オーバーロード~割と日常で桃色な日常の結末~   作:へっぽこ鉛筆

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やったー、今回は性的な表現がほとんどないぜ

でも、イビルアイさんにはひどいことをしてしまった。




外伝・オーバーロード~割と日常で狂気な日常~(前編)

 魔導都市アインズ・ウール・ゴウン王立孤児院

 

 まだ、子どもの人権などという概念が存在しない周辺諸国に比べ、比較的に設備と資金が豊富な子供たちの救済の施設、アインズ・ウール・ゴウン魔導学校に併設されたその場所の、園長のセバス・チャン…は多忙なので、教育係としてユリ・アルファは多忙を極めていた。副園長のペストーニャ・ショートケーキ・ワンコは、学校に常駐してもらっており、警備主任のニグレドは性格が不安定なので、直接的な仕事は任せられない。

 

 と、いうわけで、ナザリックの良心、ユリが保育士として活躍するしかなかった。ツアレ臨時保育士がいれば話は違うが、あいにく彼女は産休を取っている。

 

「はーいはい、クワイエッセ、アンジェラ、ダメじゃない。友達を殴ったりしたら――」

 

「ユリ先生、だって、クワイエッセが先に殴ったんだ。」

 

「ぶぅー、アンジェラが、僕のオヤツを取ったから」

 

 両方とも、ナザリックで生まれた子供たち…生まれた時に才能を認められ、こうして“経過観察”として育てられている二人だった。両方金髪で、一人は野生の山猫のような隙のない運動能力の優れた、もう一人は、魔法の才能が有る気品ある顔立ちの子供だ。両親とも、ある理由から子供を育てられる環境になく、この孤児院に引き取られている。

 

 また、クワイエッセがアンジェラを殴った。泣きべそをかきながら殴り返すアンジェラをユリ・アルファが引き離し

 

「二人共、友達を殴ってはいけませんッ」

 

 ピシピシとふたりの頭にムチを落とす。頭を押さえながら、上目遣いに教師を睨む二人の子供たち

 

 そんな、悪ガキ達を前に、ユリ・アルファは人差し指を立て、視線を合わし

 

「いいですか、二人共、殴っていいのは、ナザリックに歯向かう下等生物だけですよー」

 

 眼鏡の奥の瞳に、笑顔を浮かべて諭すユリ・アルファ…彼女は、実験動物として預けられた彼らに対しても、優しさを持って接している。もちろん、至高の方々に歯向かう者には容赦しない。

 

 

 

 

 

 

 (何をしているんだ。アイツは――)

 

 偶々、孤児院と学校を視察に来たアインズは、呆れた顔で…骸骨なのだが、ユリ・アルファと、その子供たちの様子を見ていたが、ユリ・アルファが普段見せないような優しく慈悲にあふれた狂信的な笑顔を見せたのを眺めながら、確か、アンジェラのタレント能力を思い出す。僅かにカルマが善の相手の性格を混沌に変えるという、珍しいタレントだったような気がする。確か、あれの母親もタレント持ちで、まだ、生きていたような気がしたが・・・いや、デミウルゴスが処分したか?まぁ、どっちでもいいか

 

「・・・どうしたのですか、ア、アインズ殿?」

 

「いえ、何も・・・しかし、どうですか?我が首都アインズ・ウール・ゴウンは?」

 

 隣に立つ仮面の少女に向き直れば、若干緊張か、震える声が聞こえる。それを気にした様子もなく、アインズは楽しそうに孤児院の様子を眺める。随分と年の施設も充実し、人口も増えた魔導都市を視察しに来たアダマンタイト級冒険者、イビルアイを都市の各施設に案内していたのだ。

 

 ユリがそれに気づき、軽く会釈をするが、イビルアイには目も合わせない。当然だ、彼女は同僚のエントマを殺しかけた人物なのだ。いや、もう、過去のことであり、今では、リ・エスティーゼ王国すらもなくなっている。

 

 あれから、革命が起き黄金であるラナー率いる王国軍が貴族同盟軍を駆逐、その後、軍事経済面でアインズ・ウール・ゴウンの庇護を仰ぐ形でリ・エスティーゼ公国として、何とか独立はしているが、完全にアインズの衛星国家に成り下がっていた。

 

 軍備の面で完全に魔導王国に依存することによって、国家資源を経済に全力を注ぐ事によって国力を回復するという非常手段を断行したおかげで、公国の国民総生産は急激に回復しつつあった。アインズ自体は、あまり面白い結果ではなかったが、公国として直参した翌年に、リ・ロペルの軍港の租借権とエ・アセナルの駐屯を認めては、流石に言いがかりをつけることもできなかった。

