東方影響録   作:ナツゴレソ

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76.0 永遠に紅い幼き月と夜明けの空

「私に挑むというのなら、それなりに楽しませてくれるのでしょうね? 『運命「ミゼラブルフェイト」』!」

 

 言葉と同時にレミリアさんの周囲から赤い霧が浮かび上がる。それは幾重にも連なる鎖の群れになり、俺を絡め取ろうと迫ってくる。だが俺は敢えて愚直に、レミリアさんに向かって飛翔した。

 当然目の前を血塗られたように紅い鎖が走り、行く手を塞いでくる。が……俺はそれを左手の爪で断ち切っていく。千切れた紅の鎖が目の前で霧散した。

 

「へぇ……他の奴とは違うみたいね」

 

 レミリアさんが喜びと狂気を混ぜ合わせたような凄み溢れる笑みを浮かべる。

 このキメラの身体で初めて弾幕ごっこを行うが、今のところ武器はこの爪しかわかっていない。服もそうだが、スペルカードもお札もなくなってしまった。そもそもこの身体で使えるかどうかは疑問ではあるが。

 現状遠距離攻撃が無い状態でレミリアさんとまともに戦えるかは怪しいが……いずれにしろ勝機があるとしたら、接近戦しかない。

 俺は我武者羅に前に出ながら、何度も鎖を砕く。紅い霧から次々と鎖が生み出されてキリがないが、それでも僅かながらレミリアさんとの間合いを詰めることはできている。ならここで逃げるわけにはいかない。 

 

「いい、いいわ。気に入った!」

 

 完全に興が乗ったのか、レミリアさんが声を上げながら両手を広げる。すると周囲の霧が更に濃くなり、辺り一体を包み込んだ。月も赤く染まって見えるほどだ。

 幻想的な光景だが、足を止めて見とれている暇はない。虚空を埋める赤の鎖がさらに増え、レミリアさんへの道を完全に塞いでしまった。前方だけではない、上下左右、背後も鎖で囲まれてしまう。

 

「黒いのはそんなに好きではないけれど……珍しいし、飼ってあげてもいいわよ」

 

 レミリアさんが蠱惑的な口調で言う。いや、誰も彼もこのキメラをただの珍獣だとしか思ってないのか!? まあ、幻想郷の住人らしい思考だけど……また捕まるのは御免だ。

 俺は爪を突き出し、レミリアさんに向かって突貫する。当然と言えば当然だが、キメラの身体になって身体能力はかなり強化されている。吸血鬼状態ほどではないが、筋力、スピードは普通の妖怪よりはありそうだ。

 徐々に狭まっていく鎖の包囲網を無理やり引き裂いて脱出し、そのままレミリアさんにむかって左の爪を振り下ろす。が、まるで蜃気楼のようにレミリアさんの姿が掻き消え、爪が虚しく空を切る。

 

「単純ね」

 

 呆れの籠った囁き声が耳に届く。咄嗟の機転で回転する様に爪と翼を背後に向けて振るうが、感触はない。代わりに赤い槍が胸元に突きつけられていた。

 

「『必殺「ハートブレイク」』」

 

 スペル宣言と同時に胸元に衝撃が張り、後ろへ吹き飛ばされる。喰らいはしたが何とか俺は体勢を立て直し、右腕で胸元を触ってみる。

 甲殻は幾分砕けてしまっているが、大した痛みはない。至近距離でレミリアさんの弾幕を喰らって、ほぼ無傷……異常など頑丈な身体だ。

 薄々感じていたが……俺が最後に倒した鎧のキメラの特性とよく似ている。ならもしかして……

 

「へぇ、硬いのね。あれが効かないとなると……加減が出来なくなるな!『紅符「スカーレットマイスタ」』!」

 

 不穏なことを叫びながら、レミリアさんが夜空に魔法陣を浮かび上がらせる。そこから円を描くように大型の光弾が放たれた。

 弾速が速い。あの速度と大きさの弾幕をまともに喰らえばこの身体でも無事では済まないだろう。

 翼の先を掠らせながら躱すが、今度は高密度の中、小型の弾幕が行く手を塞ぐ。なるほど、俺の装甲を突破するほどの攻撃力と近付けさせないようさせないための牽制を両立させたスペルを選んだわけか。流石レミリアさんだ。だが……

