やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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ある日

『という訳なんですよ。すいません、いろは先輩』

 

「やっ、そんな、全然だよー。ごめんね、小町ちゃん。面倒なこと、頼んじゃって」

 

『いえいえー、そんなそんな』

 

「でもほんと、ありがとう。……って、もう日が変わるね。ごめんね、こんな遅くまで。じゃあ、そろそろ」

 

『はいです』

 

「うん、おやすみ」

 

『あ、えっと…』

 

「うん?」

 

『あの、無理な話しなんですけど……。元気出してくださいね』

 

「うん、大丈夫、ありがとう。それじゃあ、おやすみなさい」

 

『おやすみです』

 

電話が切れる。

ため息を吐き、窓の外に目をやる。

 

まあ予想はしてたけど、先輩、城廻先輩とお祭り行くんだ……。

いいなあと思う。羨ましく感じる。城廻先輩ばっかりずるいと、僻みっぽく考えてしまう。

まあ、城廻先輩、彼女だし、私はただの後輩だけれども。

それでもやっぱり、なんで自分じゃないんだろうと思ってしまう。

これでもし、城廻先輩を憎んだり嫌ったり出来るのならもう少し楽なのに……。

諦観と僻みと嫉妬と羨ましさの綯い交ぜな気分のまま、布団に横になる。

 

目を瞑る。すると瞼の裏に、城廻先輩の柔らかな笑顔が浮かんでくる。

そして、水道の蛇口から湧き出る水のように、昔の記憶が蘇ってきた。

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

私が城廻先輩と初めて出会ったのは、秋も終わりかけ冬に入りそうな、風の冷たいそんなある日。

その時、私が抱いた城廻先輩の印象は、地味な女の子、というものだった。

ほわっとして優しげな人だなっと感じながらも、制服を校則通り着こなし化粧っけのないその姿に

なんか垢抜けない人だというのが私の抱いた感想だったと思う。

今回の件が片付けば二度と関わることもないだろうと、それ以上の関心を持たなかった気がする。

私は昔から同性と上手くいったためしがなく、特に年上の女性が苦手。

トイレに呼び出され、私の男にちょっかい出すなと威嚇された経験があるからかもしれない。

 

でも色々とあって、その後はより深く関わるようになる。

バイト代も出ないのに一生懸命頑張る他の生徒会メンバーを不思議な気持ちで眺めながら、

城廻先輩に仕事を教わる日々を過ごす。

 

慣れない書類仕事に手間取る私を、城廻先輩は嫌な顔ひとつせず励ましてくれ、

上手くできれば嬉しそうに褒めてくれた。

なんだか懐かしい気分、小さい頃を思い出す。

テストで良い点が取れたとき母に褒めてもらおうと見せにいく、あの時と同じ気持ちといえば

良いのかな?実際、大人になっていくうちに、褒められることって少しずつ減っている訳で。

だから私は、私を褒めてくれ認めてくれる城廻先輩に好意を抱いていた思う。

そして、そんな城廻先輩に一緒に帰ろうと誘われたときは、とても嬉しかった。

女の子同士で帰るなんて思い出す限り、小学校以来だし。

そうして、私は城廻先輩と一緒に帰るようになり、その道すがら色んな事を話すようになる。

将来の夢、過去の失敗話、今日昨日に起きたこと、好きなこと、苦手なこと、

そして年頃の女の子らしく、恋のことを。

 

あれこれ話を聞いてみると、城廻先輩は二十三歳までに結婚したいらしい。

ひいおばあちゃんもおばあちゃんも、そしてお母さんも、その年で結婚したらしく、

だから自分もその年までに結婚したいと、照れくさそうに口にした。

頬を赤らめ、恥ずかしげにはにかむ城廻先輩を見て、なんかいいなーと思っていた。

私には城廻先輩のように結婚に対して憧れる気持ちはないけれど、そんなふうに結婚したいと

思える感情のような部分には、すごく憧れを感じる。

 

だから尋ねてみた。そういうお相手がいるんですかと。

そしたらなんと城廻先輩は、まだ一度もデートをした事もお付き合いをした事も無いというのだ。

いやあなた、まず相手を見つけないと…と呆れつつも、ちょっと意外に思った。

モテまくるタイプには見えないけど、彼氏の一人くらい居ても良さそうなのに。

まあぱっと見、地味だしなんか垢抜けないし、とろくさくいところもあるけれど、顔立ち自体は

決して悪くないと思う。むしろかなり整ってる方だろう。

スタイルにしてもふたつ年下の私より、背も低いし胸なんかも小さそうだけど、

その手の女の子を好む男子もいる訳で。

 