 

 最近では、スレイン法国に対して休戦協定も順調に締結し、はっきり言えば魔導王国は人間の国家の中では最大図版に迫りつつある。もちろん、八欲王ほどではないが、アインズ自体はもう少し、ゆっくりと支配を浸透させたかったが、贅沢を言ってはいけない。

 

 そんな自分の頭の中で、現状を満足すれば、イビルアイが不思議そうに仮面越しにこちらを見上げる。午前の授業中なのか、学園内は静かだった。アインズはおもむろに仮面をつかみ外してやる。

 

 年の頃、12歳くらいのイビルアイ……キーノ・ファスリス・インベルンが紅い瞳をこちらに向けていた。時折、熱い吐息を漏らし、何も映していない瞳はしっとりとうるみを帯びている。マントの上から腹部を撫でれば、年にふさわしくないツヤのある悲鳴を上げる。

 

「ア、アインズ殿・・・ここでは、やめ・・・」

 

「どうした、仕込まれた“モノ”が苦しいのか?」

 

 校舎の裏手、誰も見ていないだろうが、見つかるかも知れないそんな場所だ。樹木や植え込みで、気づかれにくいが隠れるにしては風通しが良い場所、そんな場所で幼女の腹部を触れば、何かがのたうつように薄い腹筋が蠢いた。

 

 その度に、情欲の甘い吐息を漏らし、唇を噛み何かに耐える。アインズの固い指が無毛のふくらみを撫でれば、耐えられなくなったように、声を漏らしてしまう。

 

「や、出・・・ちゃう、アインズ、どの・・・こんな、や・・・ッ・・・」

 

 塩の匂いのする液体が太ももを濡らし、そのまま、イビルアイが地面に崩れ落ちた。それを見て、アインズの眼孔に灯る炎が黒くくすぶったように燃える。欲に濡れた紅い瞳を覗き込み、満足そうに頷くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

――話は3年ほど前にさかのぼる。

 

 黄金の輝き亭のロビィは活気にあふれていた。商談をまとめた商人や、各種の著名、有力者、中には貴族らしき人物が連れを伴って食事をしている。そんな中、フルプレートの自分と、その向かいに座る女性は、ある意味場違いな存在に見える。

 

 もっとも、どちらが一人でいる分には、その場に溶け込んでいるのだろうが、その、優雅なドレスを着込んだ女性は紅茶に口もつけずに、フルプレートの男に頭を下げた。

 

「モモン殿、本当に申し訳ない。」

 

「いえ、頭を上げてください。ラキュースさん」

 

 開口一番、心底情けない顔で頭を下げた金髪碧眼の美女にモモンは両手を振ってその言葉を制した。実際、困ってはいるが、モモン自体も、ラキュースが悪いわけではないとわかっているのだ。さらに、責任の一端は自分にもあることを

 

「それで、どうしましょうか・・・衛士にでも相談するべきなんでしょうか?」

 

「いえ、大変申し訳ないのですが、こちらから、注意をしておきます。その、本当にご迷惑をかけてしまって・・・」

 

 頬に手を当て、ため息をついた。彼女自体にも、どうしたらいいかわからないらしい。そして、申し訳なさそうに、モモンに告げる。

 

「しかし、申し訳ないのですが、やはり、モモン殿が直接、その・・・事実を言ってもらったほうが、良いと思います。あの、ああいうのは麻疹と一緒で、一度、苦い思いをすれば諦めると思うのですが――」

 

「――諦めます、かね?」

 

 さらに、首をひねるモモンに、はぁ、と要領の得ない言葉を吐くしかなかった。確かに、アレは麻疹みたいなものだった。普通の村娘なら、男性が別れの言葉、キツイ拒絶をすれば諦めるものだった。恋の病というものはそういうものだと思っている。

 

 だが、それも、アダマンタイト級の冒険者が発症させたとしたら、話は別だ。しかも、かなり拗らしてしまっているらしい。

 

 

 

 

 

 モモンが妙な視線を感じるようになったのは、一週間ほど前のことだった。

 

 ナーベと共に歩いていれば、後ろから小さな影が付いてくるのに気付いたのだが、盗賊のスキルがあるわけでもなく、ただつけ回すという異常な行為が頻発したのだ。

 

