「お……お……お…………終わった……」
前期試験当日。寝坊で30分も遅刻するという重大なミスを犯すも、アイちゃんに勉強を教えてもらってたおかげでいつも以上に問題が解けた。少なくとも10問に5問ほどは解けた。やったね俺!
しかし、その反動はこないだアイちゃんとやり合ったときよりも大きかった。なので今は机に突っ伏して動かないようにしている。今日も帰ったら脳ミソを休めるためにぐっすり寝ますか。
「緒方くん、大丈夫?」
苦笑いしながら心配そうな声をかけてきたのは黒髪と青い目の女子、というかこのクラスの委員長だ。名前は……わからん。
でもどっかで会った気がするんだけど……どこだっけか。こんな美少女と会ったのなら忘れるはずはないんだけどなぁ……。
俺が珍しく考え込んでいると、委員長が持っていた鞄から何かを取り出した。
「これ、緒方くんのだよね?」
「それは……」
委員長が取り出したのは以前、自棄になった俺が投げ捨てた鉛筆だった。お前さん、生きてたのか……投げた衝撃で逝ったのかと思ってたよ。
学校の連中は基本的に嫌いだが、この委員長は他の奴に比べたらマシな方なので邪険に扱う気にはならない。なので手渡された鉛筆を受け取ることにした。コイツ以外の誰かだったら窓ガラス目掛けて投げていたかもしれない。
少しだけ身体が軽くなったので、また重くならないうちに帰ることにした。もしかして委員長にはアロマテラピーのような効力があるのか?
「じゃあな委員長」
「あ――」
俺が立ち上がると委員長が何か言いたそうな顔になったが、一度動かした足は止められない。彼女には悪いが、また今度だ。
今やるべきことは……寝るっ! 寝て脳ミソを休めるぞっ!
「――変わってないね、あの頃から」
教室を出る際、後ろから委員長の呟く声が聞こえてきたが、他の連中がうるさかったせいで内容は聞き取れなかった。
「補修ですね」
今日は前期試験の結果が発表される日でさっき発表されたのだが、俺はギリギリで補修を回避するという奇跡を起こした。だからこそ、たった今アイちゃんの言ったことが理解できなかった。
赤点じゃないんだぞ? ギリギリでボーダーラインを越えたんだぞ? なのにどうして補修なのか。意味がわからないよ。ちなみにそんな意味不明な発言をかましたアイちゃんは学年上位だった。この優等生め。
きっとアイちゃんは疲れてるんだな、と思ってもう一度確認することにした。
「パードン」
「発音が片言ですが……その程度の英語は言えるようになったんですね」
感心してないでさっさと答えろ。
「イツキさん、補修です」
「ふざけるなぁ――っ!!」
賑やかな教室で思わず叫んだ俺は絶対に悪くない。だってよ、赤点でもないのに補修とかおかしいだろ。こればっかりは遺憾の意を表させてもらうしかない。
俺は言いたいことを頭の中でまとめ、涼しい顔をしているアイちゃんにこう告げる。
「遺憾の意を表する!」
「そんなことが言えるとは驚きです」
「スカートまくり上げんぞテメエ!?」
あまりにも酷くないだろうか。いくら勉強ができないからって……!
さっきから複数の視線を感じるのでハッとして周りを見渡すと、クラスメイトのほぼ全員が俺とアイちゃんを見ていた。視線の種類は嫉妬と軽蔑と好奇の三つに別れている。なんでこんなにもわかりやすいんだろう。
しかし、今回だけはそれをスルーしてみることにした。まずはアイちゃんの説得だ。
「いいかアイちゃん。俺は赤点を回避したんだ。なのにどうして補修なんだよ?」
「以前、私はあなたにこう言いました。『最低でも平均点は採ってもらう』と」
「………………え?」
あれそういう意味だったの?
