東方影響録   作:ナツゴレソ

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75.5 一人の女の子として

 甘かった。

 私は現人神だけれど……まだ人の域を出ていないひよっこだということを思い知らされた。妖怪退治だって何回もこなして、実力も付けたと思っていたのだけれど……それはスペルカードルールの中でしかなかったみたいだ。

 言い訳みたいになるけれど、私だって他のバケモノは何とか倒せた。けれど、あの鎧の奴には私の攻撃は一切通じなくて……

 

「ッ……!」

 

 私は左の二の腕から僅かに流れる血を右の袖で抑える。まだ身体の至る所に傷が残っているけれど、致命的な傷はない。駆けつけてくれたセンパイのお陰だ。

 もしセンパイが来てくれていなかったら、きっと私は……あの妖怪に殺されていた。その事実が今更込み上げてきて、身体が震えてくる。

 怖い、死にたくない。

 けれど小動物みたいに縮こまっている訳にもいかなかった。センパイがまだ、あのバケモノと戦っているかもしれないもの。

 

「霊夢さん……遅いな」

 

 霊夢さんがセンパイを追いかけていってから随分経つけれど……二人ともまだ帰ってきていない。二人が、あのキメラに遅れを取った、なんて考えたくないけれど……もしものこともある。

 鎧の奴に痛めつけられた身体も、休んで大分楽になった。大丈夫、まだ戦える。

 私は壁に背を預けながらなんとか立ち上がり、森の奥へ向かおうとする。と、表の怪物を片付け終えたのか、神奈子様と諏訪子様が空から駆け付けてくれた。

 

「早苗、大丈夫かい!?」

「手酷くやられたみたいだねぇ……あんまり動かない方がいいよ」

「飛ぶくらいは平気です。それより、センパイが……」

 

 私は居ても経ってもいられず、茂みに出来たセンパイが飛んだ後を辿っていく。そんな私の後ろを神奈子様と諏訪子様が付いて来てくれていた。

 しばらくすると……血だらけになった空間に出る。そこには頭を潰された鎧の化物と、膝を地面に突き微動だに霊夢さんしかいなかった。

 

「この惨状はいったい……」

 

 神奈子様が眉をひそめながら呟く。私は血の臭いから来る吐き気を堪えながら、石像のように動かない霊夢さんに話しかける。

 

「霊夢さん、センパイは……」

「………………」

 

 しかし、反応がない。まるで放心状態のようで、虚ろな瞳で宙を見ていた。

 いつも凛としている霊夢さんとは思えない姿に、私は一瞬呆けてしまう。はっきり言ってショックだった。

 けれど霊夢さんと一緒にそうしているわけにもいかない。私はすぐさま霊夢さんの目の前に回り込んで、大きな声で呼びかける。

 

「霊夢さん……霊夢さん!」

「さ……なえ……」

 

 一応反応はあったけれど、目の焦点が定まっていない。明らかに動揺の色を隠せていない。私は諭すようにゆっくりとはっきりとした口調で、霊夢さんに尋ねる。

 

「ここで何があったんですか?センパイは、どうしたんですか?」

「北斗は……」

 

 霊夢さんは生気のない目を瞑り震えながら歯を食いしばる。そして、血に染まった袖に視線を落としながら、嗚咽するように呟いた。

 

「人妖に……」

「えっ……」

 

 あまりにも突拍子のない言葉に、私の頭は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、霊夢さんは動揺しながらも、はっきりとした口調で私達に説明をしてくれた。

 この異変の原因、それにセンパイが巻き込まれ怪物なってしまったこと、そして……火依さんを封印していた刀が砕けてしまったことを。

 原因はともかく、後の二つの話は衝撃的な内容だった。特に、ようやく仲良くなり始めていた火依さんのことは、気を失いそうになるほどの衝撃だった。

 ……けれどきっとセンパイや霊夢さんはもっと辛い筈だ。まるで二人のこど……妹みたいに可愛がっていた火依さんが、どうして、こんなことに……

 私が茫然自失の霊夢さんに代わって封魂刀の破片を回収していると、諏訪子様が霊夢の肩を叩きながら囁く。

 

