東方風云録 ~ブーンが天狗少女と出会うようです~   作:蒼狐

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後編でござーい。


肆の符(後編)

 

 

ノハ;゚⊿゚)「ほんとーっに申し訳ない!」

 

(;^ω^)「いやいや、そんなに謝らなくていいお? 元はといえばドクオが余計な事言ったからだし……」

 

一騒動あった入浴タイムも終わり、ヒートから貸してもらった作務衣に着替えさせてもらった直後だ。

本来なら腰に手をあてながらフルーツ牛乳かコーヒー牛乳(瓶入り)をぐいっと飲み干したい時分なのだが、ヒートから出されたのは誠意という名の土下座フォームだった。

 

広めの和室ど真ん中で机を退けてまで開催された謝罪祭り。

そこまでしている辺り余程申し訳なく思っているのだろうが、ここまで謝られると逆にこちらのが申し訳無い。

 

ノハ;゚⊿゚)「じゅ、住職にも言われてたんだっ! 私は怒ると見境も加減も無くなるから気をつけろって! なのに、なのにこんなああああああ!!」

 

(;^ω^)「おぅ!?」

 

驚くべき声量に耳を反射的に塞ぐ。

それは"元気"を砲弾にしたかのように、耳の奥を揺さぶった。

 

(;^ω^)「……声でかいお……。だ、大丈夫だお? 僕は突っ込まれずに済んだし、ドクオだってほら――」

 

(*'A`)「……やみつきになりそう」

 

( ^ω^)「……うん。ドクオはこの際置いといて、そんな気にしなくていいお?」

 

ノハ;゚⊿゚)「し、しかしだな!? 何も無しに許してもらうなんて……。あ、そうか!」

 

言い終わるが速いか、ヒートはおもむろにこちらに背を向ける。手元で何かしているようだが伺い知れない。

 

( ^ω^)「お? 何して――」

 

ノパ⊿゚)「私がブーン達の裸を一方的に見て辱めたんだ! なら私もこれでおあいこって事で――」

 

(;゜ω゜)「それはダメー!!」

 

はらり、と表現するにはあまりにも雄々しい脱ぎっぷりに慌てて畳に落ちかけた作務衣を掴み戻す。

間一髪だったが、何も見てない。形の良い肩甲骨とか引き締まった背筋とか柔らかそうな尻とか何も見えてない。

 

射命丸「おや、ブーンさん! 中々大胆ですねぇ……相手が独りの"女子"《おなご》と見るや手篭めにしてしまおうだなんて!」

 

(;゜ω゜)「最初からずっと見てたくせに何白々しい事言ってんだお!?」

 

ノハ;゚⊿゚)「は、離してくれ! 素直にごめんなさいってさせてくれーっ!」

 

最初にあったときから暴走しがちなタイプだとは思っていたが、これは予想以上だった。

恥じらいという言葉は彼女の辞書にないのかというレベルで、勇ましい。

この勇ましさはツンとは別方向にある勇ましさである。どの道手に負えない。

 

射命丸「ブーンさん。そこまで言ってるんですし、同意の上なら論理的に問題ないのでは? 写真機ならほらほらこちらにありますよー」

 

(;゜ω゜)「倫理的と道徳的に問題あるんだお! ああもう……分かった! お詫び! お詫びはしてもらうお! ただし別の方法で!」

 

ノハ;゚⊿゚)「ほ、ほんとか! 詫びる! 詫びるぞ! 何して詫びたら良いんだ!?」

 

ようやくヒートの抵抗が穏やかになるのを感じ、後ろから作務衣を肩にかけ直す。

ぶっちゃけ全力で抑えこんだから、詫びの前にもうひとっ風呂浴びたい所だった。

 

(;^ω^)「ふぅ……ええと、実はそのえーと……」

 

勿論、代わりの詫びなんて考えていない。しかし、このまま黙っているとまた騒ぎ出すかも知れない。

こういう時頼りになるのが射命丸だ。

 

射命丸「そうですねぇ。女性の肌に興味が無いのであれば、寺宝を見せていただくのはいかがでしょうか? 夢想器の可能性があるとすればそういった物でしょうしね」

 

おお、と思わず簡単の声が漏れた。

詫びとして取材権を得ようと思いつくなんて、流石としか言いようがない。……もしかしていつもそうしているのだろうか。

 

実際、そう持ちかけてみるとヒートは少し考えた後、二つ返事で快諾してくれた。

 

ノパ⊿゚)「ほんとにそのくらいで良いのか? 地元の人もすっかり見に来なくなったような代物だぞ? 都会の人が見ても面白いか分からないし……」

 

(;^ω^)「それでいいお。ってかそれがいいお。他のは刺激が強すぎてしばらく眠れなくなりそうだし」

 

ノパ⊿゚)「そうか! じゃあ早速見せてやるぞ! こっちだ!」

 

( ^ω^)「あ、その前にお腹空いたからごは――」

 

何でも言うこと聞いてくれるけど、話を聞いてくれないヒートちゃん。

彼女は呆けたドクオを引きずって、あっという間にすっかり日の落ちた廊下へと飛び出していった。

出すことが出来なかった言葉を変換した深い深い溜息を一つ、その場でつく。

 

射命丸「ブーンさんの周りって強引な女性ばかり集まるのは何でなんでしょうね? ま、とにかく付いて行きますよ」

 

( ^ω^)「……ほんと最近そう思うお」

 

強引な女性ナンバーゼロゼロツーをカメラの上に座らせたまま、従順な従者の如く静々とヒートの後に続いた。

 

 

ノパ⊿゚)「寺宝はこっち、本堂の中にあるぞ。ブーンの治療をする為に立ち寄った所だ」

 

( ^ω^)「なんだ、あそこにあったのかお。全然気づかなかったお」

 

ノパ⊿゚)「本堂は広いからな。……広すぎてちょっと寂しくなるくらいに」

 

( ^ω^)「……」

 

すっかり冷たくなった夜風の中。古く擦り切れた廊下の上に足を踏み降ろす度に、寺が鳴く。

この子はずっとこんな夜を過ごしてきたのか。物言わぬ建造物の軋む音や、自然の奏でる不気味な声を話し相手にして。

 

射命丸「――ブーンさん」

 

呼びかけに言葉を出さずに反応する。カメラの上の射命丸がいつもよりも厳しい眼でこういった。

 

射命丸「取材対象に深入りしすぎないでください。後悔しますよ」

 

返答は、出来なかった。

沈黙をどう捉えたのか分からないが、射命丸はそれ以上何も言わなかった。

 

ノパ⊿゚)「――ほら、灯りだ」

 

本堂の前で立ち止まり、ヒートは手持ちのキャンドルランタン二つに火を点し、片方を渡してくれた。

ランタンを受け取りながら、再びヒートに先導を任せる。

ちなみにだが、ドクオは危ないので廊下に転がしておいた。

 

射命丸「なんだかより一層不気味ですねぇ」

 

( ^ω^)「完全に奥が見えないお……」

 

ノパ⊿゚)「待っててくれ。今ろうそく点してくから」

 

手元の頼りない灯り。それを一つ、また一つと、暗がりに歩み寄っては火を移していく。

やがて、数えで33もの大小様々なろうそくに火が灯ると、広い広い本堂は柔らかで幻想的な光に包まれた。

 

( ^ω^)「なんかあったかい気分になるお……」

 

ノハ;゚⊿゚)「ふぅ、結構大変だからな。夜に拝観許可するのはあまりしないんだ」

 

闇の中に、ろうそくが灯った事で本堂の中に集中的に灯りが集まってる箇所が見えてきた。

中央部――祭壇と表すべきか迷うが、仏教的儀式にまつわるアイテムが段になった机の上に設置されている。

 

ノパ⊿゚)「さぁ、これがこの寺の宝だぞ!」

 

( ^ω^)「おお! これがその――!」

 

――どれだろう。

そんな言葉が出かかったところで飲み込む。

段机の奥にはもう何も無く、その上にもろうそくや細々した道具の数々だけ。真新しく価値がありそうな物は見当たらない。

細工の施された二対の柱の前に段机があるのなら、その間に存在する可能性も捨てきれない。試しに近づいて覗き込んでみた。

 

( ^ω^)「……? 寺宝ぅ?」

 

やはり無い。

小さな仏像一つ飾ってない。

もしかして馬鹿には見えないアレとかだろうか。なら彼女にも実は見えてな――

 

ノパ⊿゚)「何処見てるんだ? 眼の前だぞ?」

 

( ^ω^)「めのまえ……」

 

なんてことだ。彼女には見えているらしい。

つまり自分が馬鹿優勝候補の最有力者という事だ。心が折れそうである。

と、落ち込みかけていると射命丸がハンドサインで上を指し示し始めた。

 

射命丸「もしかして……これじゃないですか?」

 

言われるがまま上へと目線を上げていくと、射命丸の言葉の意味をすぐに理解させられた。

瞬間、腰から下の力が一気に抜けた。

 

(;^ω^)「で、でか!? ――鳥だお!」

 

柱だと思わせるほど太い二つの足に支えられて、両翼を天井に届くほど大きく広げた怪鳥。

ろうそくでも伝わる繊細な羽毛と、大胆な筋骨格のひきしまり。

そしてまるで魂を宿しているかのような鋭く、厳しい顔つきが眼下に居る者を"獲物"として強制認識させている。

 

ノハ*゚⊿゚)「どうだ驚いたか? 住職が一人で彫ったらしいぞ!」

 

(;^ω^)「こんなでっかいのを……? 達人級の職人かお……」

 

射命丸「ええ。これは見事な造形ですね……。刃物の扱いもさる事ながら、材質の特性も熟知しています」

 

実の所、寺宝として仏像が出てきたらどう反応すべきか困っていた。

テレビでお宝として見たことあるが、正直何がそんなに心に響くのか分からなかったからだ。

しかし、これは違う。シンプルな本能を刺激する圧倒的な形。今まで会った強者たちの風格がそこにある。

 

射命丸「ああ、成る程。この体躯を支えるために内部は空洞で、しかも足先は頑強な柱として地に突き立っているのですね。ほー」

 

(;^ω^)(流石射命丸。全然たじろいでないお……)

 

確かに作り物とは言え、これだけの代物相手に動じる素振りさえ見せない。それどころか構造や製造方法を推測する方に忙しくしている。

射命丸の場合、感受性が鈍いのではなくこの程度の怪鳥に慣れきっているのだろう。恐ろしい話だ。

 

('A`)「ほー。でっけぇなこれ」

 

いつの間にか復活した感受性が鈍い方のヤツが隣で呟く。

 

ノハ*゚⊿゚)「すごいだろ! 何でもこの寺には昔、全身燃える鳥……不死鳥が羽根を休めに来たって話があってだな、それを形作ったそうなんだ!」

 

( ^ω^)「不死鳥?」

 

そう言われてみれば意匠のあちこちに炎のような造形があるのに気がつく。

これだけのサイズの鳥が燃えながらやってきたなら、もっとでかい伝説になってそうだが、そこは残念ながら作り話かサイズを盛っているのだろう。

 

('A`)「てか住職が自分で作って自分で寺宝って言ってんの? それって自作自演じゃね?」

 

( ^ω^)「おい、また余計なこと言うと今度はろうそくが喉奥からこんにちはするお?」

 

(;'A`)「やっべ」

 

慌てて尻のあたりをキュッと引き締めながらドクオはヒートのご機嫌を伺う。が、どうも心配は要らないらしい。

 

ノハ*゚⊿゚)「――それでな! それでな! 羽根を休ませてもらった不死鳥は立ち去る時に羽根を一枚置いていったと言われていてな!? それがすごい羽根で、人の傷を癒やしたり死にかけた動物も復活するくらい――」

 

射命丸「ふふ、説明に夢中で助かりましたねー。ドクオさん」

 

(;'A`)「気が緩むとついポロりしちゃうんだよな。もう黙っとくわ」

 

( ^ω^)「ま、それはそれとして。夢想器ってこれなんじゃないかお? すごい立派だし」

 

今まで確認してきた夢想器――。カメラ・ヴァイオリン・八角形の何か・ひらひら・ダウジング道具・闇。

共通点の無いラインナップなのだから、これも夢想器ですと言われてもなんらおかしくはない。

最も、こんなん抱えて戦う参加者は想像出来ないが。

 

('A`)「でもそうするとどうすんだ? 夢想器だってんならどうにかしたほうがいいんじゃね?」

 

(;^ω^)「うーん……」

 

どうにか、とは回収か壊すかという二択に他ならない。

もしこれが夢想器だとすればいずれ他の誰かが見つけて、何かしらの行動へ移す事になる。

その場合、この寺はどうなってしまうのだろうか。そして、彼女は――。

 

ノハ*゚⊿゚)「――昔は不死鳥の炎を祀るお祭りってのが神仏習合の"下"《もと》にあったらしいんだぞ――って、ん? どうした?」

 

(;^ω^)「え、あー……」

 

流石に視線に気がついたのか、ヒートが熱心な説明から戻ってきた。

何かごまかそうと頭を動かした瞬間、代わりに腹の虫が口を開いた。

 

(;^ω^)「oh……」

 

ノハ*゚⊿゚)「お! 腹減ったのか? そうだなそろそろ飯にしよう!」

 

彼女はそう叫ぶと、こちらの反応が届くよりも先に忙しなく本堂を後にする。

 

( ^ω^)=3「むぅ、ほんと落ち着きの無い子だお。さて、じゃあ僕たちも行くかおー」

 

と、足を一歩踏み出した分だけカメラの首紐が大事な血管と気管を締め付けた。

 

(;゜ω゜)「ぐぇええ?」

 

射命丸「ちょっとブーンさん。流石にこのままにはしておけませんよ?」

 

(;^ω^)「え? あ……」

 

振り返った先にあるのは、当然この本堂を照らすために灯されたろうそくの灯り達。

もう一度思い返してみよう、その数はゆうに33。三十本に三本のオマケがついているのだ。

 

射命丸「きちんと消しておきませんと。火事で夢想器ごと寺が焼失した時になんて言い訳するのです?」

 

瞬間よぎる昼のニュース番組の一場面。

 

『未成年者の不注意で寺と寺宝焼失。損害賠償は小国の国家予算並か――?』

 

射命丸「我々は新聞を書く側ですよ。書かれる側になるようでは記者失格ですて」

 

(;^ω^)「そんなんで有名人入りしたくないお……。仕方ないドクオも手伝ってくれお」

 

ろうそくを一本一本、吹き消すの厳禁という縛りの上で片付けていくのは大変だ。

だが多分、二人ならすぐに終わるだろう。

返答の無いドクオを強制的に引き込もうと、彼の肩に手をかけた。

 

( ^ω^)「ありゃ?」

 

空を切る手。

 

('A`)

 

廊下の向こうに涼しい顔で歩いていくドクオ。

 

( ^ω^)「あの、ドクオ君?」

 

('A`)「……」

 

('∀`)「フヒッッッ」

 

静止の声をはねのけて曲がり角の向こうへと消える瞬間、ドクオは確かに笑顔だった。そう、笑いやがったのだ。

 

( ^ω^)「……覚えてろお?」

 

その後、33回ろうそくを消す度に一本づつドクオに突き刺していく想像をした事は、言うまでもない。

 

 

 

 

 

ノパ⊿゚)「来たか! 適当に座って待っててくれ!」

 

(*^ω^)「うわぁい!」

 

食堂にある広くて大きい食卓を前に、喜びが無意識に顔からこぼれる。

なんせ目の前に並んでいるオールスターはそれだけのオーラをまとっているのだから。

豪快に盛られた串焼き肉。湯気の中でくつくつと音を立てて踊る鍋。川魚の塩焼きも見事な塩梅に色ついている。

山の幸はあまり親しみが無かったが、食べる前にもう分かる。これは美味い。

 

('A`)「よう、おかえり。遅かったな?」

 

( ^ω^)「ああ、ドクオのお陰だお。貴様に天誅を下すのは今はやめておいてやるお。御食事様の御前であらせられるからな」

 

ドクオの隣に腰を下ろすと、自分の分の取り皿や箸の位置を確認する。

食事において大事なのはこういった微妙な環境管理だ。これが速度と効率を大きく左右する。

 

(*^ω^)「よし! いつでもいけるお!」

 

左手に皿を。右手に箸を。幾年も磨き上げてきた構えは既に達人の領域だ。

 

射命丸「行儀が悪いですよー。まだヒートさんが調理中ですて」

 

( ^ω^)「むぅ、確かに」

 

一度奮い建てた食欲を宥め、箸と皿を食卓に着陸させる。ついでにおひたしっぽい小皿にフライングしようとしたドクオの手を思いっきり箸で叩き落とす。

 

(;'A`)「いって……飯奉行かお前は」

 

( ^ω^)+ キラーン「後の飯将軍である」

 

食事は皆が揃ってからのが楽しい。大勢ならもっと楽しい。

我慢しすぎてヨダレで腹一杯になろうともそれだけは厳守する所存だ。

食事をとれない射命丸達も当然その数に入れる徹底ぶりである。

 

( ^ω^)「……あれ、そういえばルナサは?」

 

射命丸「あれ? そういえばずっと居ませんね。ヴァイオリンごと」

 

悪気がある訳ではないが、本当に気づかなかった。

いつも物静かだから、変化が少なかったせいだろうか。

 

('A`)「今気づいたのかよ。ルナサならヴァイオリンと一緒に気配消して待機してもらってる。屋内のどっかには居ると思うぞ」

 

( ^ω^)「お? なんでだお?」

 

(;'A`)「いや普通に考えて寺にヴァイオリン背負って来れるかよ。体力的にも状況的にも」

 

射命丸「成る程、確かに。カメラなら撮影目的と言えますがヴァイオリンは……理由付け難しいですね」

 

( ^ω^)「お経をクラシック調に……とか?」

 

射命丸「厳しいですねぇ幻想郷的にも無いです。あ、でもお墓でライブはやってましたね」

 

(;'A`)「セーフのボーダーライン何処だよそれ」

 

ノハ*゚⊿゚)「……賑やかなのはやはり良いなっ!」

 

(*^ω^)「お!」

 

扉向こうから大きなおひつをもってきた彼女を見て、思わず拍手をしそうになった。

あの中には一体何合の美しいご飯ちゃん達がひしめいているのだろうか。

白米の優しく豊かな湯気と共に茶碗へとよそられていく飯粒達。あれは一つ一つが幸せの結晶なのだ。

 

さぁ、後はスタートの合図を待つのみ!

 

ノハ*゚⊿゚)「さ! 思いっきり食べてくれ!」

 

('A`)「おー」

 

( ゜ω゜)「いただきまハフッハフハフす!」

 

猛烈なスタートダッシュと共に、飯を口にかきこんでいく。

まずは米。シンプルにして基盤である米の味を知らねば話にならない。

おかずの塩分を舌にのせてしまってからでは遅いのだ。

 

射命丸「ちょっとブーンさん。品がないですよ?」

 

(;゜ω゜)「ず、ずずずずずー……」

 

次に味噌汁だ。具沢山だとしてもまずは汁。米の味が残っているうちにすすりこむ。塩と出汁の具合を米の甘さと共に味わう。

 

(;'A`)「……見てるだけで腹いっぱいなりそうだわ」

 

(#゜ω゜)「もきゅ! もきゅきゅきゅ! もっきゅ!」

 

肉! 魚! 動物性蛋白質と脂質! まずいわけ無いだろいい加減にしろ!

