「……今なんつった?」
「アインハルトのスパー相手をしてほしいんだよ。お前、どうせ暇だろ?」
「いや、暇だけどさ……そういうのは公式試合に出場したことのある奴にさせろよ。素人の俺がアイツとスパーやっても意味なんかねえし」
「あたしもそのつもりだったんだがな……」
「何かアクシデントでも?」
「アクシデントってほどのもんじゃねーが、ちょっとミカヤちゃんの方に用が入っちまってな」
「シェベルさんがアイちゃんのスパー相手やってたのか?」
「まあな。とにかく、その日は頼んだぞ」
「――てなわけで、俺が今日のスパー相手となった緒方イツキだ」
「あ、これはどうもご丁寧に。アインハルト・ストラトスです」
まるで初対面であるかのような挨拶だが、俺とアイちゃんはクラスメイトです。
ノーヴェに彼女のスパー相手を頼まれた俺は、スミ姉が用意してくれた山の広野でアイちゃんと正面から向かい合っている。そのアイちゃんはボインの大人モードへと変身している。なんつーか、気合い入ってるな。
具体的に何をすればいいかはノーヴェから大体聞いているから大丈夫だ。
「まず始めに聞いておく。確か格闘型は斬撃と相性が悪いんだっけ?」
「はい」
「そっかそっか」
アイちゃんは接近戦型である。しかも武器を使用しない徒手格闘型。素手で武器とやり合うのはそう簡単なことじゃない。
ま、ちゃんとした斬撃対策はシェベルさんとのスパーでいくらでもどうにかなるだろう。となれば、素人の俺が教えられるのはイレギュラーの対処法ぐらいだ。
要は型にはまらない変則型や我流のスタイルで戦う選手への対策やね。例えるなら姉さんのような喧嘩馬鹿とか、トライベッカさんのような砲撃馬鹿とか、ジークさんのような総合型とか。
「んじゃ、とりあえず小手調べな」
「小手調べ――え? 小手調べ?」
周囲に無数の魔力弾を生成し、目が点になっているアイちゃんへ遠慮なく弾幕をそれぞれ違うタイミングで撃ち込んでいく。
彼女がそれなりに強いのは知っている。けど詳しくは知らない。だからこうして知っておく必要は少なからずある。
「っ! これは――!」
おっ、もう気づいたか。さすがアイちゃんと褒めてやりたいところだ。
今アイちゃんにやっているのはアウトレンジシューターのスタイル。しかし、相手の踏み込みを完全に潰そうと徹底的に突き放す生粋のシューターがやるものではない。できるだけ再現したそれにちょっと誘導弾を加えた俺のアレンジだ。
当のアイちゃんは魔力弾を壊さずに受け止める、上手くかわすの二択で次々と弾幕を回避していく。スゲえな、冷静そのものじゃん。
「っ……こんなものでしょうか」
全ての弾幕を回避したアイちゃんは少し息を切らしながらも涼しい顔をしている。
……なるほど。これならアウトレンジシューターは攻略できるな。
「お疲れさん。んじゃ、さっそく練習を始めるか」
「今のが練習じゃないんですか?」
「そんなわけねえじゃん」
あの程度の練習なら俺じゃなくてもできる。それこそ実力派の人に頼めばいい。
「セラ、いけるか?」
〈いつでも〉
愛機のセラを腕輪から鉈へと変形させ、手に合うか確かめるため軽く振り回す。
アイちゃんは……構えたな。よしよし、準備が早くて何よりや。
まずは軽く居合い以外の斬撃対策だ。何も斬撃ってのは居合いだけじゃない。
「いいか? 俺が今から鉈を振り回すから、君はそれをひたすら避けろ。防御しても掠ってもアウトだ。防御ってのはどうしても避けられないときに使うもんだからな」
「はぁ……なるほど。イツキさんの指導にしてはまともですね」
「ちなみに反撃はありだぞ。できるもんならな」
「…………少し頭にきました」
一言余計だったので軽く挑発したのだが、やっぱり効果あったか。ていうか、乗せられやすいにも程があんだろ。
攻撃をかわせるのにわざわざそういう技術を使って防ぐ奴の気が知れる。俺ならそれは秘策として取っておく。
「よーし――いくぞ」
「っ!?」
歩法と似たやり方でアイちゃんとの間合いを詰め、首筋目掛けて鉈を振るう。
一瞬で間合いを詰められたことに驚いたのか、反応し遅れたもののギリギリ屈んでこの一閃を回避した。チッ、危ねえな。
次に振り切った腕をすぐに振り上げ、アイちゃんの脳天目掛けて振り下ろす。
彼女は自分を一刀両断にしようと迫り来る刃を受け止めようと白刃取りの構えを見せたが、俺の言ったことを思い出したのかこれまたギリギリで横へ転がるように回避した。
「っらぁ!」
地面に突き刺さった鉈をなぞるように振るい、アイちゃんの下顎目掛けて振りかざす。
体勢を整えていたアイちゃんは上体を反らしてかわすも――鉈の先端が彼女の下顎を掠った。