 もっとも、相手はすぐにわかったのだが、いや、12歳ほどの少女の背丈で目立つ真っ赤なマント、さらに仮面で顔を隠す人間など一人しかいない。最初は、なにか目的があると思い八肢刀の暗殺蟲に探らせていたのだが、どうも、何かを調べているでも、襲って来る気配もない。

 

 仕方がないので、直接、話を聴こうとこちらから近寄れば逃げて行き、さらに追いかければ「や、やぁ、モモン殿、偶然ですね。」など、わけのわからないことを言うので、ナーベに所用を頼み、近くで話のできる場所を探せば「も、もしや、これはデート」と、怪しい宿屋に入りたがる。

 

 さらに、喫茶店に入り、話を聞いてみれば「いや、モモン殿の奥方様を見てみたくて」「モモン殿が見初めた相手に、是非あってみたく」「その、この土地にいないのでしたら、自分がモモン殿の現地妻に・・・」など、要領を得ないことを言われてしまった。要するに、ストーカー行為をされているのだけはわかった。

 

 ナーベに相談したところ「あの大蚊め・・・アインズさま、命令さえいただければ、私が始末を・・・それと、現地妻の件も命じて頂ければ、自分が・・・」など、こちらもわけがわからないのだが、とにかく、一度、蒼の薔薇に聞くしかないだろうと思い至り、ラキュースとこうして話し合いの場を持ったのだが・・・

 

「いえ、モモン殿に妻がいるとわかった時から、おかしいとは思っていたのですが・・・」

 

 まさか、あのイビルアイが好意を寄せているなどツユにも思わずに、迂闊なことを口走ったと後悔をしたが後の祭りである。一番良いのは“妻”を用意して、イビルアイに諦めてもらうの事なのだが、どうしたものか腕を組んで考えてしまった。

 

「はぁ・・・“妻”ですか」

 

 適当な人物が思い当たらない。マーレは、国民全員に知れ渡っているのでダメだし、その理由で、守護者女性陣をを紹介するのは同じくまずい。七姉妹の内誰かと考えたが、全員、なんだかの問題がある上に、エントマとの因縁があるのでなるべくは会わしたくない。桜花聖域の領域守護者を考えたが、あれに任務外のことをさせるのはまずい。と、なると・・・

 

 考え込みながら、ラキュースもため息をつく、コーヒーの湯気が立ち上り、天井の高い黄金の輝き亭の豪華な照明が目に映る。そう言えば、この宿屋の一泊の料金を考えれば、どこかに家を買ったほうが安いんだよな。家庭があれば、小さな一軒家で、ナーベと夫婦の寝室、リビングとキッチンがあれば良いんだから・・・

 

 実に貧乏性臭いことを考えた。そうだな、冒険者として名声も得たし、ほとんど、エ・ランテルから離れることもなくなった。拠点となる家を得るのも悪くない。そう考えれば、気が楽になった。家の中は、魔法と物理、両方から情報防壁を完璧にして、リビングにゴーレムか不可視の番兵を置けば良い、そっちのほうが安上がりだ。あと、妻は・・・

 

「わかりました。イビルアイにはこの際なので、妻を紹介しましょう。それで諦めなければ――」

 

「ええ、その時には、首に縄をかけてでも諦めさせます。本当に、ご迷惑をかけて申し訳ない。モモン殿」

 

 これで何度目なのか、再び頭を下げるラキュース、少し冷めた紅茶を口にした。その後は、アインズ・ウール・ゴウンの話や、冒険談などを話し込めば、すっかり時間も過ぎていた。

 

 ラキュースも、このモモンという冒険者と、一度、じっくりと話をしてみたいと思っていたのだが、予想以上に話が弾んだ。特に、彼の知識や冒険譚などは、彼女のある病気の部分を刺激するものが多数にあった。モモンししてみれば、当たり障りのないアニメの話や、タブラ・スマラグディナに教えられた知識を脚色して話したのだが、つい時間が経ってしまった。

 

 そう、二人共、何も気づかずにともに時間を過ごしてしまったのだ。

 

 

 

「お帰りリーダー」

 

 蒼の薔薇冒険者であるティアは、珍しく上機嫌で帰ってきたリーダーのラキュースを横目で見贈りながら、何をするでもなく装備の点検をしていた。彼女が帰ってくる前、イビルアイが無言で通り過ぎていた時は、柔軟体操をしていたような気がする。いや、拾った猫に餌をやっていただろうか

 

