。それじゃあね」

「あ、ちょっと待って!」

 

 私は一応礼を言ってから今から出ようとすると、妖夢も立ち上がり私を呼び止めた。

 

「これを北斗に」

 

 妖夢は私に一本の刀を渡す。あまり刀には詳しくないのだけれど、封魂刀より長く肉厚だ。やや装飾過多な封魂刀に比べ、柄も鞘も飾りが少なく無骨だ。そして何より……

 

「かなり重いんだけど……こんなの背負って戦えないわよ!?」

「霊夢なら大丈夫よ、多分。二尺八寸の無銘の刀……切れ味は封魂刀に劣りますが頑丈さは保証します。本当は北斗が免許皆伝したその時に渡そうと思ってたのだけれど……今はそれが必要なはずだわ」

「……わかったわ。届けてあげる。紐か縄を頂戴、背中に背負うわ」

 

 私は柄に紐を掛けて袈裟掛けで刀を背負う。まるで体重が二倍になったように重く感じるが、飛べないことはなさそうだ。庭に出て宙へ浮かぶと、幽々子が背後から声を掛けてくる。

 

「冥界に火依ちゃんが来たら、妖夢を遣わすわ……もうすぐ冬よ。紅葉が終わるまでに一回くらい、パーッと宴会をしたいものね」

「わかってるわよ。北斗に飛びっきり美味しいものを作らせるから、楽しみにしておきなさい」

 

 私は振り返らずに後ろへ手を振ってみせる。そして、三途の河へと全速力で飛んだ。

 

 

 

 

 

 何時ぞやの異変の時、無縁塚が三途の河岸に繋がったことはあったが、直接ここに来るのは初めてだ。岸辺には死神の渡し船を待つ死者でまばらに並んでいる。正直、生きているときに来たくはない場所だったわ。

 私は砂利の転がる岸に降り立つ。周囲は川の流れの音もなく、不気味なほど静かだった。さて、どうしようかしら?ここから中有の道に戻れば、火依を見つけられるかしら……?などと考えていたが、どうやら杞憂だったようだ。川岸を見つめる死者の中に青い翼を持つ青い髪があった。あんな派手な後ろ姿を見間違えることはない。

 

「火依!」

 

 私は声を上げながら、火依に向かって駆け寄っていく。けれど、彼女の隣に立つ、見たことのある二人組を前に足が止まる。大鎌を持った長身赤髪のサボり魔と、片側だけやや長い緑の髪の説教臭そうなのだ。

 

「ここは、彼岸と此岸の境界。生者の貴方が来ていい場所ではないわ。そして……」

 

 説教臭そうなのが私の方を振り向いて、笏を私に突きつける。まったく、最悪だわ。よりにもよってどうしてこいつがいるのかしら……

 

「何人たりとも死者を連れ戻すことは許されない」

 

 幻想郷の死者を裁く閻魔……四季映姫は静寂に包まれた三途の河に高らかに声を響かせた。


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