学校嫌いな彼と鮮烈な少女たち   作:勇忌煉

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 ふとネタが浮かんできたので即執筆。久々にスラスラと書けました。


番外編「バレンタインデー」

「寒いなぁこんちくしょう……!」

 

 2月14日。いつもギリギリか寝坊の俺は珍しく早起きし、スミ姉よりも早く家を出て猛ダッシュで学校に向かっていた。

 今日は特別な日だ。俺だけじゃなく、性別がある全ての生き物にとっても特別といえる。

 この日を迎えるとどんなに大人しい性格の奴も気分がハイになる。実際、俺が前に通っていた学校の生徒も半数以上が暴徒と化していた。

 十分も経たないうちに学校へ到着し、脇目も振らずに走り続ける。

 

「頼むからいてくれよ……!」

 

 必死に祈りながら廊下を走ること二分。見慣れた自分の教室が見えたのでブレーキを掛けて立ち止まり、教室内へ駆け込む。

 そして首をキョロキョロと動かして辺りを見回し、目的の人物を発見した。

 綺麗な黒のロングヘアーに青い瞳。わりと地味な特徴だが素材が非常に良いため、外見は相応の人気を誇る美少女になっている。

 彼女は俺の存在に気づくと読んでいた本をパタリと閉じ、微笑みながら口を開いた。

 

「おはよ――」

 

 バンッ! と机を叩いて壊し、少女の身体がビクッとしたうえに挨拶の言葉を遮ってしまう。マジで済まん。しかしこっちは時間がないのだ。

 三回ほど深呼吸をし、腹を括った俺は何事だと怯えるようにこちらを見る彼女へ一言。

 

 

「チョコレートくれぇぇぇぇぇ!!」

 

「まずは机を直してぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 そう、今日はバレンタインデーだ。

 

 

 

「聞いてよハルえもん。愛しの彼女がチョコをくれないどころか俺の頬が真っ赤になるまでビンタしやがったんだ。何がいけなかったのかな?」

「何がいけない、と言われましても…………その前に変なあだ名で呼ぶのはやめてください。というかそろそろ私の名前を覚えてください」

 

 今朝、委員長ことユミナ・アンクレイヴにチョコレートをもらおうと頭を下げたものの、何故か怒りを買って見事に玉砕してしまった俺はハルえもんことアイちゃんに相談していた。

 碧銀の髪と右目が紫、左目が青の虹彩異色(オッドアイ)が特徴的な美少女。見た目だけなら完璧に中二病だが、残念なことに彼女はクールと世間知らずに天然が混ざった属性の宝庫だ。

 もう一度言うが今日はバレンタインデー。女子が好きな男子にチョコを渡す、もしくは男子が好きな女子にチョコをたかる特別な記念日だ。

 たかがチョコで騒いでんじゃねえ、とか思ってる奴らは少なからずいるだろうが、俺は騒ぐ派だ。女子にモテるのは良いことだし。

 

「まずユミナさんの机を壊した時点でダメかと」

「ちょっと力んだだけだ」

 

 まさかあんな簡単に壊れるとは思わなかったんだよ。何度か机を壊したことはあるけど、それでも簡単には壊れなかったぞ。

 手作り弁当のおかずであるコロッケを頬張り、モグモグと確かめるように味わう。チッ、味が薄い。もう少し念を押せば良かったな。

 そういやスミ姉や姉さんはモテるのだろうか。あの二人は目付きが悪いだけでブスではないから物好きくらいには好かれてそうだ。

 ただ、姉さんは確実にもらえるだろうな。それも本命を二つ。スミ姉は交友関係がふわふわなのでまずそこから洗う必要がある。だから論外。

 

「次にストレート過ぎます。さすがの私でもあれはないです」

「回りくどいのより直球な方が良いじゃん?」

「否定はしませんが、限度があります」

 

 何かを伝えることに限界はない。俺はそう思っている。下手に回りくどいやり方をした結果、向こうが誤解してしまうよりかはマシだ。そういうのってよく不吉なフラグが立つし。

 それにしても……カメラを忘れてしまうなんて不覚だわ。チョコがほしくて早く来た結果がこれだよ。次からは予備を学校に置いておこうかな?

