学校嫌いな彼と鮮烈な少女たち   作:勇忌煉

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第37話「ひでえ言い草だ」

「う~む、どうしたものか……」

 

 俺は今、店内のお肉コーナーでどの肉を選べばいいのか本気で考え込んでいる。

 実はついさっき、彼氏の家から帰宅したスミ姉が上機嫌で『お好み焼き作っちゃうぞ~!』とか言い出したのだが、肝心の野菜や肉といった材料が全く揃っていないことが判明したのだ。

 自分のミスは自分で片付ける、ということで本来ならスミ姉が行くべきだったのだが――

 

『今の私は凄く上機嫌。だからお前が行け』

 

 ――って言いながら物凄い笑顔になったので、俺が行くはめになった。

 とりあえず何らかの高揚感に浸っていたいのはわかるが、もう少しストレートに言ってくれると嬉しい。何も脅す必要はないと思う。

 てなわけで近所のスーパーへ行ったのだが、どうも定休日だったようで店にシャッターが下ろされていた。貼り紙もあったし。

 その後も知っている店舗を転々としたが、どこもかしこも閉店や定休日ばかりで店内にすらたどり着けなかった。大丈夫かあの街。

 

「定番の豚肉もいいが牛肉も捨てがたい……いやしかし――」

 

 もちろん、そのまま帰ったらスミ姉に滅されてしまうのでやむを得ず隣町に訪れ、三分で見つけたどでかいスーパーに突入して今に至る。

 肉を見つけたのはいいが、まだ野菜選びが残っている。しかもただいま夕方。晩飯まで時間がないからゆっくり選んではいられないのだ。

 というかスミ姉、前々からそんな気はしていたけど彼氏いたのね。あの準サイコパスを攻略するとは……彼氏さんは一体何者なんだ……?

 

「あれ? 緒方くん?」

「おっ? 委員長じゃないか」

 

 なんか聞き慣れた声がしたので横を見てみると、愛しの――もとい我らの委員長がそれはもう可愛らしい私服姿で立っていた。買い物かごを持つその姿はまさに主婦のそれである。

 もちろん個人的な目的でこっそりと彼女の姿をカメラに納めた。こんなオーパーツ並みのレア物、撮らない方がどうかしてる。

 

「さっきから『どっちのルートを選ぶべきか』みたいな顔で思い悩んでるようだけど……何かあった? 頭痛薬でも飲む?」

「ひでえ」

 

 それ完全にギャルゲーのヒロイン攻略ルート選択じゃねえか。お前の頭の中にいるであろう俺がどういう存在なのか物凄く気になるんだが。

 にしても俺はともかく、なんで委員長がいるのだろうか。ここ隣町なんだけど。

 

「牛肉か豚肉、どっちにしようか悩んでたんだよ。お前ならどっちにする?」

「そうだね……間を取って魚肉かな」

 

 その発想はなかった。

 

「魚肉入りのお好み焼きか……物好きだな、委員長」

「待って。どうして畏怖を込めた視線を私に向けるの?」

 

 俺には委員長の好物がわからない。魚肉入りのお好み焼きとか地球にもないんだぞ。

 家事スキルの高いスミ姉なら作れないこともないだろうが、味は最悪に違いない。いや、怖いもの見たさで挑戦するのもアリか?

 

 ――ミッドチルダの人間パネェ。

 

 前代未聞のチョイスに戦慄していると、委員長が自分の子供を心配するような顔になって口を開いた。そこは夫を見る目で頼む。

 

「というか緒方くん、お好み焼き作るの?」

「おう。まあ正確には俺じゃなくてスミ姉が作るんだけどな」

「ふーん……だから材料を揃えにわざわざ隣町まで出向いてきた、ってこと?」

「そゆこと。ほら、なんか地元の店舗全滅してただろ?」

 

