東方影響録   作:ナツゴレソ

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74.0 鎧のキメラと最悪の選択

 妖怪の山、その麓周辺は戦地と化していた。白狼天狗と烏天狗がそれぞれ小隊を作り、巨大なキメラの相手していた。

 しかし、今まで大型のキメラとしか対峙してこなかったが、人ほど大きさのキメラも飛んでいる。大小入り乱れた乱戦状況もそうだが、とにかく数が多いのが厄介極まりない。

 

「北斗、来るよ!」

「わかってる!」

 

 蝙蝠羽に山羊頭を持つ悪魔のような姿のキメラに向かってお札を放つ。が、今までの大型は愚直に突進してきたが、小型は頭が働くらしい。器用に空中で回避しながらこちらに近付いてくる。

 その動きは俊敏ですぐさま至近距離まで詰められると、尻尾を横薙ぎに振るってくる。それを側転する様に躱し、封魂刀で胴体を斬り払う。振りも間合いも十分なはずなのにどうも手応えが悪い。

 

「チッ!」

 

 舌打ちしながらサマーソルトで顎を砕きにいくが、後退して避けられる。そしてすぐさま再接近してきて、熊のような腕を振り上げようとしたその時……悪魔型キメラの腹から肉厚な剣の切っ先が覗いた。

 

「なっ……」

 

 崩れ落ちるキメラの背後から、不機嫌そうな顔が現れる。白い髪、そして耳と尻尾を持つ白狼天狗……犬走椛さんだ。

 

「この程度の相手に苦戦しているようでは、私には勝てないですよ」

「椛さん……何で俺のところに!?」

「天魔様の言いつけですから。貴方こそどうしてここに?」

「ここはキメラが多いですから気になって……早苗達は大丈夫ですか?」

 

 俺は剣の血を払っていた椛さんに尋ねる。すると椛さんはこめかみに指を当てて上空を見上げる。天狗は千里眼や風の噂を聞きとる力があるらしいけど……それを使っているのだろうか?

 

「守矢神社の人達なら、神社を守るので必死のようですよ。手伝うならそっちに行っては?」

「……わかりました。そうします」

 

 俺は椛さんの言葉に素直に頷いて、守矢神社に向かって飛ぶ……前にすれ違いざまに椛さんへ囁いた。

 

「それじゃあ椛さんも気をつけて。リベンジ、待ってます」

「ふん!少しくらい待ってあげるからそれまでに強くなっておきなさい」

 

 互いに憎まれ口と笑みを交わし、俺と椛さんは同時に空を蹴った。

 

 

 

 心配になって急ぎ来たのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 

「『「風神様の神徳」』!」

「『土着神「ケロちゃん風雨に負けず」』!」

「凄い……」

 

 守矢神社の鳥居の上、そこに立つ二柱の神様が放つ弾幕に火依が驚嘆の声を上げる。まさに天災という表現が似合う苛烈で美しい光は、攻撃である前に完成された一つの芸術でもあった。

 圧倒的な神々しさと難易度を誇る弾幕、これが実力者の弾幕ごっこ……!大型のキメラ五体を弾幕だけで取り押さえている。

 今は遠巻きに見つめることしかできなかったが、いつか直接勝負してみたいものだ。どうやら俺に出番はないようで安心していると、俺に気付いた神奈子様が声を張り上げる。

 

「北斗!いい時に来た!早苗が危ない、神社の裏手に行け!」

 

 軍神らしく戦場でよく通る声で、神奈子様が命令する。それに突き動かされるように、俺はすぐさま身体を動かした。

 二人が意図的に開けてくれた弾幕の道を通り、境内に降り立つ。そして急ぎ神社の裏手に回ると、鎧のような甲殻を身につけた人型のキメラが、膝をつく早苗に鋭い爪を突き立てようとしていた。

 

「ッ!!『鬼化「スカーレット・ブラッド」』ォッ!!」

 

 頭の中で火花が散ったような感覚が走る。それを自覚した時には、俺は既に吸血鬼化し全力でキメラに体当たりをしていた。

 

「せ、センパイ!?」

 

 背後から早苗の驚いた声が届くがすぐ遠のいていく。俺はキメラに取り付いたまま森の中へ突っ込む。そして十分離れたところで、吸血鬼の怪力で巨木の幹にキメラ叩きつける。

 キメラは呻きすらしない。効いていないのか声帯がないのか知らないが、どうでもいい。

 

「ハアアッッ!!」

 

 両手にレーヴァテインとグングニルを生み出し、鎧のキメラに突き立てる。刺さりは悪いが、力づくで甲殻を砕きながら刺しまくる。悶えるキメラが右手の爪を顔に向けて振るうが、俺はそれを右腕で受け止める。

 お返しも甲殻の継ぎ目に目掛けてレーヴァテインを振り下ろす。あっさりと右腕と胴体が離れた。

 俺は身体を支配している獣性に身を任せ、さらなる攻撃しようとする。がその時、突然右腕があった切り口から蛇のような頭が生え、俺に向かって炎を吐いてくる。

 

