「これでよかったのかい?」
「ええ、そうだね。姿が微妙だけど……この際気にしないよ」
上から目線なぬえの言葉に、俺は唾を吐いた。まったく生意気だ。わざわざ俺が手を貸したというのに、ケチをつけやがって……
まあ、いい。幻想郷を巨大なキメラが闊歩する光景は中々面白い絵だ。私は幻想郷を一望しながら胸躍るワンシーンに酔いしれる。さながらハリウッドのB級パニック映画だ。だがそんないいところで、空気を読まずぬえが話しかけてくる。
「確かに私の願いは叶ったさ。それなりに感謝もしてるけど……どうも解せないことがある」
「……何だい?」
「こんなことをしてお前に何か徳があるのか?まさか、みんなを幸せにしたいからとか言わないよな?」
「まさか!私は偽善者ではない。すべては私が望んだとおりだよ!」
私は両手を高らかに掲げながら言い放つ。ぬえには私の姿は影すら見えていないからジェスチャーは無意味なんだがな。な
ぬえにとっては私は『どこからともなく聞こえる天の声』でしかない。もしかしたら神様くらいに思っているかもな。妖怪の神なんぞいるかどうか知りもしないが。
「ハハハハッ!!」
だから、思いっきり、気分よく笑って見せる。本当は正直に言うことにメリットはない。だが、嘘で煙に巻くのも粋じゃない。
私は脚本家だ。役の一人に肩入れなどしない。ただ主役は主役らしく、脇役は脇役らしく演じさせるだけだ。さんざん好き勝手暴れてきた脇役にだって、それなりの生かし方はさせてやる。
もうすぐ、もうすぐ確実に人形から花が咲く。好き勝手踊ってきたあの木偶が最高の形で退場させることができる。その花が、主役の登場に華を添えるのだ。
愉快だ。これが笑わずにはいられるか。しばらく気持ちよく高笑いをしていると、いつの間にかぬえの姿はなくなっていた。
「はっ、本当に愛想がない」
興醒めだ。俺はつい吐き捨てるように呟く。
だが、退場が素直で素早いのは良いことだ。彼女の役目は既に終わっている。もう少しこの幻想郷を蹂躙するキメラの行進を見ていたかったが……仕方ない、本来の目的を果たすことにしよう。
人里の中心部にある広場、その中心に祀られた木製の祠がある。
普段なら人通りも多いこの場所も、このような異変の真っただ中では人ひとり見当たらない。一般人は精々自宅で震えているだけ、自警団もキメラを目の前に絶望しているだけだろうさ。
祠の封を剥がし扉を開け放つと、竜神の石像が露わになる。その目は真っ赤に染まっている。確か、次の日の天気を予知できる機能をつけているのだったか。赤い目は……異変の最中という意味らしいが。
私はそんなちんけな天気予報機能の付いた龍神像に触れようとする。
「おや、神様!こんなところにいましたか!」
その時、仰々しい物言いで背後から声が掛かる。私はつい舌打ちしそうになってしまう。振り向かないまま、背後のに立つ者に吐き捨てる。
「その白々しい物言いを止めろ、正邪。癪に障る」
「あぁ、すみません!何分性分なもので……」
「ふん……」
人が嫌がることを進んでやる天邪鬼の性分か。そういう役は嫌いではないが、自分にされると流石の俺でも腹が立つ。
鬼人正邪。一度は指名手配され、幻想郷中から追われる身となったほどの嫌われ者。
以前、ひょんなことから正邪に姿がばれてしまい、その時つい頭に来て力づくで追い払ってしまった。それ以降、この天邪鬼は事あるごとに私に付き纏うようになってしまった。短気は損気とはよく言ったものだ。相手をし始めるとねちっこい。俺は正邪を無視して、龍神像に手を当てる。
「へぇ……その龍神象、壊すんですか?」
「………………」
正邪の問いには答えない。素直に言っても、嘘でも、喋ればコイツは邪魔をしてくるだろうからな。龍神像に意識を集中させる。
幻想郷の守るとされる最高神。今やその姿を見せることはなく、ただこの像が信仰を集めているだけだ。最後に竜神が現れたとされるのは……
「ねえねえ、どうするんですかー?」
しつこく聞いて来るが無視を徹底する。しばらくして私は龍神像から手を放す。細工は済ませた。後は……破壊するだけだ。
「……ぬんッ!」
至近距離から光弾を放つと、龍神像はいとも簡単に砕けた。地面にバラバラと破片が落ちていく。それを見た正邪はニヤリと笑った。
「あー!神様が龍神像を壊したぞー!大変だー!おーい、誰か来てくれー!」
ワザとらしいく大声を上げるが、無駄だ。誰も私の姿を見つけることはできない。像を壊した犯人として捕まるのはお前だけだ。
私はさほど急ぎもせずに上空に跳び上がり、里を見渡す。一人くらいは様子を見に来ると思ったのだが、今回の異変はよっぽど怖いらしく誰も顔を出さない。経過はこの異変が終わってからじっくり観察するしかないようだ。
「ねえねえ、あんなことして何の意味があるのさー?」
本当にしつこく正邪が聞いてくる。私の姿が見えている訳じゃないのに、どうしてかこうやって追いかけてくるのだ。
奴の能力のせいだろうか?私に付き纏うだけなら、うっとおしいだけで済ませられるが……邪魔をするなら消さないといけないな。手の中の虫をどうするか悩んでいると、正邪がワザとらしく肩を竦めた。
「ここまで無視されると傷付くなぁ……まあ、いいさ。何をしようと私はお前に加担してやるからな」
「……何?」
私は正邪の言葉に耳を疑う。加担?今そう言ったのか?冗談だとしても趣味が悪すぎる。
「邪魔の間違いだろう?」
「アンタがどう受け取ろうがどうでもいい。だが、お前の目的が成就されれば、私の目的も叶う。ギブ&テイクってのが成り立つわけさ」
「はっ!」
私は思わず声を出して笑ってしまう。ギブ&テイク?そんなものはない。
この世界の住人は私の脚本の元で、私の思った通りに動いていればいいのだ。与えられた役を演じることに幸福を感じていればいいのだ。
コイツは私の能力に、計画に便乗しようしているだけの三下の小悪党でしかない。
もし私の脚本に勝手を弄ろうものなら……死よりも凄惨な末路を辿らせてやる。そんな私の心中も知らず、正邪は見えないはずの私に向けて声を張る。
「私は天邪鬼!下剋上の世界を作るためなら世界を壊すことだって厭わない!誰も望んじゃいないお前の計画を私だけが手伝ってやるよ!」
「……本当に、いちいち人の気を逆なでするのが上手いな。この天邪鬼」
俺は吐き捨てるように言うが、正邪は楽しそうな笑顔を浮かべるだけだった。あぁ、まったくもって、癪に障る。
この小鬼は、俺の目的を何一つ理解していない。