 どこか思うところがあったのか、人差し指で頬を掻きながら苦笑いする委員長。

 ええいっ、こういう動作の一つ一つは可愛いんだよなぁコイツ。学校で真面目に接してくる点はどうしても許容できないが。

 

「もうすぐ七夕祭りが開催されるらしいから、その関係かもしれないね」

「七夕……うっ、頭が……」

「大丈夫? こういうときに備えて買っておいた頭痛薬飲む?」

 

 ホントにひでえ言い草である。いやホントに。確かに頭痛薬は必要かもしれないが、コイツの場合は常にこういうシチュエーションを想定している節があるから結構質が悪い。

 まだ委員長だからマシなのだが、これがアイちゃんや初等科のガキ共だったら殴って矯正しているところだ。そう、殴ってでも。

 女子を殴るのは気が引けるが、いざやろうとすると罪悪感が消え失せてしまう。この辺りはクソ姉二人にそっくりだと自覚している。

 にしても七夕かぁ……去年は委員長と二人きりで、しかも彼女の家で行った記憶がうっすらと残っているが、それと同時に起こった物凄く大事なことを忘れている気がしないでもない。

 ……ま、まあとりあえず去年の件は置いておこう。大事なことならいずれ思い出すに違いないし、無理に思い出そうとすれば思考回路が三回はオーバーヒートしてしまうからな。

 

「そういうお前は何してるんだよ?」

「見てわからない? 晩御飯の材料を買いに来てるんだけど……」

「そろそろデコピンかますぞテメエ」

 

 魔力で最大限に強化した一撃をな。

 

「ごめんごめん、三割は冗談だから」

「つまり七割は本気ってことじゃねえか」

 

 ホンットに、これがアイちゃんや初等科のガキ共ならボッコボコのボコボコにしてやるんだがなぁ。惚れた弱みってやつか?

 もしかすると、スミ姉にもこういう一面があるのかもしれない。見たくはないが。

 っと、かなり時間食ってしまったな。早く選んで買って帰らないとスミ姉に殺される。

 

「んじゃ、またな委員長」

「え? も、もう帰るの?」

「いや、まだ野菜を買ってないから帰ることはできんな」

「そ、そっか……じゃあ一緒に選んであげようか?」

 

 それは助かる。主婦――じゃなくて料理のできる女子がいると作業が捗るからな。

 牛肉、豚肉をかごに入れた俺は委員長と共に、できるだけ早足で野菜コーナーへと向かうのだった。こりゃ間に合いそうにねえや。

 

 

 

「ドラララララァ!!」

「はいっ、せいッ、ハイッ、セイィッ!」

 

 お好み焼きの件から数日経ったある休日。俺はスミ姉と共に以前アイちゃんをフルでボッコボコにした山へ訪れ、軽い組み手を行っていた。

 俺が打ちまくっている拳のラッシュを、スミ姉は右手だけで軽々と捌いていく。しかもかなり余裕っぽいからむっさ腹立つ。

 続いて身体を回転させ、下から連続で蹴り上げようとするもあっさりとかわされ、間髪入れずに右手で胸ぐらを掴み左の連打を繰り出す。が、彼女はそれを額で簡単に受けきった。

 もう一度言うがこれは軽い組み手である。だが、相手はあのスミ姉なのでどんなに軽くても殺し合いの域に突入してしまうのだ。

 

「ふぅ、しゃいくぞオラァ!」

 

 正拳突き、後ろ蹴り、蹴り上げ、とどめに踵落としを入れるもガード、回避、受けきる、刀よろしく白羽取りの順に対処されてしまう。

 するとスミ姉は白羽取りで対処した俺の足を両手でガシッと掴み、身体を持ち上げると腕力だけできりもみ回転させながら地面に叩きつけた。

 必然的に体勢が仰向けになるも、スミ姉の踏みつけという名の追撃を食らう寸前で起き上がり、すぐさま距離を取る。

 そして牽制の魔力弾を両掌から連射するも、スミ姉は弾幕全てを両手で弾いてみせた。

 