「理解できましたか?」
「い、いや、理解も何もそんなこと言われた覚えないんだけど」
とりあえずごまかしてみる。傍から見れば『わかりやすいにも程がある』とか言われそうだが、生真面目なアイちゃんなら大丈夫だろう。
そのアイちゃんは頑張ってシラを切ろうとしている俺をジト目で見ていた。あら可愛い。周りの視線よりは遥かに可愛い。
すると彼女は小さくため息をつき、明後日の方向へ視線を移してから口を開いた。
「…………わかりやすい人ですね」
まさかアイちゃんにまでそう言われるとは思わなかった。
「まさかそういう意味だとは思わなかったんだよ! 紛らわしいにも程があるわ!」
「開き直られても困ります」
ええい、かくなる上は――
「――さらばだぁっ!」
逃げるが勝ち!
「あっ! 待ってください!」
「誰が待つかバーカバーカ!」
残念ながら、俺はそこまで素直な人間ではない。試験の疲労がまだ取れていないんだ。早く帰ってお寝んねしなければ。
教室から脱出し、ただひたすらに校門まっしぐらである。これでも校内のルートはある程度知り尽くしているんでな。
それを良しとしなかったのか、ちょっぴりお怒りの表情をしたアイちゃんが全力疾走で追いかけてきた。鬼神みたいに迫力が凄えです。
「バカって言う方がバカなんです!」
「じゃあお前もバカだよ!」
「イツキさんにだけは言われたくありません!」
「スカートまくり上げんぞテメエ!?」
廊下を全力疾走しながら痴話喧嘩。第三者から見ればまさにそんな光景だろう。だがしかし、俺にとっては地獄への入り口が二足歩行で追いかけてきているようなものだ。
ここで捕まったら俺はきっとガリ勉へ改造されてしまうに違いない。怖いったらありゃしねえ。
「止まってください!」
「お前がな!」
それから10分ほど追いかけっこは続いたが、最後は俺が窓から飛び降りたことで決着はついた。
□
「忘れてた……」
次元港にて、俺は大きな荷物を背負いながら姉さんたちが来るのを待っていた。
合宿、今日からじゃねえか……忘れてたよちくしょうが。せっかくベッドで丸一日はぐっすり寝ようと思ってたのに。ま、まあ、スミ姉が言うにはポロリもあるらしいから思わず釣られてしまったけどさ……。
到着してからずっとげんなりしてる俺を見かねたのか、一緒に待っていたスバル・ナカジマさんが話しかけてきた。
「どうしたのイツキ? げんなりしちゃって」
「なんでもねえです……ホントに……」
何をどう言えばいいのか全くわからないので、とりあえず適当に返事してみる。ま、げんなりしてても仕方ないか。
鞄の中から撮影用のカメラを取り出し、壊れてないか確認する。ふむ……水に浸けなければ大丈夫だな。後はフィルムにメモリーカード、それと……二日で作り上げたドローンのメンテもしておこう。こいつは意外とデリケートだからな。
「それってドローン?」
「そうだけど……」
ドローンを見るなり興味があるという感じで話しかけてきたのはティアナ・ランスターさん。今は執務官をやっているが、かつてはスバルさんの相棒だったらしい……今もかな?
というか気まずい。男が俺しかいない。しかも美女二人と一緒にいるので幸せな気分になれんこともないが、今回はもう一人くらい男がいてもいいんじゃないかとしみじみ思う。
とにかくこの二人にも言うべきことがある。姉さんたちがいない今のうちに言っておこう。
「スバルさん、ランスターさん」
「ん?」
「どうかした?」
「その……姉二人がご迷惑掛けます……」
ちょっとだけ頭を下げ、言いたいことをさっさと言ってから頭を上げる。スバルさんは楽しそうに微笑んで「大丈夫だよ♪」と言ってくれたが、ランスターさんは苦笑いしていた。
このあと無事にスミ姉たちと合流したが、寝惚けていた姉さんにぶん殴られた。なんでやねん。
《今回のNG》TAKE 30
「それってドローン?」
「そうだけど――」
ガシャァンッ
「ドロ助ぇぇぇ――っ!!」
「ドロ助!?」
ドロ助が壊れたぁああああああっ!!