 そう言えば、イビルアイに教えた、街中追跡術、チェイサー技能など、何に使っているのだろうか・・・まぁ良い、どちらにしろ、問題は、あのリーダーが鼻歌など歌いながら上機嫌で帰ってきたことだ。

 

 げんなりとした表情で、隣でクナイを研いでいるティナに肯けば、双子のもうひとりも、同じような表情をしている。

 

「また、今晩、あの病気が始まる――」

 

「深夜まで独り言は、やめてほしい――」

 

 あれは、自室にこもって、ある病気を発症する合図のようなものだ。以前は、異世界の魔王が攻め込んできた演劇を一人で独唱していた。それを、ラキュースノートに書き込み、なにか、一人で楽しく笑っていた。

 

 それを、彼女以外の蒼の薔薇全員が、生暖かい目で見守っているのだが、決して楽しいものではない。さらに、気持ち良いものでもない。

 

 今晩は、何処か宿に泊まろうか、それとも、酒場で夜を過ごそうかなど考えていたとき「みぎゃぁぁーッ!!」と、絹を裂く音…にしては生々しい悲鳴が響く、どうしたことかと暗殺者たちは、声の下部屋、ラキュースの部屋の扉を開ければ・・・

 

「わ、私の・・・そ、創作ノ、ノートが・・・ぁ・・・」

 

 見れば、インクが零れ、何が書いてあったのかもはや識別できないノートを前に崩れ落ちるアダマンタイト級、蒼の薔薇リーダーの姿があった。創作ノートという、ラキュースの黒歴史を綴っていたものを前に、涙を流し錯乱していた。

 

「どうした。リーダー」

 

「もう、病気が、始まっている・・・?」

 

 不思議そうに見れば、ティアとティナは、盗賊のスキルなのか、まずは部屋の全てを観察した。そして、不自然なことに気づく――

 

「う、ううっ、折角・・・まとめて、出版しようと・・・イラストも、書いて・・・う、ううっ――」

 

「いや、それは・・・残念だったな。」

 

 いつの間にか、ガガーランも集まり、ラキュースを慰めている。そんな中、ティアとティナは床を調べてみる。

 

 ラキュースの部屋、足あとは、彼女のものしかないはずだ。しかし、その執務机の前に、もうひとつの足跡が伸びていた。おそらく、彼女が帰ってくる前に付けられた足跡、それは間違いなく、イビルアイのものに間違いなかった。

 

 

 

 

 

「――と言う訳で、家を買おうと思うのだが」

 

「すぐさま、アインズ様の居城にふさわしい城を作らせましょう。」

 

 多分、そうなると思っていたが、予想通りの言葉にアインズは頭を悩ませる。まぁ、ナザリック以外の居城を作るのはやぶさかではないが、今話したとは関係ないことだった。

 

「いや、デミウルゴス・・・モモンとしての仮住まいだ。賃貸などが良いのだが、そのような制度はないらしい。ので、何処かエ・ランテルに拠点となる場所を用意しようと思ったのだが」

 

「そうですか、仮住まいならば・・・すぐに適当な貴族か豪商を追放し、家を用意させましょう。家具などは、セバスなどと相談し・・・」

 

 いや、だからそういう意味ではないのだがな。まぁ、自分の主人がみすぼらしい4LDKの中古マンションに住むとなると反対するのがシモベとして普通なのだが、いや、鈴木悟の住んでいた部屋は、もっとみすぼらしい場所だったのですよ。デミウルゴスさん。

 

「――デミウルゴス、控えなさい。アインズさまは、そういう住居を探しているのでなくてよ。」

 

 途中で助け舟を出したのは、意外にもアルベドだった。こちらに向ける満足気な笑みに手を振りつつ、同意を示す。

 

「アインズさまは、私と二人っきりになれる。愛の巣をお探しなの…狭い、ボロアパートの一室、仕事に疲れた主人を待ち、夕食を用意する妻・・・『アインズさま、おかえりなさいませ。』『あ、待ってください。銭湯に行くのならごいっしょに・・・』そして、私の洗い髪が芯まで冷え、二人で手を組みながら、雪の小道を歩いていくの・・・ああ、アインズさまの優しさが少し怖かった。」

 

「ああ、ずるい。アインズさま、僕も――」

 

「ええい、静まれッ――」

 

 近いけど違うよ。仕方がないので、もう一度わかりやすく説明することにした。

 