 

ノハ;゚⊿゚)「す、すごい食いっぷりだな。そんなにおなかすいてたのか?」

 

( ^ω^)「もしゃり、もしゃりしゃり……」

 

一小節を区切るのは山菜で作られた漬物でございます。丁寧にアク抜きをされて尚力強い野性味を残した山菜の、逞しい歯ざわりにて舌上を休ませるのでございます。

 

(*^ω^)「ふぅ……どれも最高に美味いお!」

 

1ループ終了。幸せのため息が口から漏れる。

その様子にあっけにとられていたヒートも、徐々に笑顔に戻っていく。

 

ノハ*゚⊿゚)「そ、そうか!? 美味いか!? ……良かった、私の手料理なんて人に食べさせるのは初めてだからな! ちょっと不安だったんだぞ……」

 

('A`)「ぱくもぐぱくもぐぱくもぐ……」

 

( ^ω^)「いやだから急に頑張りだすなおドクオ」

 

山の上だからか知らないが、やたらと体に染み入る味だ。ドクオに取られてしまわないように、こちらも2ループを開始する。

 

射命丸「ふふふ。こんな時は肉体の無いこの状態が恨めしく感じますよ。後で味の感想だけ教えてくださいね?」

 

無言で頷いてから、再び食事に没頭する。射命丸がこういうのだ。倍は食べねばなるまい。

 

ノハ*゚⊿゚)「おかわり足りなかったら言ってくれ! 男子二人だから、8人分くらいは用意してあるからなっ!」

 

彼女も自らの食器に手を付け始める、が、あまり食べ進めない内に腰を再び持ち上げた。

 

ノハ*゚⊿゚)「あ、忘れてた! 今日は特別だから秘蔵のヤツも振る舞うぞ! 準備してくる!」

 

(*^ω^)「オー!」

 

一時退席する彼女の背に歓喜のエールを送りつつ、三匹目の川魚の塩焼きへと手をのばす。

隣では既にもう食えねぇよと言った顔で、ドクオは茶碗半分程の白米を恨めしそうに見つめて固まっていた。

 

――ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!――

 

(;^ω^)「お?」

 

食事を中断させるだけの物騒な音が、ヒートの消えていった戸向こうから漏れ聞こえ出したのはそんな頃だった。

 

(;'A`)「おいおい、なんだぁ?」

 

(;^ω^)「料理の音……かお?」

 

射命丸「あれが料理の音だとしたら、大工も一流料理人ですて」

 

確かに料理と言うには少々ワイルドな音だった。

鈍く、重く、力任せな打撃音。まるで何か仕留めているかのような――。

 

射命丸「解体でもしてるんですかね?」

 

(;^ω^)「かいたい……?」

 

それはつまりあれだ。肉の取得の為に動物からハギハギしてるって事だ。

耐性の無いやつが興味本位で見に行くと確実にベジタリアンになるやつ。

 

(;^ω^)「……な、ならそっとしておこうお」

 

(;'A`)「そうだな。別に気になるもんでもないしよ」

 

「暴れるなっ! 観念しろぉ! これでもかぁあああ!」

 

食卓に戻りかけた手を思わず止めてしまう声まで聞こえてきた。

半ば金縛りのように呆然とした二人は、不安気に互いの顔を見つめる。

 

射命丸「おや? 獣の解体にしては不自然ですね。生きている獲物なら水辺で冷却と洗浄を済ませておくでしょうに。このタイミングで屋内で行うには時間も労力も相当かかってしまいますよねぇ?」

 

顎に手を当て、数瞬。考える素振りを経てから再び口を開く。

 

射命丸「――人目に付く場所では解体出来ない獲物……とか?」

 

(;^ω^)「いやいやいやいや! 何だおそれ? 怖い話かお?」

 

(;'A`)「何だよおい、オカルトの次はサスペンスか? ホラーか? 流石に突拍子もない――」

 

ふと、ドクオの言葉が詰まる。大した事ではないが、ひとつ引っかかる事に気がついてしまったからだ。

 

(;^ω^)「ドクオ?」

 

(;'A`)「……俺が間違って襲われた時だけどよ。なんか人型した生き物仕留めるの手慣れてたような……?」

 

(;^ω^)「ドクオまで何言ってんだお? 普通に肉出されてるんだからやめるお! あれだって普通に――」

 

と、やはり言葉が詰まる。気づいたのは一つの疑問だ。

 

(;^ω^)「そういえばあの串焼きと鍋の肉……。なんか初めて食べた正体分からん肉だお」

 

肉の正体や入手経路についてあれこれ考察するのは難しくない。ウサギだの猪だのと言っておけば上辺でも納得できるだろう。

しかし、そんな平和な解決案をふっ飛ばすかのように、射命丸は再び口を開く。

 

射命丸「幻想郷に、山姥ってのが居ましてね? 普段は山に籠もって自分のテリトリー作っているんですが、人間がそこへうっかり足を踏み入れてしまうとその日の内に――」

 

(;゜ω゜)「はいストーップ! 射命丸さんもうオーケーですお! 大変興味深いお話だと想いましたですお!」

 

触れられないのを承知で射命丸の口を塞ごうと手を動かしまくる。射命丸はそれに対し怒るわけでも不満を表すでもなく、出荷される豚を見るような冷たい哀れみの眼をしているだけだった。

 

(;'A`)「様子、見に行ってみるか?」

 

恐る恐るドクオがそんな言葉を呟く。途端、怪音と奇声以外の声が途絶えた。

 

(;^ω^)「……」

 

(;'A`)「……」

 

"いいね、じゃあ誰が行く?"。出かかったその言葉を必死に飲み込んでいる為だ。

何故ならその次の言葉からは責任と恐怖の押し付け合いになると決まっていたから。

 

しかし、一つ計算違いがあるとしたならば、ここにはもう一人異常な行動力のある人物がいた事だろう。

 

射命丸「じれったいですねぇ。こういうのは勢いで突撃取材しちゃうもんですよ。はい、トントントンっと。もしもーし! 取材よろしいでしょうかーっ?」

 

(;^ω^)「ちょっおまっ……!」

 

カメラの質量を利用した簡易ノックが戸を打ち鳴らす。勿論相手に届くのはその音だけ。

 

幸いにも中からは相も変わらず不気味な怪音と奇声が聞こえてくるあたり気が付かれていないようだが、どうにも流れとして中に入らなきゃならないような空気になってしまった。

残念ながら空気を読まずに温かい食卓に戻りたくても手綱を射命丸に握られている。

 

射命丸「ネタは速いほうが良いんですっ! さぁさぁさぁ!」

 

(;^ω^)「ううう……わかったお」

 

数日前まで慎重さが足りないと人の事を叱りつけていた癖に――と内心文句を抱きつつ、台所へと至る戸へ手をかける。

一応、空いた片手は写真機に、頼れる死んだ眼をした友は背後に。

 

(;^ω^)(おじゃましますお……)

 

蚊の羽音のように、か細い声を絞り出しつつ未開の地へ空間をつなげ広げていく。

向こう側の世界は食堂同様にギリギリ電灯が配備されているようだが、すでに古く消耗しかけているらしく、"瞬き"《まばたき》するかのように視界を黒と白の光で塗り替え続けていた。

 

(;^ω^)(ヒートちゃんは何処に?)

 

台所は大人数分の食事を提供出来るように作られているのか、もしくは古い様式だからなのか、一瞥出来る程コンパクトでもシンプルでも無かった。

食材を一時置いておく机やら、かまどやら大小様々な箱やらおおよそ都会での"調理場"のイメージとは違う様相。

うっかり余計な物をいじってしまわぬよう、慎重に木材張りの床部分をすり足で移動していく。

 

と――

 

射命丸「ん? ブーンさん、あれ何だと思います?」

 

(;^ω^)「お?」

 

射命丸が指し示したのは、調理場の奥。さらに別室へと続く木扉の方だった。

だが、射命丸が言っているのは残念ながらその部分ではない。

 

(;'A`)「おい、ブーン。それ……なんか赤くね?」

 

床に染み出している赤黒くやや粘度を帯びた液体。

そして、鼻孔へと届く鉄独特の匂い。

しかも残念ながら声と物音の元はこの部屋からだ。

 

(;^ω^)「す、スイカとか?」

 

うっかりドジな所があるようだから、きっと保存しておいたスイカをぶちまけた汁が漏れ出たのだ。と、震える声でドクオに言う。

半分、自分へ言い聞かせるように。

しかし、ドクオはその言葉をろくに聞いていないようだった。ただ黙って壁際に置かれた机の上へ視線を留めている。

 

――包丁だ。キレイに研がれたばかりらしい、二振りの包丁。片方は大きな肉包丁で、もう片方は刺し身包丁というやつだろうか。

それがかなり乱暴に、机に刃を食い込ませた状態で静止しているのだ。

あと一つでビンゴとなる情景を目の前に、流石に足がすくみ始める。

 

(;^ω^)「あ、こんな事してたらお鍋が冷めちゃうお。ここは一旦――」

 

射命丸「何怖がってるんです? 妖気はありませんから大! 丈! 夫!」

 

(;゜ω゜)「おおお!?」

 

射命丸に小突かれ、足元の液体に足を滑らせるという奇跡の2コンボが、意思を無視して体を現場に突入させた。

回る世界。

転がる体。

体中を濡れ染めていく赤黒い液体。

 

そして――

 

ノハ#゚⊿゚)「うわああああ!!」

 

(;゜ω゜)「ぎゃああああ!!」

 

気づいた時には眼の前にヒートが居た。

赤い包丁を掲げ、咆哮するその後姿に瞬間的に死を覚悟する。

 

( ;ω;)「ごめんなさい! ほんっとごめんなさい!」

 

すでに腰は抜けた。きっとこのまま為す術無く美味しい鍋になるのだろう。出来れば味噌味がいい。

 

ふと、そんな最中に食欲中枢が、とある事に気がついた。

 

( ;ω;)「ペロッ……これは果汁!?」

 

口元にたれた謎の赤い液体を舌で舐め取る。

甘い。実に美味しい。

思いがけぬ糖分摂取で、少し冷静になれたお陰か。ようやく台の上に乗せられている缶の存在に気がついた。

赤い果実が描かれた缶パッケージ。どうやら果物の缶詰らしい。

 

ノハ#゚⊿゚)「このぉ! 強情な缶詰め! 開け! 開けぇ!」

 

この光景を異様な光景へと変貌させているのは、包丁を逆手に握り鬼気迫った勢いで缶詰に突き立て続ける彼女の姿だ。

 

(;'A`)「おい、ブーン大丈――」

 

あまりの事に後から続いてきたドクオも、言葉を失い立ち尽くす。

平然としているのは射命丸だけだ。むしろ、何処か残念そうに口を尖らせている。

 

やがて眼の前の光景に少しだけ慣れてきた頃、"止めるべきじゃないか"と言う使命感にたどり着いた。

包丁を行き成り取り上げるのも危険なので、ここは慎重に説得から行くことにしよう。

 

(;^ω^)「あーあの、ちょっとヒートちゃん? 一旦それを止め――」

 

"て"より先の言葉を発する時だ。

彼女が大きく上段に振り上げた包丁が、勢いよく缶詰の縁に接触した瞬間、聞き慣れない鈍い金属音が響く。

それはひどく軽く、そしてあっけない音がした。

 

射命丸「――ほいっと」

 

射命丸がカメラベルトを引っ張ったのは音が聞こえたのとほぼ同時。

 

( ^ω^)「――お?」

 

瞬間、眼元を、耳元を掠めて行った何か。

 

ノパ⊿゚)「……おお!? 先っぽが無くなったぞ……? 何処だ?」

 

驚いた様子でそう語る彼女の手に握られた包丁は、在るはずの金属部分がすっぽりと消え失せていて、ただの木製のグリップに退化してしまっていた。

ではつまり、その先にある殺傷力充分な刃は何処へ行ったのか――

 

( ^ω^)「……」

 

(;'A`)「……え?」

 

直ぐ背後の柱から、何故か包丁の刃が生えているのを視認した瞬間、腰に続いて一気に血の気が抜けていったのを感じた。

そこまで行ってようやく背後に人が居た事に気がついたのか、ヒートは人懐っこい笑顔を浮かべながら悪びれること無くこう言ったのだった。

 

ノパ⊿゚)「お!? すまん、待ちきれなかったか! うっかり缶切りを無くしてしまって、何とか頑張っている所だぞ! 待ってろ、次は納屋からナタを持ってきてだな……」

 

( ^ω^)キュゥ

 

(;'A`)「ブーン!? しっかりしろ! ブーン!!」

 

吹っ飛んできた大きく凶悪なナタが、脳天をかち割るという最悪の未来を想像した所で、今度こそ意識が抜けていった。

 

 

 

 

 

――夢の中。てくてく、てくてくと道を進む。

景色は特に無く、宵闇に満たされた道しか見えない。

ふと少し遠くに眼をやると――家族だろうか。男の子が両親と手を繋ぎ歩いていくのが見える。

一組を見つけたら、二組目。三組目……気がつけば何組もの家族が歩いて居た。

そのどれもが自分とは違う道を歩んでいるのを理解していた時、ふと寂しくなって自分の歩んで来た道を振り返る。

 

――そこには誰も、居なかった。

延々と続く自分の足跡だけが語っている。"お前は孤独だ"と。

それがどうにもたまらなく辛くて、気がつけば道を外れて走り出していた。

既に自分の影しか、人の形は無い。一度外れた道に戻る事も出来ない。

焦燥感と恐怖に突き動かされていた脚を止めたのは、ようやく見つけた他者の姿だった。

独りで背を向けて立ち尽くすその姿は、まるでさっきまでの自分のような――否、背格好まで自分自身と同じだと確信できた。

しかし、寂しさが間切らうのならば何でも良い。どうせ夢の中なのだからと、その背に声をかけようとした。

だが、既の所で声は出せなかった。言葉が出なかったのだ。

なぜなら振り返ったその顔が――。

 

(;゜ω゜)「――あああッ!?」

 

勢いよく起こした上体が、布団を柔らかく跳ね飛ばす。

走って逃げ出そうとした意識と、寝起きの身体との齟齬が一瞬でやってきて、そして何事も無く去っていく。

 

(;゜ω゜)「……はぁ……ふぅ……あれ?」

 

いつの間に布団で寝ていたのだろうか。というか、今居る見慣れぬ広く古い和室は明らかに自室では無い。

五感のいくつかから感じる慣れない感覚を追いかけるように、慣れた感覚が耳に届いた。

 

射命丸「おや? ようやく起きられましたか」

 

(;^ω^)「射命丸?」

 

ちょこんと布団の隣に座っている射命丸省エネバージョン。

小柄にデフォルメチックになっていても、射命丸と一発で分かる雰囲気と容姿。その雰囲気に、酷く安心した自分がそこに居た。

 

( ^ω^)「……もしかして、ずっと側に居てくれたのかお?」

 

射命丸「そりゃ、放置なんて出来ないでしょう? 心配じゃないですか」

 

(*^ω^)「射命丸……!」

 

あまりにも愛らしく見えて抱擁してしまおうかと思った。が、良く良く考えなくともこの身ではなく夢想器であるカメラの事を言っているのだと気がついて、差し出しかけた両腕をそのままそっと自分のわがままぼでーに方向転換させる。

 

(ヽ´ω`)「ブーンさぁん。僕は貴方が大事ですお。わぁありがとうブーンさん……」

 

そんな一連の鮮やかな茶番を冷ややかな視線で流す射命丸。

相も変わらずクールな相棒だ。

 

( ^ω^)「ところで、どのくらい時間経ったんだお? ここは? ご飯は?」

 

射命丸「落ち着いてくださいな。あれから二刻程……ブーンさん的には一時間ってところですかね? 気を失ったブーンさんはこの本堂で介抱されて、とっくに残りの食事は片付けられてますよ」

 

(ヽ´ω`)「そんなぁ……」

 

食事が、終わってしまった。楽しい楽しい食事の時間が。

これでは何のためにここまで頑張って来たと言うのだろうか。

 

射命丸「いやいや、取材経験と夢想器調査の為ですからね?」

 

うっかり漏れていた心の声にツッコミを入れつつ、射命丸は短くため息をついた。

それからそっと肩元へと飛ぶと、そこで腰を下ろす。

 

射命丸「それで、どうなされるんです? 夢想器の目星は付きましたし、今なら誰も居ませんよ」

 

( ^ω^)「うーん……」

 

暗闇の奥で、物言わぬ不死鳥像が静かに佇んでいる。目が暗さに慣れてきたお陰だろうか、そんな様子が見えるようになっていた。

あれは、寺の宝。軽く扱っていい代物ではない。

何よりも一度目にしたせいで、今はもうあの佇まいが失われるのが惜しいと感じる。

 

( ^ω^)「もうちょっと考えさせてくれないかお?」

 

射命丸「やれやれ……一晩だけですよ? 明日にはモララー氏と連絡を取って下山しましょう。長居は流石に、ご迷惑ですから」

 

分かっている、と返答しようとした所で、射命丸は何かに気がついて身を隠す。

続いて廊下の方から足音が近づいてくるのが聞こえてきた。

 

ノパ⊿゚)「……起きてるか? 体調はどうだ?」

 

パタパタとした軽い物音を立ててやってきたのはやはりヒートだった。

いくつか物を乗せた盆を手に、和物の寝巻きを着ている。

 

( ^ω^)「お! このとーりピンピンしてるお」

 

ノハ;゚⊿゚)「そうか……。大事無くて良かったぞ」

 

彼女は布団の側まで歩み寄ると、そのまま盆と共に腰を下ろす。

後ろで結わえていた髪をおろして、静かに振る舞うその姿はヒートの新たな一面を見ているような気にさせた。

 

ノパ⊿゚)「食事途中だったと思ったから、一応おにぎり握ってきたぞ。あと、サイダーと食後に薬湯も。食べられるか?」

 

(*^ω^)「貴方が神か」

 

ノハ*゚⊿゚)「ただの素直ヒートだぞ」

 

渡されたおにぎりを味わうように頬張る。中身は何かの肉の味噌漬けだ。相変わらず正体不明だが、人肉やゲテモノ肉の可能性はもう感じられない。

潤いが欲しくなった所で、サイダーの入った瓶のコルクをねじって引き抜く。

しゅぽんっと軽い音を立てて、中身が炭酸で軽く吹き出してきた。

 

(;^ω^)「おっとっと……炭酸パワーがすごいお」

 

ノハ*゚⊿゚)「それも自家製だっ。井戸水に果汁とか加えて作ったんだぞ?」

 

(*^ω^)「うん。ひんやりシュワシュワの甘々で美味しいお」

 

コクコクと喉越しを味わっていると、ヒートがそっと手をこちらの頭に伸ばしてきたのが見えた。

 

ノパ⊿゚)「……うん。熱とかは無さそうだな。安心したぞ」

 

( ^ω^)「……」

 

額に当てられたヒートの手の暖かさ。

優しい味のする少し不格好なおにぎりと、自分用とするには手間のかかっている少し癖のある自家製サイダー。

自身の果汁まみれだった服の代わりに着せてくれたらしい、少し古い作務衣。

起き上がるまで額に乗せられていたのだろう濡れ布巾。

そしてその代えが乗せられている、彼女の携えた盆。

 

こんなにも心配して尽くしてくれる今のヒートからは、溢れんばかりの慈愛しか感じられない。

それはとても――とても懐かしい気持ちを呼び起こしてくれた。

 

( ^ω^)「ねぇ」

 

ノパ⊿゚)「ん?」

 

だからだろうか。きちんと話をしておきたくなった。

それは彼女の為であり、そして自分の為に。

 

( ^ω^)「なんでヒートちゃんは、この寺に独りで居るんだお?」

 

結構不躾な質問だと自分でも思う。今日出会ったばかりの、名前も知らなかった間柄だ。

しかし、知らなくてはならない。彼女の運命を変えてしまう選択肢を握っているのだから。

 

ノハ;゚⊿゚)「え……?」

 