なのでさらに尋ねてみた。今まで告白した事も告白された事も一度もないのかと。

すると、自分からしたことはないらしいが、されたことはあるらしい。

しかもその相手は、三年生で一番カッコイイと噂の山岸先輩とのこと。

元サッカー部の部長で私も面識がある人で、葉山先輩の次くらいにいいなーと思ってた人だ。

なんて勿体ない事を…と思いつつ、もしや理想が高いのかな?と考え、遠回しに聞いてみると、

いい人だなと思っても、そういう関係になりたいとは思えなかったとのこと。

クリスマスも近いですし、試しに遊びくらい行ってみたら良いと思いますけど?と重ねて問うと、

城廻先輩は困ったように微笑んだ。

 

「私はね、自分が本当に好きな人とだけ、そういう事したいなって思ってるんだよね」

 

ふむ…。こういうのを清純設定っていうのかな?もしくは縛りプレイ?

もっとこう、軽い感じでいいと思うんだけど……。

そんな気持ちで、もっと踏み込んで聞いてみる。

 

「でもですね。こう、遊びいったりとかしてる内に、好きになるとかもあるじゃないですか?」

 

私の言葉に、城廻先輩はどう説明したものやらといった様子の難しい顔をする。

そして、少し間を置いてから、言葉をゆっくりと口にする。

 

「う、うーん、どうなんだろうねえ。ただ、なんとなく分かるでしょ? 自分がその人を好きにはなれても、愛せるまでいかないだろうなっていうの」

 

「だからね、私はちゃんとそう想える人と出会えるまでは、そういう事はしないようにしようって決めてるの。まあ友達には、めぐりは頭硬すぎって笑われたりするんだけどね」

 

「でもね、私はそれでいいの。きちんと私が愛せて、私を愛してくれる人と出会える日を、

ゆっくりと楽しみにして待ってようって思ってるんだ」

 

城廻先輩は言うと、照れくさくなったのか誤魔化すように笑う。

その笑顔を見ていると、私の胸は締め付けられるように苦しくなってしまう。

 

そんな事、言わないで欲しい。そんな事を言われたら、私は悲しくなってしまいます。

だって私は、愛してなんかいなくとも、愛してもらえれば嬉しいです。楽しいです。

生きてるって気がします。

私はそのために、化粧をし、着飾り、彼らが好みそうな女の子を演じてるというのに……。

 

私とは全く違う、城廻先輩の恋愛観。

その違いは一体どこからくるのだろうと、あれこれ考えてしまう。

話題は別のものとなり、城廻先輩の口にする言葉に相槌を打ちながら考えていると、

思い当たる自分の癖というか習性が、ある事に気付く。

 

私は小さい頃から、自分が好きな人じゃなく、自分を好きになってくれそうな人を、

選んでばかりいたように思う。

求められれば嬉しく、必要とされれば心が弾む。

逆に、求められなければ悲しく、必要とされなければ心が沈んでしまう。

だから、そうならないよう気をつけてばかりいたような気がする。

まあ、私と彼女は違う人間な訳で、違ってても当たり前の事なのだけど、、

それから私はなんとなく城廻先輩が気になるようになる。

 

 

 

× × ×

 

 

 

そろそろ秋も終わりに近づき、冬に入ろうとしている。

日が沈むのが早くなり、そして風は徐々に冷たいものとなっていく。

 

ある日、城廻先輩は自転車に乗れないという事を知り、二人で練習する事になり。

ある日、どうしても自転車に乗れない城廻先輩を元気づけるよう、紅茶をおごり。

ある日、そのお礼にと、ご飯をご馳走してもらう。

ある日、二人で千葉まで遊びに行き、そんなある日を重ねながら、毎日が過ぎて行く。

 

そして、あの日。私を酷く驚かせる事があった。

いつものように生徒会室の扉を開けると、綺麗にお化粧をした城廻先輩が座っており、

驚く程綺麗になったその姿に、私は目を丸くしていたと思う。

今日はどうしたんですか?と尋ねると、卒業した先輩が遊びに来てたらしく、暇潰しの玩具にされたと城廻先輩は笑う。

普段もその方がいいですよ!と薦めてみたけど、次の日にはいつも通りの城廻先輩に

戻ってしまっていた。もったいないですよーと言う私に、城廻先輩は微笑んで言う。

 

「私は一番良い自分、特別は、私にとって特別な人の為に取っておくの」

 

その言葉に、私は心底驚いてしまう。見せないの?嘘、誰にも?

そして気付く。自分だ。あれは、自分のためのモノだと。

男の子達に愛されることでしか、自分の価値を信じられない私とは大違いです。

価値のあるものを内側に持っていると思ったから、気になったのです。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

嫌いになるにも憎むにも、余りに優しい思い出が多すぎます。

だから距離を取り、これ以上関わるまいと決めていたのに……。

その笑顔をかき消すよう、瞼に力をこめる。

それでも消えてくれないその笑顔に、私はため息をこぼす。

 

 

 


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