「えっと、根菜類はあって……何だこの肉?幻想郷はたまによく分からない肉が置いてあるから怖いなぁ……」
俺は食糧庫から食材を選び、キッチンへ持って行く。どうしてこんなことをしているかというと、さとりさんに、レミリアさんとフランちゃん共々泊まっていくよう誘われたからだ。
最初俺は遠慮しようとしたのだが……フランちゃんとこいしにせがまれては断れなかった。さらに二人に俺の料理を食べたいと駄々もこねられたので、腕を振るうこともなったのだ。これでまた神社にストックされたカップラーメンが一つ消費されてしまうんだろうなぁ……
「おー、すごい強い火が出そうだけど、不味そうだなー」
火依がコンロを見ながら独りごちる。確かに油っぽそうだよな……いや、ただの想像だけど。地霊殿のキッチンは意外と使い込まれており、掃除も行き届いていた。核融合施設のエネルギーを利用したオーブンやレンジなども備えており、博麗神社に比べたらかなり近代的だ。
普段はさとりさんが料理をしているらしいのだが……なかなか料理ができると見た。これはちょっと本気で腕を振るわないとな……俺は腕まくりをして野菜を洗っていると、後ろから二人に声を掛けられる。
「ホクトー、一体何作るの?」
「あ、私コロッケ食べたい!カボチャのやつ!」
「ええっ!?さすがに材料がないとできないけど……二人でカボチャがあるか見てきて」
「「はーい!」」
フランちゃんとこいしは同時に返事をするとパタパタと食糧庫へ走っていった。すると、火依もその後を付いて行く。あの二人だけじゃ怖いし、ナイスな判断だな。
結局二人の弾幕ごっこは鬼ごっこの内に曖昧になってしまった。だがフランちゃんの狙い通りこいしと仲良くなることには成功したようだ。
唐突に弾幕ごっこをしようと言い始めた時は何事かと驚いたけど……フランちゃんは一緒に遊ぶことをきっかけにして友達になろうとしたんだな。
流石子供は友達作りの天才というけど、本当だな……と、背後にまた誰かが立つ。今度は一人だ。
「北斗さん、やっぱり手伝いましょうか?流石にお客さんに任せっきりというのは気が引けて……」
「気にしなくてもいいですよさとりさん。ただ、勝手にキッチンを借りている側なんでさとりさんにお任せしますけど」
「……でしたら是非、手伝わせてください」
そう言ってさとりさんは俺の隣に立って、一緒に野菜を洗い始める。時折肩と肩とがぶつかって、何だか気恥ずかしい。
さとりさんも顔が赤い。同じことを思っているのか、俺の思考が伝わってしまったのか……どちらにしろ連鎖的に恥ずかしさが増幅してしまう。俺は気を取り直して、皮むきに移ることにした。
「そ、そういえば何を作るんですか?」
やや上ずった声でさとりさんが尋ねてくる。とりあえず根菜でスープでも作ろうと思っている。カボチャがあればコロッケも作りたいが……
そういえばフランちゃんとこいしが戻ってくるのが遅い。まだ探しているのだろうか?気になった俺は食糧庫の方を向く。
「あっ、バレちゃった……」
「あーあ、もう少しお姉ちゃんとイチャラブしているところ見たかったんだけどなぁ……」
「………………」
フランちゃんとこいし、そして火依の三人がドアの隙間から顔を出してこちらを覗いていた。いや、本当に仲良くなって何よりだけどさ……特に何もしていないのに、さっきの一部始終を見られていたと思うと小恥ずかしくなってしまった。
と、ふともう一人誰かの視線を感じて、キッチンの入口を見る。レミリアさんの寂しそうな目と目が合った。
「……りょ、料理が出来るまで、私が見守ってあげるわ!」
俺はそんな夜の王の姿を見て、さとりさんの方へ振り向く。さとりさん、俺の事はよかったんでもう一人の方のお客さんを気遣ってあげてください!あの人、結構ナイーブな性格なんですから!
