やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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もう死ぬしかない

化粧って怖い。取り敢えず俺が今考える第一はそれ。

もう何度目かもわからないが、またちらっと隣を歩くめぐり先輩に目をやる。

うーん、やっぱすげえなあ…。ちょっと弄っただけで、こんなに変わるもんなのか。

これって、詐欺罪で訴えたら勝てそうだよな。ヤバイ、どう見ても可愛いだろうこれ。

さっきから通りすぎる野郎どもが見てくるし。ほら、見てるだろ。つか見んなクソが!

と、周囲を威嚇していると、めぐり先輩が何か思い出したようにぽんっと手を打ち、

「そういえば」と口にする。

 

「えっ、雪ノ下さん、婚約したんですか?」

 

「うんうん。〇✖□って会社の社長さんで、結構年上の人みたい」

 

ああ、聞いたことある社名だな。確かかなり大きなトコだったような。

 

「先月だったかな? お見合いするんだーって言ってたんだよね。

それで今日、お化粧してもらってる時に、この間の話どうなったんですか?って聞いたら、

なんかトントン拍子に話が進んだみたいで、それで」

 

「婚約ですか」

 

「うん」

 

「雪ノ下さんって、二十歳くらいですよね? 

まだ大学生ですし、ちょっと早すぎるような気がしますけど」

 

俺の言葉に、めぐり先輩は少し考える素振りする。

あれ? 俺なんか変なこと言ったかな?

 

「じゃあ、八幡くんは、いくつくらいで結婚したい?」

 

「え? 俺ですか?」

 

「うんうん」

 

めぐり先輩は何度も頷きつつ、興味津々前のめりで俺を見てくる。

 

「う、うーん、まあ三十手前までに、出来ればいいかなーって感じですかね?」

 

「三十……」

 

一転、なにやら難しい顔をするめぐり先輩。

 

「まあ俺の場合、してくれる相手が居るかもわからないんで、なんとも言えないんですけど」

 

場の空気を解そうと、自虐を混じえて言ってみる。

いやほんと、俺結婚出来んのかな……。無理だろうなあ。俺だって俺やだもん。はぁ……。

自分の言葉に自分でダメージを受けていると、めぐり先輩は困ったような笑顔を浮かべ、

おずおずと自分を指差す。

 

「………」

 

「………」

 

あー、うん。こういう時、一体どんな顔すりゃいいんだろう。

うまく言葉が見つからず口をパクパクさせている俺を見て、めぐり先輩はくすりと笑う。

 

「んと、八幡くんはさ、はるさんのお父さんって、どんな人か知ってる?」

 

気を利かせて話題を変えてくれたようだ。助かる。

 

「はい。確か、県議会議員で建設会社の社長さんですよね?」

 

人生に大勝利してる系の人。

いやまてよ。あの奥さんだと、家でもなんか寛げないような気がする。

俺の勝手な印象だが、切って捨てる!ってのがお似合いの感じの人だったし、

些細なミスでもネチネチ言われそう。

そうすっとやっぱ、お嫁にするならめぐり先輩のようにほわっとした人がいいね!

自分の出した答えに心の内でこくこく頷く俺と同じように、ほんわかおさげもこくこく頷く。

 

「そうそう、そのお父さんの会社と長い付き合いがある人みたい。

それで前から、是非娘さんをって言われてたらしくってね」

 

めぐり先輩の言葉に、気になった事があったので聞いてみる。

 

「年上って、いくつくらいの人なんですか?」

 

「えっと、確か、今年三十っていってたかな?」

 

その若さで社長か、凄いな。俺がその年の時、どうなってんだろう……、不安だ。

 

「雪ノ下さんとは、丁度一回り違いですか。

まあそのくらいじゃないと、あの人とは釣り合わない気もしますけど」

 

俺が言うと、めぐり先輩はうんっと頷く。

 

「それとほら、はるさんって綺麗だし、結構なお家の人でしょ? それでお父さんの方もね、

信頼出来る人になるべく早く娘を任せたいって気持ちがあったらしくって」

 

「なるほど……」

 

確かに、自分の娘がどこの馬の骨ともわからん奴にひっかかったら一大事だ。

世間体を気にする、良家、名家ならなおさらだろう。

千葉県馬の骨代表の俺が言うのもあれだが、きちんとしておきたいという気持ちわかる気がする。

まあ、陽乃さんにちょっかいだせるような勇気のある奴がいるのか? はともかく。

思いつつも、でも…と考えてしまう。

陽乃さん自身はどう思っているんだろう?