「……こんな所でボーっとしてたら何にもならないわよ。せめて家に来なさい」

「………………」

 

 霊夢さんからの返事はない。けれど、フラフラとおぼつか無い足取りで立ち上がりはする。諏訪子様も神奈子様も、そんな様子の霊夢に心配げな視線を向けていた。私もあまりに気落ちした霊夢さんの姿が、心配で仕方がなかった。

 破片を回収し終えたところで、私達四人は守矢神社に飛んで戻ろうとする。そのとき……

 

「えっ……?」

 

 霊夢さんが、小さな声を上げる。不思議に思った私は空中で振り返ると、霊夢さんは……地面に立ったままだった。神奈子様も諏訪子様も訝しげに霊夢さんを見つめている。

 

「霊夢さん、どうしたんですか?」

 

 私は上から霊夢さんに尋ねる。すると霊夢さんはフラフラと一本の木にしな垂れ掛かりながら、震える瞳で私を見上げた。

 

「空を……飛べなくなってる……」

 

 

 

 

 

 諏訪子様の見立てによると、霊夢さんが飛べなくなったのは、精神的なものが原因とのことだ。

 無理もない。センパイの人妖化、火依さんがいなくなったことが同時に起こったのだから。けれど私はもしかしたら、霊夢さんが『空を飛ぶ程度の能力』を失ったのは、彼女が何かに囚われているからかもしれない、と考えていた。

 私は、霊夢さんのことを誰よりも自由な人だと思っていた。世間からも、しがらみからも、浮いた孤高の存在だと。

 もし、そんな彼女を縛り付けられるものがあるとしたら……それは何なのだろうか? ううん、だいたい想像は付く。

 

「はぁ……」

 

 私は思わず布団の上から、天井へ溜息を吐く。

 センパイの事、霊夢さんのこと、火依さんのこと今日は色々なことが起こり過ぎた。鎧の化物に痛めつけられたのもあって、疲れで身体は鉛のように重くなっている。

 それでも眠る気にはなれなくて、私は星でも眺めようと、寝間着のまま縁側に出てみる。すると、そこには私と同じく寝間着姿の霊夢さんの姿があった。

 縁側に腰を掛けて、何をするでもない。ただ、月を見つめていた。

 ……空が飛べなくなってからの霊夢さんは、会話もまともに出来ないほど気落ちしていた。食事を取ろうともしないし、着替えだって私が手助けがなければままならなかった。

 少しは立ち直ってくれていたら、いいのだけれど……私は恐る恐る霊夢さんに話しかける。

 

「……眠れませんか?」

「アンタこそ、安静にした方がいいわよ」

 

 霊夢さんからしっかりとした受け答えが帰ってきて、ホッとする。少しは落ち着いたようでよかった。私は音を立てないよう気を遣いながら霊夢さんの隣に座る。そして何も言わず霊夢さんを真似て星を眺めていると、おもむろに横から声がする。

 

「変わらないと思ってたのにね。どうしてこうなっちゃったのかしら」

「……それは、センパイと火依さんとの生活についてですか? それとも霊夢さん自身がですか?」

「……どっちもよ。私は北斗の影響なんて受けないと思っていたし、最後の時まで二人と一緒にいられると、願っていたわ」

 

 霊夢さんはまるで諦めたような口振りで言うと、微かに笑う。そんな仕草に、私は拳を握りしめる。

 過去形にして欲しくない。勝手に諦めないで欲しかった。少なくとも、霊夢さんには。

 ……悔しいけれど、センパイは今までの生活をとても気に入っているように見えた。私だってセンパイの傍で、センパイを幸せにしたい。幸せになりたい。だけど……だからこそ、霊夢さんが簡単にそれを手放そうとしているのが許せない。だから私は霊夢さんに向き直ってはっきりと言い放つ。

