やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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いつ書けるかわかりませんが英語教師の方に、自分の大好きな作家さんの一人である
達吉を主役とした作品を書いてみたいと思っています。(本人の了承済み)
こんな感じです。
大学に無事進学した八幡。そして二年生になっためぐりん。めぐりんはちょっとした
事情で一人暮らしする事に。その引越し先の隣に住む男、それがTATUKITI。
引越しの挨拶に訪れためぐりんにドキューンとしたTATUKITI。
それからというものTATUKITIは、めぐりんの部屋から漏れ聞こえる生活音に
耳を澄ますのが日課となっていく。
がしかし、ある夜、隣からあえぎ声が! TATUKITI、涙の壁ドン! みたいな流れ。
んで最後は、一色と出会い~で〆
こんなの書いたら達吉さんに嫌われるかなと、夜しか寝れない不安な日々。
まぁしかし、嫌われたり嫌われている状態からスタートするのが、一昔前のドラマでは
当たり前のことですからね。なんならもはや逆に愛されてるようなもんです!



廻り巡って

先輩の声はいつも通り、ぼそぼそとした低い声だったけれど、その中にほんの少し

怒りが混じっているのがわかる。

それで私は、ああ、この人、自分のために怒ってくれてるんだなと気付き、嬉しくなる。

家族以外でそんな人、今まで一人だっていなかったから。

私に好意を寄せてきた男の子たちも口では耳触りの良いことを言うけれど、

結局は口だけだったような気がする。

 

「何かあったら言ってね」「困ってたら助けるよ」と言って、確かに手助けしてくれた事も

あったけど、それはそうしても周囲から敵視されず損にならない状況でだけだったと思う。

例えば重い荷物を運ぶとき、手を貸してくれるなど。

そして本当に私が困っている時には、顔も目も背けるのだ。

クラスの女子が結託し、私を生徒会長に無理やり立候補させたとき、それを知ったクラスの男子は

口々にこう言った。

 

「酷いことするよね。許せないよ。でも安心して、俺は(だけは)一色さんの味方だからね」と。

 

でも結局、誰も助けてくれなかった。

担任の「一色の応援演説、やる奴いねーのかー!」の声に、口を閉ざし、目を背け、顔を逸らし、

気まずげにしているか、自分には関係ないとばかりに、くすくすと笑っているだけだった。

 

そんな彼らを苦々しく思いながらも、責めることは出来ない。

私自身彼らの立場なら、きっと同じことしかしないからだ。

まあ期待させるような事は言わず、笑ったりなんかはしないけれど。

 

そしてなによりショックだったのは、その程度の人間にしか好意を寄せられない自分であったり、

そんな薄っぺらな好意に喜び、それを与えられる事で得意になっていた自分にだった。

 

こぼれでそうなため息を抑え、そういえば……、と先輩に目を向ける。

あの時からずっと私を助けてくれてたのって、この人なんだよなあと、しげしげと先輩を見つめる。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

モノレールを降り駅から出ると、一色の家へと向かう。

二人並んでてこてこ歩いていると、なにやら視線を感じる。

ふむ……またか…。そう、それは別に今に始まった事ではない。

今日に限らず一色を駅まで送り迎えする道中で、日々感じてる事だ。

「なんでこんな奴が、こんな可愛い子連れてんだ?」てな感じの胡乱げな視線の数々。

まあ気持ちは分かる。こんな目の腐った男が一色のような美少女と連れだって歩いている。

そんなの見たら俺だって「いくら払ったんだろう?」と思うからだ。

実際、こんな青春登下校を繰り返してたら、トラックやカローラに突っ込まれてもおかしくない。

 

ちなみにそんな青春登下校が出来なかった親父が、その手のサービスをするサイトを覗いていたら母親にバレてスゴく怒られていたのは、俺のメモリアルの素敵な一ページだったりする。

ついでいうとこの前も親父は、その手のサイトを覗いていた。全く懲りてなくて笑うしかない。

 

とそこで、それまでとは違いすぐ間近、至近距離で視線を感じた。

「すわっ、敵襲か!具足をもて!皆の者、いくさでござる!」と真田丸ばりの険しい表情で、

そちらに目を向ける。

すると、まじまじと俺を見つめる一色と目が合った。

俺の顔を見た一色は、ビクッとする。つられて俺も、ビクッとする。

一色のその怯えた表情を見るに、どうやら俺には堺雅〇ばりの演技の才能があるらしい。

などとどーでもいいことを考えていると、気を取り直した一色が、先程よりもじーっと、

俺を見てくる。

 

「……え、なに?」

 

あんまり見られるので聞いてみると、一色はひどく緊張した面持ちで口を開く。

 

「えっと、その……。あのですね。ずっと私、先輩に伝えたい事があったんです」

 

一色は言うと、潤んだ瞳で俺を見上げる。

きゅっと制服の胸元で握りしめた手は微かに震えており、その吐息は熱っぽい。

これがもし少女漫画だったら、「ドキッ……」だの「トクン……」などと、太文字が出てきても

おかしくないレベル。

 