 

「その……、雪ノ下さんはそれについて、なんか言ってたりしましたか?」

 

「はるさんは、仕方がないって言ってたよ。そういう家の子供だから、仕方がないって」

 

仕方がない、か。

年明け、親戚への挨拶回りの途中の陽乃さんに出会ったが、あの時の諦観に満ちた声を思い出す。

 

「なんていうかあるんですね、そういうのって」

 

「そういうの?」

 

めぐり先輩が首を傾げて聞いてくる。

その顔を見て、「政略結婚」と口に出していいのか迷う。

ただ俺の困った様子を見て、めぐり先輩も察してくれたようだ。

 

「あー、うん。まあ、あるんだろうねえ……。八幡くんはさ、どう思う?そういうの」

 

問われて、考えてしまう。

子供に限らず大人でも、古くから続く仕来りを軽んずる人間というのは一定数存在する。

軽んずるだけでなく悪しきものとして、否定し糾弾し無くそうとするものさえいる。

例えば、重い病気、ボケ老人を姥捨て、障害持ちを幽閉や産まれた直後〆る。

見合いや許嫁による半強制結婚なんて風習は、今なら忌避されるものだろう。

でも実は理に叶っていて、社会が効率よく回る為に必要だったのかもと思ったりする。

ニュースでよく目にする現代が抱える諸問題、医療費の増大や未婚晩婚少子化も、

こういった風習がなくなってしまったが故かもしれない。

無論、個人の意志を蔑ろにして良いとは思わないが、個を優先しすぎたが為に

社会が行き詰っては意味がなく、要はバランスの問題。

 

それに大きな会社の社長さんなら、お金に余裕もあるだろう。

人にもよるがお金に余裕があれば、精神的にも余裕が生まれる。

余裕があれば余計なことに、思い悩まずとも済むというもの。

金があれば万事OK問題なしという訳でもないが、金がなければやっていけない。

恋愛をある種の娯楽と捉えるなら、結婚とは生活なのだから。

事実、社会に属さない男は女を可愛くしておくこともできない。 

女にアホのままでいて欲しかったら、男が現実的に社会と渡りあっていかなきゃならない。

二人してアホじゃ生きていけねーし。

 

「前に何かで読んだんですけど、お見合い結婚の方が離婚率は低いそうですよ。

一時的な感情じゃなく打算と損得で結ばれた関係の方が、長続きするって書いてありました」

 

「う~ん、そうだけどさー。でもなんかなー」

 

俺の答えに、めぐり先輩は不満そうな顔をする。

まあ、めぐり先輩はおさげ、おさげ=乙女、乙女といえば恋に恋するお年頃、

納得いかなくとも仕方あるまい。

 

「きっかけはどうでも仲良くやっていけるんであれば、それでいいと思いますけど」

 

「でも私はね、好きになって、好きになってもらって、好き同士になった相手とがいいな」

 

めぐり先輩はいうと、チラっと俺を見る。それで目が合う。

すると、二人揃って照れくさくなり、互いにこそっと顔を逸らしてしまう。

 

「……そうですね。俺もその方がいいです」

 

顔を逸らしたまま口にした俺の言葉に、めぐり先輩は小さく、うんっと応えてくれる。

 

「八幡くん。手、繋ご」

 

言われて手を差し出すと、その手を柔い温もりが包んでくれる。

なんとも言えない気恥ずかしさで胸を一杯にしつつ、また二人並んでてこてこと歩き出す。

 

夕日が落ちる。目を焼くような赤が、俺の視界を染め上げる。

眩しさに目を細めながら顔を上げると、紺色の空にうっすらと月の白が溶けているのが見えた。

まあ、なんだ。正直嬉しい。有ることが難しいで有難いというが、まさにそんな感じだ。

ただ……と、つい考えてしまう。

 

いまさら言うまでもない事だが、めぐり先輩は美人だ。しかも可愛い。

ちょっと地味だが今日みたく化粧のひとつもすれば、一粒で二度おいしいよろしく、天使爆誕。

体つきも細っそりと華奢なので無性に庇護欲をそそられるし、それと同じくらいなんだか苛めたくなるようないじらしさがある。そんな目で見てるのが知られたら軽く死ねるが。

その上、大学に推薦入学する程に頭も素行も良く、こんな見た目も中身も完璧なおさげがいるとかもう死ぬしかない。

 

そして、そんな凄まじい高性能おさげと付き合えているという奇蹟。

それは俺をどうしようもなく、動揺させ戸惑わせる。

なんかこの先、雷やら隕石が俺目掛けて落ちてきそうだと、そんな不安な気持ちにさせられる。

大丈夫だよな?今日晴れてるし。やっまてよ、隕石だと天気関係ねーか、と空を仰いでいると、

先輩の家に到着した。

 

 

 


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