やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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仕事で忙しくまとまった時間が取れないので、これから先かなり小出しになります。
三回か四回くらい投稿が済んでから読んでもらった方がいいように思います。



お互い様

映画館に着き周囲を見渡した俺は唖然としてしまう。

どの方向を見ても、人、人、人の、人だらけ。

おかしい。俺は新海監督の映画を観に来たはず。なのになんだ、この混みようは……

一色と戸塚も同じように周囲をきょろきょろすると、感心した声を出す。

 

「せんぱい。なんかだかすごーく、混んでますね」

 

「僕、新海監督の映画って初めて観るけど、いつもこんなに混んでるの?」

 

「いや……、俺の知ってる新海映画の混みようじゃねーな……」

 

もしかして上映館間違えたのかな?と、上映案内を確認してみる。

がやはり、ここで間違いないようだ。

本当におかしい。こんなに混むなんて。

 

こう言うと、アンチかよ、こいつ、などと思われるかもだが、そうではない。

そもそも自分に合わないものを観るのに時間と金を割ける程、俺は暇じゃないし金もない。

実際、新海作品のその殆どは、割と正統派の純愛もののように思う。

ただなんというか、とてもシラフで考えたとは思えないブッ飛んだ世界観と設定と演出。

他に絶対恋愛禁止マンとしてあらゆる手段を講じ、主人公とヒロインが結ばれないようするため

観る人を選びそうだと感じていた。

 

だからなのか同じように新作が出るたび映画館で観るジブリや細田監督の作品に比べると、

観客は少なかったように思う。

例えば秒速五センチメートルを観た時など、人が少なそうな時間に足を運んだのもあるが

俺も含めて観客が三人しかおらず、映画に出てくるキャストの方が多かったくらいだ。

 

「ゆーても新作映画だし? そりゃみんな、観に来るっしょ!」

 

戸部は言うと、俺の肩をぽんと叩く。そして親指を立て、ニッと笑う。

おい、やめろ! そういうのは仲良しがやるもんだ。

戸部の相も変わらぬうっとおしさにうんざりしていると、まとめてチケットを買いに行った

葉山が戻ってきた。

 

「これ、比企谷の」

 

差し出されたチケットを「サンキューな」といって受け取る。

これは私見なのだが「ありがとう」に比べ「サンキュー」はなんとなく軽い感じがする。

なので葉山にはそれで充分。

 

「サンキューついでに、出世払いでいいか?」

 

俺の言葉に、葉山はニッコリと微笑む。

 

「比企谷は出世以前に就職できなさそうだから、今くれ」

 

「お、おう……」

 

葉山め……。俺の小粋なジョークにマジ返しとか、なんという大人気なさ。

とはいえ、俺は就職できないんじゃない、しないんだ! と口に出すのも恥ずかしい。

ので、渋々ながら代金を払う。

 

少し軽くなった財布を片手に売店でポップコーンとコーラを買うと半券をもぎってもらい、

スクリーンへと移動する。

席に着くと周囲に目をやる。夏休みということもあり観客の大半は中高生モンキーのようだ。

モンキーたちは猿ゆえに猿らしく、うききー! きゃきゃきゃー!と騒々しくはしゃいでおり、

それを見て俺はうんざりしてしまう。

俺は映画館の大スクリーンで映画を鑑賞するのが好きだ。

好きなのだが、この手の輩を目にするのが嫌でそれで仕方なく観たい映画もすぐには観に行かず、

しばらく間を置いてから観に来るようにしている。

 

まあ今回は戸塚の誘いだし仕方あるまい。

てかそういや不本意ながら、一緒に来た奴の中に騒がしいのがいたな……。

戸部が他所様に迷惑を掛けていないかと不安になる。

その姿を探して視線を彷徨わせるが、隣に座る一色以外の姿が見えない。

戸部と葉山は居なくても、むしろ居ない方がいいのだが、戸塚がいないのは非常に困る。

 

「ってあれ? 戸塚は?」

 

俺がいうと、一色はどこか呆れたようにふっと短く息をはく。

 

「そこでみんなは?って言わないところが、先輩らしいですね。

て、話聞いてなかったんですか? 混んでて五人まとめて座れないから、

ばらけて座るって言ってたじゃないですか」

 

言ってたか? そういや言ってたな。葉山の言葉だから右に左に聞き流してたわ。

 

「んじゃちょと葉山探して席替わるから、待ってろ」

 

「へ? なんでですか?」

 

「いやだってそのために、葉山を呼んだんだろ?」

 

「違いますよ! 先輩のために呼んだんですよ!」

 

「え? そうなの?」

 

「ですよー。三人だと一人ぼっちになちゃうって言うから、それでですよ?

まあ戸部先輩まで来ちゃったのは、誤算でしたけど」

 

一色は言うと、悔しげに爪を噛む。

いや、そんな嫌がらんでも。戸部って割といいやつだよ? うざいけど。

 

「そうか……。なんか悪かったな、誤解してたわ」

 

素直に謝ると、一色は戸惑った表情を顔に浮かべた。

 

「やっ、まあいいですけどね。その……」

 

一色は慌てたように言うと、なにやら聞きたそうにこちらを見てくる。

なんかあるのだろうかと言葉の続きを待っていると、一色はどこか硬い表情で口を開く。

 

「前から聞きたかったんですけど、先輩の私の第一印象ってどんな感じでした?」

 

「聞きたいのか? 悪口になるぞ? つーかそれよりなにより先に、

お前の俺の第一印象はどうだったんだよ?」

 

「言っていいんですか? 悪口になりますよ?」

 

一色は言うと、くすくす笑う。その笑顔に釣られ俺も笑ってしまう。

怒るに怒れん。お互い様過ぎて。

 

「まあでもこうやって話してみないと、人ってわからないですよね」

 

一色の言葉に「まったくだ」と答え、こみ上げる笑みを抑えていると、館内の照明が落ちる。

そしてスクリーンに明かりがともり、「君の名は。」が始まった。

 

 

 

 


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