「ぐっ、あああっ!?」

 

 焼け付く痛みに思わず口から奇声が漏れ、堪らず後ろに飛んだ。霖之助さん特製の服のおかげで火がつくことがなかったのは、不幸中の幸いだ。

 だが、今まで必死にこらえてきた吸血鬼の弱点、日光の痛みがぶり返してきて、つい膝が折れる。

 当然だが、キメラはそんな隙を見過ごす訳がない。腕から生えた頭から再度炎が噴出される。躱せない……!万事休すかと思われたその時、目の前に青の翼が広がる。

 

「『盗火「プロメテウス・メテオ」』!」

 

 キメラの炎を吸収した火依が手の中に熱球を生み出す。そしてその火球を押し付けるようにキメラに返した。肉の焼ける音と焦げ臭さが場を満たす。

 

「火依、助かった!」

「だめ、まだ生きてる!」

 

 火依の忠告が耳に届くや否や、炎の中から鎧のキメラ……ではなく蜥蜴の首から人の生えたような姿の牛頭が飛びかかってくる。

 

「二体目!?火依、刀の中に戻って!」

 

 俺は火依の腕を引いて後退させながら言う。火依は言われるまま、封魂刀の中に姿を消した。それを確認した俺は、自分を中心に否定結界を展開する。

 突貫の勢いを殺せず、そのまま結界の中に張り込んだ牛頭のキメラはそのまま掻き消えてしまう。

 その中から小さな蜥蜴が飛び出てくる。妖怪化も何もしていない。ごく普通のイモリだ。やはりこのキメラは否定結界に弱い。送り犬の時は『送り犬たらしめる妖怪としての部分』だけを否定したため、元の犬の姿が戻ったようだが……

 あのキメラの元が手の平に乗るようなトカゲだったというのか?

 

「北斗、よそ見!」

「なっ……しまっ……」

 

 つい思考に意識が行き過ぎて、一瞬呆けてしまった。火依の声で顔を上げると、すぐそこまで鎧のキメラが接近してきていた。

 結界はもう使えない。俺は咄嗟に腰の封魂刀を抜き、振り上げられた爪を迎え撃つ。

 

 最悪の選択だった。

 

 硬い爪と長巻直しの刃との力の拮抗は一瞬だった。甲高い金属音が耳朶を打ち、眼前に舞う銀の破片と軽くなった柄の感触が、事実を突きつけてくる。

 

「えっ……」

 

 そう呟いたときには腹部に凄まじい痛みが走る。キメラの鋭い爪が俺の身体を貫いていた。口から血が溢れる。

 だが、そんな痛みよりも、火依が、火依が……

 

「ひ……より……」

 

 俺はかすれた声で呼ぶが、右手に握る刃の半ばで折れた封魂刀から返事はない。

 刀が砕ければ、その中に封印された魂はどうなるだろうか?想像に容易い。だが、信じたくはなかった。そんなこと……信じ……

 

「グ、ガァッ!?」

 

 鎧のキメラは無造作に爪を振り、俺を木の幹に叩きつけた。その反動で封魂刀が手から離れる。

 俺は地面に落ちる刀を見て、歯を食いしばる。さっきと真逆の展開だ。今度は俺が穴だらけにされる番だとでも言いたいのだろうか?

 

 

 

 ふざけるな。

 

 

 

 全身の痛みを無視して、飛行能力を使い鎧のキメラに突っ込む。先程と同様に、突進をまともに受けた鎧のキメラは再度木に叩きつけられる。

 俺はただ、衝動のまま全力で拳を叩き込む。拳が潰れようが、血がなくなろうが構わない。ただ怒りと自分の不甲斐無さと、火依への思いをぶつけるために拳を振った。

 

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい時間が経っただろうか?本来なら俺は出血多量で死んでもおかしくないのに、俺は意識のあるまま地面に立ち尽くしていた。

 鎧のキメラは、頭の部分を潰されて動かなくなっている。俺の拳がやったのか?朦朧とした意識の中で拳を振るっていたので分からない。

 ……そうだ、封魂刀の、かけらを拾わないといけない。もしかしたら、刀が直れば、火依だって戻ってくるかもしれない。そう思った俺はふらつく頭を抱えながら足元を見た。

 そこには、真っ黒で大きな鳥の足が二本あった。キメラの死骸か、と一瞬思ったが、それはまさしく俺の身体から生えていた。

 えっ……?俺は自分の両手を見る。左腕は鎧のキメラと同じく蟹のような甲殻が張り付いている。そして右手は……様々な獣の顔が張り付いていた。色は漆黒。烏のように彩りのない、黒一色……

 あ……あ……

 

「ガアアアアッッッッツ!!??」

 

 恐怖のあまり叫んだ声は、紛れもなく獣のものだった。


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