 要するに、アインズの考えていたものは、ナザリックとエ・ランテルを結ぶセーフハウス兼ワープホールのようなものだ。転移場所とでも言うべきか、固定の魔法陣でナザリックを繋ぐのは、流石に少し危険が有るように思えるが、桜花聖域の領域守護者が見張っているし、さらには、エ・ランテルの魔法陣を高位のゴーレムに守らせれば、ほぼ侵入は不可能だと考えたのだ。さらに、毎度、高い宿代や食事をとらなくても良いというメリットもある。

 

「しかし、アインズさま・・・やはり、ナザリックと直通の転移門を作るのは危険ではないでしょうか?さらには、民家などに、モモンとしてでも、アインズ様の住居とするには、あまりにも・・・」

 

「いや、アルベドよ、しかし、“妻”を呼ぶのだったら、やはり住居は必要だろう。」

 

「そ、それでしたらアインズ様・・・ぼ、僕は、丘の上の小さな家に住みたいです・・・そ、その、モモルとモーレ…あと、犬なんかも飼いたいな。」

 

 杖を両手で握りながら、頬を赤くするマーレ…なんでこいつらは人の話を聞かないんだ?

 

「いや、違うぞマーレ・・・すまないが、お前には、我が自室を守ってもらわねば。」

 

 その、絹糸のような髪を撫でてやると、甘い声で吐息を漏らす。そして、その対に並ぶ妻を見た。

 

 アルベドは不思議そうに首をかしげて、こちらを見返した。

 

 

 

 意外に高い買い物だったが、買った物件にモモンはそれなりに満足していた。

 

 エ、ランテルの目抜き通りから少し離れた住宅区画、その、それなりに治安と利便のよい土地にある2階建ての60坪ほどの大きさだろうか、部屋は4LDKで上下水あり、築浅・・・なのかどうかわからないが、リアルで鈴木悟が住んでいた環境で言えば、天と地程の差がある豪華な家だった。

 

 かなりの出費を覚悟していたのだが、モモンが考えていたほどの値段ではなかった。これでも、エ・ランテルの土地は値上がりしているらしいが、金貨500枚を即金で払い、翌日には家具を搬送しリビングにあるソファーに腰を下ろしつつ、満足気に新居・・・中古物件だが・・・を見回した。

 

「モモンさ――ん、掃除と家具の配置は終わりました。」

 

「うむ、ナーベ、ご苦労だったな。しかし・・・ナザリックに比べれば、狭く感じるな。」

 

 当然だろう。特に不満がないが、やはり天井が低く感じてしまう。しかし、ナーベは憮然とした顔で文句を口にする。

 

「まったくです。モモンさんなら、もっと広い部屋に住まわれるべきです。これだけ狭ければ、我々メイドが掃除をする箇所が減ってしまうではないですか、さらに、調度品とベットも・・・いえ、その、モモンさんが満足していただけるのでしたら、私に異存はないのですが・・・では、早速、枕を『Yes』に裏返してきますので」

 

「お前は、全然何も聞いていなかったのか・・・そもそも、ナーベよ。お前と二人だけで暮らす家ではないのだ・・・うむ、ゲートも開いたようだな。」

 

 フルプレートの置物・・・に、擬態したバキュラ合金製ゴーレムに守られたリビング奥の一室、対視認、対盗聴、その他あらゆる侵入、転移阻害を施した部屋を開ければボンヤリと、床に書かれた魔法陣が光、ひとりの女性が転移してくる。

 

 ナーベは少し驚きながらも、その女性に優雅に一礼をした。別に、未知の相手に驚いたわけではない。現れたのは、彼女のよく知る人物なのだ。しかし、その容姿や服装は彼女の知る女性自身と少し変わっていた。

 

「あの、変ではないでしょうか、アインズさま?」

 

「今の私はモモンだ。アルベド・・・いや、今はアルベリア・・・」

 

 一度、くるりとアインズの前で回転するアルベド・・・いや、モモンの妻であるアルベリアは、もう一度、服装を確認しつつ、モモンに軽く一礼する。それに呆れながらも、角と翼のない女性、アルベリアの腰を抱いた。一瞬、驚いた空気の抜けた声を上げる。

 

「よく似合っているぞ、アルベリア・・・いや“お前”と呼んだほうが良いか?」

 

「お、お前・・・お前・・・ですか・・・お、お前・・・それは、その・・・ッ、愛する旦那さまが、妻を呼ぶ・・・はうぅ!!」

 

 なにか興奮し、頬に手を当てるアルベリアが、突拍子のない声を上げる。隣でナーベが呆れたような悲しいような顔をしていたが、あえて気にしない。

 