ヒートは流石に唐突な質問に少しだけ言葉に詰まる。

沈黙の代わりに、外を流れる風の音が寺を優しくゆすり鳴らす。

 

ノハ ⊿ )「――そうだな」

 

それでも彼女は少し考えてから、口を開いてくれた。

 

ノパ⊿゚)「私は、幼い頃に住職に救われたそうなんだ」

 

( ^ω^)「救われた?」

 

ノパ⊿゚)「ああ。何歳の時だったか分からないが、私は誘拐された事があるんだ」

 

(;^ω^)「なんだか物騒になってきたお……」

 

興味がそそられると言えば失礼かもしれない。しかし射命丸も気になる話題なのか、隠れることをやめて布団の上で大人しく続きを待っている。

 

ノパ⊿゚)「おぼろげだが、この寺よりも大きくて古い屋敷が実家……だったと思う。だがある日、私は攫われてしまったらしい。そして助けてくれたのが住職だった」

 

(;^ω^)「住職さん映画のヒーローみたいだお……」

 

きっと相当な豪傑なのだろう。素手で何十人も倒しちゃうような。

 

ノパ⊿゚)「そんな派手じゃなかったぞ。煙玉とか使って夜闇に紛れたらしいからな」

 

射命丸「ほう、忍びですか。これは面白いですね……」

 

(;^ω^)(現代社会に流石に忍者はもう居ないと思うお)

 

ノパ⊿゚)「だけど、幼い私が覚えてたのは自分の名前くらいで……。私の家族をそれだけで見つけるのはちょっと無理だったらしい。だから見つかるまでここに居ていいって言ってくれたんだぞ」

 

何処と無く似ている、と思った。両親と強制的に別れさせられて、その後親切な人が居場所をくれた。そんな境遇が。

 

( ^ω^)「住職さんすっごい良い人だお。……でも家族の事とか他に手がかりなかったのかお?」

 

ノハ;゚⊿゚)「うーん……小さかったからな。姉が二人居た……と思う。クー姉とシュー姉……。両親は顔も名前も思い出せないぞ……」

 

(;^ω^)「確かに探すの難しそうだお」

 

単純にヒートが馬鹿だから。と済ませるには状況が悪過ぎているだろう。テレビで、極限のストレスで記憶障害が起きるとか見た事がある。もしかしたらその類なのかもしれない。

 

ノパ⊿゚)「……だから、私は住職が居なくなった時にわんわん泣いたんだぞ。何日も何日も。――これを握りしめて」

 

ヒートがそっと、懐から何かを取り出す。それは小さな壷のように見える。

 

( ^ω^)「それは?」

 

ノパ⊿゚)「これは私の一番大事なお守りなんだ! 昔、住職がくれたんだぞ!」

 

射命丸「小壷……ですか? 中身梅干しとかだったらロマン0ですよね」

 

確かにそれは嫌だ。ドクオは食べそうだけど。

 

ノハ*゚⊿゚)「私はこれを持ってると勇気が湧く気がするんだッ! 肌身離さず持ってる私の大事なお宝なんだぞ!」

 

( ^ω^)「宝――」

 

"『――なぁ、君には大事な物ってあるかい?』"

 

以前、誰かが言っていた言葉が脳裏をよぎった。

 

ノハ;゚⊿゚)「あっ、でも寺宝も大事だぞ!? あれが無事じゃなかったら、住職が帰ってきた時に困ってしまうからな!」

 

( ^ω^)「おっおっおっ。分かってるおー。どっちもヒートちゃんの大事な物だって」

 

それから少しだけ歓談した。すっかりぬるくなった薬湯とおにぎりを楽しみながら。取り留めのない、ほんの些細な話を。

自分とは違う環境を過ごしてきた彼女との話はなんだか楽しく、そして新しかった。

ようやく一段落したのは、月に陰りが見えてきた頃だった。

 

ノパ⊿゚)「むむ! すっかり話し込んでしまったぞ……。そろそろ寝ないと、朝が遅れてしまうな」

 

( ^ω^)「お寺の朝は早いって聞いてるお。明日は何かお礼するお」

 

ノハ*゚⊿゚)「その気持ちだけで充分だぞ! 久しぶりに誰かと話せてとても楽しかったからな!」

 

おやすみなさい。と互いに言葉を交わすと、精一杯足音を殺しながらヒートは廊下の奥へと立ち去っていった。

存分に言葉を交わせた満足感に浸りながら、自分も寝床へと戻る。

 

('A`)「――タノシソウデシタネ」

 

(;^ω^)「うぉ――!?」

 

暗闇にぼんやりと浮かぶ心霊現象を前に思わず叫び声が出かかった。

しかし、すんでのところでその怪奇現象が他ならぬ自分の連れだと理解する。

叫び声を全部飲み込んでから、床の上で体育座りしている友人へと今度は改めて優しい言葉をかけてやる事にした。

 

(;^ω^)「い、いつからそこでそうしてたんだお……? 風邪引いちゃうお?」

 

('A`)「戻ったのはお前とヒートちゃんが楽しそうに話してる最中。3回くらいおやすみって声かけたんだけど……」

 

(;^ω^)「まじごめん……だお」

 

('A`)「べーつーに……」

 

半分鬱モードになったドクオは、そのまま何も反応を返さずに本堂隅に配置した自分の布団へと頭から潜り込む。

ルナサが居たから最近たくましかったが、本来こいつはこういう繊細すぎる男だったのを今更ながらに思い出した。

 

(;^ω^)「あ、明日の朝食何だろなー……あ、あはは……はは」

 

今下手に謝ろうが諭そうが逆効果になるのは経験上知っていた。

仕方ないのでここは時間に委ねる事にしよう。

 

――と、気を取り直して布団に寝転がったは良いが、今度は視線が気になる。

無論、ドクオではない。ドクオよりもでっかいでーっかい不死鳥の像の視線だ。

隣にドクオが居たならば、何となく寝れたのかもしれないが……。

 

(;^ω^)「あのー……ドクオさん? 隣の敷地、空いてませんですかお?」

 

( A )「……」

 

返って来た完全なノーコメント。周囲の土地に居城を移動させてくれるつもりは無いらしい。

仕方ないので、せめて鳥の視線から外れられるように、自分も真似して、ドクオと反対側の壁に布団をピッタリ寄せてみた。

それでも一度意識してしまったせいで、やっぱり気になる物は気になってしまう。

 

(;^ω^)「う、夜中にトイレに起きた時ショックで漏らすかもしれんお……。今のうち行っておくとするかお」

 

とは言ったものの、既に現時点で古寺というスポットはお化け屋敷レベルに怖い。

頭でトイレにいっトイレとGOサインが出ていても、足がどうにも動いてくれなかった。

 

射命丸「おやおやぁ? 仕方ないですねぇ厠までついていってあげましょうか?」

 

(#^ω^)「子供扱いするなお! でもここは一つお願いしますお!」

 

こうして、射命丸を先導にする事で無事にトイレまでたどり着くことが出来ましたとさ。

ちなみにだが、数分おきにトイレの中から「ねぇ? まだそこにいる?」と訪ねた件も含めて射命丸に弱みを握られてしまった事実には、まだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

ルナサ「ん……。気圧が下がってきた気がする」

 

そろそろドクオの所へ戻ろうかとルナサが考え始めたのは、ちょうど月に雨雲がかかってきた頃だった。

朽ちて横倒しになった鐘の中に潜んでいたルナサは、自身の夢想器であるヴァイオリンを抱えてクラゲのように宙を漂い始める。

現在は元の姿より縮んでいるせいで、"抱える"というよりは"しがみついている"と言う表現のが近いかもしれない。

 

ルナサ「ドクオ君……何処かな」

 

見張りを兼ねて一晩程は戻らないつもりだったので、合流場所は決めていなかった。

だが、まだ姿を保てているあたり敷地内には居るのだろう。

 

ルナサ「んっ……重い……」

 

省エネ状態の小さい体躯で、自分より大きなヴァイオリンをケース毎抱えて飛ぶというのは、予想よりきつい事だ。

この状態ではもし一般人に目撃されそうになったとしても、誤魔化す時間すら残らないだろう。

 

ルナサ「もし誰かに見つかったら……。しかもその人が乱暴な参加者だったら私は……」

 

ネガティブなイメージが浮かんで思わず血の気が引いていく。

妹からは考え方が暗すぎると何かにつけて言われてきたが、これは性分だった。

 

ルナサ「……用心するに越したことはないと思うんだけれど……」

 

脳内で攻め立て始めた二人の妹相手に、ついつい反論の言葉が出てくる。とは言え、実に些細な抵抗だ。

気圧と共に気分と高度も落ち込んできて、一旦生け垣に着地する。

 

ルナサ「ん……?」

 

何者かの影が視界を横切ったのは、そんな時だった。

 

「――おい、さっさと来いよ。グズは置いてくぞーw」

 

<ヽ`∀´>「ま、待つニダ……こう暗いと何も見えないニダ……」

 

ルナサ「……お客?」

 

二名の男の影。闇と同化するような黒い装いで全身をすっぽり覆い隠している。

片方に至っては、ヘルメットのような物で頭を包んでいる徹底ぶりだ。

こんな時間に何をしに来たのだろうか。それもライトも持たずに。

念の為、このままこっそり様子を伺う。

 

「はぁ? 甘ったれたこと抜かしてんじゃねぇよカスが。死ねw」

 

<ヽ`∀´>「ウリを馬鹿にするニダ? 劣等人種の癖に……」

 

「はいはい優性人種サマw プギャーww」

 

片方の男は随分気に触る独特な笑い方をする人物のようだ。

もう片方も、プライドが高い割に能力はそこそこらしく、コンプレックスが強そうである。

 

そんな二人が声をなるべく小さく抑えながら、寺の中へと足を踏み入れていくのを目撃したのだ。

それも靴を脱ぐ様子はなく、土足のままで。

 

ルナサ「――こんな失礼なお客……いないよね」

 

緊急事態だと理解した瞬間、気力を振り絞って再び宙へと舞い戻る。

目指すは自らのパートナードクオの下へ。

 

 

<;`∀´>「うう、なんでウリがこんな汚い所なんかに……」

 

「別に逃げ帰っても良いんだぜぇ? てめぇの分も俺が報酬貰えるからよぉ」

 

電灯すらろくすぽ整備されていない寺の床を、不審者達は探索していく。

軋む床に気を使っている分、進みは緩やかだ。

 

<#`∀´>「ふざけるなニダ! "御前様"がウリに頼んだ仕事ニダ! お前みたいな――」

 

「っとと……ちょっと黙ってろや。住職は消えたつってもホームレスやらが住み着いてるかもしんねぇだろが。気づかれたらどうすんだ?」

 

口を無理やり塞がれた、その行為自体に腹が立った。が、理由には納得出来たのかそれ以上は騒がない。

しかし、表情には遠慮なく謝罪と賠償を求めると、出ている。

だがヘルメットの男はそれに動じる事無く、再び背を向けて歩き始めた。

 

「しかしよぉ。"御前様"ってのは何企んでんだ? 宝盗んでこいってんなら分かるぜ。俺だって金になる物は欲しいからよ」

 

<#`∀´>「無駄口叩くなニダ」

 

「だけどよぉ、あの人はこういったんだぜ? "宝を見つけ、奪ってこい。出来なければ破壊しろ"ってよ。おかしくね? 笑えね?」

 

<#`∀´>「無駄口叩くなって言ってるニダ」

 

ヘルメットの男はまるでその言葉が聞こえていないかのように、一人で声を押し殺して笑っている。特徴的な笑い方で。

 

「プギャッハッハハハ! お宝がどれの事かも教えねぇでとってこいとかそれ何て無理ゲーだよwww」

 

<#`∀´>「……」

 

ヘルメットの男の振る舞いに、片割れの男は我慢の限界が近づいていた。

何故自分のように優秀な人物が、こんなキ○ガイと一緒にこそ泥のような真似をしなくてはいけないのか。

何故自分にはあの"御前様"のように金と権力が無いのか。

 

その問いの答えは決まっている。全て、自分以外の誰かのせいなのだ。

謝罪と賠償を払わせる様子を想像すると、少しだけ心が落ち着いた。。

 

「はー……。でよ。賢い俺は考えた。寺のお宝って何なのか。何処にあるのかってよぉ」

 

<ヽ`∀´>「フン。聞いてやるニダ」

 

「そーれーはー……ここだ!」

 

大げさな言葉と振る舞いと共に、とある場所の前で立ち止まる。

ヘルメット男の覗いている先……それはかなり大きな堂のようだ。

 

<ヽ`∀´>「チッ……愚民にしてはでかい堂を立ててるニダ。生意気ニダ」

 

「おうよ。おそらくはここが本堂。そしてぇ、本堂の奥には宝が置いてあるもんよw」

 

またしても何がおかしいのか笑い出すヘルメット男を放って、一人中へと足を踏み入れていく。

――想像以上に、中は暗い。

 

<;`∀´>「何にも見えないニダ……」

 

これでは宝を探す所では無いだろう。

何か灯りになるような物は無いかと、服の中を探す。

 

ルナサ「……ドクオ君? どこ?」

 

<;`∀´>「エ?!」

 

目をよくこすってから再び目を開く。

当然そこには何もない。

 

<;`∀´>「な、なぁ。さっきあそこにヴァイオリン? 浮いて無かったニダ?」

 

ヘルメット男はそれを聞くと、声を押し殺しながら笑い声を上げ始める。

 

「おまwwwねーよwww頭に寄生虫湧いてんのwwwプギャーwww」

 

その言葉を聞いて、思わずムッとする。

確かに信じられないような事を言ったが、劣等人種に舐められるのは実に腹立たしかった。

 

<#`∀´>「本当の事ニダ!」

 

「はー……www。そうだな。妖精さんや宇宙人さんや神様さんとか居るもんな? 空飛ぶヴァイオリン程度居るよな?」

 

<#`∀´>「もう良いニダ! ……えーと灯り灯り……」

 

気を取り直して懐を探ると、指先に金属の質感があたる。

それはオイルライターだった。

 

<ヽ`∀´>「ちょうど良いニダ。これで照らすニダ」

 

不慣れなオイルライターの点火作業を繰り返し、ようやく火が灯る。

予想以上に大きい火に少し驚いたが、ヘルメット男には気づかれていないだろう。

 

「お、それいーじゃん。俺使うわ」

 

<#`∀´>「あ、お前! 何するニダ! それはウリのおじさんの形見ニダ」

 

強引に火がついたままのオイルライターを奪い取るヘルメット男。

そこにオイルライターへの気遣いは一切ない。

 

「これ結構高級品じゃんwww気に入ったわー」

 

<#`∀´>「お前程度が触っていい代物じゃないニダ! 返せ!」

 

一刻も早く取り戻そうと手をのばす、が、高く掲げられたライターにはギリギリ届かない。

 

「ほらほらwww取り戻してみろよ低能wwwプギャーwww」

 

<#`∀´>「ファッビョーン! もう許さないニダ! この……このっ!」

 

もみ合うようにして、ヘルメット男からオイルライターを取り戻そうと奮闘する。その時、懐からライター用のオイル缶がこぼれ落ちたようだが、気にしている暇は無い。

ヘルメット男がそうしたように、強引に取り返す。

 

<#`∀´>「まったく……劣等遺伝子はこれだから……」

 

「んだよぉ。ちょっとしたジョークじゃん? 笑い話じゃん? 滑らない話じゃん?」

 

言い訳に耳を貸す必要はない。

慎重にオイルライターの火を点したまま、破損や汚れの有無を確認する。

 

<ヽ`∀´>「ふぅ……良かった。とりあえず大丈夫そ――」

 

('A`)

 

<;`∀´>

 

('A`;)

 

<;`∀´>「ニダアアアアアアアア!?」

 

('A`;)「にょおおおおおおおおお!?」

 

「プギャーwww」

 

古寺にキョンシーが出た。殺される。

そう認識した瞬間、足は自然と後ろに前進を始めていた。

一刻も早くこの場から離れねばならないと、全身が全力を出し続ける。

 

「プギャーッハハハwwwなんだあれwwwまじで妖怪ホームレス住み着いてんじゃんwww」

 

<;`∀´>「うるさいニダ! 黙って逃げるニダ!」

 

来た道の苦労を忘れ、山道を転がるように走り抜ける。

一族の中でも一番の逃げ足。その速さに生命を託して。

 

 

 

(;'A`)「え? ちょっヤバくね? マジやばくね?」

 

一人残されたドクオは、ただただ呆然としていた。

すでにこの場に暗闇は無い。何故なら床一面に火が灯されているからだ。

いくら古寺と言っても単純に火が付きやすい訳ではない。原因は床にぶちまけられた何かの液体だ。

 

(;'A`)「オイルか……? くそ! 火の周りがはええ!」

 

幸いにも何とか本堂からは脱出できた物の、このままでは大変な事になるだろう。

 

ルナサ「ドクオ君。ごめん、遅れた……」

 

(;'A`)「ナイスタイミングだルナサ!」

 

ヴァイオリンを受け取ると、すかさず装備。

流れるように構えて、間髪入れずにスペルカードを発動させる。

 

"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"

 

衝撃波で消火する。発想としてはそれだ。

幸いだったのは、火に対して音のエネルギーを当てて拡散消火する方法は有効だった事。

不幸だったのは、施設の方がそのエネルギーに耐えられず、砕けた事だ。

 

(;'A`)「これじゃ倒壊させてんのと代わりねぇ……クソっ!」

 

ヴァイオリンをケースに仕舞うと、加速度的に増していく火から離れる。

逃げるわけじゃない。探しに行くのだ。解決法を。

 

(;'A`)「ブーン! 何処だ! 早く来てくれ!!」

 

嫌な風が吹き始めていた。

 

 

 

 

<;`∀´>「ふぅ……ここまでくれば安心ニダ」

 

中腹に一本だけ通っている舗装された道路の上。

そこで、悲鳴に近い呼吸をひたすら繰り返す。

何度も何度も後ろを確認して、自分しか居ない事を確認してようやく安心を得ることが出来た。

 

<;`∀´>「あ、そういえばあの腹立つ劣等人種の姿が無くなってるニダ。……きっと化物に襲われたニダ。最後にウリの役に立てたのを精々喜ぶが良いニダ-」

 

「誰がー? 誰にー?」

 

死角からの声に、思わず肩が跳ねる。

 

<;`∀´>「な、なんだ生きてたニダ……」

 

恐恐と振り返るとやはり声の主はヘルメット男。

何か重労働でもしてきたのか、酷く疲れた様子だ。

だがそんな事はどうでもいい。

 

<ヽ`∀´>「生きてたならそれはそれで良いニダ! ……今回のミッションは失敗ニダ。二人で半分づつ怒られるニダ……」

 

そう、おそろしいのは"御前様"に失敗を告げる事だ。

面識どころか、直接話した事すら無いが、人伝ですら威圧感が凄まじい。

できれば怒らせたくはないと、本能が告げていた。

 

<ヽ`∀´>「でも! ウリは結構活躍してたニダ! 足引っ張ったのはお前だときちんと報告させてもらうニダ!!」

 

事実、邪魔さえなければミッションはクリアしていたのだから、当然だ。

これで少なくとも責任の割合は1:9くらいにはなるだろうと、勝利を確信する。

 

すると、ヘルメット男はまたあの奇妙な笑い方をしながらこう言ってのけた。

 

「なーに言ってんだ? アレみろよアレ」

 

<ヽ`∀´>「なんなんニダ?」

 

指し示された方向を素直に見やる。

――若干だが空が赤く染まっているように見えた。

 

<ヽ`∀´>「……夕焼け?」

 

「ばぁーかwww寺が燃えてんだよwww」

 

<;`∀´>「も、燃えてる!? ほ、放火ニダ!?」

 