 

「霊夢さん。私は、諦めませんから。絶対に北斗センパイを助けます」

「……そう、好きにするといいわ」

「ですが……もし、霊夢さんが何もしないなら、私はセンパイに好きって告白します」

「……はっ、なっ!?」

 

 私の宣言に霊夢さんはスイッチが入ったかのように顔を真っ赤に変えた。しかし、構わず私の願望を出任せに言いまくる。

 

「センパイと恋人になって、人里でデートしてイチャイチャしてやります! そしてお試し期間として一ヶ月ほど同棲して、結婚してもらいます! 婿入りしてもらいます! 東風谷北斗です!」

「なっ、なっ……」

 

 次々と捲し立てると、霊夢さんは口をパクパクとさせた。真っ赤な顔と相まって、餌を求める錦鯉のようだ。

 そんな姿が可愛らしく思えて……つい、疲れてしまう。私は裸足なのも構わず、庭に降りて霊夢さんの前に立つ。そして、大きく胸を張った。

 

「それが嫌だったら、霊夢さんの手で、センパイを……今までの日々を取り戻してください! 私も横からかっさらう様なやり方は好みません! 正々堂々、霊夢さんから北斗センパイを奪いたいんです!」

「べ、別に私のっていうわけじゃないわよ……!」

 

 霊夢さんは顔を伏せて、恥ずかしそうに呟く。これだけ焚きつけてようやく元の霊夢さん戻ったかと思ったのだけれど……

 霊夢さんはふと淡い笑顔を浮かべながら自分の手を見つめる。

 

「私も、早苗みたいに自分の思い通りにやりたいわよ。けれど、私は博麗の巫女。巫女として人妖を野放しにできない。それに異変だって解決しないといけない。それが私の使命だもの……」

「……霊夢さん」

 

 私は首を振って、霊夢さんの胸元に握った拳を当てる。

 今の霊夢さんの言葉はまるで言い訳のように聞こえてならない。そんな建前の話なんて私にはどうだっていい。私は、一人の恋のライバルとして、霊夢さんと話しているのだ。だから……

 

「霊夢さんは確かに博麗の巫女です。ですが、『私の知っている霊夢さん』は同時に巫女として責任だとか使命なんかに縛られるような人じゃなかったはずです! 自らの意思で妖怪を倒し、異変を解決してきたはずです!」

「早苗……」

「私は、博麗の巫女じゃなくて、博麗霊夢としての、貴方の答えが聞きたいんです!」

「………………」

 

 私はそう言い切って、自分の目から涙が出ているのに気づく。つい気持ちが高ぶって、涙腺が緩んでしまったみたいだ。慌てて袖で涙を拭いた。

 そんな私の様子を見て、霊夢さんはしばらく目を丸くしていたけれど……ややあって、何も言わず突きつけていた私の拳に触れる。そして月の光を溢れそうなほど湛えた瞳で私を見据えてくる。

 

「そう、ね……分かったわ。早苗、貴方だけに言うわ。私は……」

 

 秋風吹く真夜中、霊夢さんは震える唇で紡いだ。一人の、女の子としての言葉を……

 

 

 

 

 

 翌朝、霊夢さんは元通りになっていた。姿も性格も、そして……

 出立の準備を済ませ神社の表に出ると、霊夢さんは連日の秋晴れ続く空の下に浮かび、大きく伸びをしている私はその背に向けて声を掛けた。

 

「霊夢さん、これからどうするつもりですか? 私は、人里に用を済ませてから北斗さんを探しますが……」

「んー、そうね。私は……」

 

 霊夢さんは石畳から空中に浮き上がると華麗に一回転半回って、自信たっぷりの笑顔を見せながらウインクを飛ばしてくる。

 

「ちょっと、冥界まで行ってくるわ。火依を連れ戻しにね」


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