「ま、まぁ、そういう意味だ・・・そうだな、お前も、私のことは“あなた”と呼んでも良い。と、いうか、アインズさまなどとは絶対に呼ぶな。モモンさま・・・は、いいような気がするが――いや、もう“あなた”で統一しよう。」

 

「はいッ――あ・な・た・・・ッ、チュッ」

 

 フルプレートの頬の部分にキスをするアルベリア、の頭を撫でてやれば嬉しそうに腰をくねらせる。若干、ナーベの視線が気になるが、あえてそれは無視した。

 

「よし、それでは、夕方に戻る。客人を連れてくるので、夕食は多めに用意してくれ」

 

「はい、アナタ・・・ッ」

 

 すぐに出かけようとするモモンだが、腕を抱いたまま離してくれない。何が不満なのか一瞬考えたが、唇を突き出し目を瞑るアルベリアを見て、ようやく合点がいく・・・なんで、こんなことに付き合わないとダメなのか、一瞬考えるが、フルプレートの顔の部分を開けば、人間の顔がをアルベリアに近づけ

 

「それでは、行ってくる・・・留守を頼んだぞ――チュッ」

 

 軽く口づけをすれば、、内股に飛び跳ねる彼女を無視して、玄関を出る。その後、奇妙な奇声が聞こえたような気がしたが、モモンはあえて無視することにした。

 

 

 

 その日の夕方、蒼の薔薇と漆黒のチームが連れ立ち冒険者組合からモモンに連れられ向かった先は、エ・ランテルでは中流階級が住む、ごく普通の一軒家だった。

 

 まだ、ペンキは新しいが作りからすれば、少し前に立った家だろう。モモンの地位から見れば慎ましい家なのだが、蒼の薔薇一同は何も言わなかった。ほとんどの冒険者は家などを持たなが、持つとしたら理由は、だいたい二つしかない。

 

 一つは、経済的に成功し、引退する時・・・もう一つは、ほぼ同義語なのだが、結婚して所帯を持つとき・・・まぁ、結婚と同時に引退、または、パートナーが同じチームということが多いのだが、一同は、ナーベのようなパートナーを持って、よく妻が冒険を許したな。と言う感想だった。

 

 誰も口にしないが、それほど美男子という訳ではないモモン・・・いや、アダマンタイト級で、その謙虚さが女性を惹きつけるのか、まぁ、本人に会えば全てが分かる。軽装で集まった蒼の薔薇は玄関から聞こえる鈴のような済んだ女の声に耳を澄ませた。

 

「アルベリア・・・今、帰った。」

 

「はい、お帰りなさい。ア・ナ・タ・・・ッ」

 

 そして、全員が息を呑んだ。と、言うか、モモンを見た。フルプレートの男は、頭を抱えつつどうすべきか悩んでいるようだった。

 

 アルベリアは、美しい女性だった。白く透けるような肌に、ぬばたまのような腰まで伸びた柔らかく長い髪・・・さらに、大きく開かれた黄金の瞳は人間ではありえない神の創造物のようにも見えた。それが、その・・・フリルのついたエプロンを着て出てきたのだ。いや、正確には、エプロン以外は、何も着ていない。と、思う・・・多分

 

「あら、みなさま・・・主人がいつもお世話になっています。“妻”のアルベリアです・・・あなた、今日は、腕によりを奮ってご飯を用意したのよ。それとも・・・もう、皆様がいらっしゃるのに、ふしだらな女だと思われてしまいますわ。」

 

 いや、もう、思われてるよ。ツッコミを入れるのを抑えつつ、モモンがアルベリアの肩を押し部屋の中に戻っていく・・・石よりも重い沈黙、おそらく数分後だろう。何事もなく、扉が開かれた。

 

「ごめんなさい。つい、主人に会えると思い、興奮してしまって・・・妻のアルベリアです。蒼の薔薇のみなさま。主人のモモン・・・がお世話になっております。」

 

 今度はまともだった。普通の王国風の生地の厚いブラウスにスカート、さらにエプロンをしたアルベリアは誰が見ても美しかった。最初の行為がなければだ。

 

 若干、引きつった顔の蒼の薔薇一同だが、モモンが一度咳払いし、部屋の中に通される。部屋にあるテーブルに並べられた料理からは良い匂いが漂う。何度も感心するのだが、アルベド・・・いや、アルベリアの料理は美味い。スキルが無いにも関わらず、このような特技にはいつも感心させられてしまう。