「その技、負けフラグだからあんまり使わない方がいいよ」

「言われなくても、わかってラァ!」

 

 俺は合わせた両掌の間に大きな魔力の塊を作り出し、足に微量の魔力を込めて暴発させ、一気に間合いを詰めて作ったそれを展開した魔法陣から砲撃として豪快に放つ。

 もちろんスミ姉はこれを回避し、俺の背後を取った。ははっ、一回死んだな俺。

 しかし、彼女が回避したからって砲撃が消えるわけではない。撃ち出された魔力は地面を削り取り、地形を変化させてしまった。

 

「隙だらけだよ。もしかしてわざとやってる?」

「そりゃ実戦じゃなくて組み手だしな。いろいろ試したくなるんだよ!」

 

 そう叫びながら間合いを詰めてスミ姉の肩を掴み、足下に魔法陣を展開して両手から魔力を変換させた電撃を放出させる。

 さすがに効いたのか眉をピクッと動かし、右の前蹴りで俺を強引に引き剥がすスミ姉。おおう、髪が大変なことになってら。

 単純な攻撃だが、アイちゃんやガキ共のそれとはモノが違う。胃液を吐きそうになるも必死に堪え、詰まりに詰まった呼吸を整える。

 

「けほっ、ごほっ……いくぜ」

 

 今度は正面に魔法陣を展開し、右手にこれまた魔力を変換させた氷結を纏う。

 次に地面スレスレで右腕を振るい、展開した魔法陣を通じて衝撃波のような冷気を放った瞬間、数十メートルはあろうかという巨大な氷塊が作り出され、スミ姉に向かっていく。

 が、スミ姉は迫り来る氷塊をワンパンで粉砕。拳圧で地面に張られた氷を吹き飛ばし、お返しと言わんばかりに魔力の衝撃波を撃ってきた。

 咄嗟に展開した魔法陣でガードするも、威力を殺しきれずに身体が宙を舞ってしまう。

 

「いでっ!?」

 

 ドスンという大きな音が響き、背中から全身に掛けて鈍い痛みが走る。クソッ、溜めと予備動作なしで撃つとか反則だろ。

 

「ふぅ……一旦休憩にする?」

「…………だな」

 

 やっと終わった。全身から力を抜きその場で仰向けになり、大の字で寝転がって同時に着ていたバリアジャケットを解除する。

 うーん……術的プロセスがあるとはいえ魔力変換は便利だな。自分でもよくできると思う。炎熱の変換も行っとけばよかったか?

 実は暇があればこうしてスミ姉や八神家の愉快な連中と組み手を行っている。今回が初めてというわけではないのだ。

 もちろん、魔法の使用に関しては許可が下りている。というかスミ姉が強引に下ろしてきた。どうやって下ろしたのかは知らんが。

 

「最近よく鍛えてるけどさ、インターミドルにでも出場する気?」

「信義に掛けて誓おう。それはない!」

 

 ちょっとカッコつけてみた。一度でいいから言ってみたかったんだよね。

 

「全然カッコよくねえから。シバくぞ」

「サーセン」

 

 スミ姉には受けなかったようだ。

 

「……じゃあなんで妙に気合いが入ってんのさ」

「さあな……」

 

 アイちゃんと引き分けた、合宿の模擬戦でガキ共に苦戦を強いられた等々、それらしい理由ならいくつか浮かんでくる。

 だが、本音の部分には何もない。空っぽだ。あえて言うなら生まれ持った才能を無駄にしないため、ってのが妥当なところか。

 そういやあと一週間でインターミドルの選考会だな。今頃ガキ共は特訓に勤しんでいるに違いない。帰ったら適当にエールでも送ってやろう。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「そういうお前は何してるんだよ?」
「見てわからない? 晩御飯の材料を買いに来てるんだけど……」
「そろそろカンチョーかますぞテメエ」

 このあと滅茶苦茶ビンタされた。



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