学校嫌いな彼と鮮烈な少女たち   作:勇忌煉

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第7話「通学路のアイちゃん」

「……これは夢か?」

「夢ではありません」

「……これは夢――」

「夢ではありません!」

「あっ、はい」

 

 男の娘もといボクっ娘のリナルディと出会った次の日。俺は……なんというか、男として幸せな状況にある。世間的に見れば。

 昨日、筋トレの際に利き手である右を痛めてしまい、箸が掴めないという危機的状況に陥ってしまったのが事の始まりだったりする。

 だが、それを知ったアイなんとかに弁当のおかずを食べさせてもらうことになったのだ。

 なんでも慣れない左腕で食べようとして何度も失敗している俺を見かねたらしい。

 

「…………は、早く食べてください」

「だったら普通に箸でいいだろ」

 

 世間的に見れば男として幸せな状況だが、俺からすればそうでもない。

 だってアイなんとかの奴、弁当のおかずである鯖の味噌煮を俺に投げようとしてるんだぜ? 俺は手負いの猛獣かっての。

 もし俺が食えなかったら鯖は床に落ちる。それがスミ姉にバレようものなら――殺される。

 

「普通にあーんでいいだろ!」

「恥ずかしいので嫌ですっ!」

 

 ごもっとも。

 

「……やっぱいいわ。さすがにそれ落としたら俺の命が危なくなるから」

〈食べない時点で危ないかと〉

 

 しまった、そうだった。この弁当はスミ姉の手作りだったな。鯖の味噌煮以外。

 ヤバイ。これもう食べるしかないじゃん。しかし肝心のサポート役であるアイなんとかは普通に食べさせてくれない。

 どうすんのこの状況。前みたいに残したら本気で殺されてしまう。

 

「仕方ない、腹くくるか」

「……………………い、イツキさん」

「なにかな?」

 

 アイなんとかに呼ばれたので振り向くと、目の前に鯖の味噌煮を掴んだ箸があった。

 ま、まさかこのシチュエーションは……!?

 

「――は、はいっ!」

「んぐっ!?」

 

 残念ながらあーんではなかった。ていうか無理やり口に鯖の味噌煮をブチ込まれたんですけど!?

 いやまあ、恥ずかしいのはわかるけどよ……これは酷くねえか!?

 あ、ちょっと待ってこれヤバイ……! 喉に詰まりそうだ……!

 

「み、水……!」

 

 確か鞄の中にミネラルウォーターがあったはず……!

 

「こ、こここれでしょうかっ!?」

「それそれ、早くよこせ……!」

 

 まだ頬を赤くしているアイなんとかが取ってくれたミネラルウォーターを一気に飲み干した。

 ふぅ、マジで死ぬかと思いましたよ。今度からは無理してでも自分で食べよう。

 

「夢は所詮夢だったか」

「??」

 

 アイなんとか。女の君には一生わからないよ。

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとな。弁当食うの手伝ってくれて」

「いえ……」

 

 放課後。アイなんとかの助力もあって午後の授業は奇跡的に切り抜けた。

 にしても、まさか帰る道まで一緒だったとか驚きだよマジ。

 このあとどうしようかな……腕が治るまで筋トレは無理っぽいし……。

 

「イツキさん」

「なんでぃ?」

「そろそろアイなんとかって呼ぶのはやめてください」

「やめてくださいって言われてもなぁ……」

 

 お前の名前、アイしか覚えてない。

 

「うーん……どうしたものか……」

〈いっそあだ名で呼んでみては?〉

「アイなんとか」

「……やめてください」

「アイリス!」

「誰ですか!?」

 

 どうやら間違っていたようだ。やっぱり思い出せねえわぁ。

 セラはあだ名で呼べって言ったけど名前がわからない以上、それは無理って話だ。

 

「えーっと……アイアイ!」

「怒りますよ?」

 

 ごめんなさい。

 

「あーもう! やめだやめ! 今まで通りアイなんとかでいく!」

「諦めないでください!」

 

 これなんて青春ドラマ? 名前呼ぶだけなのに励まされるとか初めてなんですけど。

 とはいえ、思いつかないのも思い出せないのも事実。

 

「ま、明日また考え――」

「また逃げるんですか?」

「――違う戦略的撤退だ」

 

 またってどういう……ああ、体育の模擬戦か。あれは仕方なかったんだよ。

 結局、今日で終わりそうにないため続きは明日に持ち越された。

 まだ続けんのかよこれ……。

 

 

 

 

 

 

 

「イツキさん」

「ついてくんな」

「イツキさんっ!」

「ついてくんなっ!」

 

 翌朝。アイなんとかと鉢合わせするなり謎の追いかけっこの始まりである。

 どんだけアイなんとかって呼ばれるのイヤなんだよ!?

 

「待ってください!」

「待たねえ」

「待ってください!!」

「待たねえ!」

 

 さっきからこんな感じのやり取りが続いている。早く諦めてくんねえかなぁ。

 いや、ここは俺が諦めるべきなのか? でもなんかイヤだなぁ……。

 

「イツキさんっ!!」

「んだよ!?」

「やっと止まってくれました……!」

 

 しまった。あまりのしつこさに思わず立ち止まってしまった。

 

「昨日も言ったようにアイなんとかでいいだろ!」

「よくありません!」

 

 だったらなんて呼べばいいんだよ。名前で呼ぼうにもアイしか覚えて――アイ?

 

「……イツキさん?」

「……決まったよ。今日からお前は――アイちゃんだ!!」

 

 決まった。なんかよくわかんねえけど決まった。そうだよ、普通にちゃん付けでいいじゃねえか。どうして深く考えてしまったのだろうか。

 なぜ今に至るまで思いつかなかったのか自分でもわからないけど。

 

「あ、アイちゃん……!?」

「うん。アイちゃん」

「そ、その――」

「ん?」

「――その呼び方はダメですっ!!」

 

 顔を真っ赤にしたアイちゃんに拒否られてしまった。なんでやねん。

 それとアイちゃん、ここ通学路のど真ん中なんですけど。

 

 

 

 




 というわけで、アイちゃんというあだ名はこうして生まれました。

《今回のNG》TAKE 31

「……イツキさん?」
「……決まったよ。今日からお前は――アイちぇんだ!!」
「……………………ちぇん?」

 しまった。盛大に噛んでしまった。



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