 

「最後に、お二人はそういう関係なんですか?」

「いや、まだ違うけど」

「つまりはそういうことです」

「どういうことなの」

 

 アイツとはまだ恋人でもなんでもないが、周りからは最近それっぽいと誤解を受けている。ちやほやされるってあんな感じなんだな。

 ……ちょっと待とうか、俺よ。これじゃ一方的に情報提供してるみたいで不公平じゃねえか。アイちゃんからもいくらか聞き出そう。

 何せせっかくのバレンタインだしな。コイツや他の奴らの、その手の事情を知るのもありだろう。ていうか普通に知りたい。

 

「ところでお前は誰に渡すの?」

「渡すこと前提ですか……」

「そりゃそうだろ」

 

 アイちゃんの本命候補となれば指で数えられる程度しかいない。それこそ後輩の金髪オッドアイとロリ魔女とクラス委員長の三人ぐらいだ。

 あ、でも女子が同性の友達とチョコを交換する友チョコってのがあるしなぁ。案外それだけで終わってしまう可能性もある。

 俺的にはおもしろくない終わり方だが、今回は俺ももらえる側になるつもりなので他を笑える余裕はない。むしろ笑われる側だ。

 

「で、誰に渡すの?」

「教えません」

「本命ありと受け取った」

「…………はっ!?」

 

 しくじったと言わんばかりに両手で口を隠し、頬を赤らめるアイちゃん。その様子だと本当にいるんだな。わかりやすくて助かる。

 そうこうしてる間に弁当を完食し、まだ時間があることを確認して教室から出る。アイちゃんは置いてきた。足手まといになりそうだし。

 まずは……ていうか、行く場所なんて限られている。未だに気が引けるが、それでも行くしかない。無駄な時間を過ごす気はないのだ。

 中庭を通って初等科の校舎にたどり着くと同時に、お目当ての三人を視界に捉える。どうやら外へ出るつもりのようだ。これはいい。

 

「あっ、イツキさんだ!」

「ほんとだ! せーんーぱーいーっ!」

「ごふっ!?」

 

 三人組と目が合った瞬間、八重歯ことリオ・ウェズリーにタックルされた。さっき食ったおかずがリバースしたらどうするんだ全く。

 先輩としての意地もあってどうにか踏ん張り、彼女を引き剥がして脳天に拳骨を入れる。悪い子にはお仕置きってね。

 涙目で唸るウェズリーだが、口元は嬉しそうにヘラヘラしている。もう手遅れなんだよな、あれ。めんどいからそう思っておこう。

 

「いつもリオがすみません。やめるよう注意してはいるんですけど……」

「ああ、もういいから。それ言っても無駄なパターンだし」

 

 非常に申し訳なさそうに頭を下げる金髪オッドアイ――高町ヴィヴィオを見た途端、怒る気が失せた。もう一発入れてしまったが。

 ……ずっと我慢していたが、そろそろ最後の一人にも声を掛けておくか。後で変に迫られると困るし、今すぐ止めないとヤバイ。

 

「おいティミル。さっきから俺達を見てカップリングを呟くのはやめろ」

「大丈夫です。別にリオ×ヴィヴィオに先輩が加わったら良いネタになりそうだなんて、決して思ってませんから」

 

 この底なしレベルで腐ってやがるツインテールはコロナ・ティミルだ。人としては比較的まともなはずなのに、特定のネタが絡むとこうなる。

 いわゆる腐女子というやつだが、コイツはBLよりも百合を扱っている節がある。これに関しては近くに俺以外の男がいないのが大きいのかもしれない。ネタがないという意味で。

 だがそれを除けばこの三人の中では一番好みの女子だ。この間は一緒に薄い本も描いたし、何らかの定義について語り合ったこともある。だが俺はノンケで腐ってはいない。

 

「おっと忘れるところだった。お前ら、今日がバレンタインデーなのは知ってるか?」

「もちろんです! どうぞイツキさん!」

「あたしからもっ!」

 

 質問をする前にウェズリーとヴィヴィオが、手のひらサイズの小包を俺にくれた。多分チョコなんだろうけど……小さすぎませんかね?