流石にそれは恐ろしい犯罪だ。山で火を付ければどうなるか、流石に想像出来る。

 

「ちょっとちげぇわ。お前が落としたライターでついた火がよーく回るように、寺のあちこちに油だか燃料だかよくわからんのをぶちまけてきただけー。いやー無防備に置いてあったからちょうど良かったわぁ」

 

<;`∀´>「……」

 

イカれていると思った。

こいつはちょっとコンビニ行くくらいの気軽さで、火災を助長したのだ。

しかも、その原因はこちらにあるなんて良いがかりまでつけている。

 

<;`∀´>「そ、それじゃ指定された期日に報告しにいくまで解散させてもらうニダ。……あの、ペットに餌やらなきゃだし……」

 

「おいおい、ビビってんのか? どーせバレやしねぇよ。古寺と山林がちょっと燃えても、俺達には関係ねぇじゃん?」

 

<;`∀´>「うう……そう、かもしれない……ニダ」

 

言葉では賛同したものの気がおかしくなりそうだった。

とてつもない事をしてしまった罪悪感と、それを平然と言うこいつの異常さ。

一刻も早く立ち去りたい気持ちに突き動かされるまま逃げ出すようにその場を後にする。

こんな事なら前金に飛びつくんじゃなかったと後悔しながら、暗闇の中に紛れ込むようにして。

 

 

 

(;^ω^)「な、なんでこんな事になってるんだお!? ろうそくはちゃんと消した筈……」

 

(;'A`)「なんか気がついたら変な奴らが二人居て……ああもう馬鹿野郎それどころじゃねぇだろ! 消火だ消火!」

 

いたる所に食らいつく炎。

 

内藤ホライゾンと射命丸がドクオに事情を聞いて戻った時、既に事態は阻止できる限界に達していた。

 

燃えやすい日本建築の、それも古い家屋一つ。一度燃え上がった建物は些細な水で鎮火出来る程度のレベルではもうない。

バケツ一杯に溢れんばかりの水をいくら酌んできたとしても、火の勢いは増すばかりであった。

 

射命丸「渦を巻いている……これは風が悪すぎますね」

 

熱風は上昇する。

上昇する風は周囲の風を引きずり込む。

引きずり込まれた風は渦を巻く。

 

地形か天気か原因は様々だが、そのどれもが火災を助長させるに充分な要素だ。

 

(;^ω^)「火の手が強すぎるお!」

 

(;'A`)「ゲホッゲホッ……だな……」

 

疲れ切って感覚の鈍くなった腕から、空のバケツが音を立てて地面に落ちる。

当然ほぼ木造建築である寺に、燃えない場所はほぼ存在し無い。

心苦しいが消火は諦めて別の事を考えたほうが良いのだろうか。

 

(;^ω^)「ヒートちゃん探してくるお! きっと逃げてるとは思うけど一応――」

 

(;'A`)「阿呆! 確認しにいってお前まで火煙に巻かれたら意味ねぇだろが! 逃げんだよ!」

 

引き止めた矢先、目の前の軒先の一部が音を立てて崩れた。

この分ではあまり長く保たないかもしれない。

 

(;^ω^)「もしまだ中に居たら死んじゃうお1? 大丈夫、妖力解放すればちょっとくらい……」

 

(#'A`)「お人好しもいい加減にしろ! 他人助けようとして死ぬとか馬鹿丸出しだろーがよ! 自分が助かること考えろ!」

 

(#^ω^)「どうしてそんな冷たい事言うんだお!? 少しの間だけど一緒に御飯食べたりお喋りした友達じゃないかお!」

 

(#'A`)「友達だったら心中しても良いってのか!?」

 

(#^ω^)「皆死なない為に行くんだお!!」

 

射命丸「一旦落ち着きましょう二人共。冷静さを欠けばどうなるか分からないんですか?」

 

(;'A`)「……」

 

(^ω^;)「……」

 

射命丸の鋭い声が、火に当てられて熱くなった頭を冷やす。

いつの間にかお互いに掴んでいた胸ぐらを、どちらからと無く静かに離した。

 

(  ω )「3分だけ……時間くれお。そしたらすぐスペルで逃げるから」

 

異常事態の最中だ。長々と言葉を交わす時間は無い。

内藤はそれだけ簡潔に伝えると、返答も待たずに駆け出す。

 

(;'A`)「……ブーン。俺だってよぅ……」

 

その背に向かって、言葉を投げかける勇気すら残っていないドクオは。数瞬迷った後に動き出す。

 

(;'A`)「俺だって……役に立てるんなら立ちたいんだよぉ!」

 

目指すは反対方向。寺の倉庫と思しき場所。ホースでも桶でも消火器でも使えそうな物を探しに行くのだ。

泣きそうになりながらも頑張ろうとするドクオ。その後姿をルナサは見つめていた。

 

 

 

 

 

ノハ;゚⊿゚)「なん……だ? これは……」

 

寝苦しさに眼を開いたヒートには、これが現実であるとすぐさま認識出来なかった。

 

――炎。

朝焼けをそこに持ってきたかのような、紅い紅い光がそこかしこにあったからだ。

高まる熱が、残酷にも現実であると告げた時、ヒートは無意識に叫んでいた。

 

ノハ;゚⊿゚)「あ、ああ……うあああああああああ!!」

 

燃える。燃えてしまう。

寝床も、食料も、掛け軸も、仏像も。――思い出も。

どうすれば良いのかと一瞬戸惑えば、それだけ炎は広がっていった。

必死に炎を払い除けようとするヒートの眼の前で全ては朱に染まり、灰燼へと帰していく。

一つもみ消せば、二つ焼け落ち。三つ叩き消せば、四つが炎に溶けていく。

あまりにも、無力であった。

 

ノハ;゚⊿゚)「駄目だ! 全然消えないっ!」

 

否応無しに変貌していく古寺の、地獄のような熱気。

最早鎮火が困難であると、悟らざるを得なかった。

ヒートが走り出したのはそれとほぼ同時。

 

ノハ;゚⊿゚)(あれだけは……あれだけは守らないと!)

 

既に夜闇は古寺を包んでは居ない。灯りに困らない廊下を本堂に向けて駆け抜ける。

先程から咳が止まらない。邪魔な煙が壁までの距離感を有耶無耶にする。素足には何かの破片が容赦無く突き刺さり続ける。

しかし、そのどれもが既にヒートの意識には届いていない。些細な認識すらしていなかった。

火の勢いに全くひるまないお陰で、間もなく本堂へと至る最後の曲がり角へと至った。が、ヒートはそこでとうとう膝をついた。

 

ノハ;゚⊿゚)「あ、ああ……」

 

――不死鳥像は既に炎に包まれ、崩壊を初めていたのだ。

そこに荘厳さはなく、炎によって再び生を受けるという伝承すら現実の非情さに塗りつぶされてしまっている。

事実、遅かった。とうの昔に本堂は丸ごと炎の腕に包まれていたのだから。

そんな地獄絵図の中、一際聞こえてきた音があった。

 

ノハ ⊿ )「あ――」

 

――首が、落ちた。不死の鳥王の首が。

 

それを見た時、ヒートの体は考える前に灼熱の中に飛び込んでいた。

地に落ちた不死鳥像の首。恨めしいのか、悲しいのか、怒っているのか。

ところどころ炎によって炭化した無機質な首は、かけつけたヒートを見上げるように転がったままだ。

ヒートは薪にすら劣る炭塊を意に介さず手に取ると、大事に大事に抱きしめた。

 

ノハ; ⊿ )「ぐっ……う……」

 

当然、赤々と熱を発する薪を抱く行為に、体は反射的に悲鳴をあげようとする。

しかし、ヒートの胸中を渦巻く想いがそれを上回っていた。

 

恨み、悲しみ、怒り――。

物言わぬ首の代わりに、想いを解き放つように、ヒートは声にならない叫びを精一杯あげた。この世の地獄の最中、全身を無慈悲に炙る熱を受けながら。

そうして肺の空気を全て解き放った時、ヒートの体には重力に抗う僅かな力すら残っていなかった。

 

ノハ ⊿ )「う……あ……」

 

朦朧とする意識の中、ヒートが最後の力で無意識に手にした物があった。

守りの小壷。住職から頂いた大事な大事な繋がり。

でも住職と寺にとって最も大事な宝は、眼の前で間もなく朽ち果てるだろう。

自らの無力さに流れ出そうとした一粒の涙は、流れ落ちる前に蒸発してしまっていた。

泣くことすら許されず、負の感情にどうにかなりそうな精神を、動かない体の中に押し止められる。

 

ノハ ⊿ )(ごめん……なさい……)

 

地獄の責め苦に追い打ちをかけるかのように、とうとう頭上の天井の梁が燃え崩れ始める。

 

――ヒートに、語りかける者が現れたのはその時だった。

 

ノハ ⊿ )(……?)

 

熱いか、とそれは問いかけてきた気がした。

 

ヒートは微かに手を動かしてみせた。

 

苦しいか、とそれは問いかけてきた気がした。

 

ヒートは微かに瞼を動かしてみせた。

 

恨めしいか、とそれは問いかけてきた気がした。

 

ヒートは微かに唇を動かしてみせた。

 

ならば――と、それは――

 

「――復讐の炎に焼かれ続ける覚悟はあるか?」

 

――それは、そう問いかけてきた。

 

ヒートは、微かな意識に激しい意思の力を込めて心の中で叫んでみせた。

 

ノハ#゚⊿゚)『――不死鳥よ、どうか私の怒りを炎に!!』

 

ヒートを見下ろすように、炎の中に佇んで居た誰かは、その答えを聞くとほんの少しだけ憐れむように――そして懐かしむように哀しく笑った。

 

 

 

 

 

(;^ω^)「どこだお!! どこに居るんだお!? ヒートちゃん!!」

 

射命丸「駄目ですブーンさん! 貴方まで炎にまかれてしまいます!」

 

(;^ω^)「でも、でも見つかんないんだお……きっと何処かに――ゲホッ!!」

 

叫んだ事で煙を吸ってしまったのだろう。激しく咳き込み始めた内藤を見て、射命丸は選択の時であると覚悟した。

"ヒートを見捨てるか否か"。

優しくも甘い内藤ホライゾンは、見捨てるとは決して決断しない筈だ。

 

だが、このまま捜索を続けていても最悪の場合、被害者を増やすだけ。

 

射命丸「――ブーンさん、一度戻りましょう。もしかしたらもうヒートさんは逃げているかも知れませんし……」

 

(;^ω^)「でもまだ中に居たら……!」

 

射命丸「そうですね……中は私が見てきます。私なら探索くらい15秒もあれば終わりますから。ね?」

 

嘘では無いが、言葉程の希望は内心持っていない。

この炎だ。生身の人間ならばとっくに焼け死んでいるか煙にやられている。

しかしそれを告げた所で説得にはならない。だから少し伝える言葉の形を変えたのだ。

 

(;^ω^)「う、わかったお! 頼んだお射命丸! また後で!」

 

射命丸「では、とっとと終わらせて――」

 

上手く誘導出来たと安心したその瞬間だった。

爆発――と呼ぶにはあまりにも整った火柱が寺から上がった。

雲を穿ち天を焦がすかのような朱い朱い熱塊。

重く頑丈な寺の屋根が真綿のように軽々と吹き飛ばされるのが、やや上空に浮いていた射命丸の目にはハッキリと映っていた。

 

射命丸「くっ……?! 予定変更です! 急いでここから脱出しますよブーンさ――」

 

踵を返そうとした射命丸の姿は、言葉と共にかき消される。

 

(;゜ω゜)「射命丸ーッ!」

 

直後、無情な三度目の火炎の噴流が内藤ホライゾンの身を焦がした。

 

 

 

 

 

(;'A`)「だ、だめだ……火の勢いが強くなってきてやがる!」

 

何とか火を弱めようと、自身もずぶ濡れになりながら水を撒き続ける。

寺の倉庫には消火器が無かったが、代わりに小さめのエンジン付きポンプと長いホースを見つけた事で作業効率は格段に上がっていた。

だが、それでも消火活動とするには水圧があまりにも頼りない。燃料も後どれほど残っているのか……。

 

(;'A`)「流石にそろそろ限界だぞ……ブーン、まだか!?」

 

ルナサ「……」

 

傍らのルナサは何も言わないが、表情には既に悲痛な想いが現れていた。

一瞬で千里を駆ける足があれば、救助作業に貢献出来たかも知れない。

千戸を持ち上げる腕があれば、燃え盛る瓦礫を除去出来たかも知れない。

しかし、騒霊にそんな力は無い。せめて本来の力を発揮出来れば――

 

(;'A`)「な――、おい何だあれ!」

 

火柱が上がったのはその時だった。

周囲を昼のように照らし出す熱と光の柱が、屋根を吹き飛ばして雄々しくそびえ立つ。

純粋な熱エネルギーの奔流にドクオは思わず膝をついた。

 

(;'A`)「嘘だろ……」

 

一瞬遅れて脳裏を過った親友の安否。

その僅かな希望すら黒く焦がし尽くすかのように、二度三度と炎は立ち上る。

 

(; A )「――だから、行くなって言ったんだ……」

 

妖力解放し妖怪の肉体を得たとしても、それは燃え盛る炎に嬲られても平然としていられる肉体になった訳ではないだろう。

現実主義であるが故に、希望的観測はしない。出来ない。

親友を焼失したという演算結果が、脳まで黒く塗りかえる。

 

しかし、そんな考えを吹き飛ばすような声が聞こえてきた。

 

(;^ω^)「おおおおおおお!?」

 

(;'A`)「ブ、ブーン?!」

 

"突風「猿田彦の先導」"による、瞬間加速突撃で死んだと思った親友が吹っ飛んできた。

そう理解した時には、受け止めてやるべきか避けておくべきかの二択に迫られて居て――

 

(;^ω^)「うおおおおあああ!?」

 

(;'A`)「うぎゃああああああ1?」

 

選択の遅さはどちらの結果も得られず、二人は衝突のエネルギーに身を任せてぬかるんだ地面を転がる事となった。

幸いにもダメージは少ない。

が、生還を喜び合っている暇は無いようだ。

 

(;^ω^)「ド、ドクオ! 水だお! 水を早く!! 火が追ってくるんだお!!」

 

(;'A`)「え? 何? 何が?」

 

強引に立ち上がらされて肩を揺すられながら、断片的な言葉を投げつけられた。

これで理解出来るのは余程の天才か双子かエスパーだろう。

 

射命丸「残念ながらその言葉通りですよ! 火が追いかけて来ます! ――ああ、もう来た!!」

 

ドクオと内藤の目が射命丸の視線を追う。

未だ燃え盛る本堂――。一応の形を残していたその場所が、爆心地のように弾け飛んだのは直後。

そして、残ったのは目を疑う光景だった。

 

ノハ ⊿ )

 

(;^ω^)(;'A`)「ヒートちゃん!!」

 

――素直ヒートの姿を覚えている。

彼女は髪を後ろで結わえたポニーテールで、快活そうな瞳と華奢で引き締まった小柄な体格をしていて、嬉しいときは嬉しいと、素直に表情と言葉に出るただの女の子だ。

 

そう、記憶の中の彼女の体はあんな風に炎に包まれては居なかった。

 

(;^ω^)「ヒートちゃん! 今すぐその火消してあげるお! ちょっとまっててくれお!」

 

燃え上がる瓦礫の中心で、彼女はただ熱に囚われながら天を仰いで立ち尽くしていた。

もしかしたらまだ火を消してあげれば助かるかも知れない。内藤はそんな願いにも似た予測をすぐさま実行した。

 

射命丸「待ってくださいブーンさん! 違います! 違うんですよ! あれは――」

 

手近にあった桶には、幸い水がたっぷり入ったままだ。

通常なら持ち上げるのも慎重さが必要なそれを、妖力解放の身体能力で強引にヒートの元に運び出す。

一刻も早く火を消してあげねば――。その思いが射命丸の静止の声を届かなくさせていた。

 

ノハ ⊿ )

 

(;^ω^)「死んじゃだめだお、ヒートちゃ――」

 

放り出すように、一塊の水がヒートの頭上にぶちまけられる。

 

ヒートの口が、かすかに動きを見せたのはそこからだった。

 

ノハ ⊿ )「あ――」

 

言葉だったのは、その一文字だけだった。

後は咆哮と呼ぶしか分類しようがない叫び。

喉を壊してしまいそうなほど悲痛な唄声。

 

射命丸「――あれは、あの炎はヒートさん自身が生み出しているんです!」

 

――瞬間、ヒートの体を包んでいた炎に触れようとしたちっぽけな水は、瞬間的に消えさった。

 

射命丸「ブーンさん! サイドステップ!」

 

(;^ω^)「お、おお!」

 

射命丸の言葉はまさに命綱だ。思考が混乱した時程。命をつなぎとめてくれる。

もし一瞬でも考えてしまっていたら、炎の塊に飲み込まれていた事だろう。

だが内藤はその炎の発生源を、認めたくは無かった。

 

(;'A`)「な、なんだ今のは!」

 

少し離れた場所に居たドクオにはハッキリと事態が見えていた。

素直ヒートが、全身を炎で焼かれる苦痛に咆哮している。そして、彼女が突き出した手から炎塊が放たれた――と。

 

ルナサ「ドクオ君。まずいことになったみたい」

 

(;'A`)「そうらしい……最悪のまずさだ」

 

つまり、簡潔に言ってしまえばこういう事だ。

"彼女は契約者になってしまった"。

その事実を認めていないのはすでに内藤だけであった。

 

(;^ω^)「な、なんかの間違いだお? ヒートちゃんが僕たちを攻撃するなんてありえな――」

 

ノハ# ⊿ )「――!!」

 

(;゜ω゜)「ヒッ――」

 

言葉ではなく、彼女の想いがそのまま音になったかのような叫びだ。

痛い。苦しい。熱い。憎い。

一体いくつの言葉が凝縮されているのか。あまりにも強すぎる想いの猛りは触れる者に恐怖を覚えさせた。

そして、続くはその叫びを燃料にするかのような、炎弾。

 

(;^ω^)「おおおっ!」

 

距離を取らねばまずいと本能的に察した体は、バックステップで生存を図る。

その際、宙に置き去りにされた大桶に炎弾は接触を果たす。

爆散。

霧散していく火の粉の熱とは裏腹に、背筋に冷たい何かが奔った。

 

射命丸「仕方ありませんね……文字通り降りかかる火の粉は払わねばなりません」

 

(;^ω^)「だけど射命丸! あれはヒートちゃんなんだお! きっとあの火を消してあげれば元に――」

 

射命丸「聞きなさいブーンさん。此処から先は"でも"も"だけど"も無しです。あそこに居るのは夢幻例大祭参加者。素直ヒートの成れの果て。――救うか否かでは無い」

 

射命丸の目が、こちらを真っ直ぐに見据える。

 

射命丸「――倒せるか、否かですよ」

 

(;^ω^)「う、ううう……」

 

ノハ# ⊿ )「――!!」

 

そのさまはまるで火の毛皮を纏う手負いの獣。

死を拒絶するあまり、死を撒き散らす狂気。

周囲の気配全てを敵とするかのように、あちらこちらに定まらぬ火炎を放ち続ける。

 

(;'A`)「水ぶっかけて消す……には熱量高すぎる」

 

手にしていたホースを地に横たえると、改めてヴァイオリンを構える。

正直、逃げてしまいたい気持ちをぐっとこらえて。

 

(;'A`)「い、行くぞ! ルナサ!」

 

ルナサ「奏でよう。苦痛を止めてあげるために」

 

"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"

 

直接触れるどころか近寄るのも命取りな相手だ。となると、音の攻撃法が頼みの綱となるのは理解していた。

ヴァイオリンから放たれた音――つまり衝撃波の塊はそのまま不可視の弾丸だ。斬撃のように鋭く、砲弾のように重い音の攻撃。

文字通りの音速の攻撃は、放たれてから避けられる代物ではない。

 