仕事から帰ってきたお空とお燐も加わり、8人で食卓を囲んだ。さとりさんと一緒に作った根菜のスープとカボチャのコロッケは全員に好評だった。
カラスと猫の二人に野菜中心の料理は大丈夫か不安だったのだが、美味しそうに食べていて何よりだった。
「はぁ……それにしても温泉なんて久しぶりに入ったなぁ……」
俺は思わず口から感嘆の声が漏れてしまう。地底は温泉の名所とは聞いていたけれど、自宅に温泉を直接引いているなんて贅沢だよなぁ。
常時暗いのと動物が多過ぎなければ最高の住居かもしれない。偶にお風呂だけ借りようかな……?普段入っている神社のお風呂が、五右衛門風呂で足も延ばせないこともあって、温泉に浸かれる幸せが三割増しだ。
……そういえば中学、高校時代に住んでいた土地は温泉地が近くにあったので、温泉が入り放題だったっけか。感傷に浸りながら湯船の端に寄り掛かって自分の肩を揉む。
「はぁ……」
懐かしい記憶の中でふと思い出したのだが……祖父はどうしているだろうか?中学の頃、生みの親と育ての親を無くした俺は、親戚に疎まれタライ回しにされて、各地を転々としていた。そんな俺を見かねて問答無用で引き取ってくれたのが、育ての母親の父に当たる人だった。
「元気かなぁ……まあ、元気に決まってるだろうが」
祖父ははっきり言えば変わり者だった。山奥に住み、狩りと小さな畑の世話をしながら食いつなぐ。まるで現代人とは思えない生活を自ら望んでするような人だった。しかも極度の無口で、初めて家に連れて来られた時は怖くて仕方なかった。
けれど祖父は俺に様々なことを教えてくれた。
「武術から、料理、洗濯、鳥の絞め方に、薪割……」
祖父自身が出来ることはとにかく片っ端から叩き込まれた。
それに高校に通わせてくれただけじゃなく、旧友を頼って就職先まで紹介してくれた。社会人になっても毎月のように熊やら鹿の肉を送ってくれたし……いくら感謝をしてもしきれないほど、俺に色んな物を与えてくれた恩人だ。
「あの人がいなければ、きっとこの幻想郷でも上手く生きていけなかっただろうな……ホント、感謝、感謝……」
……俺の、外の世界への唯一の未練。結構な年だが、何やっても死ななそうな人だし生きていると思うけど……あの人にもっと恩返しがしたかった。
精々初任給で祖父の大好きな日本酒を送ることぐらいしか出来ていない。だが、もう祖父は俺のとこを覚えていないだろう。そう思うと目頭が熱くなってくるが、誤魔化すようにお湯を掬って顔に叩きつける。
もうどうしようもないことだ。俺は一つ息を吐く。正念場に相対した時、落ち着くためにいつも行うジンクスだ。
せめて祖父に教わったことを忘れないようにしよう。今の俺には、祖父を対してこれくらいしかすることはできないから……
どうやら湯船に浸かり過ぎたようで、すっかりのぼせてしまった。俺はクラクラする頭を抱えながら、温泉から上がろうとする。
「待ってください北斗さん……もう少しゆっくりしていってください」
そんな時、聞こえるはずのない声が右側から聞こえ、身体が固まってしまう。さとりさんの声に似ているがきっと幻聴だろう。のぼせで幻聴を聞くことがあるのかは分からないが幻聴に違いない。そう決めつけて俺は出口へと進もうとする。
「えー、北斗出てっちゃうの!?一緒に洗いっこしようよ!」
が、左からもよく知っている声が、なんかヤバいことを言っていた。こいしの声まで聞こえるなんて……どうやら本格的にのぼせているようだ。倒れてしまわないうちに、早く上がった方がいいな。自己暗示のように言い聞かせながら、念のため顔を伏せながら湯船から立ち上がる。
「きゃ、お兄さんったら大胆ね!?」
「うにゅ!?目にお湯が染みるよー!」
ついには前後からも幻聴が聞こえてくる。お燐とお空の声まで……ここまで来るともう自分を誤魔化しきれない。
俺は恐る恐る顔を上げる。すると……目の前は眩い光で真っ白になっていた。あ、これヤバい奴だ。そう思った時には既に遅く、身体が湯船へ沈んでいく。
惜しいことをしたような、助かったようなそんな気持ちを抱きながら、俺は意識を失った。