 

 さらに、一般的な“妻”という演技も・・・最初の行為以外は完璧だった。イビルアイのトゲのある態度に不安を覚えるが、彼女自身は、余裕を持ってそれを躱している。

 

 まぁ、どちらにしても、これでイビルアイが諦めてくれれば良いのだが・・・モモンはわずかな期待を抱いて、愛する妻の料理を口にした。

 

 

 

 お世辞でなくとも、アルベリアの料理は絶品だった。

 

 蒼の薔薇との会話やホストとしての振る舞い、さらには、モモン殿を立てる良妻賢母振りは完璧と言って間違いなかった。そして、それがイビルアイには気に入らなかった。

 

(モモン殿は、騙されているに違いない)

 

 紅い瞳に、嫉妬の炎を燃やしながらイビルアイは、注がれた葡萄酒に口をつける。アンデットなのでアルコールの影響を受けることはないが、脳髄の奥は焼けるような感情でグツグツと煮えたぎっている。やがて、それがひとつの沸点に達した時、イビルアイの頭の中に、ひとつの答えが出ていた。

 

(そうだ、モモン殿は、あの悪魔(アルベリア)に騙されているんだ。) 

 

 ある意味では、半分正解なのだが、もちろん、彼女にそんなことがわかっているはずがない。感情と妄想の末に出した答えなのだが、恋という病は、妄想の全てを肯定する。娼婦のように彼に媚びる姿や、あの、男を誘う肢体・・・しかも料理も上手く、気遣いもできる。そんな完璧な妻などいるはずがないし、モモン殿にはふさわしくない。

 

 モモン殿には、冒険や日々の苦労を癒す、献身的で知的で慎ましい身体の、自分のような女性がふさわしい。それを、あんな、下品に大きなものをぶら下げては、冒険の邪魔になるだけではないか?

 

「そう言えば、アルベリアさんは、モモンさんと同僚だったらしいですね。」

 

「ええ、同じ王国に所属して・・・上司と部下の関係でしたけど、こうして、夫婦になれたのですよ。」

 

 蒼の薔薇が、羨ましいのか関心したように感嘆を漏らすのを、ワインを飲みながら横目で睨む。流石に、仮面はとっているが、大して美味しいと思わないが酒でも飲んでいないと、やっていられない。アンデッドなので酔うことはないのだが・・・

 

「ははっ、剣の腕で言えば、お前の方が強いではないか・・・詳しくは申せませんが、こいつは王国でも屈指の実力者でしてね。剣だけでなくすべての武具を持たせても、実力は私でもお呼びません」

 

「そんな・・・アナタ、あまり褒めないでください。」

 

 そんな冗談に、全員の笑いが部屋の中に起こる。ふん、武器を握る?どうせ、男の別のモノを握って出世したのだろう。このビッチ――

 

 ゴブレットの赤い中身を全部飲み干せば、こちらを覗き込むアルベリアの顔、酔っていると思っているのか、半眼で見ても特に気にはしていなかった。いや、一瞬だが、勝ち誇ったように唇を釣り上げた。イビルアイには、それが、悪魔の微笑にも見えた。

 

 モモンと楽しく談笑しつつ、料理と酒を振舞う妻の姿に、蒼の薔薇のひとりを除いて全員が、好感を持って酒宴を続けていた。イビルアイの盃にも酒を注ぎ、愛想のある笑顔を向ける。

 

 やはり、この女悪魔(ビッチ)を倒さなければ、モモンさんがダメになる。注がれた酒を飲み干せば、テーブルに音を立てておいたのだ。 

 

 

 

   

 もう、深夜を回った時間だが、蒼の薔薇のメンバーを見送り、ナーベと共に片付けをしていると自然とこの時間になってしまった。もはや、ほとんどの家の明かりは消え、住宅街ということもあって喧騒すら聞こえてこない。弱い永続光に照らされ、アルベリアは水場から出てきてエプロンで手を拭いている。

 

「これで、諦めてくれれば良いのだがな。」

 

「まったくです。下等生物の分際で、私とあなたに横恋慕をするなど、おこがましいにも程がある。」

 

 椅子に座れば、優越感に満ちた顔をするアルベリア・・・の隣に立つナーベが複雑な顔をした。台所に立つ姿、さらに料理などもアルベリアはメイドの彼女より完璧だったのだ。いや、アルベドの家事スキルは高いのは知っていたが、こうして、一般的な主婦業をこなせるのは、少し意外だった。