 

「グッ!」

 

 俺は右手をレミリアさん向ける。鎧のキメラは炎を吐いて攻撃してきたならば、俺だって出来るはずだ。

 意識を右手に向けると、腕にくっ付いた顔の一つ……爬虫類のそれが蠢き肥大化していく。それは見る見るうちに巨大化し、拳から先が爬虫類の顔になってしまった。自分の身体ながらグロテスクな光景だ。だが、俺がビビッていてはどうしようもない。

 いけ!! 心の中でキメラの攻撃を思い起こしながら心で念じると、爬虫類の口から炎の玉が撃ち出される。亜高速で放たれたそれは弾幕を打ち消しながら、レミリアさんの真横を掠めていく。

 

「ッ!? 熱いじゃない。髪が燃えたらどうするんだよ!?」

 

 どうやらレミリアさんの逆鱗に触れたようで、弾幕の苛烈さが増す。だが、こっちだって必死だ。攻撃しないわけにもいかない。

 弾幕を回避しながらとにかく炎弾を撃ちまくる。時々小型の弾幕は身体に当たるが、甲殻を貫くまでには至らない。弾幕ごっことしてはルール無視に近いが……多少は大目に見てもらおう。

 

 

 

 しばらく空中で射撃戦を行っていたが……ふとレミリアさんの攻撃が止む。それに合わせて、俺も腕を止める。

 この火球による攻撃……無限に撃てるわけじゃなく、それなりに体力を使う。かなり撃ち過ぎたので、一休みするならはこちらとしてもありがたい話だ。そう思いながらも警戒を緩めず空に浮かんでいると、レミリアさんが吐息交じりに口を開く。

 

「ふぅ……お前の戦い方はどうにも、知り合いを思い出すな……アイツも黒いし」

 

 ……多分その想像している人物こそ、目の前にいるんだけどねぇ。と言いたいところだが、喋れないのでただレミリアさんを見つめ返す。

 しばらくそうしていると……突然レミリアさんが堪え切れなくなったようにフッと笑った。

 

「アレが……北斗が来てから、随分運命が見通し辛くなった。お陰で毎日が予測不能で楽しいけれどね。今回も変な予感がしたから外に出て見たら、お前みたいな奴に出会えたもの……」

 

 レミリアさんはどこか寂しげな笑顔を浮かべながら翼をはためかせる。そしておもむろに人差し指を遠く先へ向けた。指の先……東の空を見ると、闇に覆われていた空に、淡い藍色が滲み始めていた。

 

「けれど、残念ながら時間切れね。今回は私の負けにしておいてあげるわ」

 

 そうレミリアさんが言うが、正直素直には喜べなかった。

 きっとレミリアさんはまだまだ本気を出していない。それに俺だって、この姿でやれることしかしていないし、弾幕ごっこのルールも守れなかった。

 だからそもそも勝負になっていなかった!と言いたかったが……口からは獣の唸り声しか出なかった。そんなキメラ姿の俺の様子を見たレミリアさんは肩を震わせて笑う。

 

「クク……お前も不満か。だが安心しろ。またいつか戦えるさ……今度は本気で、な」

 

 レミリアさんは意味深気にそう呟いて、日の出近い空を差した指を少しずらす。そちらを見遣ると……どうやら魔法の森の方角を示しているようだった。

 

「そのためにも……お前は行くべき場所がある。終わりへ向かう道だが……お前にとっては全ての始まりの場所だ……」

 

 俺にとっての始まりの場所であり、忘れられた者が流れ着く終着点……無縁塚。レミリアさんはそこへ行けと言っているのか。

 ……ん?俺にとっての始まりの場所と言っていたが、それは俺が北斗だって知っているんじゃ……と、素朴な疑問頭に浮かび、思わずレミリアさんの方へ向き直る。

 だが、前年ながらその疑問は、今の俺の口では形にならなかった。いや、もし聞けていてもきっとレミリアさん教えてくれなかっただろう。そういう性格の人だ。

 ま、元の姿に戻ったら聞きにいってもいいかな。そう心に決めながら、俺は運命が導いたまま魔法の森の方へ飛ぶ。ふと、レミリアさんの方を振り返ると……レミリアさんは朝日が迫るのも構わず、俺の背中を見送っていてくれていた。


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