ノハ# ⊿ )「――!!」

 

着弾。

ヒートの姿をした敵は、衝撃に腹部をくの字に折り曲げて数歩よろける。

 

(;'A`)「よ、よし、攻撃は当たるぞ!」

 

(;^ω^)「ドクオ! あんまり痛くしないであげてくれお!」

 

(;'A`)「頑張ってはみるがよ……」

 

多少の罪悪感を感じながら、追撃の体勢へ。

慎重に飛来する位置を定めて、ドクオは弦を震わせる。

 

ノハ# ⊿ )「ァアァアア!!」

 

射命丸「――ドクオさん。そんな事言ってられないかもしれませんよ」

 

二度目が放たれる瞬間、ヒートの体に纏う炎がより色濃くなったのを射命丸は見ていた。

そして、その変化は射命丸の予想通り、衝撃波のダメージを軽減するかのように激しさを増す。

 

(;'A`)「も、もう効かなくなっちゃった!?」

 

射命丸「推測するに、スペルを構成する妖気を"焼いて"居るのでしょうか……厄介な炎ですね」

 

難しい話ではない。スペルとスペルがぶつかれば、より現実への影響力が高い妖力が勝るだけの事。

単純にルナサのスペルよりも、スペルの形すら取れていない妖術の炎が強く存在していたのだ。

 

ノハ# ⊿ )「ガァァアア――!!」

 

痛みを炎に。

怒りを炎に。

 

素直ヒートは、ただ純粋に叫んでいた。

 

誰が寺に火を放ったのか。

誰が寺宝を果てさせたのか。

誰がこの痛みをもたらしたのか。

 

分からない。分からないからこそ、怒る。

怒るからこそ、区別を保たない。

故に周囲に存在する他者こそが敵そのもの。

 

ノハ# ⊿ )「――!!」

 

両手を胸の前で束ねる。その形がまるで祈っているかのように見えるのは偶然か必然か。

しかし、その手を中心に収束する熱量と、形作られるおぞましい何かは、そんな儚い何かでは決して無い。

 

(;'A`)「何だありゃ……鳥、なのか……?」

 

不死鳥と言えば聞こえは良い。

だが、それは炎に焼かれながらも死ぬ事が出来ずに居る、歪な鳥の姿をしていた。

 

"不死「◆∠鳥 ‐鳳翼¶※‐」

 

(;゜ω゜)「あ、あれだお! 追いかけてくる炎!」

 

射命丸「来ますよ! バラバラに散開しなさい!」

 

射命丸の指示の数瞬後に、ヒートの手から不安定な形状の鳥が羽ばたいた。

それは、鳥のような振る舞いをしつつ獲物の元へとまっすぐ飛来する。

 

幸いにも目で追える程度の速度と、逃げるだけの隙もある単調な攻撃。

ドクオと内藤は余裕をもって炎の鳥を堺に左右へと散開する。

 

(;^ω^)「うお! またこっち来たお!?」

 

しかしこの攻撃は単純に避ければ終わるというほど簡単な攻撃ではない。

鳥の形を模している通り、獲物を捉えんと羽ばたくのだ。

 

射命丸「良いから走る! 死んだら休憩していいですから!」

 

鬼ごっこと言うには過酷な逃走ゲーム。

何故ならば鬼ごっこなら終わりもあるし、タッチで火傷は負わない。まいったと降参の意思を伝えれば負われる立場から解放もされるだろう。

 

(;^ω^)「ぬおおおおお!」

 

だが捕まれば人生がゲームオーバー。降参する時は物言わぬ炭塊になった時だ。

 

( ^ω^)「だけどもう、見切ってるお!」

 

妖力解放で得た天狗の跳躍力ならば、この速度の攻撃はむしろありがたい。

しかも、追いかけられるのは二度目。ホーミング性能があるが、方向転換の小回りが効かないのも何となく分かってきている。

わざと速度をゆるめて追いつかれそうになった所で、竹林の中の一本に向かって大ジャンプ。しなりを利用して、火の歪鳥を軽々と飛び越える。

 

( ^ω^)「そして! 何かに接触すれば形は保たれずに崩れて……崩れて?」

 

華麗な着地を決めてからノータイムで振り返ると目の前が真っ赤に輝いていた。

次の瞬間、射命丸が引っ張った事で身体がずれ込んだ元着地地点を、炎の鳥がかすめて行く。

 

(;^ω^)「ま、まだ生きてる?」

 

射命丸「悪いですが、死ぬのは後にしてくださいね!」

 

射命丸に引きずられるのをきっかけに、再び走り出す。

上空へと舞い上がった歪な炎鳥は大きく旋回しながらこちらへと再び突撃しようとしているようだ。

 

射命丸「"あれ"、結構厄介ですよ。スペルとして完成していってます」

 

(;^ω^)「え!? じゃあ今までは実力で避けられてた訳ではないと?」

 

射命丸「日々進化成長する物ですよ、敵もスペルも――ね!!」

 

射命丸の風の合図が、上から下へと吹き当たる。

後頭部をかすめた放射熱で温めていった歪鳥を、涙目で見送った。

 

(;'A`)「撃ち落としてやるよキモい鳥め!」

 

進行方向に居たドクオは、真正面から火の鳥を視界に捉えていた。

故に、狙いをつけるのは難しくない。

 

"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"

 

歪鳥に回避や防御の選択肢は無い。

放たれた瞬間接触する音の攻撃は、その体を大きく歪めひしゃげさせた。

しかし、それでも翼のような部位は羽ばたき続けようともがいている。

 

(;^ω^)「おおおお!? またこっち飛んできたお!?」

 

もはや執念とも言える歪鳥に流石に恐怖の感情が震わされてきていた。

いずれ逃げ切れない時が来る。その時はどうすれば良いのだろう。

その弱気な考えを叱咤するように射命丸は次の指示を投げる。

 

射命丸「いつまでも追いかけてくる輩は始末してしまうのが手っ取り早いです! ブーンさん、カメラを!」

 

カメラを構えた瞬間、意図はすぐに理解していた。

フィルムが巻かれているのを確認し、ファインダーを覗き、ピントを合わせ、シャッターを切る。

 

"写真「激撮テングスクープ」"

 

妖力によって構成された術を"写真"という形で封じ、削り撮るスペル。

炎の鳥が自然に生まれた存在でも無い限り、逃れる術はない。

 

(;^ω^)「ふぃー……鬼ごっこの鬼を逆に捕まえてやったお!」

 

写真機に組み込まれたポラロイド機能が、封じたてほやほやの写真を機械的に排出する。

後は出てきたばかりのそれを手に取り風を浴びさせれば、徐々に歪鳥の最後の姿が四角い枠の中に現れ出すだろう。

 

しかし、現れたのは被写体の映像だけでは無かった。

 

(;゜ω゜)「お? ……あ、あっちちちぃ!?」

 

写真の中の炎が、写真自体に焦げた染みを作り始めたのだ。それもどんどんと熱量を取り戻していくように加速度的に加熱されていく。

持っていられなくなった写真が地面に落ちた時にはもう、大きな炎の塊として形を再生し始めていた。

 

(;^ω^)「ど、ど、ど、どうしよう射命丸!」

 

射命丸「慌てないでください。流石に再生出来る程では無かったようです。消えていきますよ」

 

一時的に大きな炎となっていた残滓も、ろうそくの最後の灯火のように急速に鎮静していく。

封印を破るので限界を迎えたようだ。

 

(;'A`)「"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"で弱めて封印ギリギリらしいな」

 

射命丸「カメラ壊されそうですね。次が来ない事を祈りたいですが――」

 

ノハ# ⊿ )「グァ――!!」

 

一息つく間もなく、付近の寺の一部が弾け飛び、中からヒートが飛び出し現れる。

炎は、彼女の爪であり手甲であり拳。

 

"虚△「#’ー」"

 

(;^ω^)「おっ……」

 

彼女のめちゃくちゃな動きは人間としての許容範囲をあきらかに超えていた。

骨を、肉を、筋をないがしろにした大ぶりの攻撃は、躱すので精一杯で、反撃する隙も何もあったものじゃない。

 

射命丸「ふむ……やはり、スペルを使用しているようですね。不安定で形成すら朧気ながら、歪んだスペルカードが發現しているのが見えますよ」

 

(;^ω^)「関心し終わったら攻略法お願いしますお!」

 

肩をかすめた炎の爪が、斬撃と炎のダメージを同時に与えていく。

痛みは今、妖力解放で軽減されている。もし通常時に食らっていたら苦痛の中でもがき死んでいるだろう。

 

(;^ω^)「あ、やば――」

 

避けながら拾った瓦礫の棍棒が、中頃からあっけなく焼き切られた。

爪を防げるかと期待した反面、バターと大差無い手応えであっけなくと。

 

(;'A`)「あぶねぇ!」

 

致命的な隙を晒した内藤の顔面に、ヒートの爪が無慈悲に迫る。

ドクオはその攻撃の軌道に挟み込むように"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"を放った。

 

接触。拡散。

 

爪としての形状を保てなくなった分だけ縮んだリーチが、内藤への被弾を遠のかせる。

 

射命丸「ギリギリセーフ! 大丈夫当たってないです!」

 

(;^ω^)「え? 何だって? 耳がキーンってして……」

 

射命丸「良いから今のうち離れる!!

 

射命丸に引かれるまま、暴走状態のヒートと距離を離す。

彼女は散らされた炎の分だけ咆哮を重ね、さらなる熱をその身に蓄えていく。

鬼神。炎の魔神。バーサーカー。あれはすでにその類だ。

 

射命丸「あの熱量だと散らした分だけ即時回復されちゃいますね……」

 

(;'A`)「一旦隠れようぜ! あっちの井戸の裏だ!」

 

続けざまに放った音のスペルで、地面をえぐり弾き飛ばす。

流石の暴走ヒートの熱量でも飛来する砂利までは消せないようだ。

ノーガードの構えが仇となり視界を一時的に失ったヒート相手ならば、一時的に退避するのは、さほど困難では無かった。

 

射命丸「さて、どうしたもんですかね……」

 

簡易的な小屋の形状となっている井戸の影で、射命丸は眉を寄せて言った。

相手は暴走中で意思不明瞭。おまけに戦闘は見境のないパワータイプで、かなりの火力をもつ炎熱型の類。

しかも、こちらの飛び道具は相殺するのがやっとでダメージを与えられないでいるのだ。

 

(;'A`)「いっそ逃げちゃわない? 勝てねーよあれ」

 

射命丸「私としても撤退して、もっと強いお方に相打ちになって頂きたいですね。モララーさんとか」

 

しかし、その選択肢は選べない。何故ならこの会話を聞いて見るからに不愉快そうに顔をしかめている奴が居るからだ。

 

(#^ω^)「そんなの駄目だお!? ヒートちゃんをあのままにしておけないお……」

 

(;'A`)「そうは言ってもよぉ。あれって何がどうなってあんな火だるまになってんのよ」

 

射命丸「そこなんですよねぇ。炎を司る神とか妖怪とか色々心当たりありすぎて……」

 

普段ならば炎の燃え方一つの情報だけで個人を特定するまでに至れただろう。

しかし、難易度調整か何か知らないが記憶の引き出しに勝手に鍵がかけられている今、思い出せそうで思い出せない感覚に常時陥らされている。

 

射命丸「あーモヤモヤするぅ……」

 

(;^ω^)「それよりも、ヒートちゃんは大丈夫なのかお!? やっぱ火消してあげたほうが……」

 

ルナサ「それは大丈夫だと思う」

 

意外にも返答はルナサからだった。

静かながらよく通る声に、皆は耳を傾ける。

 

ルナサ「蛇は自分の毒に侵されない。火は炎に焼かれない……。あれで魂の音色はとても安定しているから、自己の能力であるのは間違い無い」

 

射命丸「補足加えますと、自前で炎出してるし操れているから、"燃やされている"訳ではないとの事ですね」

 

(;'A`)「人間ガスボンベって感じか」

 

(;^ω^)「ば、爆発しちゃうのかお!? 大変だお!!」

 

慌てて飛び出そうとした内藤の裾を皆が掴んで引き止める。

 

('A`)「ま、落ち着けって。自分の炎で焼かれる火の鳥はいねーって。そんなのセルフ焼き鳥だろ?」

 

(;^ω^)「うう……確かに」

 

射命丸「――今、何と?」

 

射命丸の目が鋭く光る。見つめられたドクオは死にかけのフナのように目を泳がせた。

 

(;'A`)「自分の炎で焼かれる火の鳥はいねぇ? セルフ焼き鳥?」

 

射命丸「それですよそれ! 焼き鳥! 焼き鳥マニア! ……違う、ええと……」

 

集中すること数秒、射命丸は酷くスッキリとした笑顔で言い放った。

 

射命丸「"藤原妹紅"さんですよ! 契約相手は!」

 

( ^ω^)('A`)「?」

 

人名のようだが、初めて聞く名だ。フジワラノ~というあたりは教科書で見たような気がする。

 

ルナサ「竹林の?」

 

射命丸「そう! 間違いありません! と、なれば攻略法も少しは見えてきますよ」

 

( ^ω^)「あの、そろそろ説明を……」

 

チクリンノフジワラノさんとやらは一体何人なのだろう。黒船とかで来航した人だっただろうか。もしくは遣隋使の方かも知れない。

 

射命丸「おっとこれはうっかり。えー……わかりやすく言えば幻想郷の竹林に住む自称健康マニアの焼き鳥屋です」

 

('A`)「天敵じゃねーか。塩がいいな」

 

( ^ω^)「僕はタレがいいお。濃いめの」

 

射命丸「私の目の黒い内には焼き鳥なんて食べさせませんし作らせませんし買わせませんよ」

 

和やかにずれかけた話を引き戻して、場が収まったのを確認してから再び射命丸は話を続ける。

 

射命丸「藤原妹紅さんは妖怪じみてますが人間です。妖怪では無いので、ヒートさんの身体能力は火炎術や体術での底上げだけの筈」

 

(;^ω^)「あれで!?」

 

太めの棍棒をさくっと焼き切ったり、妖力解放中のこちらの回避に食らいついてきたりするのは人間の範疇だと言うのだろうか。

 

射命丸「"体質的"に普通の人間よりも少し無茶が出来るってだけですよ。それに炎の術もリスク無しで撃っている訳では――」

 

と、射命丸はそこで言葉を区切る。言い淀んだと表現してもいい。

実際、その直後に射命丸は両手を叩き合わせると、強引に話を切り替えた。

 

射命丸「兎に角! 相手は人間の体です。体力無視で突っ込んでくるだけで、肉体も頑丈ではありません」

 

ですから――と、人差し指を一本突き立てる。

 

射命丸「一撃。それで充分です。強い衝撃で頭を揺さぶってやれば、容易く気絶か行動不能にも出来るでしょう。問題はその方法ですが――」

 

またしても射命丸の言葉はそこで断ち切られる。

しかし今度は射命丸の意思とは関係無い。

井戸小屋の屋根を突き破って何者かが現れたからだ。

 

ノハ# ⊿ )「ヴァァアァァ!!」

 

(;^ω^)「ヒートちゃん!?」

 

(;'A`)「クソッ! もう見つかったか!」

 

両名とも自身の夢想器を手に抱えて、早々に井戸の周囲から離れる。

3秒後には、ヒートの姿が見えなくなるほどの火炎が小屋を跡形もなく焼き尽くした。

 

(;^ω^)「ほんとに何とか出来るのかお!?」

 

射命丸「今は距離を取ってください! 来ますよ!」

 

ノハ# ⊿ )「ガァァアアアァ!!」

 

自身の炎の残滓を突き破るように、ヒートが大きく跳躍する。

爆炎を利用したその特攻は、一瞬だが内藤の退避の速度を上回った。

 

(;゜ω゜)「う、うあああああああああ!!」

 

カメラと自身の命を守ろうと咄嗟に出した左腕が、炎を纏った彼女の手に掴まれる。

ただ腕を握られているだけ。たったそれだけで袖を――皮膚を灼熱は容赦なく塵芥に変えていく。

 

(; ω )「あああああ!!」

 

反射的にスペルカード"突風「猿田彦の先導」"を発動させ、ヒートから体を強引に引き剥がす。

距離にして十数メートルという生存の為の距離。それは彼女の追撃を避けるにはあまりにも少ない数字だ。

しかし、内藤にはそこから更に距離を稼ぐ余力は無かった。

 

(;'A`)「大丈夫かブーン!」

 

ルナサ「ブーン君……しっかり!」

 

射命丸「ブーンさん!」

 

(; ω )「ぐぅ……う、うううう……」

 

返事をする余裕はない。

本来なら勢いを相殺する為に発動させる二度目のスペル。それを行う集中を保つことは出来ず、勢いのまま着地の受け身も取れず地に横たわる。

それでもじっとはしていられない。

転げ回りながら左腕を抑え、必死に痛みが過ぎ去るのを待つ。

 

肉の一部を焼かれたのだ。もう少し遅ければ骨まで達していたかもしれない。それを皮膚だけで済んでいるのは幸運と言うべきか。

 

(; ω )「ふぅ……ふぅ……」

 

射命丸「妖力を高めて、治癒力を向上させました! 痛みが引くはずです!」

 

しかし回復を待っている時間はない。ヒートだ。彼女がここで追撃をしてくれば、今度は腕の一本二本どころか命を燃やし尽くされるかもしれない。

緊張の面持ちで、彼女の様子を見る。

 

ノハ ⊿ )「……」

 

彼女に動きはない。フラフラとした足取りで、その場を揺れているだけだ。

原因はすぐさま見て取れた。

 

射命丸「腹部に木材が……!」

 

おそらくは小屋の一部だろうか。それが、"突風「猿田彦の先導」"の反作用を受けて深々と体に食い込んだのだ。

あの分ではもしかしたら貫通しかかっているかもしれない。

 

(;'A`)「おいおいマジかよ……」

 

力なく腹部に刺さった異物に手をおく彼女の姿を見て、ドクオの言葉は震えていた。

妖怪の力を得ているとは言えベースは人間。充分死ぬダメージだ。

 

射命丸「……」

 

ノハ ⊿ )「……ぐぅっ」

 

口から粘度の高い赤黒い液体を吹き出す。

臓腑を傷つけてしまったのだろう、決して少ない量ではない。

しかしヒートは木材の切れ端を無造作に引き抜こうとする。

 

(;'A`)「おい馬鹿やめろ! 普通に死ぬぞ!」

 

射命丸「――いいえ、あれで"死ねるのなら"話は簡単でしたよ」

 

口から吹き出す血に、腹部に空いた亀裂からの血が混じって地面を染めていく。

それは炎よりも赤く、濃い色をしていた。

 

否――。それは炎の色だった。

 

ノハ ⊿ )「――!!」

 

ヒートの叫びが、血を炎に変えていく。

その炎は自らに傷を負わせた者を決して許さないと、熱を増していく恨みと怒りの炎。

その力は慟哭に反して酷く美しい輝きをしていた。

 

射命丸「やはり――ですか」

 

(;'A`)「なんだよあれ……マジで人間なのか?」

 

異物が塵となって風に溶ける。

当然残るは腹に空いた空洞。

しかしその明らかに死を予感させる傷は、またたく間に炎で埋め尽くされて行く。

 

――それは奇妙な光景だった。まるで怪我をしたという事実すら焼いて塵にしているかのように、傷が消えていく光景は。

 

射命丸「――藤原妹紅さんは不死人なのですよ。不死鳥のように、ね」

 

本人から直接確認取ったわけではありませんが――と、続けるが眼の前の光景を見るに事実なのだろう。

つまるところ、残機無限。HPが0になっても復活出来る。殺しても死なない敵。

すなわち、勝利は絶望的だ。

 

射命丸(ブーンさんと同じ直情型で痛みや恐怖を乗り越えてしまうタイプ――。しかし、あれほどの痛みをそれで抑え込んでいるとでも?)