 

「しかし、アルベリアよ。こうも、身の回りの家事を完璧にこなせるなら、ずっと私のそばにいてもらったほうが良いかもしれないな。」

 

 もちろん冗談の類の言葉だが、彼女の顔が華やいだように上気する。ナーベは捨てられる子犬のような顔でこちらを見た。モモンの供回りを外されると思ったのか、少し潤んだ瞳に罪悪感を感じ、モモンは軽く咳払いをする。

 

「いや、ナーベの働きも、評価していないわけではないのだが・・・そして、アルベリアは、もっと重要な仕事があるしな。私のわがままかもしれないが、しかし、もし、こうして、お前と二人だけなら、小さな家でこうして慎ましく暮らすのも良いと思っただけだ。許せ――」

 

「そんな、アイ・・・あなた・・・許せだなんて、もし、あなたが望むなら、私は・・・アルベリアとして、今の勤めを捨てて、あなただけのモノになる覚悟は出来ています。もっと、小さな家でも、もっと、貧しくても・・・モモベラと3人で、仲良く暮らす事も――」

 

 そこで言葉を区切る。当然、出来ないことだと知っているからだ。もし、至高の41人、それがもう一人でもこの地にいれば状況が変わったかもしれない。アルベドとアインズ・・・いや、モモンガは全てを捨てて冒険者として、世界を放浪し水平の果てまでも踏破したかもしれないが、彼の地には彼しかいないのだ。そんなことをすれば、ナザリックが崩壊してしまう。

 

 以前、同じような事を宝物庫で言ったような気がする。状況は全く違うが、モモンはアルベリアの頭を抱く、一瞬だが、彼女が小さく弱く感じた。

 

「モモンさん、アルベリアさん、転移の準備が出来ました。」

 

 状況を見計らってなのか、ナーベが声をかける。バキュラ・リビングメイルに守られた扉から、青白い光が漏れる。アルベリアの「チィッ」という舌打ちが聞こえたような気がしたが、モモンとアルベリアは、ナザリックに帰ることにした。それが、彼らの本当の我が家だからだ。

 

 

 

 

「今帰ったぞ、マーレ」

 

 久々に帰った自室、まずに出迎えたのは、スプレーの音だった。消臭剤のラベンダーの匂いがやたらと鼻に突く

 

「あ、お、お帰りなさい。アインズさま・・・おかしいな、あの女の匂いがするなぁ・・・」

 

 そしてまた、消臭剤を振りまく妻にアインズは、どうしたものかと頭を悩ませた。ベットの上では、二の腕と太ももで器用にクワイエッセを抱き母乳を与えるクレマンティーヌがチャシャ猫のように笑う。

 

「あの、アインズさま・・・僕だって、家事も上手くなったし、料理も上手になったんですよ。うんん、あの、アインズさまが、どうしても、アルベドさまを連れて行きたいのなら、僕は・・・第一王妃のボクは我慢しますけど」

 

「う、うむ・・・その、すまぬ・・・」

 

 薄絹のベビードールに褐色の肌が透ける。細くまだ、未成熟だが少女としての柔らかみがある身体が、アインズに押し付けられる。普通なら嬉しい状況なのだが、こういう時の選択肢を間違えると、後々に厄介なことになるのはわかりきっていた。

 

 やっぱり、二人も妻を持つべきじゃなかったな。実際には、愛人も2人いるけど(ハムスケは当然のように除外した)後悔しても後の祭りである。マーレの柔らかな金髪をなでてやれば、拗ねたように頬を膨らませてアッチを向く、仕方がないので、抱きしめれば「ぼ、僕は、お、怒ってるんですからね。」と、威嚇するように暴れたので、唇を近づける。

 

 

『――アインズさま・・・アインズさま・・・』

 

 

 突然《伝言《メッセージ》》が届く、おあずけをされ、悲しい顔をする子犬のように見上げるマーレをよそに、アインズは少し警戒をする。伝言を飛ばしてきた相手が、プレイアデスの末妹、桜花聖域の領域守護者にして、ナザリックの転移門の管理を一手に担っているNPCだからだ。

 

『どうした、何か問題か?』

 

 

 多少の時間を置き、女性の優雅な声が直接脳に響く、一瞬だが緊張が走る。

 

 

『ナザリック外から侵入者です。転移門を使い、何者かが侵入しました。』

 

 

 

 




別に、前後編にするほど長い文章じゃないような気がしますが、後編もお楽しみに

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