も、もも、もしや告白か!?などと考え、ドギマギしていると、一色がぺこりと頭を下げる。

そして頭をさげたままゆっくりと、言葉を紡ぐ。

 

「私が困っている時、いつも助けてくれて、ありがとうございます」

 

あ、違った。まあそうでも、困るんだけど。

 

「あー、いや、礼を言われるような事、なんもしてねーよ。つーかお前、顔を上げろよ」

 

俺の言葉に、顔上げた一色のその表情を見て言葉足らずを感じ、少しだけ言葉を継ぎ足す。

 

「助けたって言える程のこと、実際、してやれてねーしな。

もっとこう、上手いやり方があったんじゃねーのかなって、なんだその、思ったり」

 

俺が言うと、一色はくすっと笑う。

 

「失敗が多いのは行動してる証拠って、先輩が言ったんじゃないですか?」

 

「お、おう。確かに…」

 

「それにですよ? 口先だけじゃなくきちんと行動してくれたのは、先輩だけです。

それで私は先輩に、ほんとうに感謝しています」

 

一色は言うと、また丁寧に頭を下げる。

 

一色のその言葉は嬉しい。それゆえに、胸が痛む。

俺は一色に感謝されるような、そんな大層な人間ではないのだ。

 

事実、奉仕部に入る前の俺は、ずっと何もしてこなかった。

誰にも期待されず自分でさえも自分に期待できず、そんな自分が何かをするなんてと、

それを言い訳にして何もしてこなかった。

皆でやることだけが素晴らしいことじゃない、一人でやったっていいはずだと言いながら、

一人だった時はいつも何もしてこなかった。

自分と同じくもがき苦しむものを、目にしなかった訳でも無いというのに。

 

そんな俺が一色の言うように、誰かの為にと動くことが出来るようになったとするならば、

それはまず間違いなく、平塚先生のおかげだろう。

 

先生はそんな屁理屈ばかりこね無気力な俺を見かね、奉仕部へといざなってくれた。

自らの職を失う危険を顧みず体罰を行使してでも、俺のタメになると考え、

人と接する機会を俺に与えてくれた。

自分だけが悩みトラウマを抱えていると、それを理由に迷ってばかりの俺を、

時には優しく、時には厳しく、たまに拳で、励ましてくれた。

そうやって文字通り、先に生きる大人として、俺の事を慮ってくれた。

まあ世の中には先生のやり方に、異論を唱える者もいるかもしれない。

暴力的だとか強制的だとか大きなお世話だのと。

俺もそう思う。むしろ激しく同意する。同意はする、が。

 

実際よく言われるように幸福なんて主観だし、それがその人にとって良い事かどうかなんて

わからないというのは、本当に正論だと思う。

でも、皆がそれを貫徹すると救済なんて殆ど行われなくなる。

とするならば、本人が望んでなくとも大きなお世話でも、そうしてやる事って

それはそれで大切だと、これまでの自分を省みて実感する。

良いかどうかわからないから放っとくのがいいというのは、自己責任という名の放逐。

無限後退と死にしか繋がらない。

まあそう感じるのも、俺の主観とエゴでしかないのだけれども。

 

そんな事をつらつら考えながら、一色に言うべきことを整理し、言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

顔を上げてくれと先輩に言われ、顔を上げる。

先輩は甚く生真面目な顔で私の目をじっと見つめる。

そしてゆっくりと、優しい声でいう。

 

「俺がしたことに、一色が感謝してくれてるのなら、俺は嬉しい」

 

その言葉に、胸が温かくなる。そして、だからこそ辛い。

 

「でもその、なんのお返しも出来ないんですけどね……」

 

言って、俯いてしまう。

実際私が出来ることで先輩に喜んでもらえることって、殆どない訳で。

数学ならと思ったけど、あれも結局、傍にいたいっていう、私のタメのものだし。

そんな気持ちでしょげていると、先輩の声が耳に届く。

 

「ならな、一色。もしお前がこれから先、困っている人や苦しんでいる人を見かけたら、

その人のことをな、出来る範囲でいいから、助けてやれ。

そうしてくれると、俺もお前に手を貸した甲斐があるってもんだしな」

 

先輩は言うと、とても柔い笑顔を見せてくれた。

 

その笑顔につられ私も微笑むと、「はい」と返事を返し、また歩き出す。

しばらく歩くと、我が家に到着。

送ってくれたお礼を伝えると、先輩はうむっと頷く。

そして「またな」と言って、来た道を引き返してゆく。

 

遠ざかる先輩の後ろ姿を目で追いながら、私は希う。

先輩の優しさが、廻り巡って先輩に、帰ってきますようにと。

 

 

 




実際いろはすさんって、作中でトップクラスの酷い目にあってるんですよね。
今回の話は、八巻P136のいろはすさんのセリフから妄想を膨らませてみました。

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