 

確かに骨折や捻挫、裂傷や擦過傷に至るまで感情の高ぶりで意識の外へ放り出しておく事は人間の身で充分可能だ。

しかし、それはあくまで"意識しない"というだけで、無くしておける摂理ではない。

腹部を貫通した木材を自分の意志で引き抜くなんて芸当、まともな人間が――いや、"生物"が出来る訳がない。

 

(;^ω^)「う……ヒートちゃん……」

 

射命丸「ブーンさん、痛みは?」

 

(;^ω^)「まだズキズキするお。でも、そんなことよりヒートちゃんは一体……」

 

射命丸「彼女は契約したんですよ。不死鳥の炎を身にまとう不死人とね。ですが夢想器は……」

 

寺の火災はまだまだ鎮静の様子は無い。あの様子では一番激しく燃えている本堂にある物体は漏れなく灰となっている筈だ。

 

射命丸「幸か不幸か寺宝の不死鳥像では無かったようですね。すると彼女の夢想器は何処に?」

 

ルナサ「あれだけの安定した強い音色を出すには相当な思い入れがある物かもしれない」

 

(;^ω^)「……多分、お守りだお」

 

射命丸「お守り?」

 

寺にとって大事な宝ではないが、彼女にとって大事な物。

それはつまり、彼女だけの宝だ。肌身離さず握っていたとしても不思議ではない。

 

ノハ ⊿ )「ウォォォ――!!」

 

ヒートは再び雄叫びをあげた。

既に再生のすんだ腹部の風穴は跡すら残さず炎を纏っている。怪我を負う前よりも色濃く、熱く、激しく、鮮烈にして過激に。

ありえないはずだが、既に寺を覆う火炎を超える炎を人の身にかかえているのだ。

それは対峙する者に恐怖を感じさせるには充分過ぎた。

 

(;^ω^)「まるで火山だお……」

 

(;'A`)「……向こうはまだまだ元気一杯で羨ましいぜ」

 

射命丸「ここまで来ると、本当に逃走を考えないとなりませんね……。彼女を倒すまでに誰かが消し炭になって死んでも不思議じゃないです」

 

(;^ω^)「だ、だけど射命丸! それはヒートちゃんもじゃないかお!? 自分の許容量越えた力は大きなダメージになるって知ってるお!」

 

射命丸「……確かに最悪彼女はこのまま死ぬかもしれません。あの炎は明らかに生命を火種としていますから」

 

射命丸は目を伏せて、迷いながらそう言った。

 

射命丸「ですが、私にはブーンさん達にこそ死んでもらっては困るんですよ。分かってください」

 

(;'A`)「わりぃけどブーン。俺も同じ意見だ。あんなん人間のレベルじゃねぇ。騒霊とか天狗の範疇と比べてもそう思うぞ」

 

(;^ω^)「だけど……僕は、僕は……」

 

いつ攻撃が再開されてもおかしくない状況で、それでも尚意見は割れていた。

強大な敵に立ち向かうにはそれなりの理由が居る。

仲間を、兄弟を、家族を守る為。

許せない因縁や、正義や理想の為。

そのどれもが、自らの命を天秤にかけて尚重くなければならないのだ。

しかし、今日初めて会った少女相手にその天秤はどう傾くのだろう。

 

ルナサ「――泣いてる」

 

その時、ルナサが静かに呟いた。

 

(;'A`)「え?」

 

ルナサの眼は何も見ていない。瞼を閉じただ耳を傾けている。

 

ルナサ「彼女の叫び。音だけは澄んだ音色をしていた。でも、メロディの意味は今ようやく分かったわ」

 

彼女の金色の眼がじっと三人を見つめる。

その眼は言葉を紡ぐのが苦手な彼女の代弁でもあった。

 

ルナサ「あれは、心の痛みを怒りで覆い隠そうとしている哀しみの曲。……止めてあげて」

 

射命丸「ルナサさん……」

 

(  ω )「……」

 

( A )「……」

 

もう、意見をぶつける必要は無かった。

 

( ^ω^)「射命丸。無茶なの分かってて言うお。ヒートちゃんを"助ける方法"を教えて欲しいお」

 

(;'A`)「できるだけ簡単で怖くなくて危なくない方法で頼む。膝が笑ってるから……」

 

ルナサ「……お願い」

 

射命丸「……はぁ、分かりましたよ。でも一発勝負ですよ。失敗したと感じたら逃げてください。良いですね?」

 

返事するまでも無く、各自は既にヒートを止める為に構えていた。後は射命丸の支持だけでスタートを切る。

射命丸は髪をくしゃりとかきあげると、次の瞬間には"記者"ではなく、"鴉天狗"の表情へと切り替えた。

 

射命丸「――ドクオさんは遠距離から牽制を! 炎による攻撃に移らせないで下さい! ブーンさんは石でも岩でもなんでも良いです、炎で防御出来ない遠距離攻撃をしてください!」

 

応――と、言葉が発せられたと同時に、射命丸の想像は実現する。

 

(;'A`)「頼むからこっちに攻撃しくんなよ……」

 

ルナサ「やろう、ドクオ君」

 

音波による衝撃波の攻撃は、炎による鎧とぶつかり弾ける。しかし、相殺しきれている訳ではない。

妖力同士のぶつかり合いならば、純度の高い炎に軍配は上がる。だが、音の攻撃は消えるまでに衝撃を対象に残すのだ。

 

(#^ω^)「おりゃ! おりゃ! こっちだお!」

 

"突風「猿田彦の先導」"で一定距離を移動しながら、砂利の中の大きめの小石をまとめて投げつける。

流石にショットガンとは名乗れ無いが、妖力解放中の投合はかなりの速度を発揮した。

 

ノハ# ⊿ )「ガァッ!!」

 

小石を一瞬で溶かす程の熱量は流石に無いらしく、体のあちこちに質量分のダメージを重ねられていく。

それが気に障ったのか、衝撃波の攻撃を意に介さずにまっすぐ内藤へとヒートは駆け出した。

 

(;^ω^)「うわわ、こっちだけ反応してるお!?」

 

射命丸「想定通りですよ! 妹紅さんの影響か、妖怪っぽい方に強く反応するようです!」

 

一瞬で間合いを詰めようと、文字通り爆発的な突進力で人型の炎は迫る。

それに余裕をもたせるように"突風「猿田彦の先導」"の加速が距離を作り出した。

 

(;^ω^)「ほっほっ……で? 次は!?」

 

射命丸「一度林へ……と言いたい所ですが、あの熱量では生木も燃やせてしまいそうですね……ならば!」

 

射命丸が指し示す方向は、寺。

一瞬意味が分からず困惑する内藤を急かすように射命丸は声を上げる。

 

射命丸「行けば分かります! 一発勝負と言っているでしょう! さっさとしなさい!」

 

(;^ω^)「は、はいですお!」

 

あそこがどれだけ危険か理解している。しかし、ここで従わねば勝利は無いのだろう。おまけに後が怖そうだ。

内藤は加速の勢いを、寺の小屋の壁を使った三角跳びからの"突風「猿田彦の先導」"で、反対方向へと転換させる。

その背後で、小屋が爆炎を上げて塵となった事にはなるべく気が付かないようにして。

 

(;^ω^)「寺の中かお?」

 

射命丸「本堂の中です! "突風「猿田彦の先導」"で風をまといながら中を抜けなさい!」

 

躊躇しながらも、言われたとおりにスペルカードを再度準備する。背後にはヒートの熱を、前方には同じくらいの炎上の熱を。あえて突っ込むとすれば確かに前方のがマシなのかも知れないと、自分に言い聞かせながら。

 

射命丸「指示する方向へ抜けて下さい! それまでスペルの風は維持して!」

 

(;^ω^)「わ、わか――」

 

射命丸「煙吸い込むから黙ってなさい! あと、カメラに煤一つつけたら許しませんよ!」

 

(;^ω^)「……!」

 

コクコクと首を縦に降ってから、スペルを解き放つ。

壁を突き破って侵入した内部は、既に煙が充満していて視界がかなり限られていた。

言われたとおり呼吸を止めているが、妖力解放中でも長くは保たない極限環境だ。

 

射命丸「3秒数えてから、11時方向ドクオさん二人分くらいの高さに突撃して突破!」

 

(;^ω^)(さ、3秒!? ええと、いーち、にーぃ――)

 

屋根が吹き飛んでいて煙が少し流れていた事。

スペルで発生した風の余波が炎を遠ざけている事の2つが、一時的に周囲の視界を開かせる。

 

その中でふと、足元に転がる瓦礫に目が止まった。

それはあの不死鳥の首だった。

雄々しく威厳と風格のあったあの佇まいが嘘だったかのように、今は単なる瓦礫の一部として床に転がっている。

 

(; ω )(――さぁーん!)

 

彼女はおそらくこれを目にしたのだろう。それを想像したら、胸がどうしようもなく締め付けられるようだった。

それでもカウントダウンは止めない。止めてはならない。

彼女を怒りの炎から解き放ってあげる為に。

 

ノハ# ⊿ )「ガァァァァァアッ!!」

 

背後から気配が迫ってきたのを感じながら、冷静に射命丸の示した道を信じて突き進む。

風を纏っている今なら、炎も木材の壁も障害にはならない。

 

(;^ω^)「おおおお!」

 

肺に溜まった二酸化炭素と不安感を吐き出しながら、全力で外へと脱出を果たす。

光で眩んだ眼では地面との距離感をつかみにくかったが、それでも何とか感覚的に地面へ着地成功。

 

追ってくる爆風が背中を炙る感覚で吹き出した冷や汗が、外気に晒されて熱を散らす。それが生の実感を伴わせた。

 

(;'A`)「おい、大丈夫か!?」

 

探していたのだろうドクオが足早に駆け寄ってくる。

 

(;^ω^)「ゲホッケホ……空気美味しいお」

 

生存を祝う隙も無いまま、背後で本堂がとうとう音を立てて倒壊した。

断末魔の悲鳴のような地響きと共に、内部に込められた炎と煙が一気に霧散する。

 

(;^ω^)「だ、大丈夫なのかお? ヒートちゃん死んでないかお?」

 

射命丸「これで殺せるのならば不死人とは言いません」

 

射命丸の言葉の通り、人影がやはり現れた。

たった今更地となった場所から。

 

ノハ ⊿ )「……」

 

ゆっくりと足をこちらへと向けて歩んでくるその姿は、まさに不死の体現であった。

否、むしろ死ねないと言うべきだろうか。

しかし、それでも変化は訪れている。

 

(;^ω^)「なんか様子が変だお?」

 

彼女はもう叫んでいない。

大量の炎を纏っては居ない。

憤怒の形相を浮かべては居ない。

 

射命丸「酸欠、ですよ。ずっと叫びっぱなしで炎の中に居すぎたのです。加えてドクオさんの攻撃で弱まった炎を維持しようと体力を使いすぎましたね」

 

生き物である限り、空気は必要だ。たとえ不死人だとしても。

もし妖や神であったのならば、無いなら無いでも問題無かったのかも知れない。

しかし、藤原妹紅は人だった。死なない、ただの人だった。

ならヒートが得ている特性も人間に準ずるだろうと考えたのだ。

 

ノハ ⊿ )「う、あ……」

 

それでも、彼女は歩みを止めない。

立っているのがやっとの癖に、突き動かされる情念のまま戦おうとしているのだ。

 

( ^ω^)「ヒートちゃん……」

 

後一撃。それで決着はつく。

今なら彼女の体を覆っていた炎は無い。

打撃でも絞め技でも気絶させてしまえばそれで終り。

夢想器を奪ってしまえば能力の發現もできなくなるだろう。

 

( ^ω^)「今、助けるお」

 

決意と共に、拳を握り直す。

それは覚悟の現れでもあった。

 

ノハ ⊿ )「……」

 

一方で、ヒートの肉体は限界を迎えようとしていた。

死なず燃えずの体でも疲労は蓄積する。

人間は意思の力で限界を超える事は出来ない。限界を引き上げているだけだ。

そしてその限界点が、ヒートの膝をとうとう地に付かせた。

 

――だがヒートはその上で再び炎を宿した。

 

(;^ω^)「ま、まだ戦う気なのかお!?」

 

ヒートの背から分離するかのように、火の鳥が次々と生まれていく。

先程のより一回りは小さいだろうか、しかし数が多すぎる。

迫ってきた一羽からすんでの所で距離を離す。

ヒートはもうすでに敵の姿すら見えていないのか、空を仰ぎながらただ火の鳥を作り続けている。

 

一羽を消すだけでも命がけだった。それが視界にあるだけで十三はくだらないのだ。

 

射命丸「一体どれだけの情念があると言うのですか……」

 

その様は射命丸でさえ関心させる程に、純粋。

怒りを、無念を解き放つという一心で、終わらぬ戦いを続けている

だが、それはこちらも同じだった。

 

(#^ω^)「助けるって言ったんだお! なら絶対その炎を全部消してみせるお!」

 

(;'A`)「わーってるよ! こうしろって事だろ!?」

 

間髪入れずに発動させた"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"が今まさに襲いかからんとする一羽を迎撃する。

一回り小さいとは言え流石に霧散にまで至らないが、"写真「激撮テングスクープ」"で封じるには充分だ、

 

(;^ω^)「くっ……やっぱりギリギリかお!」

 

排出された写真を確認する事無く放り投げる。一瞬遅れて吹き出した炎が地に落ちる頃、次の火の鳥が鋭い爪を向けて差し迫ってきた。

 

(;'A`)「も、もういっちょ! "弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"!」

 

(;^ω^)「ほい! "写真「激撮テングスクープ」"!」

 

同様にもう一羽。さらに一羽。休む暇も無く、さらにもう一羽――。

 

射命丸「これでは埒が明かないですよ! ルナサさん!」

 

ルナサ「ええ。……ドクオ、"Presto"《速く》。"piu mosso"《今までより更に速く》」

 

(;'A`)「うぃ!」

 

射命丸「ブーンさん! こちらも速射モードを使いなさい!」

 

(;^ω^)「うぇええ連写モード!? ええと、あ! これかお1?」

 

ドクオは前もってルナサから教わった音楽用語を理解しイメージする曲調を変化させ、内藤はカメラに備わった撮影機能を切り替える。

 

ルナサ「――今!」

 

射命丸「今です!」

 

応! と心で返答し、腕を彼女たちの意思に答えるべく動かす。

 

('A`)「"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"――"前奏曲"《プレリュード》」

 

(;^ω^)「"速写「ファストショット」"」

 

威力や精度ではなく、即興性と臨機応変さを重視した音が、四方八方より至る敵に"鬱の音"を伝えていく。

ほんの一瞬、無防備に宙空に釘付けられた火の鳥達。

ファインダーに収めるのはその一瞬で充分だった。

 

(;'A`)「これ……しんどいな」

 

(;^ω^)「結構集中力いるお……」

 

周囲にばら撒かれた無数の封印済み写真が、地に触れるまでに燃え尽きて霧散していく。

順番とタイミングのどちらかを違えていたら、今頃その炎のどれかが体を焼いていただろう。

そんな未来を回避した安堵感と、高い瞬間集中力の反動で二人は肩で息をする。

 

――しかし、何処にそんな力が残っているのか。ヒートの体を覆う炎に弱まる気配は無い。

 

今度は同数、いやそれ以上の炎の鳥が生成されようとしているのを、感覚的に理解してしまった。。

 

射命丸「くっ……熱量が増す速度のが上回っているようですね……。カメラと音を合わせれば辛うじて炎は突破出来るかも知れませんが、物量で押すには決定的な一撃分が足りない!」

 

(;^ω^)「何か、何か方法は無いのかお……」

 

ひたすら迎撃していく戦法では、攻撃を当てやすいが一瞬でも気を抜いた瞬間に終わりだ。

かと言って、散開して対応するには方や移動速度の低さと、遠距離攻撃力の低さであっというまに追い詰められてしまうだろう。

 

決定打となる距離まで近寄る事すら難しい状況で、長期戦においても物量戦においても完全に不利だった。

 

『連携の弱点。それは互いの長所を合わせる代わりに、お互いの短所もより浮き彫りになる事だ』

 

(  ω )「……」

 

朝練の時の言葉が今になって再び突き刺さる。

互いの長所と短所が食い違うからこその連携の難しさ。

それを埋めるのが作戦や戦法なんだろうが、今は話合っている時間すら惜しい。

必要なのは鴉天狗の速さと、騒霊の音波攻撃力。

 

――なら、どうするか。

 

(  ω )「連携がうまくいかないなら――」

 

射命丸「ブーンさん? 何を――」

 

(#^ω^)「もっとちゃんと一つにまとめちゃえばいいんだおっ!」

 

(;'A`)「あ? ちょ、ちょっと何だよ……?」

 

事前説明も無しに、ドクオの軽い体は内藤の背の上に乗せられる。

多少不安定ながらもヴァイオリンをしっかりと握りながらドクオは自身を固定させた。

 

射命丸「一体何をなさるつもりですか!?」

 

(#^ω^)「こうするんだお!」

 

(;'A`)「だから説明!」

 

言葉を交わす手間すら勿体無いと、内藤はスペルを併用して加速をかける。

連続使用による疲弊がとうとう頭痛として現れ始めたが、今は気にしている時間ではない。

 

ノハ; ⊿ )「アアアアア……!」

 

生成し終えた多数の火の鳥が、今度は一斉に襲い迫る。

横から、後ろから、前から、上から我先にと、空間を埋めにかかる。

 

しかし、火の鳥がその爪に捉えたのは既に何もない虚空と同胞の羽根だけだった。

 

(#^ω^)「うおおおおおおお!」

 

(;'A`)「うわばばばばばばばば!」

 

人一人を背にした状態でのスペルは、確かに制動が難しい。しかし、火の鳥の単調な軌道をかいくぐる程度に問題は無かった。

 

(#^ω^)「ドクオ! しっかり捕まってろお! ついでに援護頼むお!」

 

(;'A`)「俺過労死しちゃうぞ!?」

 

文句は言いつつも、なんとか上半身を起こして背後から追撃する火の鳥を狙う。

動きながら引くのだ。狙いは無茶苦茶。威力も音色もまばらになる。

それでも乱射に次ぐ乱射で半数以上を弱体化させてみせた。

 

内藤はそれを視認する事無く察すると、宙で身を翻しながらカメラのシャッターを切った。

 

"速写「ファストショット」"に限界は無い。集中力と妖力供給さえあれば"撮る"という意思を発した数だけ写真に封じてみせるスペルだ。

 

(;^ω^)「ほっ……ととと!」

 

一瞬で背後に迫っていた複数の火の鳥の形を奪い去る。

これで追跡する鳥達との距離に幾分が余裕を作れた。

 

射命丸「ブーンさんにはナイスアイディアですよ! さぁ今のうちに!」

 

(;^ω^)「おうさ!」

 

勢いのまま向かうはヒートの元。

さながら背中に衝撃波の固定砲台を装備したスポーツカーの如く、高速で目標へと飛びかかる。

 

ノハ; ⊿ )「ウォォォ……!」

 

使用した分の熱量が回復仕切らない内に、ヒートは再度攻撃の体勢を取る、が既にヒートは致命的な間合いの近さに入られていた。

体を覆っていた炎すら、二人の連携によってたった今一枚の写真にもぎ取られ地に舞い落ちたのだ。

それは決定的な逆転の可能性であった。

 

(;^ω^)「これで……終わり――」

 