それにより体勢を崩し、あっさりと尻餅をついた。ヤベェ、カメラに納めたい。
「はいアウト」
「………………くっ」
なんでそんなに悔しそうなのお前。
「ほらほら、休んでる暇はないぞ」
最初の練習でくたばられても困る。このあとこれに体術を加えたパターンや他の武器への対処もやってもらうんだから。
というか、なんでアイちゃんは俺にだけは負けたくなかった的な視線を向けているの? ついでに小馬鹿にされている気もしてならない。
「言われなくても、わかってます……!」
怒気を含んだ声でそう言いながら立ち上がるアイちゃん。……だからなぜ怒る。
まっ、そうこなくちゃ俺が困るんだよ。練習はまだ始まったばかりだし。
□
「うしっ、こんなもんか」
「…………」
あれから様々な練習をアイちゃんにさせた俺はちょっとスッキリしていた。
そして、そんな俺のすぐそばには屍のようにくたばったアイちゃんがいる。どっかの某龍球で見たことのある倒れ方だな。
鉈を始め、斧、弓、槍、手裏剣、短剣など様々な刃の対策をやらせた他、それに体術を組み込んだスタイルや我流のスタイルの対策も実行した。
「おーい、生きてるか?」
「…………」
返事がない。まるで屍のようだ。
てかこれ……もしかするとパイタッチできちゃうパターン? 今のアイちゃん、大人モードだし。揉んだらさぞかし柔らかいんだろうなぁ。
……よし、触るか。触るなら今しかない。起きる前にパイタッチを――
「にゃぁっ!」
――しようとしたらいつの間にか現れた小さな猫(?)が俺の指に噛みついてきた。
ていうか何この子。贔屓目なしでめっちゃ可愛いんだけど。
「おーコラコラ。イタズラはダメだよー」
「にゃっ!?」
噛む力が意外と弱かったこともあり、簡単に引き剥がすことができた。
いつもなら怒っているところだが、さすがに小動物相手にマジになるほど俺は酷じゃない。
さてと、にゃんこを頭に乗せたところでもう一度アイちゃんの――
「にゃぁっ!」
ええいまたかっ!
「コラコラ、イタズラはダメだって親か飼い主に教わらなかったのか?」
「にゃぁーっ!?」
すぐに引き剥がし、再び頭に乗せる。とりあえず可愛いから許す。
とはいえ、邪魔であることに変わりはないからどうにかしないと。
にゃんこを頭に軽く押さえつけ、今度こそアイちゃんの――
「何をしようとしているんですか」
あらやだ、アイちゃんもう起きていたのね。にゃんこのせいで気づかなかったよ。
仕方がない。正面突破に切り替えよう。しかも元の姿に戻ってるし。
「何ってタッチだよ」
「遠慮しておきます」
チッ。
「私のティオを返してください」
「ん? この子の名前、ディオって言うのか」
「ディオじゃありません、ティオです」
なんだ、てっきり某人間をやめた吸血鬼の名前と同じかと思ったぞ。
まあ、こんな可愛い子に奇声を出させるのはあれだよな。アウトだよな。
「ティオは何歳かな?」
「……勘違いしているところ悪いのですが、ティオは私のデバイスです」
マジかよ。ヴィヴィオの白ウサギと同タイプじゃねえか。……あれの名前なんだっけ。
「にゃっ!」
「んー? どしたティオちゃんよ」
ティオが俺の頭を可愛らしくペチペチと叩いてくるんだけど。
アイちゃんからは嫉妬の眼差しを向けられているが、それだけなので気にしない。
それにしても可愛いなぁ。せめてお持ち帰りできないだろうか。
「アイちゃん。この猫ちゃんを俺にくれ」
「歯を食いしばってください。それとティオは猫ではなく雪原豹です」
断りの返事を入れるところでどうして殴ります宣言なのか。
てか、ティオは猫じゃなくて豹だったのね。どうりで模様が……いや、どっちにしても猫か。
「いいのかい? そんなことしたらティオちゃんに当たっちまうよ?」
「ぐっ……!」
ちょっとニヤニヤしながら、未だ俺の頭に乗っているティオをアイちゃんに見せる。
さすがの彼女も自分の愛機に拳を入れるのは厳しいようで、渋々ながらも悔しそうに振り上げていた拳を下ろした。
「可愛いご主人様だなぁ~」
「にゃぁっ!」
「同調しなくていいですっ!!」
その後もティオとのんびり戯れていたが、そのせいで涙目となったアイちゃんが可愛す――もとい、可哀想だったので返してあげた。
……生まれて初めて、犬より猫が好きで良かったと思ったぜ。
《今回のNG》TAKE 19
マジかよ。ヴィヴィオのデバイスと同じタイプじゃねえか。……あれの名前なんだっけ。とりあえずクリスタルまでは思い出したけど……
「うーん……」
なんだっけなぁ……クリスタルにレイクを付け足せばいいのか?
「…………バカですね」
失礼な。