 まあ考えても仕方がない。義理だと割り切っておこう。ティミルは二人と違って恥じらう仕草を見せながらそこそこ大きい小包をくれたが、俺はこの状況に見覚えがあった。

 

「なあティミル。俺はこのシチュエーションを知っているぞ」

 

 俺がそう言うと女の子がしてはいけない顔で舌打ちし、いつもの明るい笑顔になるティミル。その程度で俺が落ちると思ったら大間違いだ。

 

「安心してください! 一応義理なので!」

 

 何をどう安心すればいいのか全くわからない。

 

「まあ、ありがたくもらっとくよ」

 

 とはいえ、女子がくれたチョコであることに変わりはない。はっはっは、これで三つも女子からチョコをもらえたことになる。

 さて、義理チョコをもらったところでそろそろコイツらの本命を聞き出すとしますか。もうすぐ昼休みも終わってしまうし。

 

「単刀直入に聞くぞ。お前ら、本命はいるのか?」

「そ、そんなのいませんよぉ!」

「本命……本命……本命?」

「本命って何?」

 

 どうやらヴィヴィオは脈あり、ティミルは忘れてる、ウェズリーはバカのようだ。チッ、ヴィヴィオ以外は弄れそうにないなこりゃ。

 まあこれ以上は何も得られそうにないから聞かないでおこう。これでも俺は紳士だからな。

 

「なるほど。まあ頑張れや」

「だからいませんってばぁ~!」

「いたようないなかったような……まあいっか」

「本命って何?」

 

 ティミルはマイペースなのだろうか? ウェズリーはいつまでもアホ面してないで一番まともなヴィヴィオに教えてもらえ。

 

 

 

「ヤベェ、学校が終わっちまった……」

 

 気づけばもう放課後になっていた。どうしよう、このままだとチョコをもらえずにバレンタインが終わってしまうんだけど。

 しかしお目当ての彼女はいつもより早く教室から出ていったのでもういない。ついでにアイちゃんもいない。詰んだなこれ。

 ぶっちゃけチョコをもらうこと自体は別に明日でもいいのだが、何かそれは違うと思うんだよ。

 

「はぁ、まあ義理でもチョコはもらえたし贅沢は言えねえか」

 

 帰って参考書でも読もう。そう思いながら足を進めていると、校門辺りに人らしきものが立っていた。もう少しだけ視力がほしいな。

 だけどシルエットで一応誰なのかはわかった。というかチャンスが回ってきた。

 

「……遅かったね」

「お前が早すぎるんだよ」

 

 やはりユミ――委員長だった。何でムスッとしているのかはわからないが、可愛いから許す。

 そして互いに一言も喋ることなく、淡々と帰路についた。何話したらいいのかわからねえんだよなぁ、こういう時って。

 一度玉砕している以上、同じ手はもう通用しない。でもチョコはほしいから諦めない。こうなったら少し角度を変えてお願いするか。

 

「お願いだからチョコを――」

「は、はいこれっ」

「――チョコを?」

 

 顔を赤くして、それはもう恥ずかしそうに希望の詰まった小包を俺に差し出すユミ――委員長。

 ……うん、やった。とうとうやったよ俺。生きてて良かったわマジで。

 ついに望んでいたことが起きて実感が湧いてこないけど、帰宅して自分の部屋に入ったときの自分がどうなるかは想像できる。

 

「あ、ありがとうユ――委員長」

「……委員長?」

「じゃなくてゆ、ゆ、ゆ……ユミちゃん」

「よろしい」

 

 委員長ことユミちゃん。今はこう呼ばないと睨まれる。嫌じゃないのだが、いざ呼ぼうとするとめちゃくちゃ恥ずかしくなるのだ。

 最初の間はファーストネームで呼んでとうるさかったのだが、恥ずかしがった俺がしつこく拒否したのとアイちゃんのときみたいに名前を忘れられちゃ困るということで今の形に収まった。

 

「委員長ってのはあくまでそういう役職名であって名前じゃないの。私の名前はユミナだよ!」

「しつこい。もう覚えたから」

「じゃあ言ってみて」

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆゆゆ……!」

 

 このあとユミちゃんと呼ぶのに大苦戦を強いられたが、三十分ほど経ったところでやっと呼ぶことができたのだった。

 ……改めて思ったが、バレンタインデーとは毎回こんな感じなのだろうか。まるでリア充を萌え殺したいのかと言わんばかりに恥ずいわ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 14

「いつもリオがすみません。やめるよう注意してはいるんですけど……」
「ああ、もういいから。それ言っても無駄なパターンだし」
「無駄にならないパターンってあるんでしょうか?」
「あるといいなぁ」
「そうですねぇ~」
「…………」
「…………」
「……あるといいなぁ」
「……そうですねぇ~」



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