ドクオと自身の重さを合わせ、それを速度によって打撃力へと変える。

その全てを乗せた右拳を、わずか一メートル足らずの距離からヒートに向けて振りかぶる。

 

射命丸「よし! これで――」

 

射命丸が勝利を確信"出来ていた"のはここまでであった。

 

ノハ ⊿;)

 

(;^ω^)「――くっ」

 

ヒートが、泣いている。

そんな表情を目にしてしまった時、反射的に大ぶりの拳は体ごと明後日の方向へと捻じ曲げられた。

 

射命丸「何してるんですかブーンさん! 折角のチャンスを!」

 

(;^ω^)「……」

 

二人分の自重と運動エネルギーを、再度発動した"突風「猿田彦の先導」"で押し留めた後、困惑する内藤に射命丸は詰め寄る。

実際、彼女には何故攻撃を躊躇したのか理解出来ていた。理解した上でそれでも言ったのだ。少ない勝算の中で、生存の道を掴もうとしていた為に。

 

射命丸「今の攻撃で無力化出来ていた筈でした……それなのになんて事を!」

 

(;^ω^)「だめだお……これじゃ駄目なんだお! あの子を助けるにはもっと別の……」

 

ノハ ⊿ )

 

皆が見ている前で、ヒートに火の鳥が集っていく。

放った熱量と失った熱量。それらを補填するかのように。

まるで体ごと炎に喰わせているかのように、彼女は再び炎に飲まれていく。

 

――もう彼女の眼はほどんど見えていない。何も聞こえていない。それでもヒートはその身の熱をより燃え上がらせる。

怒りを火に。火を束ねて炎に。炎を燃やして火炎に。

ろくに動かぬ体に直接、火の不死鳥を纏わせて不死人形としてでも立ち上がる。

 

( A )「おい、どうすんだ……」

 

射命丸「もう無理ですね……。逃げましょう。作戦は失敗です……」

 

(;^ω^)「待ってくれお! 何か……きっと何か別の方法が――」

 

ヒートを助けたい。その思いが、何故か彼女との思い出を想起させる。

竹林で助けられた事。

傷を治療してくれた事。

騒がしくも暖かなお風呂と、少し怖い目にあったけれど美味しかった食事。

そして、夜更けに彼女と交わした時間――

 

 

(;^ω^)「――そうか! その手があったお!」

 

ノハ; ⊿ )「ウォォォ……!」

 

糸の切れた人形のように、火炎を纏い不気味に体を動かすヒート。

絶体絶命と断じられるこの状況で、内藤の眼には再び勝利への希望が灯っていた。

 

(;^ω^)「ドクオ! もう一回仕掛けるお!」

 

(;'A`)「おいおい、本当だろうな……?」

 

射命丸「ブーンさん……彼女に攻撃出来ないのでしょう? どうしようって言うんです?」

 

(;^ω^)「頼むお! 後一度だけで良いんだお!」

 

射命丸「はぁ、わかりましたよ! ドクオさん! ルナサさん! ラストの中のラストチャンスです! もうひと踏ん張りしますよ

 

(;^ω^)「――ありがと、だお」

 

半ばやけくそ気味の掛け声に、内藤は小さく感謝の意を告げる。

そして疲労困憊した肉体から力を絞り出すように、大きく駆け出した。

 

 

 

ノハ; ⊿ )「ウォアアアアアアア!!」

 

放たれる無数の火炎弾。一つ一つは攻撃力は小さいのだろうが、その量と熱は回避がさしもの鴉天狗でも困難なレベルだ。

 

(;^ω^)「でも!」

 

(;'A`)「これなら!」

 

写真で切り取られた火炎弾の存在しない空間に、内藤は飛び込み、ドクオは追撃せんと上空から降り注ぐ火炎弾を、衝撃波で散らしていく。

目の奥まで焦がしそうな光の中で、内藤はただひたすらにヒートとの間合いを保ちつづける。

 

(;'A`)「そらよ!」

 

(;^ω^)「ほいさ!」

 

合間に飛ばす、石礫と弱い衝撃波。

今までで最大に密度を高めて炎を纏うヒートには、ほんのわずかなダメージだろう。

 

ノハ# ⊿ )「グヴゥゥ……!」

 

――だがそれでも挑発としては充分だった。

とうとうヒートは歪な炎の羽根を大きく広げると、地を這うようにして自らの体を飛行させた。

飛ぶというにはあまりに不格好。故に、速度はそれほどではない。そうしてまででもヒートは無意識に直接手を下すことを選んだのだ。

 

射命丸「来てますよブーンさん!」

 

(#^ω^)「これでいいお! そのまま僕についてくる筈だお!」

 

それは願望ではなく、ヒートならきっとそうするだろう、と信じたのだ。

思えば彼女はいつも繊細さを持ち合わせながら、最後は豪快だった。言うなれば短気で直情的。それが素直ヒートなのだ。

 

(;'A`)「あ、あんま、あんまりゆらゆるりら揺らさないで……」

 

ドクオを背負ったまま、スペルの風で炎の攻撃の影響を弱めながらヒートを先導していく。

無論、これはかなり無茶をしている。

そうまでして向かわねばならなかった場所。それは――。

 

(#^ω^)「あった! 飛び込むからしっかり捕まってるんだお!」

 

(;'A`)「飛び込むっておい、井戸にかよ!」

 

――井戸。簡易的な小屋になっていたが、先程のヒートの攻撃で井戸はむき出しとなっている。

もちろん蓋もあったが、それは既に過去の話だ。大きさにおいても人が飛び込む事に問題無い。

しかし、井戸は人が飛び込んでも良いようには作られていない。あくまで水くみ場だ。

 

ルナサ「音が収束してる……大きい攻撃が来ると思う。多分……」

 

射命丸「見たまんま大きな火球つくってますよ彼女!」

 

(;'A`)「待って!? ねぇちょっと俺泳げないんだって!」

 

(#^ω^)「立ち止まってる暇無いお! おおおお!!」

 

自身の体と細身の友人を支えている脚に力を籠めて、大きく跳躍。

放物線を描いて井戸の中へ飛び込んだ時、背中にいるドクオの頭の直上を熱の塊がかすめていった。

 

(#^ω^)「おおおおおおッ!!」

 

内部は熱気にさらされている外部と比べて信じられないほど冷え切っていた。その最中を熱を帯びた叫び声が反響し、暗闇に沈んでいく。

 

井戸だからか常に湿っている壁はかなり滑る。

それでも両足を突っ張って、手を石造りの隙間にねじ込んで二人分+夢想器二つ分の重さを受け止めてみせた。

 

(;^ω^)「おおおお……何とか、止まれたお」

 

(;'A`)「ブーン。俺今どうなってんの?」

 

ドクオの声は内藤の背にはもう無い。軽く細い体は落下の衝撃で、背中から滑り落ちていた。

今宙ぶらりんのドクオの体を支えているのは、内藤の片腕一本分の力のみ。

 

(;^ω^)「あーうん。大丈夫だお。あのほら……うん大丈夫だお」

 

(;'A`)「それ逆に不安なるわ」

 

井戸の中に灯りは無い。炎という光源に満ち満ちている外とは正反対に、冷たく暗い世界だ。

そして問題はそれだけではない。

 

(;'A`)「なぁブーン。この中なんか息苦しくねぇ?」

 

(;^ω^)「う、多分炭酸のせいじゃないかお……。思ったよりきつい……」

 

炭酸。つまりは二酸化炭素だ。

元々空気がこもりやすい井戸内部。妖力解放によって酸欠の危険性は薄れていたとしても、無酸素で活動していられるわけではない。ここに来たのは一か八かだった。

 

射命丸「妖力が近づいてきてますよ! まだ追いかけてくるつもりのようです……!」

 

射命丸が言い終えるよりも先に、井戸の上部が炎の灯りに照らされ始める。

追いかけて仕留めるという目的のみが彼女の思考を独占しているのか、炎による追撃ではなく直接攻撃を選んだようだ。

 

射命丸「たしかにこの中でなら炎の顕現も難しいでしょうが、長居していたらこちらもダウンしますよ!」

 

(;^ω^)「ここまでは作戦どおりなんだお……ドクオ! 出番だお! 音攻撃してくれお!」

 

(;'A`)「出番!? 何いってんだお前! ここからじゃヒートちゃんは狙えねぇぞ!」

 

(;^ω^)「違うお……狙うのは井戸水だお! サイダーみたいにぶわっと吹き出させてほしいんだお!」

 

(;'A`)「馬鹿かお前……、そんな簡単な話じゃねぇんだぞ? 炭酸ガスがどれほど飽和状態にあるのかも、地下水源の広さも構造も分からねぇのにそんな――」

 

(;^ω^)「僕は! ドクオを信じてるお! ……お願いだお、少しづつ手足が滑って来て……くっ!」

 

(;'A`)「……プレッシャー」

 

上方からは眩い赤熱が、下方には冷たい漆黒が広がっている。

確かに出来る出来ないの話をするには余裕がなさ過ぎていた。

 

ルナサ「チューニングは私が。……妹程上手ではないけれどもやってみる」

 

(;'A`)「わ、わかったよ……やるからブーン! 落っこちるなよ?」

 

(;^ω^)「……任せるお」

 

そうは言ったものの、既に背中を炎の熱が焼き始めている。

未だ、"熱い"程度の炎だが彼女がもっと近づいてくれば焙り焼きにされる苦痛に耐えねばならないだろう。

それでもドクオに気取られぬように、声だけは気丈に振る舞ってみせた。

 

射命丸(頼みましたよ、ドクオさん……)

 

(;'A`)「……」

 

集中しながら、弱めのスペルを下方へと放つ。

返ってくる僅かな音の反響と、振動だけがチューニング――波長を合わせる手がかりだ。

 

ルナサ「……」

 

音の出力をドクオが。音の波長をルナサが取り持つ事で、少しづつ井戸全体を震わせる音を探していく。

それは途方もない作業であり、炭酸ガスに溺れながら出来るような技でもない。

 

(;^ω^)(……やバイお。ドクオのスペルが反響して、僕まで力が抜けてきちゃってるお……)

 

今、踏ん張っていられるのは気力のお陰だ。しかし、その気力もだんだんと蝕まれている。

それでも友の身体を支える手は離さない。

もし今離してしまったら、もう片手に新たな友の手を握る事すら叶わなくなるから。

 

ノハ ⊿ )「……!」

 

悲鳴とも怒声ともつかぬ彼女の声。

その眼は何を見ているのか。

その耳は何を聞いているのか。

その心は何を想っているのか。

 

彼女を止めるための正真正銘最後のチャンス。

 

――そしてそれは、たった今形となった。

 

ルナサ「――うん。行けるよドクオ君」

 

(;'A`)「うっし! よーく聞けよ井戸水! 人間相手じゃないライブのが気楽だ!」

 

ヴァイオリンを構え直し、眼を閉じる。

より深く気合と集中を高める為に。

上部から近寄る唸り声も、井戸壁を照らす光も、不安定に中空を揺れる自身の体の状態でさえ、もうどうでもいい。

肉体の苦痛。精神的な疲労。それらをもたらす生への渇望と執念をおしやり、真の鬱の音色を増幅させる。

今、必要なのは――"静寂"という"騒音"。

 

('A`)「――来た」

 

ルナサの意思と、スペルカードの本質。

それらだけを純粋に思い描けた時、再び開いたドクオの眼はルナサの眼に宿す色と同じ光を灯していた。

 

('A`)「"騒符「ノイズメランコリー」"」

 

(;^ω^)「おおっ……!」

 

ノハ ⊿ )「……!?」

 

ドクオの最大音量最大出力の音波は、形の無い水面を揺らし奥深くへと静かに潜り込む。

その音色は、人の心を落ち着かせ、沈静化する鬱の音色。

しかし今は、水の中の二酸化炭素を活性化させる単なる音のエネルギーだ。

 

それからは一瞬の事であった。

膨大な地下水源から井戸までのルート全てに伝わった振動によって、炭酸水は水中の炭酸ガスを抑えきれなくなる。

そして体積を膨張させた気泡は、今まで自らを捉えていた水を押しのけてまで解放されようと暴れ始めた。。

後は単純だ。我先にと自由な空へ飛び出していく炭酸とそれに巻き込まれていく水は、一斉に圧力の低い上方の井戸へと迫る。

 

つまり――。

 

(; ω )「おおおおごぼがぼぼぼぼぼぼ――」

 

(; A )「ぶぼっぶばっべべべべべべ――」

 

思いっきり衝撃を与えた瓶入りサイダーと結末は同義。中身は"些細な障害物もろとも"一気に空へと吹き出した。

地下に蓄えられたエネルギーの前では、人間三人分の質量は重しにすらならない。

井戸の残骸と共に、三人は空中を飛んでいた。

 

ノハ; ⊿ )「グ……!?」

 

彼女の体を覆う炎でも大量の水流と二酸化炭素の前では鎮静せざるを得ない。

その上、巨大な熱量は水分を一瞬で気化させた事で、小さな水蒸気爆発のダメージさえも彼女に負わせてしまっていた。

だが、彼女の意識を止めてもまだ無意識が残っている。無意識下で呼び起こした炎が、体を守ろうと収束し始めていた。

 

(; ω^)「――もういいんだお。もう怒らなくて、いいんだお」

 

飛来する瓦礫を足場に、内藤は呟く。

こちらも意識を失いそうな衝撃と圧力を受けて尚、気力で体を動かし続けている。ただヒートを助けたいが為に。

その気力を、人は優しさと呼ぶのだ。

 

ノハ; ⊿ )「ウゥアア……!」

 

しかし今のヒートにはその優しさを受け止める術が無い。

拒絶するかのように、陽炎のような炎弾が周囲を漂う。

それはヒートのなけなしの怒りで哀しみ。

世界から拒絶されたと信じてしまった少女の、精一杯の反抗。

 

(; A )「援護ッ……ゲフォッ……」

 

内藤の背後から飛ぶ音が、拒絶するように生み出される炎を霧散させていく。

それは一度は友を信じられなかった青年が作り出す、友人の為の道。

朦朧としながらも最後の力で援護してみせたルナサの意思とドクオの意地。

 

射命丸「ブーンさん。今度こそ終わらせてあげましょう――!」

 

そして射命丸の風を共に連れて、内藤は最後の加速を始める。

 

ノハ; ⊿ )「……!」

 

( ^ω^)「――大丈夫。これが終わったら、また一緒に遊ぼうお」

 

"突風「猿田彦の先導」"

 

穏やかな風が、内藤の体に一時的な飛行能力を与える。

相手に痛みを与えるのではなく、その心をそっと揺らす為だけに。

 

――炎と風がぶつかり、交わるように宙へと溶けていく。

 

ノハ ⊿ )「――」

 

炎が全て風に解ける瞬間。怒りと哀しみに覆われていない彼女の声が聞こえた気がした。

 

 

"ありがとう。ごめんなさい"

 

 

 

 

 

 

( ・∀・)「――やぁ待たせたね」

 

(  ω )「お……」

 

次に気がついた時、柔らかな感触が体を抱えていてくれているのに気がついた。

それは何度も体に叩き込まれた羽衣の感触。

 

( ・∀・)「よくやったよ。君達は。本当にね……」

 

(;^ω^)「う、モララーさん?」

 

優しく地へと降ろされる。

そこは水と残骸で汚れた土の上ではなく、何処からか引っ剥がして来た畳の上だった。

 

( ・∀・)「何分、急拵えでね。寝心地は保証できない」

 

(;^ω^)「あの……皆は? ヒートちゃんは?」

 

( ・∀・)「そう慌てないで良い。見給え」

 

5畳程並べられた簡易床には間隔を空けてドクオやヒートの姿があった。

おそらく私物であるだろう電池式のランタンが彼らの満身創痍の体を優しく照らしている。

皆戦った直後であるが、どうやら穏やかに息をしているようだ。

 

射命丸「ふぅ……流石に今回は終わりかと思いましたよ」

 

間に置かれた夢想器――カメラの上で射命丸は小さい姿でため息をわざとらしくついてみせた。

 

(;^ω^)「射命丸……すまんかったお。でもほら、無事だから安心してほしいお」

 

射命丸「いえ、カメラの事です」

 

( ^ω^)「あれデジャヴ?」

 

( ・∀・)「何はともあれ、君達は無事戦ってみせた。なら、次はアレに幕を降ろそうか」

 

モララーが指し示したのは、未だ炎上中の寺。

少し離れた場所に居るとは言え、熱を感じる程に炎の勢いは激しい。

このままでは山火事へと発展するかも知れない状態だ。

 

(;^ω^)「あっ……急いで消さないと……」

 

立ち上がろうと体を起こしただけで、めまいがした。

それでも構わずに脚を地面に立てようとした所で、モララーの白い手袋が胸に当てられる。

 

( ・∀・)「君はもう無理しなくていい。ここは私の見せ場だよ」

 

優しい声色に、反発する意思は湧かない。

傍らの射命丸もやや不満そうだが文句までは出てこないようだ。

 

( ・∀・)「ヒートアップした悲劇のエンディングは涙で彩ろう」

 

(;^ω^)「お?」

 

白い手袋に包まれた指が、高らかに打ち鳴らされる。

途端"ぽたり"と何か冷たい物が額に触れてきた。ふと見上げると今度は頬にもう一つ。

その雫の感覚はどんどんと短くなっていき、数十秒後には連続した一つの音となっていた。

この分ならば、火事もすぐに収まりを見せる事だろう。

 

( ・∀・)「万雷の拍手……にはいささか劣るがね」

 

いつの間にか用意されていたいくつかの大きな番傘。工夫して寄り添うように置かれたそれが、体に落ちる大雨をから身体を守ってくれていた。

隣を見れば同様に二人の体も濡れないように配慮されている。恐ろしい手際の良さと早業だ。

 

( ^ω^)「ありがとだお」

 

( ・∀・)「――さて、私は少々席を外すよ。まだ準備しなくてはならないからね」

 

モララーは最後にそっと上着をヒートにかけると、傘も保たずに暗闇の中へと消えていった。

去り際、永江衣玖が微笑ましく会釈していたあたり、彼女の風の前に傘は不要なのだろう。

 

( ^ω^)「……」

 

しばし、雨の中踊る炎の残滓を眺める。

あれほど肌を焦がしていた熱も、今はむしろ井戸水で冷えた体を暖める程度の火力でしかない。

これで全て終わったのだろうか。

 

――否、まだ一つやるべき事が残っている。

 

今度こそゆっくりフラつきながら立ち上がると、番傘一つ片手にヒートの元へと歩み進む。

 

ノハ ⊿ )「すぅ……すぅ……」

 

ヒートは穏やかな寝息を立てていた。

これが先程まで狂戦士の如く暴れまわっていた人物であると、誰が思えるだろうか。

出来ればこのまま見守っていてあげたかった。

 

( ^ω^)「射命丸」

 

射命丸「――ブーンさん。おそらくそれが夢想器かと。……残滓ですが、強い力を感じます」

 

かけられた上着を少しずらす。

露出した胸元――ヒートの心臓のあたりに、手のひら程の羽根がくっついていた。

羽根は朱々と燃えるような色をしていて、僅かな風を受けて微妙な揺らめきを見せている。

それはまるで本当に不死鳥の羽根であるかのように美しく、生命力に満ちた輝きを秘めていた。

 

( ^ω^)「これが、この子をこんなにしたのかお……」

 

試しに手にとってみると、案外抵抗無く羽根はヒートの体を離れた。

ほんのりと暖かく感じたが、これはヒートの体温が移ったというだけではないのだろう。

 

射命丸「今なら奪い去る事も処分してしまう事も容易いです」

 

( ^ω^)「……」

 

ほとんど重さを感じさせない羽根を、くるくるとゆっくり手の上で弄ぶ。

短い時間だけど、それでもとても長く楽しい時間の面影をそのゆるやかな残光に思い起こす。

 

――そうして少し考えた後。そっと羽根をヒートの手に戻した。

 

射命丸「よろしいのですか? それのせいでヒートさんは……」

 

( ^ω^)「確かに、また暴走しちゃう危険もあると思うお。でも、彼女の命を救ったのも間違い無くこの夢想器だと思うんだお」

 

それに――

 

"これは私の一番大事なお守りなんだ!!"

