「う、腕が上がらない……」
「起きられない~……」
模擬戦が終わったのはいいが、アイちゃんとガキ共が筋肉痛で動けなくなっている。
俺は一戦しか参加してないからその心配はないが、全戦参加させられていたらこうなっていたのかもしれない。
まあ、通り魔やってたアイちゃんにとっては勉強になったはずだ。君が姉さんみたいに裏舞台へ立つのは不可能なんだよ。
「どうかしましたか?」
「え」
おおっ、これは良いぞ。ベッドで横になりながら向き合うヴィヴィオとアイちゃん。凄え様になってる。良いですねぇ。
バレないようにこっそりと写真を撮り、ついでにティミルとウェズリーも撮影する。ほっほっほ、これはこれで収穫ですな。
「イツキ。後でそのカメラ寄越しなさい」
「やだね」
今度こそ、絶対に守ってみせる。
「あ、そうだアインハルト。今日の試合が良かったんならこんなのはどうかな?」
そう言ってルーテシアが出したのはインターミドルの映像だった。
DSAA公式魔法戦競技会。出場可能年齢は10歳から19歳。限りなく実戦に近いスタイルで行われる魔法戦競技だ。
姉さんが出場選手なので知っているが、何でも全管理世界から集まった魔導師たちが魔法戦でてっぺんを目指す大会らしい。一般的にはインターミドル・チャンピオンシップと言った方がわかりやすいかもしれない。
年齢的にヴィヴィオたち初等科組が今年から出場可能だな。どうやらルーテシアも出場するつもりのようだ。でもこの調子だと――
「あ、イツキさんもどうですか? インターミドル!」
「そいつは無理な話だ」
そら来た。さっそく声を掛けてきたのはヴィヴィオだ。しかし、今回は生憎と予約が入っているから無理だったりする。
ティミルが信じられないと言った顔になっているが、むしろ出場するのが当たり前だと思っているお前らに驚きだわ。
皆は理由が知りたいのか、真剣な顔で俺を見つめていた。……言わなきゃならないのね。
「今年は姉さんのセコンドをやるんだよ。スミ姉と一緒にな」
上位選手である姉さんのセコンド。少なくとも貴重な体験はできると思っている。
それに出場するとしても俺は男子だ。女子の部と男子の部に分かれているからどっちにしても対戦することはできない。
正直に理由を言うと、ヴィヴィオとティミルは驚愕し、ウェズリーはポカンとした顔になり、ルーテシアは納得したように何度か頷き、アイちゃんは――
「――嘘ですね」
信じてくれなかった。なんでやねん。
「なんで疑われなきゃならんのだ」
「いえ、信じたら負けだと思ったのでつい」
一体何と戦っているんだお前は。ていうか今回も『つい』って言いやがった。俺の事情、君の中じゃどんだけ軽いんだよ。
どうすればアイちゃんに信じてもらえるか必死に考え、一つの答えを導き出した。
「アイちゃん」
「何でしょう」
「俺ほどの正直者はいないよ?」
「もっと信じられなくなりました」
なぜだ。俺ほど(自分の欲望に)正直な人間などいないはずなのに。
次の手を考えていると、ルーテシアの母であるメガーヌさんとヴィヴィオの母である高町なのはさんがドリンクを持って部屋に入ってきた。
「えーっと……アインハルトちゃんとイツキちゃんはどうしたの?」
「どうもしていません」
「そうですよなのはさん。あとちゃん付けはやめてください」
メガーヌさんといいなのはさんといい、どうして大人の女性は俺をちゃん付けで呼びたがるのだろうか? 俺もう泣いちゃうよ?
□
「シッ、シッ!」
その日の真夜中。珍しく寝付けなかった俺はロッジの外で軽くシャドーをしていた。
今思い返せばろくに自主練もしていなかったからな。せめてこれくらいはしとかなきゃ。どんなに強い奴も鍛練か実戦経験を多く積んでいる。前者にはジークさんやトライベッカさん、後者には姉さんやスミ姉が当てはまる。
俺はどちらかと言うと前者だ。あの二人ほど実戦経験は積めていない。いくら才能が優れていようと、それは磨かない限り宝の持ち腐れにしかならない。だからこうして、身体が鈍らないように練習をしている。
今度は両手両足に魔力を流し込み、素人なりに構えを取る。……さっきから見られてるな。
「今日のパンツは黒か」
「殴りますよ」
そう言って建物の陰から出てきたのはオッドアイが眩しいアイちゃんだ。トイレにでも行っていたのだろうか?
「それと今日は白です。黒ではありません」
「わざわざ教えてくれてありがとう」
そっか、今日のアイちゃんは白なのか。これは嬉しい誤算だ。白以外にも履くのかな?
口を滑らせたアイちゃんはしまったと言わんばかりに顔を赤くしていた。鉄仮面と思っていたけどそういう感情表現はできるのか。可愛いね。
「で、何してた?」
「……少し眠れなくて夜空を見ていたら集中力のようなものを感じたので、表へ出てみるとイツキさんがいたんです」
それ、多分俺の集中力じゃない。おそらく姉さんのものだろう。
ちょうどいい機会なので彼女にあることを聞いてみることにした。
「アイちゃん。お前がインターミドルに出場するのって――ご先祖様関連?」
「はい。覇王流の強さを証明することです」
ご先祖様が使っていた流派――覇王流の強さを証明、ねぇ。
覇王流つったら『ベルカ古流武術』とも言われる古い流派で、最近流行っているストライクアーツとは違う強さがあるらしい。
俺はアイちゃんの事情を詳しく知らない。だからどうこう言える義理はない。でも、少なくともこれだけは言えるだろう。
「――無理だな」
とはいっても、今はだけど。鍛練を積んでいけばいずれは達成できるかもしれない。
少し方向性が違うけど姉さんだって世界戦へ進出こそしていないものの、格闘技の経験がなく魔法にも優れていない素人がケンカでインターミドルの都市本戦まで勝ち上がれることを直に証明している。実際問題、その光景を見た選手の大半が希望を持ち始めているぐらいだ。俺の学校にだって姉さんの影響を受けた奴はたくさんいる。
証明ってのはそういうことだと思っている。目立つところまで勝ち上がるか、有名な選手と好勝負でもしないと証明どころか世間に認知すらされない。世の中はそんなに甘くないのだ。
「……なぜですか」
「自分で考えてくれ。頭の悪い俺には説明ができないからな」
「頭が悪いことを盾にしてはぐらかすのはやめてください」
はぐらかしたつもりはないんだけど……今考えていたことをそのまま言うべきだろうか? それとも姉さんにでも聞けと言うべきだろうか?
――どう考えても後者だな。
「姉さんにでも聞くといい」
「…………ではそうします」
上手くいったんだよなこれ? アイちゃんに虫けらを見るような視線を向けられているけど上手くいったんだよなこれ?
とりあえず歩き出したアイちゃんについていくことにする。何かあるとヤバイからな。
このあと精神統一をしていた姉さんを見つけた俺とアイちゃんだったが、会話中に姉さんが本来の――ヤンキーとしての殺気を出したことで黙りざるを得なかったのだった。
《今回のNG》TAKE 19
「それと今日は白でちゅ――白です。黒ではありません」
「…………ッ!!」
どうしよう、笑いと鼻血がこみ上げてきた。破壊力が尋常じゃねえぞこれ。