 

――それに、誰かの大事な何かを奪うなんて悲しい事は出来るだけしたくない。

 

( ^ω^)「きっと、大丈夫。僕が大丈夫にするお」

 

射命丸「そう――ですか」

 

射命丸はそれ以上は何も追求せずに、共にヒートの穏やかな寝顔を眺めていた。もしかして呆れられてしまったのだろうかと少し不安になる。

 

(;^ω^)「射命丸……?」

 

射命丸「ほんと、馬鹿ですねぇブーンさんは」

 

振り返った射命丸の顔は厳しい様相を表していた。が、声色にどことなく柔らかな雰囲気を感じ取れて、ちょっとだけ安心できた。

 

射命丸「言っておきますが、次こんな状況になってもブーンさんの無茶無謀に賛同なんかしませんからね? むしろビシッと社会の厳しさと現実を突きつけてやるつもりです」

 

(;^ω^)「お手柔らかにたのむお」

 

空いている畳に座りながら、再び鎮火していく寺を眺める。

随分と煙や炎も収まってきたようで、少し周囲に暗闇が戻り始めていた。

 

('A`)「……さみぃ」

 

ドクオがのっそりと起き出してきたのはその頃だった。

 

( ^ω^)「起きたかおドクオ。元気かお?」

 

('A`)「元気そうな顔に見えるか?」

 

( ^ω^)「いやドクオの100%全快状態を今まで見たことないお」

 

('A`)「まぁそういうことだよ」

 

ドクオが回復した事で、ようやく姿を現す事が出来たらしいルナサも、ぼんやりと鎮火していく寺を眺めている。

これで皆無事だとハッキリした。

誰かが死んでしまうのでは無いかと思う程の激闘が終わったのだと、ようやく実感する。

 

――と、

 

ノハ ⊿ )「クチュンッ……」

 

( ^ω^)「お?」

 

小さいが元気なくしゃみが聞こえてきた。

成る程、どうやら上着がずれていたせいで彼女の体も冷えて来てしまったようだ。

ヒートのダメージはこちらよりも酷い筈。体を冷やしてはいけないと、上着をかけ直す。

 

('A`)「おい、それだけじゃさみーと思うぞ。俺が寒いもん」

 

(;^ω^)「おーん……」

 

と言われても布団や毛布の類は塵と灰になってしまった。

今ある物といえば今着てる借り物の作務衣くらいだろう。

 

(;^ω^)「仕方ないお……中に半袖短パン着てるし、ヒートちゃんに着せてあげるかお」

 

雨の中、しかも山で薄着になるのは流石に覚悟が居る。寒さとか蟲とか。しかし、今は彼女にこそ必要なのだと思い切って脱ぎ去ってみせる。

 

射命丸「あやややー良いぬぎっぷりですねぇ。面白みの無い体してますけど」

 

('A`)「野郎の脱ぎ脱ぎみても楽しくねぇ。チェンジ」

 

( ^ω^)「ちょっとお静かになさって下さらないとお金取りますわよ?」

 

脱いだ作務衣を一応チェックしてみる。炎と風に煽られたお陰である程度乾いているようだ。

ところどころボロボロだが、無いよりはマシだろう。現に、脱いだ瞬間から少し肌寒くて仕方がないのだから。

 

( ^ω^)「未練残らない内に……よいしょっと」

 

ヒートの体を軽く起こして、作務衣の上着を着せにかかる。

等身大の着せ替えプレイと言われると犯罪臭がすごいが、これはあくまで救命行為だ。信じて欲しい。

 

(;^ω^)「うお……よく考えたらヒートちゃんの服ほとんど焼けて無くなってるお。気をつけないと……」

 

無論、この場合の気をつけるというのは、背中から感じるドクオの熱視線と、カメラのシャッターを切ろうとしている射命丸の事である。

そんなガードを維持しながら、意識の無い人間に服を着せるのはかなり難しい。自分で着替えれば十数秒程なのに、上着を着せる程度の事にこんな手こずるとは。

 

そんな状況を打破するかのように、聞き覚えのあるバイクの駆動音が近づいてきた。

 

(*^ω^)「お! モララーさん!?」

 

夜闇を切り裂くライトに続き、見覚えのあるサイドカー付き大型バイクが正門からの階段を道として駆け上り切る。

勢い余って宙を飛ぶ程度の怪物的馬力があってこその芸当だ。

 

しかし、華麗なドリフトを決めてスタイリッシュに停車したバイクに乗っていたのは顔見知りではあるが、待望の人物では無かった。

 

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと! 大丈夫!?」

 

(;^ω^)「ツン!? 何でツン!?」

 

(;'A`)「おいおい、ツンも連れてきたのかよ、モララーさん」

 

余程慌てて出てきたのか、彼女の着ている服装は、薄桃色のパジャマに蒼い上着を羽織っただけの簡単な装いだった。

履物に至ってはサンダルというおおよそ山歩きすら出来ない装備。

それを可能にしたのはバイクの性能だろうが、ツンはそんなじゃじゃ馬――もとい、ジャジャ猫を扱ってきたと言うのだろうか。

 

ξ;゚⊿゚)ξ「家でゆっくりしてたら、モララーさんが急務だって呼び出してきて……それにしてもすごいのね。AI完全自動操縦の乗り物なんて初めて乗ったわ」

 

(;^ω^)「あー……」

 

バイクの座席の上でいたずらっぽく笑いながら尻尾をくゆらせるお燐と、目が合う。

流石に言い訳が大胆過ぎるのではと少し心配になった。

 

ξ;゚⊿゚)ξ「それで? あんた達一体ここで何して――」

 

瞬間、ツンの表情が凍る。

 

ξ゚⊿゚)ξ「……あい?」

 

('A`)「……うえ?」

 

( ^ω^)「……お?」

 

視線が気になって、空中に線を描いて向けられた先をたどる。

そこに居たのは黒い煤や泥で汚れた男子二人。そしてその下には組み伏せられた半裸……と言うかほぼ全裸の泥だらけの意識の無い少女一人。

ツンの側から見えている光景を想像すると、合点が行った。

 

――ああ、そういう流れか。と。

 

( ^ω^)「――フッ」

 

全てを受け入れた今、もう何も怖くなかった。来るべき"運命"《さだめ》と言う名の拳を、素直に諦めの微笑で受け止める。

 

 

 

 

ξ゚⊿゚)ξ「全く、無茶ばっかりするから怪我だらけなのよ? はい、次。怪我してるの何処?」

 

(#)#)ω(#(#)「……ええと、さっきツンに殴られた所全部……?」

 

何回殴打を受けたのか分からなくなるくらいツンに打撃音を奏でられ、ようやく開放された時には戦闘でのダメージを上書きする勢いだった。

ちなみにだが、ドクオは片手間に蹴り飛ばされた為に、草陰で原型の無い夕食と再会している所である。どっちがマシかなんて比べようも無い。

 

ξ゚⊿゚)ξ「んじゃ、はいこれ。あんた達用の適当な店で買った適当な多分、服?」

 

(#)#)ω^(#)「何でそこに疑問符が?」

 

ξ゚⊿゚)ξ「布には間違いないから。あっちの草むらで着替えてきなさいよ」

 

(#)#)ω^)「えー? ここじゃ駄目かお? あっち蟲居そうで……」

 

ξ゚⊿゚)ξ「私は今からもう一回あの子の治療と、着替えをするの。"男子"《ケダモノ》は草むらで充分。おうけい?」

 

(#)^ω^)「いやさっき野獣みたいなパンチ繰り出してきたツンがそれ言う――」

 

ξ゚⊿゚)ξ「他に質問は?」

 

(#)#)ω(#(#)「ないでふ。……もうループしたくないでふから」

 

仕方なくすごすごと着替えを手に木陰に移動する。

いつの間にか火も雨も無くなった山の夜闇の中、ランタンの灯りだけを頼りに服を広げていく。

服はまさに適当に買ったと言う話通りに、値札のタグもしっかりついたままだ。しかも上下セットになるような組み合わせも無い。

……それどころか、何故か便座カバーが混入している始末だ。

 

( ^ω^)「……はい、ドクオ。次はお前の番だお」

 

一枚しか無かったスウェットのズボンと、ダサすぎるプリントシャツを身につけてから、残りの服と便座カバーをドクオに渡す。

出すだけ出したドクオは、げんなりとしながらもそれを受け取って着替え始めた。

 

( ^ω^)「おいすー。そっち着替え終わったかお?」

 

ξ゚⊿゚)ξ「えっちスケベへんたい。今終わるわよ」

 

ツンが手にした櫛をポーチに仕舞いながら、畳の上から立ち上がる。

するとその向こうにはちょうど目を覚ましたのか、ヒートが静かに体を起こして座っていた。

 

ノハ;゚⊿゚)「……」

 

( ^ω^)「お、ヒートちゃんおきたのかお」

 

返事はない。小刻みに震える体を、自分の腕で抑え込むように抱きかかえている。

目は何処を見ているのか忙しなく焦点が合っていない。

 

( ^ω^)「……ヒートちゃん?」

 

ノハ;゚⊿゚)「う……?」

 

二度目に名前を呼んだ時、ヒートはまるで小動物のように肩をはねさせた。

まるで何かに怯えるように。

 

ノハ;゚⊿゚)「ぶ、ブーンか……? 一体何が起きたんだ? 寺は? 寺宝は? 私は……?」

 

(;^ω^)「覚えてないのかお……?」

 

ヒートはこんな誤魔化しやとぼけ方をする子では無いのは確かだ。

理屈は分からないが、記憶が抜け落ちてしまったとでも言うのだろうか。

 

射命丸「……ショック症状ってやつですかね。暴走状態でしたから、そもそも自覚していなかったのかもしれません」

 

(;^ω^)「……」

 

どう説明すれば良いのだろうか。

嘘は苦手だ。全てを話す方が簡単だろう。

でも、それは彼女を深く傷つける事になるだろうし、何よりツンにもバレてしまう。

――少し悩んでから、山火事だとだけ伝える事にした。

 

(;^ω^)「て、天気が悪くなって、それで雷が落ちて……ヒートちゃんはその時に気を失っちゃったから、僕たちで助けた……んだお」

 

ノハ;゚⊿゚)「そ、それは本当か? ……いや、疑う訳じゃないぞ。起きたら、こんな事になってて……どうすれば良いのか……分からないんだ」

 

零れ落ちそうな涙を目尻に湛えながら、呆然と焼け跡を見つめる彼女にどう声をかければいいのだろうか。

検討のつかない選択肢に、同じく黙ってただ時間が過ぎゆくのに任せる。

 

ξ゚⊿゚)ξ「……」

 

しばらくツンも何やら考えていたが、何やら決意したらしく静寂を破るように軽いため息をひとつ吐いた。

一瞬、嘘がもうバレてしまったのでは無いかと警戒したが、ツンが向き合ったのはヒートの方だった。

 

ξ゚⊿゚)ξ「――ヒートちゃんだっけ? 行く所無いなら家に来る? どうせ一人暮らしだし」

 

ノハ;゚⊿゚)「い、良いのか? ……でも突然迷惑じゃないか? 初対面の私なんかを……」

 

ξ゚⊿゚)ξ「貴女が良ければ別に良いわよ。……今、受け止めきれないくらい辛い事なら、時間かけてゆっくり受け止めていけば良いじゃない。その居場所くらいなってあげるって言ってんのよ」

 

ノハ;゚⊿゚)「……」

 

流石のヒートもすぐさま返答は出来ないようだ。

それを見てツンは、目線を合わせながら微笑んでみせた。

 

ξ゚ー゚)ξ「私はツン。よろしくね」

 

ノハ*゚⊿゚)「ツン……さん? いいや、ツン姉さん! よろしく頼むぞ!」

 

ξ*゚⊿゚)ξ「こそばゆい呼び方しなくて良いわよ。ツンって呼び捨てにして」

 

ノハ*゚⊿゚)「あ……わ、分かったぞ! 有難うツン!」

 

(*^ω^)「おっおっおっ。良かったおー」

 

ああ見えてツンはとても世話を焼くのが好きだ。微笑ましい光景に頬が緩む。

と、ニヤつきながら眺めていたのがバレたのか、ツンは口を尖らせながらそっぽを向いて治療を再開し始めた。そういう所も含めて実に微笑ましい。

 

ノハ*゚⊿゚)「えと、あの……ツン姉! 早速困ったぞ!」

 

ξ*^ー^)ξ「だからツンで良いって――まぁ良いわ。なあに?」

 

まるで姉妹のようだ。強引に意思を突き通そうとする辺りとか、それで居て不器用な所とか。

ここから更にどんな朗らかなイベントが始まるのだろうか。期待に耳を傾けながら、火傷をした左腕をツンに預ける。。

 

ノハ*゚⊿゚)「こ、このツン姉が貸してくれた服っ! ちょっと胸の辺りがきっついぞ!?」

 

ξ゚ー゚)ξ

 

あ、やばい。笑顔のままだけどもう眼が笑ってない。

今のうちに止めないと、被害者が増えてしまう。

 

(;^ω^)「あ、あのヒートちゃん? それはほら、流行り? みたいな着こなしなんだお。うん」

 

ノハ*゚⊿゚)「これが今の流行りなのか!? ……すごいなツン姉は! こんな窮屈なオシャレでも平気だなんて! 息苦しくないのか!?」

 

ξ ⊿ )ξ

 

OK。終わった。最早笑顔を取り繕いさえもしていない。

と言うか、腕に巻いてくれている包帯がギリギリと強く擦れ合う音を立て始めている。

 

(;^ω^)「あ、あの……ツン、さん?」

 

恐る恐る声をかけてみる。が、返答は無い。

そうこうしている間に両腕がすっかり梱包され、身動きが取れないようにされていた。

次の瞬間――

 

((;゜ω゜))「アッ――!!」

 

とてつも無く染みる何か薬品が、火傷傷に惜しげも無く叩き込まれる。

鼻をつく刺激臭に、暗がりでも分かる劇薬っぽい極彩色。お願いだから消毒液か何かだと言ってくれ。

 

( ・∀・)「――はっはっは。災難だったね」

 

絶対こうなるの理解って黙って見てたでしょう――。

いつの間にか遠巻きに眺めていた顧問への文句は、言葉になる事なく痛みで叫びへと変わっていった。

 

 

 

射命丸「――ルナサさん、少々よろしいですか?」

 

ルナサ「……どうかした?」

 

喧騒から離れた場所。本堂であった場所に幻想体の二人は漂う。

あえて、この場所にしたのだ。

 

射命丸「ルナサさんは戦闘中おっしゃっていましたよね? "音色が安定している"と」

 

ルナサ「ええ」

 

ルナサの返事はいつも簡潔だ。時折芸術家らしい言い回しをするが、それでもごまかしは無いと知っている。

故に射命丸も直接的な質問を投げかける。

 

射命丸「音色が安定している……それはつまり、意思がぶつかり合っているわけではないと解釈しましたが、相違ありませんか?」

 

ルナサ「間違い無い。騒霊の言葉だもの、人が奏でる魂のメロディと音色はきちんと聞き分けられるつもりでいるわ」

 

射命丸「なら、それを踏まえてお尋ねしますが、"藤原妹紅さんの姿を一度でも目にしましたか"?」

 

ルナサ「……いいえ」

 

やはり――と射命丸は険しい顔を浮かべる。

推測する材料は少ないが、結論つけるには充分だ。

 

射命丸「私の考えはこうです。ヒートさんはまだ契約を完了出来ていない。もしくは、私達とは違う"段階"<レベル>で契約を発動させたのではないかと」

 

ルナサ「どういうこと?」

 

射命丸「藤原妹紅さんは確かに相当な実力者です。ですが、騒霊と鴉天狗を同時に相手にして立ち回れる程の力を、契約間もない少女にもたらす程強大で凶悪では無かった筈です。つまり、ヒートさんは今後、私達にとって最大の敵となるか――」

 

「――もしくは、より強い力を得る為の手がかりとなるか――でしょうか?」

 

死角からの声に、射命丸はいち早く反応する。

既に声である程度目星をつけていた為、あくまでこれは確認作業だ。

 

衣玖「これは失礼しました。何やら楽しそうな話し声が聞こえてきたものですから……」

 

射命丸「盗み聞き――なんて今更お互い様ですしね。その様子ではご存知なのでしょう? モララー氏とヒートさんの強さの秘密を」

 

衣玖「およよ……これは困りましたね」

 

たおやかに口元に羽衣を持っていって、さも困っていますとばかりに表情を作る。

彼女なりの円滑なコミュニケーション術なのだろうが、どうにも契約者の顔がチラついた。

 

射命丸「もうごまかしはやめて、ハッキリしませんか?」

 

衣玖「……あの、何の話でしょう?」

 

互いの纏う空気が、風が境界を作っているのがルナサにも見て取れた。

ここは幻想郷ではない。故に、二人の間に弾幕勝負を行う方法は存在しない。しかし、妖力はそれでも互いの領域を主張する。

 

射命丸「――あなた方は私達に何かを"成させようとしている"。故にある程度強く、そして過剰に力を得させてしまわぬように制御しようとしているのでは?」

 

衣玖「面白い話です。ですが、それでは私達の動機が不明ですよ?」

 

射命丸「そうですね、こういうのは如何です? あなた達は実は"運営側"であるなんてのは。大会を引っ掻き回し、上手く全体を調整する役目を必要としている、というのが動機て所でしょうかね?」

 

永江衣玖は、軽く微笑む口元を見せた後、射命丸に背を向ける。

遠くの喧騒が耳に止まりだした頃、彼女はようやく口を開いた。

 

衣玖「――私は伝えるだけなんです。地震や災害を龍神様より予告を賜り、人々に知らせるだけの役目」

 

射命丸「何を……?」

 

衣玖「そちらのルナサさん――騒霊も、音の幽霊を使役するだけ。貴方も鴉天狗としては、聞き伝えるだけ……というのが基本ではありません?」

 

射命丸「ごまかしは無しと言いましたよ」

 

衣玖「ええ、ですからごまかし無く、これが全てなんです。私達妖怪は――いえ、神から妖精に至るまで全ては己の存在意義を保つのが生きる意味其の物。それで全部じゃないですか」

 

如何様にも取れる返答だが、間違っては居ない。

含みがありそうだが、それが何かとはハッキリ言えない。

まるで雲を流す風のように、形も目的もふわりとしている。

 

射命丸「……はぁ、そうですね。確かに私は職業柄疑い過ぎるようです」

 

衣玖「ええ、分かっていただけまして何よりです」

 

射命丸「ですから――、私は納得しません。疑って探って考えて、この大祭の表も裏も私の号外記事の見出しになっていただきますよ!」

 

衣玖「およよ? ……成る程、流石新聞屋さんですね。騒霊屋さんも同意見ですか?」

 

ルナサ「……そうね。私も言葉遊びは得意じゃない。だから、あなた達のメロディを聞き終えるまでは結論は出さない」

 

その答えを聞いて、くすりと永江衣玖は微笑む。

 

衣玖「ええ、そうしてくださいませ。そして、どうか最後までこのお祭りを共に楽しみましょう?」

 

旋風と疾風が、くすぶる火の粉を夜闇に散らす。

幾重にも重なる煙に乗る音符のように。

 

 

 

――今日もまた、星は瞬く。

 

 


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